うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 芝居の台本 埋み火 その三

2007-08-24 05:10:29 | 芝居話 埋み火

                 一幕 二場

 溶明 沢、入り口に立つ、長襦袢に伊達締めを絞めながらたえ慌てて沢を追い背中に縋る。

 たえ すいません、支度も手伝わずに…

沢  なあに、構うもんかね。

たえ ふふっ、あなたがいけないのよ、すうっと眠気に吸い込ますほど疲れさせるんですもん、こんなって初めて…

沢  それはこっちの言いたい台詞だよ、女の躱っちゃ色々あるんだねえ、まだ頭の芯が真っ白だ。後引くよこれは…

たえ それは言いっこなし、あたしも同じ。

沢  (…無言)

たえ ねえ、こんどいつ来て下さる?

沢  明日の晩と言いたいとこだが、そうもいかないだろう。 

たえ わかってます、無理は言いません。でもなるたけ早くお顔を見せてくださいな、お願い。あたしもう駄目なの…

沢  その腹積もりでいるよ。

たえ うれしい…

沢  だがお互い、うれしがってばかりもいられないよ、すっかりご亭主のこと頭から消えていた、危ない橋渡ってたんでは?

たえ そんな、だから一層夢中で、自分が怖いくらいに…でも後藤のことなら心配ご無用ですよ、鉄砲玉。朝方あたしの財布から有り金ひっさらい、後生大事な鼈甲(べっこう)の簪釵(かんざし)まで質草にと持って飛び出したまんま、しばらくは顔見せないでしょうよ。

沢  それはひどい仕打ちだね、どんな簪釵か知らないが、二三注文しとこうじゃないか。

たえ いえいいの、そんなつもりじゃ。

沢  まあ、まかしときなさい。(鷹揚に笑を浮かべ戸に手をかける)

たえ あっ、ちょっと待って。(勝手口に駆け込み、湯飲みになにやら注ぎ、戻って口に含み沢の胸に吹き掛ける)

沢  なにすんの。

たえ 安物の焼酎、あたしの匂い消させて貰ったの。

沢  ふうんなるほど、芸がこまかいね、だが心配ないよ、うちの女房おおらかな性質(たち)でね。

たえ いえだめ、ことの次第で女の勘て凄いんですから。

沢  あはははっ。

たえ 笑いごとじゃないわ、あなたと離れたくない…

沢  まだそんな、取り越し苦労もいいとこだ、お前とはこの先どんなことがあっても離れやしない、あたしはそんな不実な男じゃないよ。

たえ ほんとよね、信じていいのね。

沢  くどいよ。

たえ すいません、でも、女なんて哀れねえ…

沢  どうして?

たえ あなたに抱かれ、腑抜けになるくらい幸せに酔ってるのに、すぐに気持ちが落ち着かなくなる。

沢  それはあたしもご同様だ、所詮男と女の絡みにゃあ避けちゃあ通れない修羅場よ。 せいぜい相手に泣きを見せないよう心しようじゃないか、なっ。

たえ、頷く。沢、懐から紙入れを取り出し懐紙に挟みやんわり手渡す。たえの慌てて返そうとする仕草に、沢首を振り押し止どめ、たえを見やりながら戸に手をかける。

 沢 しんばりをしっかとするんだよ。

たえ あなた…

沢、無言で去る、たえ頭を下げ見送る。飯台に戻りけだるく椅子に腰を落とし、辺り憚らぬ大あくびをし、背筋を延ばしりょう肩をこぶしで交互に叩く。階段を降りてくる足音、たえ、慌てて財布を懐に入れる。背後に後藤立つ。 後藤 (無言…)

たえ (振り返りもせずに)なんだい、寝てたんじゃないのかい。 

後藤 なんでえその言い草、焦ったぜたえ。いきなり今夜おっぱじめるたあ、だがよ、とんとん拍子にいったんじゃねえのか、えらく気が入ってたぜ。

たえ ふん、気楽にほざくんじゃないよ、こっちは性根を据えてんだこんだの鴨にゃ。雑魚ばかり相手に鼻声まぶしたって高知れてっからね。たっぷりとおいしい目を見させて貰うよ。

後藤 ついでにこっちも、運が向いてきたかな。

たえ おふざけじゃないよ!こんだあ、おこぼれ一つも御免だね、かづと二人、この泥沼からはい出る最後の仕事にしようと思ってんだい。そうそういつまでお前の言いなりにゃならないよ。旦那に鼻声まぶし、囲い者にしてと持ち掛けるか、さもなきゃたんまり絞って愛想つかさし逃げを決めるか、二つに一つと思案を固めているんだい!

後藤 女郎上がりが聞いた風吐(ぬ)かすない。

たえ 脅しかい、泣きはいれないよ。

後藤 ふん、俺はな、元をとるまでおめえを離さねえんだよ、おめえに人生ぼろぼろにされた哀れな男なんだよ。

たえ 哀れな男が聞いて呆れるよ、それは確かにおまえはあたいの馴染みだった、こちとらの上手(じょうず)を眞に受けて大層な貢ぎよう、嘘とは言わないよ。けどそんなこたあ日ごと夜ごと、巡り廻って尽きない話なんだよ吉原(あすこ)じゃね。(ため息をつき)あたしもドジだったねえ、おまえの度外れた貢ぎようから身請話を玉の輿と早合点しちまって…男をみる目が狂ったねえ…

後藤 やけに舌が廻るじゃねえか、男をみる目が狂っただと、ほざくな!こちとらこそ、これからってとこ端折(はしょ)っちまった、阿呆絵に書いたようなざまあ見たんだ。

たえ ちぇっ、なにを未練たらしい…ふん、話に乗ってみりゃあなんだい、使い込みがばれ、親が尻拭ってどうにか後ろに手え廻るのだけは逃れたものの、勘当はされるは女房には逃げられっちまうていたらくじゃないかい。それからってもの手変え品変え、あたいを痛ぶっちゃ食い物にしてきたんだろう…元がどうのこうの、それが借りと言うんならとっくにちゃらじゃないかい!

後藤 (声を殺して)たえよ…貸しには利息ってもんがあるんだ、食い物だなんてとんでもねえ。ちったあ頭ひやせ、このご時世だ、女郎上がりの女とそんな女にうつつを抜かし、しっぺ返しを食らった男のはい出る隙間なんてありゃあしねえんだ。だからよう、お蚕ぐるみでのほほん暮らす結構なご身分のお人から、気持ちようくおこぼれを絞り取ろうと、納得づくで始めた仕事じゃねえか。なっ、そうそういがみあうのもてえげえにしようぜ。

たえ 勝手だねえ。

後藤 …ところでどうでい、旦那の当たりは?

たえ 沢さんかい?ふふ(不敵に笑う)もうあたいから離れられないよ、地獄を見るまでは…

後藤 違えねえ、俺が見本よ、哀れな旦那だ。女郎蛛の搦める糸に身動き失ねえ、甘え夢にうつつを抜かし、この世の地獄を覗くか…俺の分け前忘れんなよ。

たえ また蒸し返しかい、強欲な男だねえ。

後藤 ほっときやがれ。

たえ 念を押すけどね、あたいは一度だっておまえをたぶらかした覚えはないよ。いい男ぶって、一人相撲でおまえは世間から袖にされたんだ。あたいのせいであるもんかい…女郎は千に一つも誠は言わないよ、それを承知で騙し騙され、あっけらかんと遊ぶのが男ってもんだ!いい加減にするんだね。

後藤 おうおうっ、御託を並べるじゃあねえか女郎が。

たえ その女郎に鼻毛を抜かれ、よがり狂ったその果てに、財産(しんしょ)潰したなんて大仰に喚いてんのはどこのどなた様だい!

後藤 このっ、言わせておけば言いてい放題…まあ今日んとこは腹に収めよう、でえじな仕事のめいだ。それよかたえ、この仕事がうまくいったらおめえとのわかれ話、考えねえでもねえぜ。

たえ (飲み干そうとした杯を止め)ほんとかい。

後藤 俺も男の端くれよ、とことん嫌われた女にいつまでまとわりついちゃいねえよ…旦那とのことは抜かりなくやるんだぜ。

たえ それはまかしといて、(ふと思案気に)かづはおしっこにも起きないで、ちゃんと布団剥がずに寝てるんだろうね?

後藤 餓鬼のことなんか知るけえ、下の成り行きが気んなって。

たえ たいした親だよ。

後藤 がんぜねえ齡だな、寝込んでたよ。

たえ そうかい、そりゃよかった。

後藤 それより…どうだい(たえの尻に手を廻そうとする)

たえ (払いのけ)なにするんだい、今夜は廻しはとらないよ。                     

                 暗転    


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4 コメント

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Unknown (志村 建世)
2007-08-24 14:19:08
父親から聞いた話ですが、芸者上がりよりも、遊女上がりの方が、堅気の奥さんになる場合が多いということでした。実際に明治の政治家夫人になった人もいたようです。
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Unknown (うたのすけ)
2007-08-24 14:59:16
戦後のことですが、あそこのかみさんは、吉原のお女郎さん上がりと噂があったりした商家もありましたが、別段だれも好奇には見ていませんでした。かえって羨望の目で見たりして…。
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Unknown (花てぼ)
2007-08-24 20:43:36
ワ-、うたのすけさん、想像力逞しい!(すみません、作家さんに対して)
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Unknown (うたのすけ)
2007-08-24 21:06:06
花てぼさん今晩は。
素直にお言葉通りに受け取ります。有難うございます。
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