東京大空襲の惨禍、克明に(八)<o:p></o:p>
<o:p> </o:p>
水道橋駅では大群衆が並んで切符を求めていた。みな罹災者だそうだ。罹災者だけしか切符は売らないそうだ。<o:p></o:p>
「おい、新宿へ帰れないじゃないか」<o:p></o:p>
二人は苦笑いしてそこに佇んだ。<o:p></o:p>
焦げた手拭を頬かむりした中年の女が二人、ぼんやりと路傍に腰を下ろしていた。風が吹いて、しょんぼり二人に、白い砂塵を吐きかけた。そのとき、女の一人がふと蒼空を仰いで、<o:p></o:p>
「ねえ……また、きっといいこともあるわよ。……」<o:p></o:p>
と呟いたのが聞こえた。<o:p></o:p>
自分の心をその一瞬、電流のようなものが流れ過ぎた。<o:p></o:p>
数十年の生活を一夜に失った女ではあるまいか。子供でさえ炎に落として来た女ではあるまいか。あの地獄のような阿鼻叫喚を十二時間前に聞いた女ではあるまいか。<o:p></o:p>
それでも彼女は生きている。また、きっと、いいことがあると、もう信じようとしている。人間は生きてゆく。命の絶えるまで、望みの灯を見つめている。……この細ぼそとした女の声は、人間なるものの「人間の賛歌」であった。<o:p></o:p>
自分たちはそれから大塚へいった。そして夕暮、やっと、へとへとになって新宿へ帰ることが出来た。<o:p></o:p>
午前十時半、B29三機偵察来。<o:p></o:p>
三月十一日(日)晴<o:p></o:p>
午前四時よりB29少数機相ついで来る。<o:p></o:p>
午前十一時一機来。午後一時敵数編隊、房総半島に近接中なりと空襲警報発令、一時十五分ごろに到達する見込みなりという。(何か人ごとみたいな、投げ槍な放送に聞こえてきます。)<o:p></o:p>
しかしこの敵は中途より反転して南方に去る。……
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます