すべての頂の上に安らぎあり

今日はぼくに残された人生の最初の一日。ぼくは、そしてぼくたちは、この困難と混乱の社会の中で、残りの人生をどう生きるか?

笛(2)

2019-05-11 22:14:44 | 音楽の楽しみ
 林試の森に散歩に行ったら、フルートを吹いている若い男性がいた。林試の森で楽器の練習をしているのには初めて出会った。
 音大の学生だろうか。譜面台を立てて、でもそこには楽譜は乗っていなくて、ウオーミングアップの指の練習だろうか、しばらく立ち止まって聴いていたのだが、非常に速いパッセージを繰り返し繰り返し練習していた。
 音楽に詳しい人なら、ぼくが「非常に速い」と書くところを、「速度は♩=これこれ位で、誰それの練習曲」みたいに言えるのだろうが、ぼくには言えない。ぼくに言えるのは、「五月の森には笛の音がよく合う」ということぐらいだ。そういえば笛の音は、やはり五月の山の森で聞こえるウグイスやカッコウたちの囀りに似て清々しい。
 パリの郊外のクラマールという町に住んでいた頃、新緑のムードンの森を歩いていたら、森の中の小さな空き地で民族衣装を身に着けてバグパイプの練習をしている人に出会った。しばらく立ち止まって聴いていた。翌日、同じ人が同じ格好でパリ・オペラ座の前で演奏しているのに出会って驚いた。地下鉄の階段を上ったらそこにいた。 「やあ」と声をかけたかったが、吹いている最中だったのでやめた。手だけ振ったら、ちょっと頭を下げてくれた。前日森で会ったぼくを覚えていたようだ。
 パリから南東に鉄道で一時間ほどのフォンテーヌブローの森は好きな場所で、よく行った。アルジェリアに派遣で行っていたころ、一週間のパリ休暇をもらうとパリは素通りしてフォンテーヌブローに行って、駅前の旅館に投宿して、5日間ぐらい毎日森を歩き回った。
 ある時、六月の始めだったが、やはり新緑の森を歩いていたら、すこし窪地になっている藪蔭から、姿は見えないがリコーダー(フリュート・ア・ベック)の音が聞こえてきた。
 宿泊した旅館の裏手から森に入って、30分ほど歩いたあたりだった。
 フルートもバグパイプも五月の森に合うが、やはり一番合うのは、リコーダーだろう。それも、古風なバロック曲が良い。
 リコーダーは、小学校でも習うが、誰でもすぐに鳴ってしまうので、かえって息のコントロールが難しい、なかなかサマにならない楽器だと思う。その時の吹き手はすごく上手かった。
 笛の音は、囀るように、誘惑するように、聴く者を魔法にかけるように、歌い続けていた。
 どんな人が吹いているのか、藪の向こうに下りて行ってみたい気もしたが、わざわざ藪陰で吹いているのを見に行っては悪いだろうし、ひょっとして好奇心が災いして、罰に小動物かなんかに変えられてしまうかもしれない、という怖いような気も(マジで)少ししたので、道端で聴くにとどめた。
 反対側のバルビゾンの村までそこから2時間ほどかけて行って、お昼を食べてまた歩いて帰ってきたのだが、さすがにさっきの場所に笛の音は聞こえなかった。ちょっと、藪陰に行かないで惜しかったかな、と思った。
 (「笛」(1)は、18/11/13に書いています。)
コメント
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