比企の丘

彩の国・・・比企の丘・・・鳩山の村びと
拙ブログの記事のリンク、写真の転用はご自由に。

上州赤城山の麓・・・大室公園・・・大きな樹の下で・・・ヒレンジャクが羽根を休めていた

2017-05-01 | 生き物大好き

4月13日、空っ風の上州赤城山の南麓・・・前橋市西大室・・・大室公園を散歩しました。

桜満開でした。

大きな樹の根元で・・・ヒレンジャクが羽を休めていました。
※撮影日は4月13日 Panasonic LUMIX DMC-G7 H-PS100~300mm。軽量三脚Manfrotto Befree。
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信州上田・・・上田城・・・お堀端の桜は満開・・・カワセミの恋の季節

2017-04-30 | 信濃の国は


※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開です。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

2017年4月15日、上田城散歩。
尼ヶ淵段丘崖の上のお堀端は桜満開です。
桜満開の隙間に西櫓が見えます。







お堀端にカメラの放列です。何を狙っているのでしょう。

カワセミの繁殖の季節です。
カワセミの彼氏が彼女にお魚をプレゼントしています。
求愛の季節です。
※撮影は4月12日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。


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姨捨山を仰ぐ

2017-04-29 | 信濃の国は

千曲市治田公園の桜です。
JR篠ノ井線が山の中腹を走っています。
※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開です。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

姨捨山のほうを見ます。中腹に山桜の樹林が見えます。




※撮影は4月14日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。

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彩の国・・・比企の丘・・・落葉樹林の中で・・・イカルに遭った

2017-04-28 | 生き物大好き
比企の丘の山歩きです。
巌殿観音の物見山から東松山市民の森。鳩山の石坂の森・・・
小鳥の声に耳を傾けながら歩いています。

イカルがアチコチを飛び回っていました。



固い木の実を大きな嘴で音を立てて噛み砕いています。

今年はイカルの群れが比企の丘に来てくれたようです。
※撮影は2月25日 Panasonic LUMIX DMC-G7 H-PS100~300mm。軽量三脚Manfrotto Befree。
※イカル(鵤)・・・スズメ目アトリ科イカル属、23㎝前後、関東では冬に見かけるが夏には見かけないようだ。山林で繁殖、冬には大群で行動する。太い頑丈な嘴で固い木の実から昆虫、草の実など。名前の由来は「イカルガコキー」と啼いているとか、鳴き声が怒ってるようだとか、奈良県の斑鳩に多い鳥だとか諸説あるようですがいずれも定かでありません。
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比企の里で・・・散歩中の・・・ニャンコ

2017-04-28 | 比企の丘から

暖かさにつられてツツジの前を散歩中のニャンコ。



家の庭から道路越しにパチリ。
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千曲市・・・更埴体育館前にある・・・D51静態保存・・・解体される前に見に行こう

2017-04-28 | 鉄道・駅の風景

長野県千曲市の更埴体育館前に静態保存されているむかしの蒸気機関車D51 1001が解体撤去されるそうです。
解体される前に見に行こう。
※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開です。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

デコイチ・・・1936年から1945年まで1115両製造された日本の交通を支えた蒸気機関車。
1001号機は1944年太平洋戦争末期に造られたもの。引退したの1973年。


※撮影は4月14日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。
※2017年2月3日の信濃毎日新聞に解体のことが報じられていたそうです。理由としては現在の更埴体育館の場所に千曲市新庁舎、新体育館を建築するため、D51の車体が老朽化、メンテナンス、維持費に莫大な費用がかかるということです。
D51の静態保存は全国で178機、そのご各地で解体撤去が進められているようです。残念なことです。
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信州埴科郷・・・「あんずの里 森」の風景・・・桃李不言 下自成蹊

2017-04-27 | 信濃の国は

長野県千曲市大字森・・・「あんずの里 森」・・・
桃李不言下自成蹊」・・・桃やスモモの花が咲くと、宣伝しなくても人々は自然に集まってくるという中国の言葉です。

※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開です。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

あんずの里「森」・・・あんず畑の風景です。








※撮影は4月14日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。

※2017「あんずの里 森」のフォトスケッチ散歩はこれで終章。3日間のチャレンジ。雪を被った秀峰・・白馬岳や戸隠山、高妻山、飯縄山とあんずの花のコラボレーションを狙い空気中の水蒸気が上がらないうちの朝早く、順光、山に雲がかからない日、いろいろ条件があって難しいですね。
開花の季節に合わせた観光地ですが農家の生活の場です。そんなことに思いを寄せながら花を愛でてください。もう季節は終わりましたが参考のために撮影月日を記しています。
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春の庭・・・ローズマリーの花が咲いています

2017-04-27 | 比企の丘から

ローズマリーの花が咲いています。
むかし10㎝ぐらいの枝を挿し木したものです。いまでは2mぐらいのブッシュ状の木になっています。





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日本人の品格・・・どころか・・・品質(クオリティー)はここまで落ちたのか

2017-04-26 | ニュースから

夕方のニュースで・・・こりゃダメだ・・・と思っていたが・・・夜のニュースでは辞表提出(クビかなあ)。
失言ではない…この人は本気でそう思ってるのだ・・・政治家以前の問題・・・いや人間以前の問題だ。
ひとの痛みに寄り添う・・・むかしからの美しい日本人の品格であったはずだ。



スゴイことをいう人だ・・・この人に全国の学芸員の首を斬れる権限があるのだろうか。
ひとそれぞれ自分の選んだ職業{どんな職業であれ)に誇りがある。人の尊厳を踏みにじるような発言は許されない。
ましてや、特定の病名を上げてなんて
このひとは・・学芸員は観光立国の役に立て・・・といいたかったらしい。それもわかるが言葉の表現がヒドイ。
学芸員は観光の旗振り役ではない。それも一つの仕事だが文化遺産、自然遺産の保護、保全、啓蒙というのが本来の仕事だ。




論外!政務官は○務官か?


いろいろ書こうと思ったが・・・日本の将来を考えて落ち込んでいる。

議員は選良ともいう。優良な市民が選んだ人だ。選んだ人の責任は重い。

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信州埴科郷・・・坂城駅で・・・EH200ブルーサンダーと・・・タキ1000形石油輸送車を見た

2017-04-26 | 鉄道・駅の風景
信州・・・埴科郡坂城町・・・「坂城駅」(さかき)・・・しなの鉄道、日本貨物鉄道(JR貨物)の駅です。
日本貨物鉄道の専用線に石油を運んできた石油タンク列車を見ました。
ここには新日本北信油槽所があり神奈川のJR根岸駅から石油を運ぶ貨物列車が1日2往復しています。

※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開です。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

EH200、8軸駆動(H級)、愛称はECO POWER ブルーサンダー坂城駅に入ってきます。
牽引してるタンク車はタキ1000形貨車・・・アサギ色の車輌は日本石油輸送(JOT)の私有貨車です。

坂城駅のホームにしなの鉄道カラーの赤い列車と、旧国鉄湘南カラーの列車が入線しています。

新日本石油北信油槽所。

構内貨物車輌移動用の気動車・・・スイッチャ―DB 25-1
※撮影は3月22日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。


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春の庭・・・シラーカンパニュラが咲いた

2017-04-25 | 趣味の園芸

いつのまにか・・・シラーカンパニュラが咲いていました。
シラーの名前はギリシア語のスキロー(skyllo:害になる)に由来すると言われています。毒のある球根植物です。
カンパニュラはラテン語で釣鐘草。


シラーカンパニュラ・・・ユリ科ヒヤシンソイデス属ヒスパニカ種、一般にはシラーカンパニュラで流通。球根植物ですから植えっぱなしでも毎年花を咲かせる手間いらず。

カンパニュラを見ていたらFujiko HemmingLa Campanellaを聴きたくなった→クリック

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信州埴科郷・・・科野の里歴史公園・・・弥生時代の住居の復元ムラ

2017-04-25 | 信濃の国は

2017年3月22日、千曲市森の科野の里歴史公園を尋ねました。
1971年に森将軍塚古墳が国指定史跡になっ大々的にて発掘調査、1981年復元工事が開始。1992年完成。そのあとに長野県立歴史館(1994年開館)、千曲市立森将軍塚古墳館(1987年開館)、弥生時代復元住居ムラなど含めて整備された「科野の里歴史公園」です。

※ブログ「比企の丘から」のギャラリー公開です。
信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・
弥生人の住んだ住居を復元したムラです。

高床式の貯蔵庫・・・でしょうか?




※撮影は3月22日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。

※公園の名前が「科野の里」になっています。「科野」とは大和政権が全国を統一しつつあるときの国名(現長野県)です。7世紀の終わりごろまでこの表記だったようです。古事記(712年)では科野、日本書紀(720年)では信濃だそうです。7世紀末~8世紀初頭の木簡には科野国と記されているそうです。8世紀初めごろから表記が科野から信濃になぜ変わったか・・・ワカリマセン。科野の地名由来は諸説あるようですが・・・階(しな)・・・階段状の山・・・河岸段丘の地形などからと思います。

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春の庭・・・梅の実と・・・あんずの実・・・が大きくなりました

2017-04-24 | 趣味の園芸

4月16日、結実した梅の実。

4月24日、梅の実が大きくなりました。


4月16日、結実したアンズの実。

4月24日、アンズの実が大きくなりました。


今年は梅の砂糖漬けやあんずのジャムが期待できそうです。


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信州埴科郷・・・森将軍塚から・・・有明山将軍塚古墳へ・・・歴史マニア逍遥の道

2017-04-24 | 信濃の国は

2017年3月22日、千曲市森の森将軍塚古墳を尋ねました。
標高490mの丘の上の森将軍塚から、さらに比高約50m、10分ばかり上ると有明山将軍塚古墳があります。
有明山という将軍がいたわけではありません。
有明山に葬られたむかしの偉い人のお墓です。
4世紀の終りころとも5世紀の初めころともいわれますが確かなことはワカリマセン。

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信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・

有明山(652m)に至る尾根の途中、標高544m、麓からの比高180m、赤松と落葉樹の混交林の中にひっそりと。

前方後円墳、全長36.5m、後円頂部直径10m、高さ7m、前方幅10m、長さ16.5m、高さ1m(1999年調べ)。
1999年発掘調査後、埋め戻されています。立木は少しづつ整理されてるようです。

1973年市指定史跡、2007年国指定史跡に。

有明山将軍塚への道から、森将軍塚を見る。
※撮影は3月22日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。
※森将軍塚古墳館から森将軍塚まではバスがあります。

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信州埴科郷・・・古代の繁栄を語る・・・森将軍塚を尋ねた

2017-04-23 | 信濃の国は

2017年3月22日、千曲市森の森将軍塚古墳を尋ねました。
森将軍塚?・・・森さんという将軍様のお墓のことではありません。
あんずの里」で有名な千曲市森という地籍(むかし埴科郡森村→屋代町→更埴市)にある4世紀中ごろに造られたといわれる古墳です。
森地籍にあるたぶん将軍のような偉い人の古いお墓・・・ということで森将軍塚と呼ばれるようになったようです。

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信州上田の・・・六文銭の写真帳・・・


長野県立歴史館(標高360m)あたりから見た森将軍塚古墳(標高544m)です。
長野方面からの北陸新幹線、上信越自動車道が有明山トンネルに入るあたりで車窓から見える風景です。

比高130mを20分くらいかけて登ってくるとこんな景色が広がってきます。

全長100mの前方後円墳です。1981年から11年の年月をかけて1992年に復元完成したものです。

全長100m、後円の直径50m、高さ11m、前方の幅30m、長さ41m、高さ4m。
積石塚(葺石)の再現です・・・すべて推測の上に復元(復原?)・・・この山で採れた石英斑岩を組み合わせた野面積。

森将軍塚から見た善光寺平、雪をいただいた山は飯縄山
古代・・・この地の支配者は・・・千曲川流域を望むこの山の上で・・・
何を思い・・・何を語った・・・であろうか・・・
※撮影は3月22日 Panasonic LUMIX DMC-FZ100。
この古墳は1965年採石場として開発がはじまったころ、この周辺の小古墳が崩される状態となり、1970年保存対策協議会が発足、住民の署名、地権者の協力などもあり1971年国指定史跡に。発掘調査後に1981年復元工事が開始。1992年完成後は長野県立歴史館(1994年開館)、千曲市立森将軍塚古墳館(1987年開館)、弥生時代復元住居跡など含めて「科野の里歴史公園」として整備。副葬品は全国どこの古墳と同じように盗掘、乱掘によりほとんどなかったようですが埴輪、鏡片、鉄剣などが出土したようです。以後、この周辺の有明山将軍塚、倉科将軍塚、土口将軍塚が国指定史跡に加えられ埴科古墳群と呼ばれるように。小さな円形古墳、方形古墳は数えきれないほどあるようです。

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