伝説の男達 高畑誠一編 第一部
紘一郎雑記 偉人氏より頂いたメールから感動し拝借
「みんなが見捨てた場所に宝がある」
種村季弘(たねむらすえひろ)
もう埃が被って誰も読まないような書物を古本屋探すことが私の楽しみの一つであるのだが、こういう書物にこそ、今や知る人は少ないが、ダイヤモンドのようにキラリと光る人物や言葉が書かれていることがよくある。
そういう人物や言葉に出会いたくてついつい仕事の合間をぬって古本屋に立ち寄ることが習慣となっている。
そうした中、出会った人物に高畑誠一(たかはた・せいいち)という実業家(伝説の商社マン)がいる。
私の最も好きな実業家の一人なのだが、その名を今、知っている人は少ないだろう。しかし今、高畑のような人物が各々の業界に幾人かでもいれば日本の経済が活気づくことは疑わない。では高畑とはどのような人物だったのか簡単に紹介してみたい。
明治34年(1901年)2月、ロンドンにいた夏目漱石が友人あてに送った手紙に「倫敦(ロンドン)は烟(けむり)と霧と馬糞(ばふん)で塡(うま)つて居る」という一節が書かれている。
当時のロンドンの交通手段は馬車が主流、そのため街中が馬糞に溢れていたのだろう。
この漱石の手紙から決して当時のロンドンの街が衛生的にも景観的にも過ごしやすいものではなかったことを伺い知ることが出来る。
しかし、当時のロンドンは世界の政治、経済、金融、商業の中心地であったことは紛れもない事実である。
鈴木商店という神戸の中堅商社に勤めていた高畑誠一が極東の小国、日本から世界の中心地にある鈴木商店のロンドン支店に赴任してきたのは、この漱石に遅れること10年後のことであり、今から100年程前のことである。
社内一の英語力を買われてロンドン行きとなったのだが、高畑は若干25歳。入社してまだ数年の若者であった。
普通であれば言葉も文化も何もかも違う異国の地にいきなり行かされて、「どうやって結果を残せというのか」と不安や不満の一言もいいたくなるところだろう。
しかし高畑は違った。ロンドン支店のオフィスは古ぼけた小さなビルの中にあった。前任者からの事務の引き継ぎが済み一人だけ薄暗いオフィスに取り残された時に心の中でこのように叫んだという
「これからはおれが一国一城の主なんだ。世界を相手に暴れまわってやるぞと心の中で叫んだものだ」 続く
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