フィクションのチカラ(中央大学教授・宇佐美毅のブログ)
テレビドラマ・映画・演劇など、フィクション世界への感想や、その他日々考えたことなどを掲載しています。
 




  リュブリャナ(スロヴェニア)の書店に置かれた村上春樹本

 先日、「トルコの書店に日本文学はない?」というブログを書きましたが、その後、本来の目的地であるリュブリャナ(スロヴェニア)とその隣国の首都ザグレブ(クロアチア)の書店に行ってみました。いずれも村上春樹本だけでしたが、日本の小説が置かれているのを見てくることができました。

 本来の目的についてはまた後日書きますが、リュブリャナの中心街にあるインフォメーションセンターで、市内で一番大きな書店を紹介してほしいと言ったところ、写真の書店を教えてくれました。大通りに面した場所が文房具屋さんのように見えるので、私は最初素通りしてしまったのですが、その文房具屋さんから階段を上っていくと、下からは想像できないような大きな書店が広がっていました。
 そこには、村上春樹の『海辺のカフカ』と『1Q84』が平積みになっており、さらにその間にエッセイ集『走ることについて語るときに僕の語ること』が1冊はさまれていました。平積みになっているのは売れ筋の本である証拠ですし、その本が『海辺のカフカ』と『1Q84』であるというのも、たいへん妥当な(村上春樹の代表作として妥当な)配置状況だろうと感じました。

 一方、ザグレブの書店はリュブリャナの書店ほど大きくはなかったのですが、こちらも目につくところに村上春樹本が数冊置かれていました。表紙が見えるように置かれていたのは『ねじまき鳥クロニクル』です。1990年代の作品ですし、リュブリャナに比べると、今の売れ筋という扱いではない感じがしましたが、ともかく、このくらいの小規模書店にも村上春樹本が置かれているということが確認できたのは収穫でした。


  ザグレブ(クロアチア)の書店に置かれた村上春樹本


 翻訳書とは少し異なるのですが、ザグレブのホテルで夜テレビをつけていたら、そこから日本語が聞こえてくるではありませんか。海外で日本のアニメ作品を見ることは珍しくありませんが、ザグレブで放送されていたのはなんと日本未公開の映画『MISHIMA,A Life in Four Chapters』(1985年)でした。ちょっと驚きました。
 この作品はポール・シュレイダー監督の映画作品で、三島由紀夫の生涯を追いかけながら、その作品も4部構成で紹介する独特の映画です。作中では三島自身を緒形拳が演じています。
 諸事情があって日本では公開されておらず、私も見ていない作品でした。放送していることに気づいたのが映画の途中からだったのは残念ですが、この映画をザグレブで見ることになるとは思いませんでした。


 クロアチアで放送されていた映画『Mishima,A Life in four chapters』



 



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あまり表だって書いたことはないのですが、昔からずっと中島みゆきの詞と曲が好きでした。

中島みゆきがデビューしたのが1975年。その年に高校3年生だった私は、深夜放送を聞きながらの「ながら勉強」をすることが多く、深夜0時代の 『コッキーポップ』 や午前1時からの『オールナイトニッポン』をよく聞いていました。その 『コッキーポップ』 の中で、流れてきたのが中島みゆきのデビュー曲 『アザミ嬢のララバイ』 。一瞬でその曲の世界に引き込まれ、没頭してしまったのを覚えています。

それ以来の中島みゆきファンですが、特に大人になってからは、実はそれほど聴いているわけではありません。彼女の曲を聴き始めると、その世界に没頭してしまい、こちらの(現実的・実務的な)世界に戻って来にくくなるので、初期の頃を除いては、通常ほとんど聴いていないという方が正しいでしょう。

それでも「中島みゆきを聴いてもよい」と自分に許す場面があることがあります。それは長距離移動などで時間をまとめて自由にできる場合です。あるいは時間を有効に利用することのできない、不自由を強いられている時間と言うべきかもしれません。

私は揺れているところで映像や文字を見ると気持ちが悪くなることがあるので、それはしないようにしています。1~2時間なら何も見なくても、何も聞かなくても、授業のことや仕事のことや、あれこれ考え事をしていれば過ぎてしまうので、ふだんもほとんどそうしています。しかし、それが8時間とか10時間以上とかになると、私もその時間を何かに使いたいと思うようになります。そういうときだけが、愛用のウォークマンを使って、私が自分に中島みゆきの曲を聞くことを許す時間です。

そんなわけで、ここ数日、思うままに中島みゆきの曲を聴きました。暗い曲が多いので、思う存分聴けて幸せなのか、それともどっぷりと不幸せな気持ちになったのか、自分でもよくわかりませんが、とにかく本当に数年ぶりに、まとまって中島みゆきの曲を聴く時間を持つことができました。



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 先日のテレビドラマ批評のところにも書いたように、「産経ニュースWEST」の芸能考察でテレビドラマ『HERO』が取り上げられ、その取材に協力しました。
 アップされている記事はこちらを御覧ください。記事は4ページにわたっているので、その最初のページをリンクしておきます。私はコメントが出ているのは2ページ以降です。
 それにしても、ずいぶん長いタイトルですね。


月9「HERO」好調支える演出の妙…「よろしこ・久利生」と「倍返し・半沢」に共通する“魅力”から見える現代人のツボ



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 イスタンブールに行きました(今はもういません)。別の目的地があったのですが、そこには日本からの直通航空便がないため、どこかで乗り換えなければいけません。そうであれば、行ったこともないところで乗り換えるのがよいということで、今回はイスタンブールを選びました。

 私は出張でも私的な旅行でも、海外へ行ったら必ず書店に行ってみることにしています。たとえば村上春樹『ノルウェイの森』の翻訳がなされているかどうかは、インターネットで調べればすぐわかりますが、実際の書店に置かれているか。置かれているとしたらどのくらいの扱いになっているか。そのようなことはインターネットでは限界があります。

 今回もイスタンブールで何軒かの書店に行ってみたのですが、すべて「日本語からの翻訳は置いてない」とあっさり言われてしまいました。
 中でも大きめの店として期待していた書店が新市街(イスタンブールは旧市街と新市街に分かれる)にあったのですが、まずはその店自体が見つからず、何度か通りを往復してしまいました。そして、やっと住所の場所がわかったところ、その建物が工事中でした。工事の人に「ここは以前〇〇という書店ではなかったですか」と(トルコ語はもちろんできないので英語で)尋ねてみたところ、「その店は向かいの7軒先の4階で営業している」との(英語の)返事。というわけで、期待してその店を訪ねてみました。

 写真のような大きな書店(仮店舗とはいえ奥の方までかなり広い書店)でしたが、尋ねてみたところ、返事は同様「日本語からの翻訳は小説だけでなくすべてありません」の一言でした。
 私がこれまで訪れた国々、ヨーロッパやアメリカ、アジアの諸国でも、こういうことはありませんでした。たとえば、村上春樹だけに限れば、性的な描写などが障害になっていることも考えられますが、村上春樹だけがないわけではありません。また、日本のマンガやアニメがトルコでかなり知られれていることも、あるトルコ人から聞いたことがあります。
 トルコの事情には私はまったく詳しくないので、これから誰か詳しい人にでも、他の西欧やアジアの諸国とこれほど事情が違う理由を尋ねてみたいと思っています。

 まずは御報告まで。



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 恒例のテレビドラマ批評です。
          

 やっと4~7月期の校務は一段落しましたが、あいかわらず職務多忙につき、簡単なコメントだけで失礼します。
 いつも通り、ドラマ名の後にここまでの視聴率を示しておきます。(ビデオリサーチ社、関東地区)
          

『HERO』
(フジ、月9)  26.5%→19.0%→20.5%→18.7%→21.0%

 13年前の大ヒットドラマの第2シリーズ。間違いなく今クールの一番の話題作で、視聴率も好調です。13年前ほどではないという意見もありますが、ドラマ全体の視聴率低下傾向からすれば、これでも立派なものでしょう。
 なお、この作品については 「産経ニュースWEST」 の芸能考察から取材があり、私のコメントが載った記事がもうすぐアップされますので、よろしければそちらを御覧ください。
          

『あるなろ三三七拍子』 (フジ、火9)  7.7%→5.1%→5.3%→4.1%→5.0%

 重松清原作小説のテレビドラマ化。つぶれかけた大学応援団を立て直すために、中年サラリーマンが大学に再入学して応援団長になるというストーリー。華やかさのない題材で、残念ながら視聴率は上がりません。しかし、見てみればなかなかの作品です。
 私は前時代的な上下関係も精神論の絶対視も嫌いです。ですから、そういう考えを美化されたら拒絶したくなります。しかし、この作品は、大学応援団の前近代性を示しながらも、それを無前提に肯定するのではなく、その非効率性を前提としながら、そこに底流する無報酬の精神性を描き出しています。
  「馬鹿にしながらつい、いつの間にか共感してしまう」。そんな作品になっています。
          

『GTO』
 (フジ、火10)  9.7%→7.1%→6.2%→6.4%→7.4%→6.6%

 鬼塚先生の説教はシンプルで力強く、別の言い方をすれば説教くさい。それが特に10代を中心とした若い世代にどう響くか、が問われるところです。最初の反町版シリーズが放送された1990年代後半は、バブル景気とバブル崩壊の両方を経験して、価値観の迷いの極地にあった状況。その時代の若者たちには、鬼塚先生のシンプルだけど力強いメッセージが心に響いたのでしょう。その時代が、もっともこのドラマに適していた時期だったと思われます。
          

『ST』
(日テレ、水10)  13.6%→11.4%→13.1%→12.6%→9.8%

 「変わり者だが特殊な能力のある警察官・刑事たちを集めた警察内の部署」という設定をとるのは、もはや珍しくない近年の犯罪もの、警察もののスタイルです。その中で、どれだけオリジナリティを出せるか。
 この作品におけるそのオリジナリティは、藤原竜也演じる赤城左門の人物造形です。赤城は有能な監察医で、推理力も抜群だが、いかんせん犯罪推理・捜査にしか関心がなく、何より対人恐怖症! したがって、推理はするが聞き込みなどの実地の捜査ができない。その天才ぶりと情けなさのギャップが笑えます。
 したがって、私はこの作品を、犯罪捜査ドラマ(事件が起こってそれを解決する作品)というよりも、赤城主演コメディ作品として見ています。
          

『若者たち2014』 (フジ、水10)  12.7%→7.8%→7.8%→7.3%→6.8% 

 言わずと知れた名作ドラマ・映画のリメイク作品。それにしても、オリジナル作品の放送は1966年、映画はその翌年の1967年。これほど年月を隔てたリメイクは珍しいことです。私は学生時代(1970年代後半)に、過去の名作として、映画だけは見た思い出があります。
 これだけ年月を隔てたリメイクとなると、その時代の差異をどのように扱って描くかがリメイク制作者に問われます。今回のリメイクは、オリジナル作品をこれ以上ないというほど尊重した制作と理解しました。その分だけ、時代背景の違いが浮き彫りになってしまうという課題は残ります。つまり、今の時代の話としては、内容にかなり違和感が残ってしまう面は否定できません。
 過去の作品を学生時代に見た私としては、オリジナル作品を尊重してくれていてたいへん嬉しいのですが、若い視聴者がこの雰囲気についてきてくれるかどうか、心配されるところです。
        

『同窓生』 (TBS、木9)  10.9%→8.4%→6.3%→6.2%→7.8%→7.1% 

 今クールの作品のうち、『若者たち2014』 『同窓生』 『昼顔』の3作品は、やや復活感・懐古感のある作品です。『若者たち2014』はもちろん1960年代作品のリメイクですが、『同窓生』も1980年代後半以降の恋愛ドラマ全盛期の、『昼顔』は1980年代半ば以降の「金妻」などの不倫ブームの雰囲気が漂います。
 思えば柴門ふみ原作漫画のテレビドラマは、これまでに数多くありました。『同級生』(1988年)『東京ラブストーリー』(1990年)『あすなろ白書』(1992~93年)などなど。これらの作品は、バブル景気のいわば「恋愛至上主義」的風潮の中で、絶大な人気を博しました。
 それに比べると現在は、やや「恋愛ドラマ不遇の時代」です。やはり恋愛ドラマは景気がよくて、経済面の心配が少ない時期の方が流行るということもありますし、そもそも若者たちが「草食系」などと言われて、「恋愛に突進する」タイプがめっきり減ってしまったことも理由にあるでしょう。
 私自身は、テレビドラマの主人公が若者たちばかりではなく、こうした中年にさしかかる人たちが主人公として描かれ、ドラマの幅が広がることを歓迎したいと思います。それによって、そのような年齢層の視聴者がテレビドラマ帰ってきてくれることを願っています。
        

『昼顔』
(フジ、木10)  13.3%→13.5%→12.0%→13.1%→11.8% 

 前に書いたように不倫ブームの頃のドラマの作りを思わせますが、復古感の雰囲気の濃い3作品のうち、この『昼顔』が一番古めかしい感じがしません。主婦の不倫は一時的なブームではなく、今なおコンテンポラリーなテーマだということでしょうか。
 主演の上戸彩は、以前は健康的・優等生的なイメージの役が多かったのですが、『流れ星』(2010年)の風俗嬢役でイメージチェンジしてから、大人の色気と影のある役がはまってきています。
 ちなみにテーマ曲「他人の関係」は1973年のヒットで曲で、当時歌っていたのは金井克子。映像作品でも音楽作品でも、リメイクは常に、「なつかしさ」と「新鮮な驚き」の両方が必要です。オリジナルの金井克子の無機質的な歌い方に対して、今回のボーカル・一青顏窈のねっとりとした粘着質の歌い方がその「新鮮な驚き」に当てはまり、私はこの選曲と一青の起用がうまく機能していると感じました。
          

『家族狩り』 (TBS、金10)  10.5%→6.9%→5.6%→6.4%→8.5% 

 ホラーっぽいテイストを含んだミステリー作品ですが、私は気持ち悪いのは苦手なので、申し訳ありませんが、途中で断念いたしました。ごめんなさい。
          

『金田一少年の事件簿』
(日テレ、土9)  12.4%→7.7%→8.8%→10.2% 

 土曜日9時枠は、小中学生を中心とした少年少女たちとその親の世代が一緒に見られるドラマを放送する枠です。その意味では、「金田一少年もの」はもはや目新しさはありませんが、謎解きもあり、アイドルの出演もあり、必要なものは一応そろっています。
 安心して親子で見られる、優良コンテンツと言えるでしょう。
          

『水球ヤンキース』 (日本テレビ、木深夜)  8.8%→7.2%→5.6%→6.7% 

 「若者」「スポーツ」「エリート校に対抗する落ちこぼれ生徒たち」「エネルギッシュな主人公」という、青春ドラマの王道を行くドラマです。
 主役・稲葉尚弥を演じる中島裕翔の中途半端な金髪が気になります(ヅラ?)。つっぱる役のわりに人がよさそうなルックスなので、見た目から徹底的にヤンキーにしてほしいところです。
          

『おやじの背中』
(TBS、日9) 15.3%→9.2%→8.5%→9.4%→9.5%

 毎回、異なる脚本家による作品で、キャストも毎回異なります。こういう企画は今までなかったわけではありませんが、これだけ豪華な脚本家と俳優陣がそろうことは記憶にありません。毎回、脚本家の個性が強くにじみ出ています。
 たとえば、第1回と第2回は同じ「父と娘」を題材にしていますが、第1回の岡田惠和作品はしみじみした味わいの作品、第2回の坂元裕二作品はかなりぶっとんだ父娘を描いた作品です。その脚本家がこれまで書いてきた作品と思い比べながら、これからもこのドラマを鑑賞したいと思います。
          





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(明治書院主催の研修会・東京)

 今週(8月4日~8日)は、中学・高校の先生方の研修が多く開催されていました。

 私は32歳のときに大学の専任教員になりました。人によって違いますが、大学教員になる年齢は一般社会よりもかなり遅くなっています。一方、小・中・高校の先生方は、多くは大学を卒業してすぐ20代前半で教員になり、「先生」と呼ばれます。しかし、小・中・高校の先生であろうと大学教員であろうと、教員になってからも勉強を続けることは変わりありません。大学教員の場合は、「講師→助教授→教授」(今は「助教→准教授→教授」)と研究業績によって昇進していきますし、小・中・高校の先生方にとっても、先生になってからの研修活動が盛んにおこなわれています。

 そのような研修が8月1週目である今週に特に多くおこなわれていて、私は今週3回、そのような研修の講師を務めました。そのうち2回は教科書会社(明治書院)主催の研修会で、場所は東京と大阪。テーマは「村上春樹の世界と教科書教材」でした。もう1回は神奈川県立教育センター主催の研修会で、場所は神奈川近代文学館(横浜)。テーマは「国語教科書小説のこれまでとこれから」でした。


(神奈川県立教育センター主催の研修会・横浜)

 このところ私は、中央大学学術講演会(文化講演会)で多くの一般の方に接する機会があります。その一方、今回のような中学・高校の国語の先生方向けの研修会の講師を務めることもときどきありました。
 近年よく言われているように、日本の小・中・高校の先生方は世界的に見てもたいへん多忙です。そんななかで、初任者研修や数年ごとの教員研修としての目的や、自主的な研鑽の目的のために時間を費やして来てくださっているのですから、私もその時間とお気持ちを無駄にしないように、自分なりに努力して準備をし、講師を務めました。


(明治書院主催の研修会・大阪)

 明治書院主催の研修会の方は、「近年の国語教科書には村上春樹作品がよく収録されているのですが、どのように授業するか苦労されているという声をよく先生方から聞きます。何かお役に立てないでしょうか。」という明治書院の社員さんからの御依頼でお引き受けしました。
 村上春樹作品、特に短編から「作者の意図」を過度に読もうとするのは危険だけれど、作家論的な分析をおこなえば、そこに作者の根底にある思想とのつながりは見えてくるというのが、私の話の趣旨でした。
 神奈川県立研修センターの方は特定の作家・作品についての御依頼ではなく、「初任者研修や先生方の自己研鑽のために、国語教科書教材について新しい視点を提供してください。」という御依頼をいただいたので、特定の教材について限定せず、現在の国語教育が抱えている困難さを前提にした上で、特に小説教材をこれから国語という教科で扱うためには、どのような目標を設定していくことが望ましいか、という話をさせていただきました。

 私は20代の頃に高校の非常勤講師を短期間したことがありますが、その後、30年以上、中学・高校等の教壇からは遠ざかっています。国語教科書の編集委員を長く続けていますし、国語教科書についての論文も何本か書いていますが、具体的に授業案をお示しするようなことはできません。それでも、研究者、教科書編集者の立場から、普段考えている、国語教科書と小説教材について、このようなお話をさせていただきました。
 実際に中学生・高校生の指導を担当されている先生方に対して、少しでもお役に立てる時間となっていたことを願っています。




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 先日の『プロミスト・ランド』に続いて、封切り前の映画 『小野寺の弟 小野寺の姉』 を試写会で見てきました。公式サイトでは次のように紹介されています。

早くに両親を亡くしてから、年季の入った一軒家ずっと暮らしている小野寺進(33歳)とより子(40歳)の姉弟。一汁三菜の朝食を一緒に食べ、休日は一緒にスーパーの特売に出かける。いい年頃なふたりのこんな生活は、傍から見ればやや気のどくに映るかもしれないが、ふたりにとっては至って自然。ひたすら穏やかで和やかな日々を過ごしていた。そんなある日、小野寺家に1通の誤配達の郵便が届く。その手紙をきっかけに進とより子、それぞれの恋と人生が動き始める――。
お互いを大切に想い合う不器用な姉弟のそれぞれの幸せの行方は――。
そして、弟が抱える、ある大きな想いとは――。

 映画の基本のコンセプトはコメディです。試写会ですから、一緒に映画を見ているのはみな映画関係者。映画については目の肥えた人たちばかりですが、その人たちの中で笑いが聞かれるくらい、楽しく笑わせてもらいました。
 封切前ですからストーリーは書きませんが、それだけ笑わせて、そのうえで後半はほろりと泣かされます。

 脚本と監督は西田征史。映画『ガチ・ボーイ』で映画脚本デビューをし、その後『怪物くん』『妖怪人間ベム』などのテレビドラマの脚本を担当した西田征史が、脚本だけでなく、初の監督を務めた作品です。
 私が思うに、映画にはストーリーを見せる作品と、人物を見せる脚本があると思います。この映画は明らかに後者。西田征史という脚本家出身の監督さんの力量であり、大胆なストーリーや迫力ある映像で見せる映画ではなく、丁寧に人物を描いていきます。もちろん人物を見せるのにある程度のストーリーは必要ですが、けっしてそれが主ではなく、大きな事件よりも小さなエピソードを積み重ねることによって、少しずつ小野寺進、小野寺より子という二人の人物とその関係を描き出していきます。
 この人の監督・脚本でもっと映画を見てみたい。そんな期待を持たせてくれるいい映画でした。

                       







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まずは真面目に教室でゼミ)

 このところ忙しくて、ブログの更新がほとんどできませんでした。暇になったわけではないのですが、一応大学の授業関係は区切りがついたので、これまであったことを、遅ればせながら集中的にアップします。

 まずは学部ゼミの前期日程が終了したことから、前期打ち上げ会(つまり飲み会)をおこないました。とは言っても、飲み会だけをするわけではなく、勉強をしてからの飲み会です。
 例年多くの学生たちが私のゼミに入ってきますが、今年は3年生25名と特に人数が多く、4年生16名と合わせて、全員の研究発表のための時間を確保するのに苦労しています。そのため、前期1度もゼミ授業を休講にしていないにもかかわらず、補講日に2コマの追加ゼミをおこない、さらに夏合宿のためのミーティングをした後で、夜の打ち上げ会となりました。
 同僚の先生に、「休講してしないのに補講をする」と知らせたら、「宇佐美さん、学生の迷惑を考えなよ」と言われたこともあるのですが、それは入ゼミのときに伝えてあることなのでやむをえません。と言うより、ゼミの希望調査のときには30名以上の希望者がいたのですが、「ゼミの人数が多いと時間数を補うために補講をしますよ」と伝えたところ、数人希望を変更し、それで残ったのが25人というわけです。ですから、今いる人たちはそれも承知の上で入ゼミした学生たちですから、その点は了解済みということなのです。


(前期打ち上げ会。人数が多いので半分しかカメラに写らない。)

 前期の勉強を終了し、学生たちの晴れ晴れというか、のびのびというか、楽しそうに打ち上げ会に参加してくれていました。学生たちが楽しそうしているのを見るのは、ゼミの教員としては安心するものです。
 夏休み中に鋭気を養って、また9月の合宿で学生たちの元気な姿を見たいと思っています。


(あれ? なぜか女子大のような状態。おかしいなあ。)


(では皆さん、楽しい夏休みを)



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 映画『プロミスト・ランド』を見てきました。
 私はテレビドラマの研究に力を入れていますが、それはテレビドラマ研究が他の分野に比べて遅れている、盛んではないと考えていることが理由の一つです。しかし、映画が嫌いなわけではなく、そこまで手が回らないだけです。

 ただ、以前に映画『101回目のプロポーズ』にコメントを依頼された縁があって、映画宣伝会社(スキップ)さんから、封切前の試写会の案内をときどきいただいています。いつも見たいと思っていながら、なかなか都合が合わなかったのですが、先日大学へ向かう時間にちょうど見られる機会があったので、『プロミストランド』を見てきました。公式サイトでは次のように紹介されています。

アカデミー脚本賞ほか2部門を受賞した名作「グッド・ウィル・ハンティング 旅立ち」のマット・デイモンとガス・バン・サント監督が、再びタッグを組んだ社会派ドラマ。不況にあえぐ農場主からシェールガスの掘削権を安値で手に入れるエネルギー会社のエリート社員が、ある田舎町で遭遇した出来事を通じて、人生の決断を迫られる姿を描いた。農場以外は何もない田舎町のマッキンリーに、大手エネルギー会社の幹部候補スティーヴがやってくる。マッキンリーには良質なシェールガスが埋まっており、相場よりも安値でその掘削権を手に入れるため同地に赴いたスティーヴは、町を掌握するための賄賂も仕込み、いつも通りに仕事を進めていた。しかし、予期せぬ障害が立ちはだかったことをきっかけに、スティーヴは自身の仕事への信念や情熱が揺るがされていく。主演のデイモンは、「グッド・ウィル・ハンティング」同様に脚本にも参加。共演にジョン・クラシンスキー、フランシス・マクドーマンドといった実力派がそろう。

 公式サイトの記述にある通りの、実に興味深い「社会派ドラマ」でした。
 重要なポイントは、どの登場人物も、主人公ですら、善悪に塗り分けられることなく描かれていることです。主人公は過疎の町から出る天然ガスの権利を買収する仕事をしている。一方、その町の開発が環境保護の点から問題があると指摘する人がいる。映画は、そのどちらをも一方的に肯定することなく進みます。

 テレビドラマ研究者としての私が興味をひかれたのは、その採掘権のゆくえをめぐる物語の展開のしかたです。多くのテレビドラマを見ている私の経験から、主人公が環境保護派の人たちと接するうちに、それまでの利益一辺倒だった自分を反省する…といった展開を無意識に予想していたのかもしれません。主人公はたしかに変わっていきますが、それは私が無意識に想定していたような単純なヒューマンドラマの筋書きではありませんでした。
 まだ封切前ですので、それ以上は書きませんが、「社会派」という宣伝通りの硬派のドラマを堪能することができました。

 今後はテレビドラマだけではなく、映画にも関心を広げ、お薦めできる映画があればぜひ紹介していきたいと思っています。



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