山奥にもひっそりとがあった
埼玉県秩父市吉田『石間郷』とは?
『石間郷』は埼玉県秩父市の北西部に位置し、群馬県との境界に近く、標高1,038mの城峯山
の山裾に点在する5つの集落で構成されています。
山岳地形で平地がほとんど無いこの地では、集落は石間川の渓谷沿いに細長く延びて、
集落の標高差は330mにも及び、最上部では “山肌にへばりつく集落” として、
「第3回美しい日本のむら景観コンテスト」で「全国農業協同組合中央会長賞」
を受賞しています。
◎ ブロ友のヒキノさんが素晴らしい映像を寄せて下さった。
是非ご覧ください
●秋の秩父路・・・・石間から太田部へ・・・山の民の村を行く
https://blog.goo.ne.jp/musshu-yuu/e/cd36d4f71746cf3bfe695bd2647031ef
太田部、むつばあさんのふるさとへの道
木材の取引は基本体積で行われる
旧来木材で使われた単位は”石(コク)”で、1石 = 1尺 X 1尺 X 10尺
これをm3(立法メーター)に直すと(30.3 X 30.3 X 303)/1,000,000 = 0.278 m3
単価表記は 石単価 = m3単価 / 3.6 (1/0.278) なので
72万円/m3 = 20万円/石
昔は山大尽(お金持ち)なる言葉がありましたが、外国材が
船便で入るようになり、国産材は落ち目です。
石間の道はこのような道路が多い。
母屋の前が若干の庭そして石垣、ガードレール付き道路、
切り立った石垣、急斜面の畑(逆さ掘り)
逆さ堀の農作業
急な斜面に立ち、腰の部を上に向けて農作業をする。
常に土が下方に落ちないように気を配りながらの農作業です。
土が乾いてしまった時は、
鍬に土が乗らず逆に土を落としてしまうほどです。
そんな時は、板状の平鍬を使うと旨く上がります。
道路曲がり角の石碑、道筋には、馬頭観音の碑が多い
母屋の裏側を覗き見た・背負い籠(斜面のため背の運搬が多い)。
背負い運搬具の一種。ショイカゴ、カルイカゴ、オイビク、テルなど呼称は多い。
物を入れる籠に負い紐(ひも)を取り付けて仕上げられている。籠の素材は割竹とする
例が広くみられるものの、ほかに粘りのある小枝数本を曲げて骨とし、それにヌイゴ縄
を編み回してつくられたものもある。
籠は大小さまざまで、編み方はざる編みで目の込んだものもあれば、六つ編みで目の粗いものもあり、
変化に富む。形態は円筒形のものばかりではなく、底部が狭い形状のものもある。
母屋の佇まい
野菜畑(ネギ、インゲン)に山に張り付いたように建つ石間
農作物もイノシシの出没で、周りに囲いをしなくては荒らされてしまう、
畑の周りに囲いがしてあるのが分かります。
山並みを連なる高圧送電線(東京地方へ)
石間です
右折、太田部(花のあとさき、今は亡きむつばあさんの故郷)
コメ欄はopenです
道の駅・龍勢会館も何度か行きました。
合角ダムも時折、訪れますが景色も良く良いところですね。
写真を拝見すると、山間部の大変さとのどかな雰囲気が伝わってきますね。
湧き上がる雲の風景など美しいです。。。(^ε^)♪
何事も人力だったのでしょう。形も大きさも色々な背負い籠ですね。
鉄道もバスもない時代には、住みやすくて良い場所だったはず、でも今は、欲しいものがすぐには手に入らないでしょう。それに勤務場所も近くにはです。若い方が住まれるには厳しいですね。それに、自由に動けなくなった方たちもです。
最近TVでポツンと一軒家とか、なぜそこに?とか・・・秘境暮らしを取り上げた番組が多いですね!
昔ながらの暮らしぶりに物語があってついつい見てしまいます。
石間郷は、美しい村として知られていますね!
むつばあさんの話も思い出します。
山にへばりつくような集落、道端の石仏様・・・石間郷へは行ったことがないので、徳島県の祖谷の里を思います。
山里を守っていくには住んでいる方々の途方もない努力が必要ですね!
山間部の原風景とも言える集落を拝見し
行ってみたいと思いました。
まあこのご時世、望みは叶いそうにもありませんが・・・。
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道の駅・龍勢会館も何度か行きました。
ハイ~拝見させてもらいました。山間・山峡です。
最近は加齢でコロナ自粛・・・・材料がなく、昔々の蔵出し画像です。
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ハイハイ…本当に山に張り付いて生活して、山が生活の糧と言ってもよいでしょう。
しかし時代は都会と田舎の文化水準をグングン縮め、
山の中で跡取りをする方はなくなりました。
寂れていくのでしょう。
▼ 耕して耕して天に至る
これがこの辺で暮らす人たちの合言葉です。
われ縄文人も、田舎では食べられない、仕事場がない!東京へ東京へと若者が流れました。
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最近TVでポツンと一軒家とか、なぜそこに?とか・・・秘境暮らしを取り
ハイおっしゃる通りです。山國育ち良く拝見します。
あちこちのTV局で自然そのままを取り上げ、流すこの傾向は「コロナ禍」も多分に影響しているのでしょう。
徳島県の祖谷の里を思います。粗野のかずら橋は写真で見るだけで・・・・。
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加齢とともに山のハイキングも終了、街歩きも「コロナ禍」で開催されません。
従ってネタ不足、昔の画像を取り出して、ハイもう一度…と言ったあんばいです。
山と言えば海、この記事のブログを綴りながら荒尾の海岸シロチドリを思い出していました。
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