比企の丘

彩の国・・・比企の丘・・・鳩山の村びと
拙ブログの記事のリンク、写真の転用はご自由に。

初夏の比企丘陵・・・都幾川の畔・・・ときがわ町玉川で・・・セルフうどんを食す

2016-05-27 | 美味しいブログ

5月20日、比企丘陵、都幾川の畔、都幾川段丘、菅谷館跡の散歩も終えて・・・さて「ハラがヘッタ
嵐山町の隣、ときがわ町・・・むかしの玉川村一市のあたり、道路に面した「うどんやさん」に。

もりうどん(小)、葱と油揚げと豚三枚肉の肉汁、トッピングに竹輪天(これは好物、廉いから)。
美味しそうである

美味しかった イタダキマシタ
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初夏の武蔵丘陵・・・菅谷館跡で・・・チョウを見ながら歩く

2016-05-27 | 生き物大好き

5月20日、久しぶりで比企の里の嵐山町・・・「オオムラサキの森 蝶の里公園」と国指定史跡「菅谷館跡」の散歩です。ここは比企丘陵。都幾川の河岸段丘上に国指定史跡比企城跡群の「菅谷館跡」があり、段丘中段に蝶の里活動センター、段丘の下に「ホタルの里」があります。
古い中世の館跡。空濠や土塁に囲まれた本丸や二の丸、今は武蔵野の雑木林、6月には自生してるヤマユリ(日本の近畿以北の山地に自生する固有種、百合の王様)が咲きます。
緑陰の中をチョウが飛んでいます。ジャノメ系のチョウが多いようです。

蝶のブログが続いています。蝶の専門家でも学者でもマニアでもオタクでもありません。ただ歩きながら、キレイだな・・・と目についたものを自然観察してるだけです。自然の中では植物も動物もヒト?もそれぞれバランスを保って生きています。「僕らはみんな生きている」です。
さて今日は暗い林の中の蝶・・・ジャノメ系の蝶が中心です。

ヒメウラナミジャノメ

ヒカゲチョウ

サトキマダラヒカゲ

クロヒカゲ

さて…最後は蝶ではなく蜻蛉です。暗い林の中の川の畔にいたのでメンバーに入れてやりました。
ニホンカワトンボ
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初夏の比企丘陵・・・中世の古城・・・菅谷館の本丸跡で・・・ジャコウアゲハを見た

2016-05-26 | 生き物大好き

5月20日、久しぶりで比企の里の嵐山町・・・「オオムラサキの森 蝶の里公園」と国指定史跡「菅谷館跡」の散歩です。
ここは比企丘陵。都幾川の河岸段丘上に国指定史跡比企城跡群の「菅谷館跡」があり、段丘中段に蝶の里活動センター、段丘の下に「ホタルの里」があります。

段丘を登って菅谷館跡の本丸跡に来ました。本丸を囲む空濠です。

草原から空濠にジャコウアゲハ?の♂が飛んでいました・・・BeakMark(ビークマーク)で左の尾がボロボロ。

参考ジャコウアゲハの♀です・・・表翅が♂の黒と真逆の真っ白なのが特徴です。
・・・画像は2014年7月29日に菅谷館跡で撮ったものです。

ジャコウアゲハ・・・成虫の♂の腹部から麝香の香りがするそうです。嗅いだことがないのでワカリマセン
ビークマーク・・・チョウの翅がボロボロになった状態。鳥の嘴の突いた跡・・・という意味だそうです。ホントの鳥が突いたかどうかはワカリマセン?

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初夏の比企丘陵・・・都幾川の畔で・・・ゴマダラチョウ?の羽化を見た

2016-05-25 | 生き物大好き

5月20日、久しぶりで比企の里の嵐山町・・・「オオムラサキの森 蝶の里公園」と国指定史跡「菅谷館跡」の散歩です。

アゲハ蝶の里です。ここにはオオムラサキの幼虫の植樹のエノキやジャコウアゲハの食草のウマノスズクサなどがあります。

エノキの葉にゴマダラチョウ?の蛹の抜け殻があります。

ゴマダラチョウ?が葉っぱの下にジッとしています。羽化したばかりのようです。

やがて葉っぱの上に回り飛び立っていきます。

※どうでもいいことですが…ゴマダラチョウとアカボシゴマダラの違いはよくわかりません。ネットの写真で比べ合わせましたがよくワカリマセン。どうでもいいことです。
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初夏の比企丘陵・・・都幾川の畔は・・・オオムラサキの季節です

2016-05-25 | 比企の丘から

5月20日、久しぶりで比企の里の嵐山町・・・「オオムラサキの森 蝶の里公園」と国指定史跡「菅谷館跡」の散歩です。
ここは比企丘陵。都幾川の河岸段丘上に国指定史跡比企城跡群の「菅谷館跡」があり、段丘中段に蝶の里活動センター、段丘の下に「ホタルの里」があります。

段丘を登って菅谷館跡の本丸跡に来ました。土塁と空掘りに囲まれた草っ原です。
ここは鎌倉時代の豪族畠山重忠の居館があったと伝えられますが、証拠になるものは何一つ残ってないようです。

三の郭と西の郭の間の木橋から空堀を見ています。

オオムラサキの森の活動センター」の前にあるエノキの木(幼虫の食樹)に吊り下げられた網袋の中には枯葉にくっついて休眠越冬したオオムラサキの幼虫が入っています。年により違いますが6月半ばごろから幼虫はエノキの木に登り葉を食べて、やがて蛹になり、羽化していきます。羽化したオオムラサキはクヌギ、コナラ、ニレ、クワなどの樹液を求めて飛び立っていきます。
ここではこうしたオオムラサキの巣立ちをアシストする仕掛けを施していますが、比企丘陵の中はオオムラサキが生きる自然・・・豊かで広大な自然環境がが残されています。いつまでもこうした自然が維持されることを願っています。




《蛇足》オオムラサキの情報については以下の情報が詳しいです。
嵐山町HPより→クリック→オオムラサキの森
嵐山町HPより→クリック→蝶の里公園
嵐山町観光協会HPより→クリック→オオムラサキの森 蝶の里公園
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初夏の比企の丘・・・石坂の森で・・・コアジサイを見た

2016-05-24 | 野の花や木々

5月24日、比企の丘の石坂の森の中を散策しました。
越辺川の支流、唐沢川の源流地帯です。小さな山の斜面から水が滲み出しています。

石坂の森の最高点の丘。空気の澄んだ秋から冬には富士山が見えます。

森の中で・・・コアジサイ?(だろう思う)に逢いました。

森の中からはキビタキの鳴き声も聞こえます。
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比企の里・・・ときがわ町・・・静かな川の畔で・・・熊本地震災害支援コンサートが開かれました

2016-05-23 | 音楽

5月22日、比企の里のときがわ町で熊本地震災害支援チャリティーコンサートがありました。
会場はときがわカヌー工房・カフェギャラリー番匠」。

店内は木工、絵画のギャラリー&カフェ・・・奥は都幾川の静かな瀞場を見下ろすテラス。。
演奏者はわたしのブログに何回か登場している日高市の杉森代志子さん。カフェギャラリー「番匠」の市村さん?とご挨拶。


オープニングは「we are the world」・・・世界中、みんな仲間だ・・・
We are the World」(ウイ・アー・ザ・ワールド)・・・1985年、アフリカの貧困と飢餓を訴えその救済を目的としてつくられたキャンペーンソング。
作詞作曲はマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチ―が共同制作、アメリカを代表する40数人のアーチストがレコーディングに参加。、
2010年、ハイチ大地震のとき、「We Are The World 25 Years for Haiti」として再レコーディングされました。


フルート・・・杉森代志子さん。

ピアノ・・・杉山智子さん。

G線上のアリア、ハナミズキ、川の流れのように‥・川の流れの上、緑陰の中で静かたときが流れました。
被災された熊本の方々の復興をお祈りいたします。

カフェギャラリー「番匠」の別の顏・・・「ときがわカヌー工房」カヌー体験、レンタルサイクルもあるよ。

カフェギャラリー「番匠」のテラスから眺めた都幾川の風景です。
テラスから階段でカヌーの繋留場に降りられるようになっています。左下にカヌーが2艘見えます。



※カフェギャラリー「番匠」さんの当日のことを記したブログ→クリック
熊本大地震災害支援チャリティーコンサートは来月6月25日にもカフェギャラリー「番匠」で行われますクリック
※演奏者の杉森代志子さんは日高市を中心にボランティア演奏会、チャリティー演奏会をされているかたです・・・ホームページクリック
杉森代志子さんのブログ「一緒日和」→クリック

番匠とは》このあたりの地域名です。意味はむかしの建築、木工集団、そのむかし当地の名刹慈光寺は最盛期75坊を構え僧兵を擁して勢力をふるったようです。慈光寺の建設にかかわった匠の集団が居住した場所・・・と解釈してイイでしょうか。
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ミョウな名前の鉄道駅・・・JR八高線「明覚駅」は・・・ログハウス?風

2016-05-22 | 鉄道・駅の風景

5月22日、比企の里のときがわ村で行われる小さなコンサートにお誘いのメールをいただき出かけました。
会場はときがわ町番匠、明覚駅のすぐそば。
というわけで久しぶりで明覚駅を写真にパチリ。

JR八高線「明覚」の駅舎・・・八角形のログ・ハウス風?・・・「関東の駅百選」の一つだそうです。

幻想的というか?・・・メルヘンチックというか?

駅の裏側から明覚駅を見ました。

明覚という駅名???・・・明覚という平安末期のお坊さんがいる。「50音」を体系化した人だそうだ。この人と関係あるのかな。
律令時代、中世(鎌倉時代、室町時代)、戦国時代・・・この付近は妙覚郷(郡みたいなもの)と呼ばれ、江戸時代から昭和の大合併(1955年)までは明覚村という行政名。だが、なぜ妙覚・明覚といったのかわからない。このあたり770年創建といわれる天台宗の名刹慈光寺があります。地名にも別所、五明、如意、学頭沼など慈光寺に関係ありそうなのがあります。
それを考えると眠れなくなりました。そのうちに図書館で調べよう。
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信濃路の春・・・急勾配の姨捨駅を・・・電車が登ってゆく

2016-05-22 | 鉄道・駅の風景
4月16日、信濃路・・・姨捨の風景です。
少し季節のタイミングが過ぎましたが、姨捨は四季それぞれの顏を見せるすばらしいところです。
今ごろは「田毎の月」と呼ばれる棚田には水が張られて田植えが始まっているでしょう。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・
※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開。
今回は「上田六文銭」さんの画像提供です

JR東日本篠ノ井線「姨捨駅」・・・1900年開業、大正モダンの洒落た駅舎は1934年建造、2010年むかしの設計のままリニューアル。
1日の乗客数2011年調べ77名。2007年日本経済新聞アンケートで全国尋ねて見たい駅2位。2008年アンケートで全国の月見ポイント1位。標高551m、ホームから善光寺平、田毎の月の棚田が一望に眺められます。
急勾配の山の斜面につくられた駅。道が狭い。路線バス(行政バス?)が狭い山道を登ってきました。



E127系が本線を登ってきました。右の冠着駅方面に通り過ぎてからバックでこちらのホームに入線してきます。
急勾配の本線から折り返して水平の駅ホームに電車を導くスイッチバック式の姨捨駅・・・スイッチバック駅ってご存知ですか。
※全国で通過不可能型、通過可能型、折返し型など30数か所あるようです。関東では箱根登山鉄道の大平台駅で見ることができます。

4月16日、まだ山桜の季節でした。JR東海「特急ワイドビューしなの」383系(名古屋〜長野)が登っていきます。

JR東日本、長野駅発「リゾートビューふるさと」HB-E300系(ハイブリッド気動車)が松本駅経由大糸線南小谷駅に向かって走っていきます。

JR東日本「快速お早ようライナーあずさ」(塩尻駅〜長野駅)が姨捨駅真下の本線を通過していきます。
かつての「特急あずさ・特急あさま」でお馴染みの189系です。JR東日本長野色にカラーリングされています。
駅の真上は長野自動車道(中央道岡谷JCT〜上信越道更埴JCT)です。

昨年の5月6日の姨捨山・・・棚田の風景です。
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5月の軽井沢まだ春のはじめ・・・苔むした倒木の上で・・・ミソサザイが羽繕いしてた

2016-05-21 | 生き物大好き
☆「生き物大好き」だけ見たいかたは・・・クリック

5月1日、軽井沢国設野鳥の森公園の散歩です。
周回道路約3辧比高100m、キツイ
山野草も撮りたい、野鳥も撮りたい、カメラ二つ、重い
いつものポイントで浅間山の定点撮影。
落葉松も芽吹いてきました。草原はまだベージュ色です。

渓流の畔、苔むした倒木の上にミソサザイがとまっていました。
い鳥(オオルリ)のあとは黄色い鳥(キビタキ)、そしてい鳥(ミソサザイ?)との出逢いです。
これで三原色がそろいました。

水浴びのあとの羽繕いです。



目を閉じてウットリしています。

ミソサザイ・・・体長11僂曚鼻小さい、九州以北に周年生息する留鳥、季節に合わせて緯度、標高移動するようです。関東では薄暗い森林の渓谷の中で春から見ることがあります。春に繁殖活動を始めて小さな体に似合わず大きな囀りで縄張り宣言、♀に対する求愛をします。

5月1日の軽井沢野鳥の森の散歩はこれで終わりです。ミソサザイの大音声の囀りも聞こえず、オオルリやキビタキの美声も聞こえず、でも偶然の出遭いで鳥さんたちとの出逢いがありました。ほとんどワンチャンスでした。また逢いたいなあ。

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「北国の春」のふるさと・・・南牧村野辺山高原を・・・小海線ハイブリッド気動車がゆく

2016-05-20 | 鉄道・駅の風景

3月22日、春のの信濃路・・・八ヶ岳山麓・・・南牧村(みなみまきむら)野辺山・・・
標高約1300mの高原。
北国の春」という名曲があります。ここ南牧村はこの歌を作詞したいではくが生まれた村。
この歌は・・・北国がどこと・・・歌詞の中では記されていませんが、「白樺 青空 南風」と聞くとこの風景が目に浮かびます。

信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・
※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開。
今回は「上田六文銭」さんの画像提供です
早春というより野辺山はまだ冬です。
左から・・八ヶ岳連峰の主峰赤岳(2899)、横岳(2826m)、硫黄岳(2760m)。

雪の八ヶ岳を背景にJR小海線信濃川上駅〜野辺山駅間を世界ではじめて実用化されたハイブリッドカー・・・キハE200形気動車がゆく。

八ヶ岳連峰の主峰赤岳のズームアップです。
※撮影日は2016年3月22日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。
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5月の軽井沢まだ春のはじめ・・・芽吹きだした木の枝の上に・・・キビタキがとまっていた

2016-05-20 | 生き物大好き
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5月1日、軽井沢国設野鳥の森公園の散歩です。
周回道路約3辧比高100m、キツイ
山野草も撮りたい、野鳥も撮りたい、カメラ二つ、重い

いつものポイントで浅間山の定点撮影。
落葉松も芽吹いてきました。草原はまだベージュ色です。

渓流の畔、若葉が芽吹きだした木の枝の上にキビタキがとまっていました。
青い鳥のあとの黄色い鳥との出逢いです。







キビタキ・・・ヒタキの仲間。冬季は東南アジア、日本には夏に訪れて繁殖。おもに山間部の明るい雑木林に。黒と黄とオレンジのカラーコーディネイトが美しい。

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ふたたびの・・・信州伊那谷・・・南駒ケ岳の直下を・・・JR飯田線が・ゆく

2016-05-19 | 鉄道・駅の風景

初夏の信濃路・・・伊那谷・・・飯島町・・・
標高約500mから標高約3000mの高峰がひと目で間近で見られるビューポイント。
春は新緑が下から上がってゆき、秋は紅葉は上から降りてくる。

信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・
※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開。
今回は「上田六文銭」さんの画像提供です


中央に仙涯嶺(2734m)、その右にまだ雪をかぶった南駒ケ岳(2841m)、その右に赤梛岳(2798m)

五月というのにまだ冠雪の南駒ケ岳・・・その右の稜線下に擂鉢窪カール、さらにその下に百間ナギ
伊那の人にとって木曽駒ケ岳西駒ケ岳、その遥か南にあるから南駒ケ岳。麓の人にとって名峰です。
百間ナギ・・・ナギは崩落地。いまでも崩落を続けているそうだ。

JR飯田線七久保駅〜伊那本郷駅間・・・211系がゆく。

JR飯田線七久保駅〜伊那本郷駅間・・・313系がゆく。
正面の山は越百山(こすもやま 2613m)、右に仙涯嶺
※撮影日は2016年5月2日 JR飯田線七久保駅〜伊那本郷駅間 Panasonic LUMIX DMC-FZ100

※高校生の時、同級生3人とこれらの山に登った。初日は七久保駅から歩いて越百山の無人小屋まで、2日目は南駒ケ岳擂鉢窪カールの無人小屋で、3日目は空木岳経由で下山、赤穂駅(現駒ヶ根駅)へ。当時は中央アルプスも南アルプスもほとんど無人小屋であった。みんな登山経験なんてない。子どものときから毎日見馴れている山というだけ。地図の見方なんて知らない。学校なんかに届出無しのイイかげん登山・・・それが普通だった。擂鉢窪カールの岩室は最高。扉なんてない。山野草の宝庫、ホシガラスが飛ぶ、イワツバメが群れ飛ぶ、夜は満天の星、下界で動く電車の光が見えた。

《伊那谷の飯島町へ行ったら・・・むかしの江戸幕府飯島陣屋跡に・・・》
長野県上伊那郡飯島町、国道153号線を飯島市街地に入ると飯島陣屋跡飯島町歴史資料館の案内が目に入ります。お時間がありましたら立ち寄ってみてください。歴史マニア、時代小説マニアにお勧めの場所です。

さて飯島陣屋です・・・
1672年、飯田藩主脇坂氏の転任にともない53000石の石高が分割され堀氏が20000石で飯田藩主に。残りは天領(幕府領)に、その管理のため最初は片桐村(現松川町)に陣屋が、1677年飯島町に陣屋が移転、そのあとは管轄領が変わったりもとに戻ったり(長野県ではほかに塩尻陣屋、中野陣屋、中之条陣屋、御影陣屋がありました)、代官も専任であったり兼任であったり。明治維新を迎え1868年廃止、廃藩置県で伊那県庁に、1872年長野県成立で解体。
写真の陣屋は1994年に新築復元されたもの。門は冠木門(かぶきもん)、建屋は長野県の中信、南信に見られる本棟造といわれる緩い勾配の切妻屋根、妻入り玄関、妻の頂きに雀脅しという飾りがついています。建坪は60坪以上と思われます。
江戸時代の長野県の地方行政は複雑で江戸時代の初めで19の藩が幕末のころで11の藩があり天領、旗本知行地、他国の大名の飛び地藩領がありました。そんなことがわかってくると、こんな田舎になぜ幕府の陣屋があったか、見えてきます。
陣屋とは・・・もとは戦で軍勢が駐屯した場所、詰め所をいいましたが、江戸時代には城を持たない大名の藩庁(役所)、幕府直轄領、旗本の知行地、大名の郡役所など代官を置く場所の地方庁舎をいいました。
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5月の軽井沢まだ春のはじめ・・・渓流の畔で・・・瑠璃色の森の王様・・・オオルリに逢いました

2016-05-19 | 生き物大好き
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5月1日、軽井沢国設野鳥の森公園の散歩です。
周回道路約3辧比高100m、キツイ
山野草も撮りたい、野鳥も撮りたい、カメラ二つ、重い

いつものポイントで浅間山の定点撮影。
落葉松も芽吹いてきました。草原はまだベージュ色です。

渓流の畔、倒木の上にオオルリがお食事中。
一瞬の出逢いです。

♂です。バインディング(足環)してます。

捕えた虫を激しく倒木に打ちつけているようです。白目(瞬膜)を向いて頑張っています。



※東南アジア方面から夏に飛来するヒタキ系の渡り鳥。九州から北海道まで、低山帯から亜高山帯に、渓流沿いの森林に生息して岩壁、泥壁のくぼみに苔などで巣を作り繁殖する。
オオルリコルリの違い・・・わたしもよくワカリマセン オオルリは16僉▲灰襯蠅14僂搬腓さに違い?並んでもらわないとワカリマセン オオルリの♂は頭のテッペンから背中にかけて明るいコバルトブルー、顏半分から喉元、胸にかけて濃い瑠璃色。コルリの♂は喉元から腹にかけて白い。♀はどちらも地味な褐色系、ちなみに江戸時代まで区別しないでるりてふと呼んでいたそうだ。
バンディングされています(Bird BindingまたはBird Ringing)。バンディングとは国(環境省)が山階鳥類研究所に委託して、野鳥に標識(足環)を付け、回収して調査する標識調査のことです。
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サクラ咲く木曽の・・・御嶽山と・・・木曽馬と・・・開田高原

2016-05-18 | 信濃の国は

5月2日・・・木曽山中・・・海抜1000m〜1500mの開田高原(長野県木曽郡木曽町開田末川)。
1500年の歴史の木曽馬のふるさと、山岳信仰の山・御嶽山はまだ雪、鎌倉桜が咲いています。

信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・
※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開。
今回は「上田六文銭」さんの画像提供です

2014年の大噴火が記憶にに生々しい活火山。南北に3.5劼梁羞舛了魁
右から継子岳(2858m)、飛騨頂上、摩利支天(2867m)、御嶽山(3063m)、主峰剣ヶ峰(3067m)、継母岳(2867m)。

古墳時代の4世紀後半から5世紀に中国の漢、朝鮮半島経由で渡来した蒙古馬がルーツとされる木曽馬のふるさと
伝来の時期については2〜3世紀という説もあり定かでない。信州、甲州の高地で育成されたという。

体長(肩まで)135僉中型、短足胴長、粗食に耐える、X脚、蹄外向き、蹄固く蹄鉄不要、側対歩。
1958年国指定の天然記念物の木曽馬、現在200頭に満たないという。

サクラ咲く・・・オオヤマザクラ(鎌倉桜ともいうらしい)。



在来馬・・・江戸時代までは現在の西洋馬はなく軍馬、農耕馬、荷駄馬とも在来馬であった。体長135(肩まで)体重350〜400kg、西洋馬がおよそ160僉450〜500圓任△襪らずいぶん小さい。近代に入り西洋馬の輸入もあり、さらに荷駄馬、農耕馬の需要がなくなるとともに減少していき大半の純血統種馬は絶滅。現存の在来馬・・・道産子、木曽馬、野間馬、対馬馬、御崎馬、トカラ馬、宮古馬。与那国馬の8種。
開田高原・・・古くは飛騨国木曽庄末川村、江戸時代は飛騨国尾張藩領末川村、西野村、明治に入り2村が合併して開田村に、長野県に、平成の大合併で2005年木曽町に。岐阜県堺の御嶽山の東麓裾野に広がる高原。
御嶽山(おんたけやま)・・・深田久弥著の「日本百名山」に入っています。わたし的には自然の山や川や生きものににランク付けするなんて天を欺く行為だと思うが・・・まあイイかっ


六文銭の写真帳」だけ見たいかたはクリック
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