うたのすけの日常

日々の単なる日記等

うたのすけの日常 焦土に哀歓あり 2

2010-04-29 20:24:06 | ドラマ

よね  そこなんだよ英さん、あたしらが心配なのは。あの子もいつまで子供じゃ通らないし、尻拭いじゃ済まなくなるからね……<o:p></o:p>

謙三  俺たちの間違ってたのはそこだよ、警察沙汰にしたくないばっかりに平謝りで尻拭いして廻る。自転車だけで十台にはなるな、弁償したの。それがあいつを誤まらしたてしまったんだよ。<o:p></o:p>

英輔  自転車って?<o:p></o:p>

よね  知り合いの家へ行って、一寸そこまで自転車貸してって、乗ってってそれきり。<o:p></o:p>

英輔  それきりって?<o:p></o:p>

よね  それきりよ。そのまま闇市へ乗ってって売っちゃうのよ。自転車の寸借詐欺。<o:p></o:p>

謙三  当然邦夫は帰っていませんかって貸した方は訊きに来るよ。最初の頃は邦夫の行きそうな所訊いて廻ってたが、いやしねえ。自転車だって一緒に行方不明、弁償しねえわけにはいかないよ。家を信用して貸してくれたんだし、どうぞ警察へ届けて下さいなんて言えやしないよ。なにしろ自転車は当節貴重品だからね。その繰り返しで、なにしろ家へ寄りつかねえで、以前はそんことばっかりやってやがったんだあいつは。<o:p></o:p>

英輔  それは知らなかった。でも、警察沙汰はともかく、弁償しねえ訳にはいかないよな小父さんたちとしちゃあ。全く(溜息を吐き)自転車がなくては商売によっちゃおまんまの食い上げだからな。『自転車泥棒』って泣かせるイタリヤ映画があったな。<o:p></o:p>

よね  なにそれ……それで手分けして、親戚はじめ知り合いを隈なく歩いて、邦夫が自転車貸してくれって来ても、決して貸して下さるなと頼んで歩いたもんよ。<o:p></o:p>

謙三  それが大笑いだ英さん、その時ゃもうあらかた借りまくった後よ。<o:p></o:p>

よね  (手拭を取り出し目に当てる)何が大笑いよ、頭下げて、あたしは情けなくて情けなくて……今度姿見せたらふん縛って、性根を叩き直してやんなきゃあんた。<o:p></o:p>

謙三  そうもいくまい、十やそこらのガキじゃあるまいし。だが英さん、こんど邦夫がなんか仕出かしても尻拭いはしないよ、こっちから警察へお願いするつもりだ。そうでもしなくちゃあいつの為にならねえよ。<o:p></o:p>

英輔  (言葉を選ぶように)でもよ小父さん、小母ちゃん、世話んなっててこんな言い方はしたくないが、尻拭い出来るうちが花なんじゃないのかな……今にそれじゃ済まされない事、例えばだよ……遊びの金欲しさに恐喝まがいの事仕出かしたらと、そっちの方が俺は気になってるんだよ。<o:p></o:p>

よね  そんな事になったら英さん、この土地にはいられないよ。<o:p></o:p>

謙三  (声を荒げる)あったり前だ、どの面下げて客商売やってられる、俺たちゃこの土地では、昔っから堅いで通っているんだ。倅の不始末に知らぬ半兵衛でいられるかい。<o:p></o:p>

英輔  (謙三の興奮を宥めるように)まあ小父さん、俺にも考えがある。今度帰ったらよくそこん所話してみるから、余り考え過ぎ無い事だよ。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

その時、襖が勢いよく開き、邦夫の姉の清子が顔を出す。<o:p></o:p>

<o:p> </o:p>

清子  あら、英さんお早う、今朝は早いお出ましね。(火鉢に手をかざしながら)またお父ちゃんたちの愚痴っ話の相手してくれてるのね。(しんみりと)いつも悪いわね。<o:p></o:p>

英輔  なあに、こっちも結構気を和ませて貰ってるんだ、こうして話し込んでるとさ。それより清ちゃん勤めいそがしいんだってね?楽器店だっけな銀座の。<o:p></o:p>

清子  (皆に茶を淹れながら)そうなの、いくらか世間落ち着いてきたのかしら、アメリカさんだけじゃなくて、結構日本人のお客さんも増えてきてんのよ。<o:p></o:p>

英輔  音楽だレコードなんて俺には縁がないけど、GIなんちゃどんなレコード買っていくんだい。<o:p></o:p>

謙三  日本の歌なんか買っていくらしいぜ、あいつらに分かんのかね。(邦夫への杞憂を忘れるように二人の話に口を挟む)<o:p></o:p>

清子  戦中や戦前の歌謡曲が人気よ。結構地方には焼け残った盤があって、男の社員はそれの買い集めに必死なの。<o:p></o:p>

英輔  なるほどねえ、それで例えばどんな?<o:p></o:p>

清子  渡辺はま子の「蘇州夜曲」、李香蘭の「紅い睡蓮」とか、あと…淡谷のり子のブルースものなんか人気よ、特に二世なんか。まとめ買いして、故郷の親御さんに送るのね。<o:p></o:p>

よね  蘇州夜曲ねえ、「シナの夜」の主題歌だったよね、長谷川一夫と李香蘭主演で、良かった。なんたって昔のほうがずっと良かったよ。<o:p></o:p>

清子  お母ちゃん、邦夫もまだ小さかったしね。(笑いながら立ち上がり)ご飯食べてそろそろ出なきゃ、英さん朝まだでしょう、あたし作るから一緒に食べない、相変わらずの雑炊だけど。(土間に降り、厨房から)お父ちゃんたち、ついでだから一緒に作るわよ。<o:p></o:p>

よね  母ちゃんたちはいいよ、もう一盛り客があるから……<o:p></o:p>

英輔  清ちゃん俺の頼むよ。<o:p></o:p>

清子  はい。(厨房から朝飯を作りながら)お母ちゃん、お店に来る二世でね、家へ遊びに来たがってる人がいんのよ。連れて来ていいかしら。<o:p></o:p>

よね  ええっ!(謙三英輔も同時に目を丸くして厨房を覗き込む)またなんだって?お前何かい、アメリカさんと付き合ってでもいるのかい。<o:p></o:p>

清子  そうじやないわよ、ただのお客さん。よく来てレコード買っていくのよ。その二世がね、日本の家庭とか家族をよく知りたいって言うの。自分の両親の生まれた日本を、直接に触れたいらしいのね。真面目な人よ、来るたんびに頭下げるのよ。社長もご両親が承知してくれるなら、お父ちゃんたちのことよ、招待したらって言うの。<o:p></o:p>

謙三  しょう…たい!脅かすない、こんなあばら家に招待もないもんだ、止めとけ止めとけ。<o:p></o:p>

よね  そうだよ、第一ご近所の口がうるさいよ。それこそ清ちゃんアメリカ兵と歩いてたなんて噂が立ったら嫁入りにも障るよ。<o:p></o:p>

清子  (ニコニコしながらお盆に丼二つ乗せて)そんなこと平気よ、言いたい人には言わせておけばいいのよ。これからは、近所の目なんか気にして生きることなんか無いのよお母ちゃん、民主主義の時代なんだから。(英輔の前に丼を置く)2<o:p></o:p>


最新の画像もっと見る

コメントを投稿