日弁連・死刑廃止宣言に思う
紘一郎雑記帳
「日弁連、死刑廃止の宣言案 来月提出」
これまでも日弁連は死刑廃止を呼び掛けていましたが、
このように廃止を明確に打ち出すのは初めてのことです。
「死刑廃止」という問題は難しい問題です。
世界では194の国のうち死刑制度があるのは
42ヵ国と少数派になっており。
EUでは加盟の条件に「死刑制度廃止」が文言に入っていたりします。
先進国で制度自体が残っているのは日本と米国くらいでしょう。
私自身は「もし自分の身内が被害にあったら」という感情を考えると
「死刑もやむなし」という考えていました。
ただ、全面的に死刑が良いというのではなく
{仮釈放のない終身刑}を導入するのが一番良いのではないか?
とも思いますが・・・
とはいえ、終身刑が日本にない以上は被害者感情に
立った時に死刑制度があることはやむを得ない気がします。
この議論で最も面白くないのが。
日弁連の言っていることが
ただのパフォーマンスとしか思えないこと。です。
これに尽きます。
この問題ですぐに思い出すのが岡村勲という弁護士です
かつて日弁連の副会長まで勤めた人物です。
昔、女子高生のコンクリート詰め殺人があったのを
覚えている方もいらっしゃるでしょう。
40日以上にわたり通りがかりの女子高生を監禁し、輪姦し、
ライターで手足をあぶるなどの残虐行為をした挙句に死に至らしめ。
挙句にコンクリート詰めにした残酷極まりない驚愕の事件です。
その少年たちの弁護を務めたのが岡村配下の弁護士であり、
「残忍な人殺しでも死刑などもってのほか。
将来ある少年には社会復帰を前提に」
と徹底的な加害者保護の弁護や運動を続けて主犯格を除いて
少年たちは5年という信じられないような軽い刑で
出所することになりました。
しかし、やはり出所後すぐに、何名かが
婦女暴行や詐欺で再び逮捕されました。
そういった日弁連の「犯罪者の思いやり一筋」これは言い方を変えれ
「被害者遺族の心には決して寄り添わない」
姿勢が気に喰わないわけです。 なぜそう言い切るのか?
それはその後に起きた事件がきっかけでした。
犯罪者への思いやりいっぱいに生きて来た岡村弁護士が
副会長を退任した後、今度は彼の妻が殺される事件が起きたんです。
彼が顧問を務める証券会社で損をしたという男の犯行でした。
その瞬間、彼の方針は変わりました。
「法廷に遺影を持ち込ませろ」とか、犯人を「法廷で面罵させろ」
などとと要求したり、挙句の果てには「死刑にしろ」
と言い出したのです。
それまでは「何人殺しても死刑はなし」「犯罪者にも将来がある」
と言い続けて来た人です。ごい変わりようです。
これは日弁連で叫んでいたことは「すべて他人事」
としか捉えていなかった証拠でしょう。
自分の身に起きて「初めて被害者の気持ちになった」ということ。
日弁連がいくら「死刑廃止を~」と叫んでも本当に
遺族の気持ちを考えてのものなのか?と思わざるを得ません。
それならばせめて「仮釈放のない終身刑の導入」を
先に訴えるべきじゃあないでしょうか?
今の刑法のままで「死刑制度廃止」だけを訴えているようでは
「被害者遺族の心に未だに寄り添っていない」そう思えてなりません。
つまりはかつての副会長を務めた岡村氏のように
他人事としか考えずに自分の事になると態度を豹変される
今でもそのような体質なのであれば。
共感することはできない。そう思います。
「何事も相手の心に寄り添ってみる」
そういう人間性、気持ちが大事だと思います。
(たかあき氏メールより)