紘一郎雑記帳

多くの講師の講演から面白い情報をお届け癒します。

思い出の名選手・植草貞夫氏講演より・安田紘一郎雑記張

2009-08-25 08:03:12 | Weblog
【白い雲・青い空・甲子園の思い出を語る】
 【思い出の名選手たち】

(前回の高校野球編に続いてプロ野球編を投稿いたしました。)

講師
 植草 貞夫氏「元・朝日放送アナウンサー」




植草で御座います。
私は常々人生は「60歳」からのスタートと考えており
現在はその第2の人生を楽しんでおります。

本日は永くお付き合いを戴いている「安田様」から
又 ご縁を戴きこうして「清話会」の皆様と久しぶりに
お顔を拝する事となりました。

アナウンス生活38年の中でお逢いした多くの野球選手の
素顔のお話を申し上げたいと思います。

12年前に家内を亡くしましたが、その家内が生前に
「テレビでよく見ると白髪が目立つよ」と言うので
毛染めにいきました。

そこで先生から「色はどうしますか?黒・茶・グリーン?」と
聞かれたので、スポーツアナウンアサーがグリーンでは
いけないので、流行の「茶髪」に致しました。

そんな時に阪神の監督に「野村克也氏」が就任いたしました。
挨拶に行きましたら「なんだ君も茶色か」と茶化されました。

そして、すぐ後にテレビ大阪のアナンサーをしている倅(長男)も
野村監督に挨拶に行ったところ「植草家」は親子とも「茶髪」かと
いわれたので、倅はすぐ「黒髪」に染め直ししたようです。

野村監督が3年で退任し、後任に星野監督になりましたら、
倅はすぐに「茶髪」に染め直しておりました。(笑)

村山・小山・長島・王・野村・稲尾・杉浦・掛布・江川・・
などなど、多くの名選手が脳裏に浮かんでまいります。

中でも「長島さん」の面白さは別格でしょうね。

巨人の後輩でもある「西本 聖氏」が引退後
少年野球の「AKAI(赤井)」とうチームを指導しておりましたが
ある時「長島さん」に特別コーチを依頼しましたら快諾し
コーチに来てくれました。

少年選手を1人1人呼んで指導をはじめましたが

「背中のチーム名AKAI]をみて
「長島さん」は「おい赤井君少し投げ方を変えたらどう!」といい
次の選手をみて、又「赤井君、もう少しバットは上から振りなさい!」
と指導し、次の選手には「君も赤井君か、このチームは赤井君が多いね」
と言ったそうです。(笑)

そして練習が終り「西本さん」と共に「長島さん」は風呂に入ったところ
「長島さん」はシャンプーの蓋を取り”ドドッ”と山盛に頭にかけ
そのまま「風呂の中に入り」”じゃぶじゃぶ”と一気に洗い
「お先に」と言って風呂から出て行ったそうです。

後には泡だらけのお湯が風呂に残っていたそうです。

長島さんの現役監督の時の話です。

往年の強打者PL出身の「吉村選手」は代打の切り札として
活躍しておりましたが、ある試合のチャンスに
「長島監督」はベンチで後ろをみて「吉村!いくぞ!」
と声をかけ、ゆったりとベンチをでて行きました。

そして「長島さん」は三歩ほどベンチを出て、観客席をぐるっと見渡し、
ジャンパーを脱ぎ少し歩き、今度は放送席をみて、解説席の「中畑さん」を
目で追いながら、審判の前にやっきました。

「長島監督」は「ピンチヒッター中畑」と大きな声で告げました。

これには相手チームも自軍ベンチも、
バットを握っていた「吉村選手」も驚きましたが、
一番ビックリしたのは「アンパイヤ」だったでしょう。

尚、解説席の「中畑さん」には距離がある為
「ピンチヒッター中畑」の「長島監督」声は
聞こえていなかったようです。

ミスタータイガース「村山 実」は大投手でありました。

「関西大学時代」の活躍でプロ入りは大騒動と成りました。

「巨人」と「阪神」の「村山」の争奪戦が始まりました

「巨人」の入団条件は契約金2,000万円 年俸500万円の提示に対して
一方の「阪神」の条件は契約金240万円 年俸 120万円 でした。

その交渉の中で「村山」は「阪神」を選び入団致しました。

阪神の条件の中で野球を引退後は「阪神の社員として採用する」の
一項目に魅力を感じたからと後年話しておりました。

入団後の活躍は「天覧試合に長島に打たれたホームラン」など
悲運な面もありましたが、永く「阪神のエース」とし大活躍した
場面は数多く私の中に残っております。

阪神の歴史は「村山・田渕・岡田」などに代表される
「大学卒」の選手や幹部と「小山・江夏・掛布」の「高校卒」の
人達との軋轢の歴史でもあります。

「村山」もその中で翻弄され引退後「阪神の社員」の
話など関係なく、現役時代の活躍に比べて寂しい
引退後の「村山」を見つめておりました。

阪神のスタープレイヤーの晩年は「村山」と同じく
多くの選手が寂しく「阪神」を去っていきました。

初代ミスタータイガースの藤村をはじめに・
田渕・江夏・掛布・小山・江本・吉田・・
数えてもキリがありません。

そうですね「岡田前監督」も一度「オリックス」に出されました。

今一番思うことは「掛布」の酒量がもう少しだけ少なければ
あと10年ぐらい活躍できたでしょう。

でも「掛布」の「4番・サード」にこだわり続けた姿勢には
「男の美学」を感じております。

【植草氏講演会・より】


紘一郎 感想

それにしてもプロ野球選手の健康管理はどんなものなんでしょう。

「村山・山内・稲尾・杉浦・皆川・仰木・大杉・藤田・・」
などなど、早くして逝つた名選手たち
「長島・王」も病み、一般では70歳代はまだ「第一線」で
活躍している時代、に野球選手の晩年は老け過ぎてませんか?

「野村監督・74歳」まだまだ頑張って下さい。
「大沢・張本」の両氏も「渇」を入れ続けて下さい。





甲子園の思い出・植草貞夫氏講演会より。安田紘一郎雑記帳

2009-08-18 16:46:48 | Weblog
【植草貞雄氏・講演会】白い雲・青い空甲子園を語る!

この季節になりますと”血”が騒ぎます。

なにしろ夏の「高校野球選手権」の「決勝戦の放送」を
テレビ・ラジオを併せて28年間連続して担当したからです。

今日はその中から、特に印象に残っているお話を致します。

【甲子園は清原のためにある!】

昭和60年の甲子園の夏は高校野球史に残る熱戦であった。

「”PL学園”対”宇部商業高”」は5万人の観客を魅了し、
放送を担当した私もあの日の感動を忘れた事はない。

この大会初日から決勝戦までに「宇部商の藤井選手」は
4本のホームランを打っていた。

そしてこの試合「2対1」のビハインドで迎えた6回に
ランナーを2人「塁上」において「PL・桑田投手」から
「宇部商藤井」は「もう少しでホームラン」の「3塁打」を
打ち「2点」を入れ逆転した。

その6回裏「清原」はこの日「2本目」の同点ホームランを打ちました。

私は ”甲子園は「清原」の為にある”と
思わず実況で叫んでしまいました。

この放送に対して、多くの皆様から色々な「ご意見やお叱り」を
戴きましたが、それほど凄い「好ゲーム」でした。

結果的には、「9回・PL学園」がさよなら勝ちし「優勝」いたましたが
「勝ち負け」をつけたくない「名勝負」でした。

後日「PL学園」で行われた「優勝祝賀会」の席で
「清原のお父さん」から
「甲子園を戴きまして有難う御座います」と
お礼を言われたことを思い出しております。

清原はこの2本のホームランで「大会5本」となり
永く「甲子園の記録」となりましたが、
「宇部商・藤井」のあの3塁打があと30cm伸びておれば
「清原と同じく記録」として輝いていた事でしょう。

又「優勝」の行方もどうなりましたでしょうか!
                       
その当時は出場高校選手にアンケートを募り、
放送の参考にしていた。

3年連続出場の清原選手は「尊敬する人」の欄に
1年の時は「親父」2年の時も「親父」と記入し
3年の時には「王さん」と書いていた。

ドラフトでどうしても「巨人」に指名して欲しく
どうしても「巨人」に入団したかったのである。

運命のドラフトの日「王監督の巨人」は「桑田真澄・PL学園」と
一位指名し、その情景をPL学園でテレビを見ていた「清原」は
マスコミの視線も気にせず、悔し涙で泣いていました。

あの瞬間「頭が真っ白になり何も判らない状態でした」と
後日「清原」は話してくれました。

その後、西武に指名され入団した「清原」の活躍は
皆さんご承知の通りでありますが「清原」は不調になった時には
「王監督」の写真に向かって「この野郎!この野郎!」と
叫んで写真を叩いていたとの事です。

「王監督」も「清原か桑田か」ドラフト当日まで悩み続け、
最後は当時の「正力オーナー」が決断したとのことでした。

「清原」は「昭和42年8月18日生まれ」なので
「高校3年間」の誕生日はすべて甲子園にいた訳です。
まさに「甲子園」の申し子なのです。

「桑田」は「昭和43年4月1日生まれ」なので「ご両親」の
「出生届け」が一日遅くなっていたら、「清原」の一年後輩となり、
2人の人生が、いや「高校野球」や「プロ野球」の歴史が
大きく変わっていた事も考えられます。

1973年、一人の少年が「阪神」の「1週間の練習生」の
試験を受けた後「ドラフト6位」の指名でテスト入団してきました。

「契約金500万円」「給料8万円・年俸96万円」の条件でした。 
そうです「掛布雅之」です。 

「掛布」は「1973年3月21日」オープン戦の際にレギュラーの
藤田選手が結婚式で休んだ時に急遽「2軍」から「1軍」に
抜擢されその試合で「4打数2安打」を打ちました。

その3日後、怪我をした「野田選手」の代役で試合に出て
「4打数4安打」を打ち、そのまま「レギュラー」を獲得し、
引退するまで「4番サード」を守り続けました。 
まさに「ワンチャンス」を物にした典型でしょう。

「高校野球選手権」の行われる「真夏の戦い」は
選手も関係者の皆様も大変です。

アナウンサーも大変な仕事で「暑さ」と「のどの渇き」
そして「水を飲んで」「トイレ」の恐怖は想像以上です。

アナウンサーは皆、自分らしい放送をしたいと色々と
考え「工夫して・用意して」スタンバイします。

私も、得意の「青い空・白い雲」のフレーズを用意して
球場に行きましたら、朝から「曇天」で「小雨」も落ちる天候で、
急遽、言葉を探した事もありました。

「若いアナウンサー」がある試合で

【「いよいよ高校野球選手権」も今日から後半戦に入りましたが
「関西地方」は暑い日が続き「アブラムシ」がジージーと鳴いています】

と話し、隣の「ディレクター」が「アブラゼミ・アブラゼミ」と
注意したような笑い話も御座いました。

今年も「選手諸君の」思い出に残る「好試合」と
「全力疾走」を期待しております。  植草

【植草氏講演録・プロ野球編は「次回投稿」予定です】


紘一郎 感想

高校野球の好きな自分としてはこの「シ-ズン」の
甲子園は何より興味があります。
今年は開幕当初「雨」にあいながらも、素晴しい試合を、
プレーを見せてくれています。

溌剌とした若者に思わず拍手を送りたくなるのは
私だけでしょうか。

今年、少しだけ寂しいのは「母校・宇部商業高校」の応援が
甲子園で出来ない為でしょう。

「宇部商業高校」の「応援歌」を昭和34年に
作詞した事が私の自慢です。

次に「応援歌」を甲子園で「後輩諸君の応援団」と共に
歌えるのは、いつでしょうか、その日が楽しみです!

自民か民主か 政権選択第2回 日の丸 安田紘一郎雑記帳

2009-08-12 14:02:12 | Weblog
自民か民主か選挙の争点・第2回


 
今回の総選挙は「子育て支援、年金、医療、雇用、農業、地方、・・・」
などの多くの争点があるが、どの問題も、大部分が
「国内問題」であり「お金」の問題である、

その「お金」を「どう捻出するか」又「どう分配」するかが
「争点」となっております。

それだけで「政権選択」はできますか?

「霞ヶ関改革」「公務員改革」も与党が無理で、
野党なら出来るとはとても思えない。

「自治労」主体の野党の方が余計に困難であろう。

どの政党のマニフェストをみても手法の違いで、決定的な違いはありません。

そこで「今回」は与野党に違いのある「拉致問題」と
「国旗・国家問題」について選挙の争点を考えてみた。

第1回の「拉致問題」に続いて、今回(第2回)は「日の丸問題」です。




過日「講演録」でもご紹介しました「武士道精神」の講演を参照に
「日の丸問題」について考えてみましょう。

国旗日の丸・国歌君が代はどうなる!
「民主野党連合政権」で消える「日の丸」

平成21年1月18日に開催された「自民・民主」両2大政党の
党大会の写真です。 「下段」―違いを見つけてください

自民党大会写真 
         



民主党大会写真(日の丸は何処?)








目を凝らして見てください!
民主党の今年の大会では日の丸が消えました

古代から「農耕民族」の日本では「自然現象」や「太陽」を
大切に思い特に「日」に対する日本人の畏敬の念が深く
「日いずる国」として語り継がれてきた。

文武天皇(701年)には天皇の儀に「日像」として
「日の丸」が登場したと伝えられている。

明治維新の1870年(明治3年)には「日本商戦」は
「日の丸」掲げて世界を駆け回り始めていたようである。

この様な歴史ある日本国の「日の丸」を「民主党」の中では、
又、連立となった場合の「野党」との取り組みを考え
「日の丸」は無用となったようです。

「日の丸」は「日本の国旗」ではなく、
「君が代」は「日本の国家」でなく認めない。

新しく国旗や国歌を作り変えようとする議員があり、
その議員たちには「日の丸」や「国家」は邪魔のようです。

政権交代の大儀のために「日本人の心」まで捨ててしまう議員に
「投票」出来ますか?

現状は「1990年制定」の「国家・国旗に関する法律」では
第1条「国旗は日章旗とする」
第2条「国家は君が代とする」に従い
「文科省」が各学校で「国旗・国歌」を敬い
「国旗掲揚、国家斉唱」を指導しているが、
それに学校の先生方(特に日教組の方が多い)の」一部が反対し、
指導を無視する事が多くの「学校現場」で
混乱が続いておりましたのは皆様すでにご承知の事実であります。

ミスター日教組といわれた「槇枝元委員長」は、
最も尊敬する人として「金日成故主席」の名をあげ、
北朝鮮から「親善勲章第1級」を授与された人です。

その「日教組」と「民主党」が組み「日本国教育基本法」に
一切触れず、政権交代を待ち、それが実現できたら

【日教組は今まで「自民党の政策」に反対してきたが、
これからは「文科省」は我々のものとなり、日教組は
「我が世の春」を迎え日本をどうにでも出来る】

と日教組幹部は、その日を待っているのである。


これから、もし民主党中心の政権に交代があれば、
日教組出身の「文科省大臣」誕生の可能性が高く、
「文科省」と「学校現場」で思いが一致する事が十分あり、
これから何年間か学校で「日の丸や君が代」を
見たり歌ったりすることは無くなるのです。

それでも良いですか? 
今回の選挙はその日本の運命を決める選挙なのです。

頼りなく政権にしがみつく自民党 命を大切にしない、
金だけが目的の民主党  怪しげな「風」をふかせ、
歪んだ報道のマスコミについて議論いたしませんか!

日本人の「命の問題の根源」である
「拉致問題」は政党のマニフェストから消えてしまいそうです。    
貴方はどう思いますか。


紘一郎 感想

昨年「小学校」の運動会に招かれ参加しました。
「国旗掲揚」もなく「国家斉唱」もなく、
走り競争では選手たちは「手をつなぎ」
全員同時に「ゴールイン」の風景をみて、
これから「日本」はどうなるのか大変心配でした。

【日の丸・君が代 さようなら】
今度の選挙の「結果次第」では「全国の全部の学校」で
この光景が見えるのでしょうか!

8月30日には私たちは結論を出さなければ成りません。
よく人をみて投票します。


自民か民主か、政権選択 有本氏講演会参照 安田紘一郎雑記帳

2009-08-06 15:57:09 | Weblog
自民か民主か選挙の争点 

今回の総選挙は「子育て支援、年金、医療、雇用、農業、地方、・・・」
などの多くの争点があるが、どの問題も、
大部分が「国内問題」であり「お金」の問題である、

その「お金」を「どう捻出するか」又「どう分配」するかが
「争点」となっております。

「霞ヶ関改革」「公務員改革」も与党が無理で、
野党なら出来るとはとても思えない。

「自治労」主体の野党の方が余計に困難であろう。

どの政党のマニフェストをみても手法の違いで、
決定的な違いはありません。

そこで「今回」は与野党に違いのある「拉致問題」と
「国旗・国家問題」について選挙の争点を考えてみた。

過日「講演録」でもご紹介しました「拉致被害者家族会」の
「有本明弘氏ご夫妻」の講演を参照に分析してみよう。

有本明弘氏ご夫妻講演よりー




●拉致問題解決を邪魔する悪い政治家たち
「金丸 信氏、小沢一郎氏、石井 一氏ら」

北朝鮮が日本人を拉致していることが明白となったのが1988年です。
しかし、その直後に「金丸信氏」「田辺誠氏」ら
自民党と社会党の政治家、外務省は拉致の事実を隠蔽し、
拉致問題解決なしに日朝国交正常化を目指すという
許しがたい外交を行ったのです。

それを支えたのが「前民主党代表小沢一郎氏」や同じく
「民主党の石井 一氏」らです。 

本来ならこの許しがたい外交を国民に告発すべき
マスコミまでが金丸氏らを助け今もその仲間を応援しているのです。

今から私が体験した政治家と外務省の「拉致問題隠蔽工作」の
事実とそれに加担したマスコミについて告発します。・・・・・中略・・・

現在、民主党を中心に他野党までの議員が加盟する
「北朝鮮と国交を回復する会」の数十名が
「拉致問題解決」の邪魔をするのです。

この会の言い分は「拉致問題」で「北朝鮮」を
問題視する前に日本国は「戦前」の「朝鮮」に対する事案に対して
「お侘びし」「賠償」をしてから「拉致」を問題にすべきとの
「荒唐無稽」の考えで横槍をいれるのです。


テレビでみていると麻生総理の胸の「ブルーリボン」が
目に付きますが「拉致問題」解決に行動しているのかは全くわかりません。 
が、一応「解決の意志」はあるのでしょう

鳩山民主党代表の胸には「ブルーリボン」はありません。
以前に一時期は胸に「ブルーリボン」を見た記憶がありますが、
今は外しています、いや外さないと協力しないと「
北朝鮮一派」から脅かされたのでしょう。
 
この様に民主党は「拉致問題」で何を考えているにかが
全く判らない「政党」なのです。

民主党幹部の拉致問題に関する最近の発言をあげてみよう。

小澤一郎氏
 「拉致問題解決は北朝鮮にカネをいっぱい持っていき、
 “何人か返して”と頼むしかない」

岡田克也氏「今の日本は拉致問題に固執しすぎて
     「核問題」の障害となっている」

菅直人氏は韓国の政治犯で逮捕された、拉致を指揮した
  「北朝鮮工作員・辛光洙」の釈放嘆願書に署名している。

(多くのマスコミは政権交代をさせる為にこの様な民主党に?が
  つくような発言は公表しないのです)

この「危うい政党”民主党”」にあなたの命を預けられますか?

一方、自民党も「小泉内閣」で「13人」が帰国し
「安倍内閣」でさらに前進させる計画が「拉致解決」と「憲法改正」を
目指す事を良く思わない「連中」から「安倍政権」とは
直接関係の無い「年金問題」を槍玉にあげ
「参院選挙」で大敗させ「安倍退陣」と追い込まれて以後、
新しい手は打っていないので猛反省が必要である。

「拉致問題」日本人の生命が危険にさらされ、
人権を奪われ、日本の主権が侵害された北朝鮮の国家犯罪である。

「子育て・年金・雇用」などの国内問題と違い
「拉致問題」は「安全保障、領土、教育問題」などと共に
日本のありようが問われる最重要課題であろう


この重要な「拉致問題」での政権選択は
「自民」か「民主」又「他の政党」かあなたはどちら選択しますか!

【命が1番・暮らしや経済は2番】


紘一郎追記

このブログを8月に公開投稿する為に「下書き」に
送稿したのが7月31日でした。が

翌「8月1日」のニュースを聞きびっくりしました
なんと「麻生総理」が新潟を訪れ「横田めぐみさん」の
拉致現場に視察に行ったからです。

今からでも遅くありません。
麻生総理!「拉致問題」解決に向けて全力投球してください。

野党の皆さん、国民の皆様、動き始めた「拉致問題解」を
邪魔しない様に見守りませんか!
「拉致被害者の方々」と「日本の未来」のために!