フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 



 囲碁の一力遼3冠(棋聖・本因坊・天元)が、棋聖位を3連覇しました。

 囲碁の最高位「棋聖戦」一力棋聖がタイトル防衛
 囲碁・一力遼棋聖 最終第7局で3連覇達成

 囲碁には多くのタイトルがありますが、そのうち7つを7大タイトルと呼び、それに序列(順位)がついています。本因坊や名人の方が伝統がありますが、現在は棋聖が序列・賞金額ともに囲碁界最高となっています。
 私は2年前にこのブログで、「一力遼・囲碁新棋聖誕生を祝う」という文章を書きました。  私が一力遼推しであることの所以はそこに書いてありますので、よろしければそちらをご覧ください。
 今回の棋聖戦7番勝負は実に見ごたえがありました。挑戦者は井山裕太2冠(王座・碁聖)。井山は、一力に棋聖位を奪われるまで棋聖9連覇を成し遂げた囲碁界のレジェンドです。私は一力推しですが、井山の闘いぶりも感動的でした。一力は26歳、井山は34歳。世界の囲碁界で、30代で第一線で活躍している棋士はほとんどいません。その井山が囲碁界の最高権威の奪還に向けて、3勝3敗で第7局に突入するという展開は、囲碁ファンにとってはこの上ない最高の対戦となりました。
 かつて一力は何度も井山のタイトルに挑戦しては、その高い壁にはね返されてきました。その当時、一力はまったく井山に勝てませんでした。趙治勲名誉名人は、一力と井山について、「井山の才能や努力が99だとしたら、一力の才能は80くらいかもしれない。それを一力はおそるべき努力ではね返してきた」と評したことがあります。その通り、近年になって一力は、井山から棋聖位と本因坊位を奪取しました。その間の道のりを考えると胸が熱くなる思いがします。
 しかし、井山は依然として高い壁であり続けています。いまだ王座と碁聖の2冠を保持し、昨年の碁聖戦ではその一力の挑戦を3対0のストレートで退けました。今の碁界は、一力・井山に芝野虎丸2冠(名人・十段、24歳)を加えた3つどもえの勢力図になっています。ちなみに、昨年の7大タイトル挑戦手合に出場した棋士のべ14人の内訳を見ると、一力4回、井山4回、芝野3回、許家元1回、関航太郎1回、余正麒1回となっています。一力・井山・芝野以外の棋士はほとんどタイトル戦に出られないのですから、いかに3人の実力が図抜けているかわかります。
 しばらくは3人のタイトル争いが続くでしょう。ただし、日本の碁界のためにはさらに新しい世代にも活躍してもらわなければなりません。一力遼棋聖がより第一人者としての地位を固めていくのかどうか、それも含めて、碁界の今後に注目していきたいと思っています。

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 紙資料からデジタルコンテンツへという変化は、時代の流れとともに必然です。私の職場では、新型コロナウイルスが流行した2020年頃から、一気にペーパーレス化が進みました。衛生面を考えれば当然のことです。
 とはいえ、私自身はおおいに苦労しました。紙資料がデータ化されたことで、ともかく読むのが目につらいのです。新型コロナウイルスが流行した2020年頃は、私が大学の行政職に就いていたため、毎日たいへんな数の会議に出席し、膨大な量の資料に目を通す必要がありました。それまでは紙資料で配付されていて、SDG's的にいえばよくなかったのですが、目へのやさしさからいうと、紙資料の方がはるかにましでした。毎日会議ごとに、数十ページから数百ページの資料に目を通すため、コンピューター上で読むことになってからは、目がつらくてしかたありませんでした。

 そこで思い出したのですが、私個人にとって忘れられない今年の大きな出来事は、日本棋院から刊行されていた『週刊碁』という新聞が、8月28日(月)発売の2023年9月4日号(通巻2320号)をもって休刊となったことです。これこそ、囲碁愛好者の減少だけでなく、紙資料を利用する人が減ったことの顕著なあらわれでした。時代の必然とはいえ、私には寂しい出来事でした。
 私が囲碁を覚えたのは45年ほど前。「父親の老後に囲碁の相手でもしてやろうか」くらいに思って、大学生だった頃に自力で覚えました。ただ、凝り性の私は、父親のことを別にして、自分自身が囲碁の奥深さにはまってしまいました。単に自分が碁を打ちたいだけではなく、プロ棋士の勝負の世界にも強くひかれるものがありました。当時はインターネットもYouTube放送もなく、プロ棋士の世界の情報を一番早く伝えてくれるのが、この『週刊碁』でした。定期購読をするようになり、毎週月曜日に一般紙と一緒に自宅に届くのが楽しみでした。

 後から知ったことですが、『週刊碁』の発刊は1977年。私が碁を覚えたのはそのすぐ後でした。伝え聞くところによると、『週刊碁』の最盛期には20万部を発行していたそうですが、近年は2万部ほどにまで落ち込んでいたそうです。私自身も、囲碁の世界の情報はもっぱらYouTube放送、ホームページ、X(旧ツイッター)などに頼っていて、紙媒体を利用することはほとんどなくなりました。かつて愛した情報紙がなくなるのは寂しいですが、これは時代の流れ、必然なのだと思います。『週刊碁』の代わりに「棋道Web」という有料デジタルページが開設されているので、今後はそちらを楽しもうと思っています。

 とはいうものの、私はやはりアナログへの愛着を持ち続けています。囲碁関係の紙媒体はほとんど使わなくなりましたが、推し棋士の一力遼が棋聖位を防衛したときや、本因坊位を獲得したときには、それを特集した月刊誌『囲碁ワールド』を記念に購入し、保存してあります。『週刊碁』の休刊前最終号も記念にとっておくことにしました。今進めている断捨離とは相反することなのですが、紙に書かれたもの、紙に印刷されたものへの愛着は、生きている限り捨て去れないもののようです。

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 10~12月期ドラマが始まりつつありますが、このところドラマのことを書いていたので、今日は囲碁の話題です。

 中国・杭州でおこなわれているアジア競技大会には、マインドゲームとして囲碁競技も採用されています。これは中国・広州でおこなわれた2010年大会以来のことで、スポーツ競技の大会に囲碁が採用されるのは珍しいことです。この囲碁競技では、男子個人・男子団体・女子団体の3競技がおこなわれ、男子個人は一力遼九段が4位、男子団体と女子団体は3位(銅メダル)となりました。囲碁は東アジアで盛んなので、このアジア大会は実質オリンピックのような世界最強決定戦といってもいい大会でした。
 20世紀の囲碁界は、日本を先頭に、他の東アジア諸国が日本を追いかける構図になっていました。しかし、今世紀になり、中国と韓国が世界のトップを走るようになり、日本は実力的に差をつけられています。原因は、各国の競技人気と国としての力の入れ方です。別の機会にも書いたように(→囲碁文化の危機に対抗するために)、日本では囲碁人口が急速に減少していますし、日本のトップ囲碁棋士は国内の対局に精力の大半を注いでしまう現状になっています。
 そんな中で、日本が男女団体で銅メダルを獲得したことは善戦・健闘といえます。将来を考えると、この銅メダルで日本囲碁の今後が明るいとは到底いえませんが、それでも派遣された棋士たちの必死の戦い方は感動的ですらありました。男子個人のみメダルがとれませんでしたが、それでも一力遼九段が準々決勝で中国選手を破り、ベスト4に進んだことには大きな意義があります。ちなみに、今大会の男子個人と団体において、日本選手対中国・韓国選手の対戦は18戦あり、日本から見て1勝17敗でした。この結果から見て、中国と韓国のトップ選手には歯が立たないというのが現状です。そんな中で、準々決勝で中国選手を破った一力九段の1勝があったからこそ、中国・韓国・中華台北・日本でベスト4を分け合うという構図が、男子個人戦でもかろうじて守られたというわけです。ベスト4に入った一力九段の健闘は、最大限の賞賛に値します。
 ちなみに、日本女子のレベルは、男子ほど中国・韓国との差がありません。中国や韓国とはいずれも1勝2敗で敗戦しましたが、金・銀に手が届いてもおかしくはなかったと思います。男子はかろうじての銅メダル、女子は惜しくも銅メダルという印象でした。
 とはいえ、日本囲碁の今後は課題山積です。日本のトップ棋士3人くらいはなんとか中国・韓国トップ棋士といい勝負ができますが、中国・韓国の選手層の厚さは日本とは比べものになりません。おそらく今回の団体代表選手と同じくらいの棋力の棋士が、それぞれ数十人規模で在籍しているのではないでしょうか。今回の日本の銅メダル2個をおおいに賞賛するのと同時に、今後の日本囲碁については重い課題ありと思い知らされました。

【追記】
 男子団体銅メダルメンバーのうち、一力遼九段と井山裕太九段がコロナ感染したことが報道されました。→ yahooニュース 10月4日に帰国した羽田空港の検査で陽性と診断されたそうですが、二人とも、競技途中で既に体調不良を訴えていたとのこと。帰国時には軽快していたそうで、大事に至らなかったことはよかったものの、選手(棋士)の健康管理体制にはおおいに問題があったと思います。
 というのも、男子団体競技は5人、女子団体競技は3人の対局で勝敗を決めますが、各1名の補欠登録が認められています。中国も韓国も中華台北も、当然のように補欠選手各1名を競技地・杭州に派遣していました。それなのに日本だけが出場選手数ぎりぎりで選手を派遣していました。体調不良の2棋士がそれでも出場して銅メダルを獲得したことは、はたして美談なのでしょうか。選手の健康と命を守る視点から、おおいに問題があったと思います。
 話は広がりますが、囲碁棋士は健康的な仕事とは到底いえません。長時間座ったままで考え続ける仕事です。一力遼九段は、対局中しばしば席を立つことで知られていて、廊下などでストレッチをしているそうですが、それでも不健康な仕事であることにかわりはありません。さらには、AI不正を疑われないために、1人の持ち時間3時間までの対局は昼食休憩もなくなりました。午前10時から夜まで休み無く対局が続けられます。しかも、強い棋士は勝てば勝つだけ対局が増え、休日がなくなっていきます。大切な棋士の健康をどのように守るのか、責任ある立場の人たちがもっと対策を練らなければいけないと考えます。

※このブログはできるだけ週1回(なるべく日曜)の更新を心がけています。今回は珍しく土曜日の更新でした。






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 日本の囲碁文化は危機に瀕しています。
 昨年発行された『レジャー白書2022』によれば、日本の将棋人口は500万人、囲碁人口は150万人だそうです。将棋の3分の1以下ということも懸念材料ですが、将棋は藤井颯汰人気でマスコミ報道も多く、将棋を見るだけ(いわゆる「見る将」)も多数いるのに対して、囲碁の人気は、あらゆる面で圧倒的に将棋人気より劣っています。さらにいえば、1980年前後に囲碁人口が1000万人を越えていたことを考え合わせると、40年あまりで愛好者が激減したことになります。これは既に危機的状況です。
 その状況を顕著にあらわすニュースがありました。囲碁界でもっとも伝統あるタイトル戦「本因坊戦」が、来期から大幅に縮小されることになりました。
 → NHKニュース
これまでの本因坊戦の挑戦手合は、1局2日制の7番勝負で、優勝賞金は2800万円でした。それが来期からは1局1日制の5番勝負に縮小され、優勝賞金額は850万円に大幅減額となります。本因坊戦を主催する毎日新聞の新聞不況のため、囲碁に大きな予算を割く余裕がなくなったことが主たる要因です(長年本因坊戦を開催してきた毎日新聞社には心から感謝しています)。ただ、その縮小の背景には、新聞社の問題だけではなく、囲碁愛好者の減少があります。囲碁の棋譜や観戦記をを掲載することに、大きな予算を割くだけの費用対効果が見込めなくなっているということです。


 私は、囲碁愛好者として、この状況をとても残念に思います。このままでは日本の囲碁文化は途絶えてしまいかねません。ではどうしたらいいのか。たとえば日本棋院がYouTube放送に力を入れたり、棋士が各種SNSなどで情報発信に努めたり、既に多くの努力がなされていることは承知しています。また、以前は囲碁棋士と囲碁ファンの間の垣根が高かったように感じますが、近年は囲碁棋士や囲碁ファン直接交流する機会が増えました。コロナ禍で実施されていなかったタイトル戦の大盤解説会が復活していますし、椿山荘のスイーツ付き大盤解説会なんていうおしゃれなイベントも開催されました。他にも、日本棋院ファン感謝まつり、浴衣囲碁まつり、群遊(囲碁ファンの観戦可能なプロ棋士団体戦)などなど、ファンが囲碁棋士と接することのできるイベントが近年増えているのは素晴らしいことです。
 これはたいへん重要な試みです。その上で、さらに必要なことについて、私なりの考えを書いていきたいと思います。


 囲碁の底辺を縮小させないためには、まず発想の転換が必要だと思います。これまでプロ棋士の対局の根底には「プロ棋士の役割はすぐれた棋譜(対局の記録)を残すこと」「長い時間をかけて考え抜いて打った碁にこそ価値がある」という発想があったと思います。賞金額が大きく、序列の高いタイトル戦ほど、対局の持ち時間が長いことからも、日本の囲碁文化の根底にその発想があることがわかります。その発想にはそれなりの伝統があり、その伝統を尊重したい気持ちは私にもあります。
 しかしながら、どんなにすぐれた棋譜を残しても、新聞の観戦記などを読んで棋譜を鑑賞するという愛好者が減少することは、もはや避けられません。スマホで手軽な娯楽がいくらでも手に入り、テレビドラマですら視聴率が下がっている時代に、囲碁の棋譜を鑑賞することをメインのターゲットにすることはもう不可能です。私は囲碁の高段者で、アマチュアではかなり強い方だと思いますが、それでも棋譜を鑑賞するよりもYouTubeで対局を見る方がはるかに楽しいと感じます。ですから、後からプロ棋士の棋譜を鑑賞することよりも、棋院がYouTube放送に力を入れてきているように、対局をリアルタイムで放送し、エンタテインメントとしてのイベント性を高めることの方が大切だと思います。
 そのためには、まず対局の際の考慮時間を短くしないといけません。囲碁界で権威があり序列の高いタイトル戦の考慮時間は、一人8時間です。二人合わせて16時間プラス秒読みで延長される時間を考えると、よほどの暇人でない限り、対局を見続けることなどできません。だからこそ、「時間をかけて考え抜いた対局ほど権威があり、よい棋譜が残せる」という価値観を転換させ、スポーツ中継のような、見る人を惹きつけるイベント性を重視する必要があると思います。そのためには、持ち時間の短縮が必要ですし、木曜日を中心に平日に実施されている対局日も、土曜や日曜中心に変更すべきでしょう。プロ野球やサッカーJリーグのように、夜の時間に開催することも検討すべきです。
 さらに、解説者の輪番制や公平性よりも、トークがうまく囲碁以外の話題も豊富な、タレント性を持った棋士を解説者として積極的に起用していくことも必要です。極端にいえば、「囲碁を知らない人が見ていても面白い」くらいの囲碁番組にしていかなければいけません。若手の話が上手な棋士と、タイトル経験者で含蓄のある話のできる棋士の組み合わせがベストです。前者ならなめらかな進行ができますが、手(技術面)の解説ばかりになりがちです。タイトル戦で命を削って戦った棋士でないと話せないこともあるので、話し上手な若手と勝負の深い機微を語れる棋士の組み合わせが、もっとも聞きたくなる解説をしてくれるでしょう。


 こういうことを書くのは、本当は残念です。しかし、囲碁強豪国の中国や韓国では、プロの対局持ち時間はほぼ3時間までです。日本独自の囲碁文化として、持ち時間8時間の2日制対局は残してほしい、そういう気持ちを私も強く持っています。しかし、そういう持ち時間の長い対局がプロ棋士の最高の評価基準になるというのは、これからの時代にはそぐわないと思います。日本の囲碁文化を廃れさせないためにも、「プロ棋士の役割はすぐれた棋譜(対局の記録)を残すこと」「長い時間をかけて考え抜いて打った碁の方が価値がある」という価値観からの脱却が必要だと私は思います。

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 一力遼棋聖が、本因坊文裕(井山裕太)を破り、初めての本因坊位を獲得しました。

(日本棋院twitterより)

日テレニュース
https://news.yahoo.co.jp/articles/da9523490824ec49d7044ebd5e58932b9f183480
YouTube放送

https://www.youtube.com/watch?v=-R0hiBbsAa4

 囲碁ファンでないとご存じないかもしれませんが、「本因坊」は、もともとは囲碁の家元の家系でした。江戸時代には本因坊道策、本因坊丈和、本因坊秀策といった、後世に残る大名人を輩出した家元でした。その後、1938年に21世本因坊秀哉が引退するときに名跡を譲り渡し、家元制から実力制のタイトル戦に変更されたのでした。
 以来多くの本因坊が誕生し、名勝負が繰り広げられました。今年まで本因坊位にあった井山裕太は、かつて囲碁界の7大タイトルを独占し、将棋の羽生善治とともに国民栄誉賞を受賞した囲碁界の顔・大スターでした。今の将棋界でいえば藤井聡太のような存在です。本因坊位も昨年まで11連覇を果たしていて、誰が井山裕太の本因坊連覇記録を止めるかが注目されていました。その本因坊位を、34歳の井山裕太から26歳の一力遼が、挑戦手合4勝3敗で奪取しました。囲碁界で序列一位の棋聖位を、昨年井山裕太から奪取したのも一力遼でしたから(それまで井山は棋聖位を9連覇していました)、これは一種の世代交代、囲碁界第一人者の交代を意味するといってもいいかもしれません。

 ただし、本因坊位の権威については、残念なニュースもありました。来年度からは棋戦方式も賞金額も縮小・減額され、囲碁界の棋戦序列も下がるそうです。この話題については、次回以降に取り上げます。

 さて、今回の本因坊戦の対局日程に関連してですが、その日程と開催場所について、興味深いことがありました。それは、井山裕太と一力遼の対局が本因坊戦に限らず他棋戦でも続き、しかも一時期の2人の対局が、大阪などの関西地区に集中していたことです。この2人は、次のように対局をしていました。

 6月20日(火)21日(水)
  本因坊挑戦手合第4局 映像配信1日目
 映像配信2日目
  ホテルアゴーラ守口(大阪府守口市)
 6月27日(火)
  碁聖戦挑戦手合第1局 映像配信

  日本棋院関西総本部(大阪市)
 6月29日(木)
  名人戦リーグ 映像配信

  日本棋院関西総本部(大阪市)

 7月4日(火)5日(水)
  本因坊戦挑戦手合第5局 映像配信1日目 映像配信2日目

  寂光院(京都市)

 ちなみに寂光院は、初代本因坊算砂が住職を務めていた寺です。ここに示した4局の棋戦は、本因坊戦、碁聖戦、名人戦、また本因坊戦と棋戦が異なりますが、同じ2人が同じ地域で戦い続けるという、いささか珍しい現象が生じました。先の3局をマスコミでは「囲碁界・大阪夏の陣」と呼んでいました。
 ちなみに、井山裕太の所属は日本棋院関西総本部(大阪市)、一力遼の所属は日本棋院東京本院(東京都)です。ですので、この日程は井山裕太に有利のようにも見えますが、タイトル戦全体では、それほど大きな偏りはないように日程が組まれているはずです。ただ、タイトル保持者が井山裕太ということもあり、また名人戦リーグ内の序列(前年順位)が井山1位、一力2位だったこともあり、この間の2人の対戦に際して、大阪対局が多くなったという事情がありました。

 そこで一つ紹介したい話題がありました。大阪に遠征しておそらくはホテル暮らしをしていたであろう一力遼は、特に過密日程の6月27日と29日の対局の間に何をしていたのか。それが気になっていたところ、一力の動向があるtwitter(大阪こども囲碁道場)に紹介されていました。




 このように、一力遼は、重要対局の合間の一日に、大阪こども囲碁道場に出向き、そこで後進の指導をしていたのでした。こども道場といっても、プロ棋士を輩出するようなレベルの高い道場ですし、指導した相手も、20歳未満の囲碁プロ棋士世界大会に出場したような一流若手棋士だったようです。つまりは、お遊び・ご愛敬レベルの訪問ではありません。有望若手棋士のために、過密日程の合間に道場に出向き、後進の指導をしていた(いわゆる胸を貸していた)ことに、一力の人柄が垣間見られるように思いました。

 以前に書いたことがあるように、私は囲碁愛好者であるのと同時に、一力遼推しのファンでもあります。

 →「一力遼・新棋聖誕生を祝う」(過去のブログ)

一力棋聖は今年ずっと好調で、1~3月には棋聖位を防衛しました。その後も各棋戦で勝ち進み、本因坊戦と碁聖戦の挑戦者になりました。しかし、性格が真面目すぎるのか(そこは私と同じだ…)、一つでも負けると考えすぎて調子を落とすことがあるように思います。昨年の本因坊戦挑戦手合7番勝負と碁聖戦挑戦手合5番勝負において、ともに井山裕太にストレートで敗れ去りました。一力は責任感が強すぎるのか(それも私と同じだ…)、敗戦を必要以上に重く受けとめ、調子を落としてしまった過去がありました。今回の本因坊戦も3勝1敗と「あと1勝」まで井山を追いつめながら、その後に連敗していました。その後の最終第7局に勝利して、私もほっとしました。(始めから4連勝してくれたら私のスケジュールももう少し楽になっていたのですが…)。

 囲碁界には7大タイトルがあり、そのうち賞金が高く2日制の7番勝負を実施している棋聖戦・名人戦・本因坊戦を3大タイトルと呼びます。その3大タイトルのうちの棋聖と本因坊を獲得し、名人戦の挑戦者の可能性もまだ残している一力遼は、もはや囲碁界の第一人者になろうとしています。その一力遼棋聖・新本因坊を、今後も応援し、推し続けていきたいと思っています。

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 私は勝負ごとが好きです。勝負ごとの典型的なものはスポーツでしょうが、他にもいろいろあります。私の好みはスポーツ観戦と囲碁観戦です。スポーツや囲碁を自分でもしますが、自分でするときは(熱くなる傾向はありますが)、勝負ごとというよりは楽しむ姿勢でありたいと思っています。しかし、見る方では完全に勝負にのめりこみます。
 過去に野球やサッカーの特定チーム、日本代表などを応援していたことがありますが、現在は囲碁棋士の一力遼棋聖を全力応援しています。一方で、勝負ごととはいえ、私はデジタルゲームや賭け事をしません。パチンコも競馬もいっさいしません。たぶん始めたら夢中になりすぎてしまうから、無意識に自分で自分を抑えているのでしょう。

 さて、今日書きたいのは勝負ごとのプロとファンの関係です。それを思ったのは、囲碁棋聖戦第3局に関する報道です。一力遼棋聖と芝野虎丸名人の対局直後、二人は棋戦関係者に促されて大盤解説会場へ出向き、応援してくれたファンに挨拶したとのことでした。第2局においても同様に、箱根応援企画に参加したファンに挨拶にやってきました。これらは囲碁・将棋界では珍しいことです。
 囲碁・棋聖戦:対局終え、大盤解説会場に姿現した両雄、一力棋聖は子供に「希望」「挑戦」とサイン : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)

 囲碁・棋聖戦:芝野名人「左上の白が生きて、少し良くなった」、一力棋聖「下辺のフリカワリで損」…難解な対局を振り返る : 読売新聞オンライン (yomiuri.co.jp)

 激闘を終えた対局直後の棋士の頭と心は、最高潮にまで激しています。そのときにファンの前に姿を見せて、心を静めて挨拶をするのは並大抵のことではありません。それどころか、一力棋聖はその会場で、サインを求めてくる子どもたちの色紙や本に、「希望 棋聖一力遼」「挑戦 棋聖一力遼」と揮毫したそうです。泣けてくるじゃありませんか。

 それで思い出したことがあります。もう何十年も前のことですが、私はプロ野球観戦に凝っていた時期がありました。その頃野球場に行って帰るときに、何か物足りなさを感じていました。後で考えると、それは選手たちの姿勢だったのだと思います。今の野球選手は違うのかもしれませんが、その頃のプロ野球選手たちは、試合が終わると、観客には見向きもせずに用具をまとめて帰っていきました。地上波放送も毎日のようにあり、ファンサービスなどしなくても、十分に野球の地位は安泰でした。プロ野球選手はそういうものだと、当時の私も思っていました。
 しかし、その後サッカー観戦にシフトしていったとき、サッカー選手は試合後にサポーター席にみんなで挨拶に来ることを知りました。サッカースタジアムにおいては、片方のゴール裏がホームチームのサポーター席、もう一方のゴール裏がビジターチームのサポーター席となっています。それぞれのチームの選手は全員そろって、そのサポーター席に挨拶に行くのでした。そのとき野球観戦を思い出して、「野球選手は傲慢だ」とそのときになって思いました。(繰り返しますが、今の野球選手は違うかもしれません。もう何十年もプロ野球観戦には行っていないので、今の野球選手のことはわかりません。)

 一力棋聖と芝野名人の態度を見て、野球やサッカーのことを思いました。野球やサッカーは団体競技ですので、試合終了時に全選手の頭と心が最高潮に激しているわけではありません。それに対して、たった一人で頭をフル回転させている棋士の対局直後の状態は、異常な興奮状態といってもいいくらいです。そんな中でファンに挨拶をし、(名前だけのサインではなく)揮毫までしたことに私は感激しました。これを機に囲碁界では、いかに対局直後の極限状態だとしてもまずファンに挨拶をする、そういうことが珍しくないことになっていったらいいと思いました。棋士の皆さんには酷な要望なのかもしれませんが、囲碁人口が減少している今、そういうファンを大切にするプロ囲碁界であってほしいと願っています。

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(白・芝野挑戦者の136手目。まさか黒大石がこの後全滅するとは…)

 第47期囲碁名人戦7番勝負が終了しました。このブログでは、10月の間ずっとテレビドラマについて書いてきたので、11月初回の今回は、テレビドラマとは別のことを書こうと思います。

 さて、今年の囲碁名人戦7番勝負は、囲碁界の第一人者・井山裕太名人・本因坊・王座・碁聖(33歳)に、芝野虎丸九段(22歳)が挑戦するという構図でした。年齢がほぼ10歳違うとはいえ、芝野挑戦者は、3年前に19歳で、史上最年少の名人になったこともある実力者です。今回の結果は、4勝3敗で芝野挑戦者が名人位を奪取しました。その第7局はたいへんな激戦で、歴史に残る名局でした。私はこの第7局のみならず、すべての対局の you tube 中継をパソコンでずっとつけっぱなしにしていました。あいかわらずの「ながら仕事」で、パソコン内の小さなウインドウに囲碁中継をつけておきながら、自分の仕事をする日々でした。
 第47期囲碁名人戦は碁の内容も素晴らしかったものの、それだけではなく、私は囲碁名人戦スポンサーである朝日新聞の運営にもおおいに感謝しています。今回の7番勝負の棋譜や解説だけではなく、それぞれの対局をドキュメンタリー作品としての人間ドラマのように報じていたことが、私は素晴らしいと感じました。各対局の2,3日後の朝日新聞紙面に大きなスペースをとり、重要な局面をピックアップして解説しているばかりではなく、それぞれの対局の解説者や立会人から1人を選び、そのインタビューにかなりの字数をとって掲載していました。その文章は実に味わい深いものでした。
 たとえば、第1局の立会人を務めた趙治勲名誉名人は、インタビューの中で、芝野挑戦者に対して「辛抱が過ぎた」「内容がよくても勝たなくてはだめだ」と厳しい言葉を投げかけました。そして、「虎よ、勝て。自分のため、井山のため」を檄を飛ばしました。第1局が終わったとはいえ、まだ7番勝負が続いているのに、第1局の立会人が片方の棋士に檄を飛ばすというのは異例のことです。しかし、かつて7大タイトルを独占し、国民栄誉賞を受賞した井山裕太名人にいつまでも若手が負け続けていてはいけない、井山名人にためにも彼を脅かす若手の台頭が必要だ、という危機感からの言葉だったのでしょう。だからこそ、趙名誉名人の檄は心に響きました。
 また、第6局の新聞解説は一力遼棋聖(25歳)が務めました。この名人戦まで、囲碁界の7大タイトルのうちの4つを井山裕太名人が保持していましたが、棋士の序列は棋聖保持者が最高位になります(対局のときにどちらが上座に座るか、対局場はどちらのホームでおこなうか、などが棋士の序列によって決まります)。現役最高位の棋士が新聞解説を務めるというのは、そうそうあることではありません。しかも、一力は昨年の名人戦で井山名人に3勝4敗で敗れています。一力は、挑戦者として名人戦に登場したかったはずで、挑戦者ではなく解説者として名人戦の舞台に立ち会うことは無念だったことでしょう。しかし、だからこそ一力は解説者を引き受けたのだと私は思います。挑戦者になれなかった悔しさを噛みしめながら、第三者だからこそわかることを体感しようとして、一力は名人戦に立ち会ったはずです。そして、そこで感じたことが、朝日新聞にインタビュー記事として掲載されていました。そこでは、自分の決意を語ると同時に、自分と同じく、井山という高い壁にはねかえされ続けた芝野挑戦者へのエールが語られていました。
 ちなみに井山名人は、この2年間でタイトル戦で13回カド番(あと1つ負けたらタイトルを奪われる、敗退するという状況)になり、そのうち12回勝利しています。13戦の相手はすべて一力と芝野です。その状況で、カド番の勝率が9割を越えるというのは異常なことです。いつもそんなに強いならカド番に追い込まれるはずがないのですから、カド番13戦12勝というのは驚異的な勝率です。そして、そのただ1回負けているのが、今年3月におこなわれた棋聖戦第7局であり、相手は一力(当時)挑戦者でした。一力は、井山を6回カド番に追い込みながらすべて敗れ去り、7度目の正直で井山から棋聖を奪取しました。その経験をふまえて一力は、立場の似ている芝野に勝ってほしいと語り、「芝野さんの7度目の正直を見守りたい」とエールを送りました。井山名人を仇役のように扱って申し訳ないですが、それだけ井山が囲碁界の高い高い壁になっているということです。こうした状況で一力が語った内容は、趙名誉名人のインタビュー記事に劣らない読みごたえがありました。
 こうした朝日新聞の記事を読んできて、私は囲碁という世界を少しでも理解できて本当に幸せだと思いました。また、新聞記事だけではなく、対局中のyou tube 中継もずっとつけっぱなしでした。こうした記事を多く載せてくれて、対局の同時中継もしてくれた朝日新聞には、心から感謝したいと思います。

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 このところ、テレビ朝日の深夜番組『お願い!ランキングそだてれび』に出演させてもらっていて、このブログにも告知をしてきました。毎回出番は少しですが、今週も火曜深夜にも出演します。番組の中の「文才芸人」コーナーへの出演ですので、深夜ですがよろしければご覧ください。

  お願い!ランキング そだてれび(テレビ朝日)
   8月2(火)深夜24時45分

 さて今回から何回かに分けて、私と囲碁とのかかわりを書いていきたいと思います。
 私が囲碁愛好者であることは、このブログでも何度か書いてきました。私が囲碁を覚えたのは、多くの愛好者よりも遅く、大学生になってからです。私の父親が囲碁好きだったこともあり、父親の老後の相手にでもなってやろうかと思って、かじってみたのが発端でした。私の父親は、人にものを教えるということのまるでできない人だったので、教わったことは一度もありません。囲碁ははじめかた独学で覚えました。父親が「ならやってみるか」と言っていきなり対局をして、はじめはまるで歯が立ちませんでした。ただ、半年くらいで父親に勝てるようになりました。私の父親は、自分では「碁会所の5段だ」などと言っていましたが、せいぜい初段か2段くらいのヘボ碁だったようです。そのうち、私に3子置いても(ハンディキャップ戦でも)勝てなくなりましたので、父親の力量は初段か2段くらいのものだっただろうと思います。

 もともとは父親のために始めた囲碁でしたが、そのうち自分の趣味になりました。私のような文学やドラマの研究者は、「言語」機能を担う左脳を使うことが多いといわれています。私の知っているある文学研究者は、文学研究で頭が疲れると推理小説を読むそうで、そういう人は根っからの言語人間なのでしょう。しかし、私は言語系の研究に疲れると言語以外のもの(たとえば囲碁のような右脳を使う図形の世界)に移行したくなります。そういう意味で、囲碁は次第に私の趣味になっていきました。
 ただ、私が囲碁を覚えた頃は、AIどころか、コンピューターもスマホもありませんでしたから、囲碁の勉強は「本」「テレビ」「対局」しかありませんでした。基本的なことは「本」で覚え、ときどき「テレビ」でプロの実戦を見ながら、たまに町の碁会所に行って、そのつど知らない人と「対局」する、というのが私と囲碁のかかわりでした。
 碁会所で対局した人の中には、上級者なのに親切に教えてくれるありがたい人もいれば、おそろしくマナーの悪い人もいました。それもまた、人とかかわることの勉強の一つだったと思います。碁会所といえば、今でも覚えているのは、大学院の入試の後のことです。この試験に受かるかどうかでその後の人生が変わると思いつめた試験の後、合格発表までの1週間、私は毎日碁会所で朝から晩まで碁を打ち続けました。それまで毎日10時間以上試験勉強して、試験が終わった後、私は何もする気になれず、毎日ただひたすら碁を打って時間をやり過ごしていました。そうやって、私と囲碁は切り離せないものになっていきました。

※このブログはできるだけ週1回(なるべく日曜日)の更新を心がけています。




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 囲碁とAIの関係については、このブログで何度か書いてきました。繰り返しになりますが、ほんの20年ほど前、私はAIが人間を追い越すのはまだまだ先のことだと思っていました。プロや名人クラスはもちろん、アマチュアの私ですら、生きている間にコンピューターに負けるとは思ってもいませんでした。それがコンピューターの急速な進歩により、名人クラスの人間もAIに勝つことができなくなってしまいました。
 「人間がAIに勝てなくても人間の価値は変わらない。人間より自動車が速くても、オリンピック陸上100m優勝者への敬意は変わらない。」ということがよくいわれます。理解できますが、囲碁、将棋、チェスなどの場合は、1手1手はAIと同じ手を指すこともあり、速さや強さとは違うので、自動車の例と囲碁などの例とでは、受ける印象が少し違っています。

 さて囲碁の話ですが、近年はプロの対局を見ながら、AIの形勢判断を参考にすることが多くなりました。そして、プロの着手の後にAIの数値を見てから、「AIの勝率が上がったからこの手はいい手だった」「この手で数字が下がったから悪手だった」などと思うようになりました。たしかに、AI勝率の高い手を打ち続ければ勝利に近づきます。しかし、待てよ。人間はどうやっても、最初から最後までAI通りには打てないのです。その際に、AIの数値の高い手が必ずしも勝利に近い手とは限らない、というのは今日の私の文章の趣旨です。

 そのことを実戦で見てみたいと思います。今年の囲碁棋聖戦七番勝負最終局の井山裕太棋聖(白番)対一力遼挑戦者(黒番)戦から。「図1」の局面から黒番の一力は左辺を白に囲わせる作戦に出ました。黒白ともに2手ずつ増えて「図2」になりました。

  (図1)(図1)
  (図2)(図2)


 囲碁を知らない方に、この2手ずつの意味を説明するのは難しいのですが、おおむねこういうことです。囲碁は最後に囲った陣地が大きい方が勝ちです。ただ、最初から陣地を囲うことが戦略的に有利とは限りません。たとえていうと、10万円受け取る権利があるとして、その10万円を先に現金で受け取って手元に置くか、何かに投資して増やそうとするか。投資する場合は、10万円より増えることもあれば、減ることもあります。増えると考えて投資するか、先に受け取って確保しておくか、です。
 実戦の黒の作戦は投資作戦です。左辺を白に囲わせるということは、白の井山棋聖に先に現金を与えてしまうことです。となると、黒の一力挑戦者は、他の場所でそれ以上の価値を生み出すことが必要です。そして、AIの形勢判断は、「図1」で黒の勝率44.8%「図2」で黒の勝率32.2%でした。ということは、黒のこの作戦はAIからは評価されなかった、勝利の可能性が減った、よくない作戦だったということになります。
 しかし、私が言いたいのは、この場面におけるAIの勝率と人間の感覚の違いについてです。対局中に対局者はAI判定を見られません。黒の一力挑戦者は、先に相手に地を囲わせる(つまり先に現金を与える)という大胆な作戦を意図的に選択し、その後の展開で主導権を握ることができました。AIの数値は下がっても、人間的には、心理的には、勝利に近づいたといえる面があるのかもしれません。「勝利に近づいた」はいいすぎとしても、少なくとも黒側が精神的に満足して、その後を打ち進められたのではないかと思うのです。

 もうひとつ例を挙げます。「図3」の場面で、井山棋聖の下辺から上辺にかけての17個の白石は、まだ完全に生きているとはいえません。

  図3(図3)

 私のようなアマチュアであれば、この石を攻めたくなります。しかし、そこがタイトル戦の微妙な局面で、攻めたら勝利に近づくのかは紙一重のところです。そのときに一力挑戦者は左辺にすべりました(△のある黒石)。白の大石から離れた地点に打ったわけで、これはプロの予想にもなかった手でした。AIの形成判断でも、この手が特にいい手とされていたわけではありません。
 しかし、私が見るところ、この左辺スベリこそ、一力挑戦者の特長が発揮された手だと思うのです。つまり、下辺から上辺にかけての白の大石に直線的に攻めかかる手は、いいかえれば、意図のわかりやすい、単純な手でもあります(読みとしては難しい手であるとしても)。だからこそ、挑戦者は左辺をスベリ、「中央の白大石と左上の白石、両方弱いんじゃないですか。左上の石も頑張ると、今度こそ本気で中央の白大石に攻めかかりますよ。どうするんですか。」と問いかけているのです。
 AIは迷ったり困ったりしませんが、人間はこう問いかけられると簡単に態度を決められなくなります。その意味でも、左辺すべりは、AIから特に高く評価されなくても、人間的には好手だったと私は考えるのです。

 人間はAIには勝てなくなりました。しかし、人間の勝負には人間にしかない勝敗のかけひきと心理的な機微があります。そのことに敬意を持って、これからも人間の勝負ごとを見ていきたいと思っています。


※このブログはできるだけ週1回(なるべく日曜日)の更新を心がけています。(今回は月曜朝になってしまいました。すみません。)


 



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 囲碁界でもっとも序列の高いタイトル「棋聖」を争う七番勝負が終わり、一力遼挑戦者(24歳)が4勝3敗で井山裕太棋聖(32歳)を下し、タイトルを奪取しました。しかし、マスコミの取り上げ方が小さすぎませんか。将棋の藤井聡太の話題は、タイトル戦ごとに、まだ結果が出る前でもあんなに取り上げるのに、こちらは囲碁界最高位の交代ですよ。しかも、囲碁界の第一人者である井山裕太が9連覇してきたタイトルをついに明け渡したのです。報道の扱いが小さすぎて不満に思います。
 ところで私はこの数年、囲碁棋士の一力遼にかなり肩入れしてきました。いわゆる「推し」というものかもしれません。私は以前、サッカー日本代表を継続的に応援し、海外のワールドカップまで観戦に行ったりしたことがありましたが、個人をこれほど応援してきたことは、これまでなかったように思います。それほど一力遼に肩入れしてきたのには、私なりの理由があります。
 まず、一力遼が仙台市出身であること。私は小学校の途中から高校を卒業するまで仙台市で育ち、その後もしばらくは仙台市に年に2度ほど帰省していたので、仙台市や宮城県に特別な思いがあります。
 また、一力遼が宮城県を中心とする東北地方の有力新聞「河北新報」の創業家の長男であることも理由です。私が仙台に住んでいた頃、私の家のみならず、地元の多くの家では、朝日、読売、毎日といった全国紙ではなく、河北新報を購読していました。社会に重要な役割を果たす新聞社、テレビ局といったマスコミ企業が同族経営であることの是非はここでは置いておきましょう。いずれにしても、私が長年読んでいた新聞にゆかりの人物ということで、単なる仙台市出身という以上に、一力に親しみを感じてきました。
 なお、一力は中学1年生で囲碁棋士になった後も学業を続け、早稲田大学を卒業した後は河北新報の記者にもなりました。大学卒の囲碁棋士はときどきいますが、兼業の囲碁棋士が大きなタイトルを獲得したのは一力が初めてです。河北新報に親しみがある上に、学業や他の仕事をしながら過酷な勝負の世界で戦い続ける一力の姿勢を、日頃から応援したいと思っていました。
 ちなみに、私は、いわゆる「二世なんとか」というのが好きではありません。「二世議員」とか、「二世タレント」とかです。もちろん、それなりの苦労があることは承知しています。「二世~」というと、周囲から「楽してその地位を得ている」「いい思いしている」「実力もないのに」といった目で見られる、という本人たちの悩みがあることも十分承知しています。しかし、そうであったとしても、その何分の一かはあり得ることなので、それをはねかえす義務も、彼ら彼女らにはあるだろうと思っています。その一方で、一力は、新聞社の跡継ぎでありながら、囲碁という実力だけしか通用しない勝負の世界に飛び込みました。その姿勢に感服します。私が嫌いなのは、有名人の子で、なにが職業だか、何の技能があるか、わけのわからないタレントたちです。たとえば長嶋一茂とか(あ、言っちゃった)。一力は小さい子どもの頃から囲碁で頭角をあらわしていたので、当然プロへの道を誘われたと聞いたことがあります。しかし、「この子は父親のあとを継がないといけないので、プロ棋士にはさせられないんです」とはじめは周囲が断っていたとのこと。それでも本人の意志がかたく、結局上京してプロ棋士への道を進みました。親の地位や知名度で世渡りしてる二世たちと、なんと姿勢がかけ離れていることでしょうか。
 さらに一力遼を推しているもう一つの理由。それは、囲碁界には井山裕太という突出した存在がいることです。囲碁を知らない人でも、将棋の羽生善治と囲碁の井山裕太が国民栄誉賞を受けたことを知っている人は多いことでしょう。しかし、国民栄誉賞を受けたときに羽生は48歳、井山は29歳。20代でそれだけの評価を得るということは、いかに井山が囲碁界で突出した存在なのか、わかると思います。つまり、一力が大きなタイトルをとるためには、井山に勝たなければならないということです。
 私はそれぞれの分野で勝ち続ける存在があった場合、それを倒す誰かがあらわれてほしいと願う性格を持っています(たとえば読売ジャイアンツが9連覇[1965-1973]しているとき、私はどこかのチームがジャイアンツを倒さないかと願っていました。古い話ですみません。)。
 囲碁界のその役を一力に期待しましたが、一力は、2016年天元戦で1勝3敗、2017年の王座戦で0勝3敗、天元戦で0勝3敗、2018年の棋聖戦で0勝4敗、と井山に負け続けます。ほとんどがストレート負けです。つまり、一力は2016年天元戦第2局で1勝しただけで、タイトル戦で、その後井山に12連敗したということです。これは棋士として、とてもつらいものがあります。しかし、その後は2018年天元戦で2勝3敗、2020年天元戦で3勝2敗、2021年碁聖戦で2勝3敗、2021年名人戦で3勝4敗、2022年棋聖戦で4勝3敗と、つねにフルセットの熱戦を繰り広げています。国民栄誉賞棋士にタイトル戦12連敗した絶望的な状況から、精進を続けてここまでの戦いをするようになったことも、私が一力を応援したくなる大きな要因です。

 ということで、今回は私の「推し」トークに終始してしまいました。これからも一力遼を応援していきたいと思っています。

補足

 「囲碁とAI」についても私の関心事です。一力が棋聖を獲得した七番勝負最終局について、近いうちにその観点から書いてみたいと思っています。
 さらに補足。私は「二世~」があまり好きではありませんが、もちろんみんな嫌いなわけではありません。テレビドラマ研究者としては、杏を高く評価しています。NHK朝ドラ『ごちそうさん』と民放連ドラ『デート』の振れ幅を見て、私はこの女優は本物だと確信しました(『ごちそうさん』でダメ男に引っかかってしまいましたが。あ、また言っちゃった)。

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 AIの進歩にはめざましいものがあり、多方面に影響をもたらしています。その中で私が特に関心を持っているのは、囲碁・将棋・チェスなどに関することです。
 ちなみに、今から8年半前。2012年1月のこのブログに「初めてコンピュータ囲碁に負けた日」というブログを掲載しています。そのとき、次のように書いていました。

(2012年1月7日)
15年ほど前にコンピュータ囲碁ができた頃には、「私が生きている間に私がコンピュータに負けることはないだろう」と考えていました。ところが、9路盤のこととはいえ、コンピュータに私が負ける日がついに来たというわけです。正規の19路盤では選択肢が広すぎて、私が負けそうになるようなコンピュータは、まだ開発されていないようです。


 繰り返しますが、私がこう思っていたのがわずか8年半前のことです。ところが、アマチュアの私が負けるどころか、囲碁の世界王者すらAIには勝てないほどAI囲碁ソフトは進化しました。20数年前には「私が生きている間に私がコンピュータに負けることはない」、8年前には「私が負けそうになるコンピュータは、まだ開発されていない」と、アマチュアの私ですら言っていたのに、です。

 そういう状況の中でですが、興味深い出来事がありました。昨日、会議の合間に you tube で囲碁のタイトル戦「女流立葵杯第1局 藤澤里菜対鈴木歩」をちらっと覗いてみたところ、中盤を過ぎたところ
で、AIが鈴木挑戦者の勝つ確率を約82%と判定していました(写真の場面)。AIの判定の信頼度にはいろいろな考え方があります。とはいえ、選択する着手の善し悪しをAI判定を頼りに検討することも多い昨今、AIが80%を越える勝率を予想したことには一定の意味があります。
 しかし、解説の王銘エン九段は想定終局図を作って、白の1目半勝ちを予想しました。結果も白番の藤澤里奈立葵杯が半目勝ちをおさめました。画面下部の孤立した白2目の攻め取りを、AIは正しく想定していなかったのではないかと思います。
(注記:結果がAIの判定通りにならなかったからAIが正しくない、ということにはなりません。対局している人間が、その後の着手を間違えたのかもしれないので。しかし、王九段は、双方最善を尽くした想定図を作って白の勝ちを予想しました。そのことの意味をここでは論じています。)

 8年前に私が、「私が負けそうになるコンピュータは、まだ開発されていない」と書いた頃は、「AI」という語もありませんでした。その当時は、コンピュータに着手の「価値」を判定させることが難題でした。しかし、高性能コンピュータ同士に対局をさせて、似たような局面のデータを膨大に蓄積させる方法が開発されてからは、コンピュータ囲碁は飛躍的に強くなりました。いわばコンピュータが自分で対局を繰り返して、自分で強くなっていくのです。

 もはや人間がかなわなくなるほど強くなったAI囲碁なのですが、今回は、形勢判断で人間の判断と食い違いました。そして、人間の判断の通りになったことを見て、なんとなくほっとする気持ちになりました。そのほっとする気持ちなど、時代遅れの感覚に過ぎないと知りながら、人間の判断の価値というものを再度考えさせられました。


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 先日(2016年3月)に、囲碁の人工知能(Artificial Intelligence; AI))人工知能「アルファ碁」が、世界最高棋士の一人イ・セドル九段(韓国)と対局し、4勝1敗で、AIが勝ち越しました。これは実に衝撃的な出来事でした。

 近年の人工知能の発達には目覚ましいものがありますが、まだトップ棋士にはかなわないと私は思っていました。それが、イ・セドル九段が5戦して1勝しかできなかったことに、私は大きな衝撃を受けました。

 既に考察があり、報道もされているように、数多くあるゲームの中で、囲碁はコンピュータにとって難しいゲームです。チェスの世界では、既に1996年にコンピュータ「ディープ・ブルー」が当時の世界チャンピオンであるカスパロフ氏(ロシア)から1勝をあげ、翌1997年にはカスパロフ氏に勝ち越しました。しかし、チェスはボードが狭く、取った相手の駒を再使用するルールもないので、比較的選択肢が限られます。チェスよりも将棋の方が複雑になり、さらに囲碁の方がはるかに選択肢が広くなります。さらに、打つ手の価値づけが難しい面が囲碁にはあります。
 そのような理由から、囲碁でコンピュータが人間の上級者に勝利するのはまだはるかに未来のことだろうと多くの人は予測していましたし、私もそう思っていました。チェスで世界チャンピオンが負けてから数年経っても、コンピュータ囲碁の実力はアマチュアの中級者程度。アマチュアとしては強い方に属する私は、その頃(2000年代に入った頃)、「私が生きている間に私がコンピュータに負けることはないだろう」と思っていました。

 ところが、です。コンピュータ囲碁は急激に強くなりました。数年前から、私程度では到底かなわないコンピュータが生まれています。急激に強くなった理由は、コンピュータの新しいプログラム方式が生まれたことです。それまでのコンピュータ囲碁では、コンピュータに打つ手の価値判断を与えておき、より価値の高いと判断される手を選ぶようにプログラムされていました。しかし、どの手がよいのかを人間がプログラムすることは、きわめて困難なことです。
 これに対して新しい方法は、一手ごとの価値判断をするのではなく、膨大な対局の記録を蓄積することによって、勝率のより高い手を選ぶというものです。しかも、過去に打たれた対局を蓄積するだけではなく、AIの中でコンピュータ同士の対局を膨大に繰り返し、その記録を活かして、さらに勝率の高い手を選んでいきます。これはディープ・ラーニング(深層学習)の一種ですが、「アルファ碁」はこの自己対局を3千万回も繰り返しました。その結果に基づいて、より勝率の高い手を選ぶことで、「アルファ碁」は急激に強くなりました。つまり、これを言い換えれば、「コンピュータが自分で学習してさらに強くなっていく」ことを成し遂げたと言えます。




 このことから、最近のある映画を思い出しました。例によってマスコミ試写会で今年1月に見た映画『オートマタ』(ガベ・イバニェス監督、アントニオ・バンデラス主演)です。
 この映画は近未来(2044年)のロボットを中心に描いた作品です。その世界では核戦争の影響で地球環境が悪化し、人類の生存者が極端に減ってしまっています。そこで人類は、ロボットに多くのことを依存するようになります。
 その際にロボットには二つの規則が与えられています。それは、「生命体に危害を加えてはいけない」「ロボット自身で修理・改造をしてはいけない」。この二つは絶対に守らなければならない鉄則なのですが、その世界の中で、ある理由によって、第二の規則を破るロボットが出てきます。そのために、ロボットが人間にとって危険な存在になっていく、というのが映画の設定です。

 言われてみれば当然のことかもしれないのですが、二つの鉄則のうちの二つ目の方は、私はそれまでまったく気づきませんでした。コンピュータは計算能力、情報処理能力は高いが、創造的な仕事はできないと思いこんでいました。しかし、コンピュータ自身がコンピュータを改造できるなら、その限りではありません。今回のコンピュータ囲碁の対局を知って、AIは自身で対局を繰り返して強くなっていくのだから、これは一種の成長、あるいは改造とも言えるのではないかと思いました。
 囲碁に強くなることで人間に具体的な(身体的な)危害が加えられるわけではありません。しかし、どんな改造でも許されるのであれば、その心配も生じてきます。だからこそ、映画『オートマタ』に描かれている世界では、コンピュータがコンピュータを改造することを禁じていたのです。

 私が15年前に予測していたこと、「私が生きている間に私がコンピュータに囲碁で負けることはないだろう」という予測は、完全に外れました。なぜ予測が外れたかというと、それは、コンピュータ自身が自分で強くなることを考えていなかったからです。
 コンピュータがこれからの世界に必要であることは疑う余地がありませんが、コンピュータはいかに安全に活用されていくべきか。今回のアルファ碁とイ・セドル九段との対局から、単に囲碁の世界にとどまらない大きな課題を強く考えさせられました。



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 コンピュータと囲碁を打って負けました。コンピュータに負けたのは、生まれて初めてでした。ただし、正規の19路盤ではなく、もっとずっと小さい9路盤でのことですが。 
               
 囲碁・将棋・チェスなどのテーブルゲームにコンピュータが進出していることは、すでによく知られています。
 その中で言えば、チェスの分野でもっとも早く、コンピュータが人間に追いつきました。チェスと将棋は似ていますが、将棋は取った相手の駒を自分の駒として使えるため、チェスよりもプログラムが難しいのです。
 チェスの世界では、すでに1997年にコンピュータ「ディープブルー」が、当時の世界チャンピォンのカスパロフ氏に勝ちました。しかし、将棋のコンピュータが人間のプロに追いついてきたのはまだ最近のことです。
               
 一方、囲碁のコンピュータははまだそこまで進んでいません。チェスや将棋のように「この駒を取ったら勝ち」という勝敗の決め方ではないことや、19×19路という選択肢の広い盤を使うことなどが理由にあります。ですから、15年ほど前にコンピュータ囲碁ができた頃には、「私が生きている間に私がコンピュータに負けることはないだろう」と考えていました。ところが、9路盤のこととはいえ、コンピュータに私が負ける日がついに来たというわけです。正規の19路盤では選択肢が広すぎて、私が負けそうになるようなコンピュータは、まだ開発されていないようです。とはいえ、ここまで進化したということは、コンピュータ囲碁が高段者やプロに追いつく日もそう遠くないのかもしれません。
               
 図は私が、フランスの大学で開発されたというコンピュータ囲碁「masec」に負けた一局の終局図です。左が黒の獲得した地、右が白の獲得した地。切り離された白3子は死んでいるので、そこは黒の地です。〇のついた白石は黒石がとられた跡です。
 獲得した地の大きさを争うのが碁ですが、先に打つ方(黒)が有利なので、その分のコミ(ハンディキャップ)をあらかじめ決めておき、後番(白)にその分を足します。ですから、左の方が大きく見えますが、コミの分があるので、僅差で白の勝ちというわけです。
 このコンピュータは9路盤に限ってなら、日本のアマ5段クラスの実力があるようです。
 図を日本ルールで数えると、
   黒地27目 + アゲ石3目 = 30目
   白地22目 + アゲ石1目 = 23目
 コミ(囲碁は黒番=千番有利のためのハンディキャップ7.5目)を白に足すので、白0.5目勝ちというわけです。

 ちなみに中国ルールでは、こう数えます。
   黒地27目 + 盤上の黒石17目 = 44目
   白地22目 + 盤上の白石15目 = 37目
 同じようにコミ7.5目を白に足すので、白0.5目勝ちになります。

 私の黒番で、途中では私が悪くないかと思ったのですが、寄せに入る時点で私の半目負けとわかりました。中国ルールで「7目半」という大きなコミのために、黒番不利な印象もありますが、ともあれ、置き碁ではない碁で初めてコンピュータに負けました。持ち時間が10分サドンデス方式で、秒読みがないのも、9路盤に慣れていない私には少し負担でした。それに比べてコンピュータには、過去の対局のデータがかなり蓄積されているようでした。
 普段使わない9路盤に慣れていなかったとはいえ、コンピュータに生まれて初めて負けるという体験をしました。悔しかったのですが、同時にコンピュータの進歩に驚きました。
 ちなみに、この後同じコンピュータと何度か対戦して雪辱しています。9路盤の戦術や、このコンピュータの特徴が少しわかってきましたが、それでも全勝というわけにはいきません。コンピュータもなかなか強いです。今後のコンピュータの進歩に注目していきたいと思います。

     
        



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(棋譜は張栩名人[白]対井山裕太八段[黒]。昨年の名人戦最終局)

 もうかなり前のことになりますが、囲碁の五冠王である張栩名人が、NHKのトーク番組「トップランナー」に出演して、インタビューを受けていました(7月17日放送)。
 張栩名人は台湾出身の29歳。日本の囲碁の公式タイトルは7つ(棋聖・名人・本因坊・十段・天元・王座・碁聖)あり、現在の制度になってからこのうちの5つを一人の棋士が占めたのは張栩名人が初めてでした。それほどの実力を持った棋士です。
                
 私は囲碁をするので、インタビューの内容も面白く、普段知ることのできない棋士の心情の一端を知ることができました。その道のプロ中のプロに対するインタビュー番組というのは、時として素人のつまらない質問しかしないことがあるのですが、この番組のインタビュアーは、囲碁には素人ながらも興味深い質問をして、棋士の内面を表に出す役割をしてくれていました。
 ただし、番組の中で私が一番興味を持ったのは、フロアのお客さんからの質問タイム。小学生くらいの男の子が名人に質問した後の場面です。その会話を再現すると次のようなものでした。
               
 張「碁は打たれているんですか?」
 男の子「はい」

 張「どれくらいの棋力ですか?」
 男の子
「えーと、5、6段くらいだと思います」
 司会者「すごいんですか?(と張名人に)」
 張「はい、すごいですよ(笑い)。ちなみにプロは目指している?」
 男の子「いえ、今のところプロは目指していません」
 司会者「どうして目指さないんですか?」
 男の子「最近よく打っていた人が院生(プロ養成機関の生徒)になってるんですけど、僕はそこまで踏み切る勇気がないので」
 司会者「もったいない。何か一言(張名人に)」
 張「難しいですね、コメントが。プロの世界はそんなに甘くはないので。ものすごい覚悟を決めていかないと。もしその覚悟があれば、目指してもけっこうですけど……
               
 張名人の最後の言葉はやや歯切れが悪いように思われますが、それには理由があります。つまり、この会話が含んでいる意味は、次のようなことだと私は思います。
 司会者は男の子の棋力に驚いて、張名人に「プロにならないか?と勧めないんですか」という問いかけをしたのです。それに対して、張名人は「私からプロになれと勧めることはできませんよ」とかわした、というのがこの場面の意味なのでした。しかし、何故か。
 プロはアマに対して、「プロにならないか?」とは、安易に勧められません。それはプロの世界の厳しさを知っているからこそ、簡単には勧められないということなのです。「その世界に入って成功できるかどうかは自分次第。だから決断も自分でするしかない」というのが、厳しさを知っているが故のプロの気持ちでしょう。
 ちなみに、囲碁のような厳しい勝負の世界ではないかもしれませんが、私たち研究者の世界にだって似たようなことはあります。
               
 よく「○○君は学生時代優秀で、教授から大学院に残るように勧められたほどです」なんていう挨拶を、結婚式などでときどき聞くのですが、学生に対して「君は優秀だから大学院に残りなさい」なんていう大学教授がこの世にいるのでしょうか?少なくとも私は20年間大学に勤めていて、そんなことを学生に言ったことは一度もありません。学生の方から「もっと勉強したい」とか「教員になりたい」という相談をもちかけられたときに、「それなら大学院という道もあるよ」とは言いますが、「優秀だから大学院へ行かないか」とは言いませんし、ましてや「研究者(つまりこの道のプロ)を目指してみないか」とはけっして言いません。
 かりに私たちから見てどんなに優秀な学生だったとしても、優秀なだけでプロとして成功するわけではない。自分の意志で努力をし続けることが、優秀であること以上に必要なのであり、そういう道に入るかどうかは、結局自分で決めるしかないことなのです。
 張名人が小学生に言った「もしその覚悟があれば、目指してもけっこうですけど…… 」という言葉はそういう意味なのではないか。そんなことを自分の世界に引きつけて考えたインタビュー番組でした。
               



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 囲碁の山下敬吾棋聖が、囲碁界最高のタイトル戦棋聖戦7番勝負に4勝3敗で制して、棋聖位を防衛しました。
          
 先日、陶芸と論文作成は似ているということを書いた(「自分で作ったコーヒーカップ」)のに関連して、囲碁とボクシングは似ているということを書きたくなりました。
 囲碁というのは、黒石と白石を交互に盤上に置いていき、最終的に囲った陣地の多い方が勝ちになります。ただ、単に囲うだけでは勝てないので、その途中で戦いになります。囲碁の石には生きている石と死んでしまう石があって、戦いの結果、大きな石が死んでしまうこともあります。
 そこがボクシングと似ているところなのですが、ボクシングにKO勝ちと判定勝ちがあるように、囲碁にもKO勝ちにあたる中押し勝ち(「ちゅうおしがち」と読みます)と、判定にあたる作り碁があります。少し違うのは、KO勝ちが審判によって決められるのに対して、囲碁の中押しは敗者が自分の負けを認めてそれ以降の継続を放棄するのです。
          
 ここには囲碁や将棋に独特の美学があり、審判に止められるのではなく、敗者が自らその負けを認めるところに潔さを見ます。スポーツなどでは最後まであきらめないことを重視しますが、囲碁・将棋の世界で大差の勝負をいつまでも粘るのはもっとも恥ずかしいこととされます。囲碁・将棋は両者が代わりばんこに打つわけですから、野球のようにアウトにならなければいつまでも試合を続けられるわけではありません。したがって、大差で終盤を迎えたら、もう相手が転ぶのを待つしかないからです。
 囲碁とボクシングの勝敗のつきかたに共通点があるとすると、それにともなう戦術にも共通点があります。
 ボクシングにもインファイト(接近戦での打ち合い)とアウトボクシング(足を使ってポイントをかせぐ戦い方)があるように、囲碁にも戦いの連続の碁と僅差の碁に持ち込む打ち方があります。
 最初に書いた山下棋聖の今回の防衛戦の相手は趙治勲十段。山下棋聖対趙十段の戦いは、トップ棋士の対局には珍しい接近戦の連続。ボクシングで言えば、第1ラウンドから足を止めて打ち合いという激しい対局でした。
          
 ちなみに、日本の囲碁界はこのところ中国や韓国に抜かれて、世界のトップからは滑り落ちた感があります。私はその原因を、「棋道」という言葉にあらわれている、囲碁を芸道としてとらえる感覚にあるのではないかと思っています。それはたいへん魅力的な考え方なのですが、勝負に徹するよりも美しさを大事にするという弱点を抱えている面もあります。きれいなボクシングで勝とうとしても限界がある、泥臭くても汚くても、勝つことだけを考えるという発想が日本の囲碁界には足りなかったように感じます。
 その点で、山下棋聖と趙十段の7番勝負には、形や美しさよりもただ勝利に近い一手を打とうとする純粋さだけが込められていたように思います。
 今回はインターネットでの中継もあったことから、私もこの7番勝負のゆくえを固唾をのんで見入っていました。こうしたぎりぎりの勝負を見守ることは、囲碁ファンであることの醍醐味であり、7番勝負をおおいに堪能することができました。



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