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今日の筆洗

2021年06月20日 | Weblog
 一九六四年十月の東京五輪閉幕の翌日、当時首相だった池田勇人は退陣を表明している。喉のがんが進行し、政権運営はもはや困難と判断した▼がん発見は九月。入院することになったが、側近たちはウソをつくことにした。池田の病状について「前がん状態」と発表した。がんではないのだと。自分のがんを知らなかった池田の耳に入れたくなかったのと、国政への影響を考えての一計だったという。東京五輪に影を落としたくなかったという面もあったかもしれない▼池田派の流れをくむ派閥に身を置いたことのある菅首相もまた東京五輪で無理をなさろうとしているのか。コロナ禍での五輪開催の是非でさえ、世論は分かれるのに会場に観客を入れることにこだわっているという▼専門家は「無観客が望ましい」と提言している。こちらの方が胸にすとんと落ちる。観客を入れるとなれば感染対策として政府が目を光らせていた人の流れを生む。感染拡大のリスクがある▼池田の無理とは違い、観客を入れるという菅さんの無理は国民を心配させ、苦しませる可能性のある無理だろう。国民を危険にさらしかねないバクチめいた判断は許されぬ▼専門家の意見に耳を貸さず、「観客あり」に踏み切って、感染が拡大した場合、責任をどう取るおつもりか。五輪後、「派閥の祖」の政権と同じ結末が待つだろう。無理は禁物である。

 


今日の筆洗

2021年06月19日 | Weblog
 ミャンマー国軍に抗議する人々が掲げる三本指は、アジアの他の国でも反体制の象徴であった。指が何を示しているかについては、諸説あるようだが、元は独裁国家が舞台の映画『ハンガー・ゲーム』に登場するジェスチャーという▼「感謝」「称賛」「愛する人への別れ」。三本はそんな意味を表していると原作にある。なるほど、身を賭して行動する人が、仲間を前にわき上がってくる思いであろう▼サッカー・ワールドカップ予選の日本戦で、ミャンマー代表のピエ・リヤン・アウン選手が掲げたあの三本の指にも一種、壮絶な思いがこめられていたようだ。母国の人々や仲間たちへのいつまでともしれない別れを意味することになるあのポーズである▼帰国便に搭乗するのを拒んだ。日本にとどまり、難民認定を申請すると明らかにしている。ポーズを取ったのは試合前の国歌斉唱の際だった▼ニュースをみた時にはそこまでの決意があるとも、重い結果を招く行為にも思えなかったが、帰れば命は保証されない行為という。国軍に捕まって命を落とすケースもあるらしい。帰国拒否は賢明な判断だろう▼「人生という試合で最も重要なのは休憩時間の得点である」。ナポレオンの言葉にあるそうだ。スポーツに政治を持ち込む行為であろうが、母国の悲惨な現状を知らせた。身を賭した末に「得点」にもなったポーズだろう。

 


今日の筆洗

2021年06月18日 | Weblog
 そのまま訳せば「ロシア人」である。英ロック歌手スティングさんの『ラシアンズ』が米ヒットチャートの上位に入ったのは一九八〇年代、冷戦の終盤であった。曲は、核武装してにらみ合う米ソに融和を訴えていた。今聞けば、歌詞の表現に少々びっくりする▼<イデオロギーは別として/同じ生体組織を持つ僕らなんだ/僕は心の底から願う/ロシア人も子供を愛していることを>。同じ人間じゃないか、子供を愛さないのか。そんな問い掛けが成り立ったのは、彼らはまったく異質かもしれないという思いや疑問が、西側社会の片隅にあったからだろう▼永遠に分かり合えないのではないかという空気はたしかにあったようにも思う。東と西が絶望的に遠かったあの時代以来、現代の米ロ関係は「最悪」の状況ともいう。そのなかで開催された米国のバイデン大統領とロシアのプーチン大統領の会談である▼大きな具体的成果があったようにはみえない。ただ、今も核大国である両国の首脳が核軍縮などで話し合うことで一致した▼プーチン氏は主要国の会議から排除され、トランプ前米大統領は核軍縮に後ろ向きの姿勢をみせた。その後、最悪に向かった流れが変わったなら歓迎だ▼同じ生体組織ではないか、などと言わなければならなかったあの時代の空気。吸っていた首脳たちが、戻ってはいけないと知っているはずだ。

 


今日の筆洗

2021年06月16日 | Weblog

 ベケットの『ゴドーを待ちながら』。題名だけならゴドーが主役と勘違いするか。主役はもちろん、ゴドーを待ち続けるウラディミールとエストラゴン。ゴドーは出てこない。出てこないのだが、二人の会話によって観客は目に見えぬゴドーの大きな存在を感じる。そういう芝居だろう▼さて、この会議の「主役」は誰だったか。閉幕した英国コーンウォールでの先進七カ国首脳会議(G7サミット)である▼候補としては首脳宣言をそつなくまとめ上げた議長国のジョンソン英首相か。あるいは前任のトランプさんとは異なり、サミットを重視する姿勢を示した米国のバイデン大統領か▼いずれでもなく、「私が主役」のタスキをかけるべきはこの方だろう。中国の習近平国家主席である。無論、サミットには出席していないが、それほど大きな存在、あるいは脅威として会議の場に確かにいたのである▼首脳宣言には中国の海洋進出や台湾問題が明記された。途上国への十億回分のコロナワクチン支援にしても中国のワクチン外交に対抗する狙いがある。不穏な動きを強める中国に対して、一致して封じ込めを図る。その狼煙(のろし)を上げたのがこのサミットだろう▼言うべきことは言う。当然だが、これで中国が自重するかといえば期待できまい。敵対心をさらに強める危険もあろう。今後、必要なのは「主役」との対話と説得である。


今日の筆洗

2021年06月15日 | Weblog

 <花と咲くのもこの世なら/踏まれて生きる草だって/唄を唄って今日もまた…>。作曲家の小林亜星さんが亡くなった。八十八歳。テレビから流れる亜星作品を毎日、耳にして育った世代としてはその訃報が寂しい。また昭和が遠ざかる▼CM、歌謡曲。今でも歌える作品の数々。何から書き始めるか迷い、この曲を選んだ。冒頭の歌詞を読んでもピンとくる方は少ないか。CM曲の「酒は大関」である。歌ったのは加藤登紀子さん。よく流れていたのは一九七〇、八〇年代か▼作曲はもちろん、作詞も亜星さん。人生はなかなかうまくはいかない。それでも、<生まれたからにはどんとやれ><唄を唄って今日もまた>と人を励まし慰めている。そういうCM曲はなかなかお目にかかれない▼「CMソングはハッピーでなければならない」というのが持論だったそうだ。「ワンサカ娘」「どこまでも行こう」や<金銀パールプレゼント>の「ブルー・ダイヤ」。なるほど「ハッピー」で、高度成長期の日本によく似合っていた▼大学の医学部に入ったが、音楽に熱中し、医師への道はきっぱり捨てた。「ワンサカ娘」は作曲家としての実績もないまま引き受けた。そして芝居経験ゼロで人気ドラマ「寺内貫太郎一家」への出演▼<生まれたからにはどんとやれ>。詞の通り、人生を楽しんだ「ハッピー」な作曲家とのお別れである。 


今日の筆洗

2021年06月12日 | Weblog
 要領が悪く、上官の感情を読むのも苦手だった漫画家の水木しげるさんは軍隊で「ビンタの王様」のあだ名を付けられていたという。さんざんなぐられていたからである▼「ビビビビビ」「ビン」。自伝的な作品などに数多く登場するその場面では、独特の音が必ず響く。不思議な表現だが、痛みと屈辱の思いが加わって、電撃のような響きが聞こえたのかもしれない▼こちらのビンタは、どうも襲撃というには弱々しかった。フランスのマクロン大統領が市民との交流の場で、男に突然平手打ちされた一件だ。ただ見た目以上のショックが広がっているようだ▼なぐった男は、反政府運動への共感を示していた。仏メディアによれば、仲間とみられる人物が動画を撮影して、即座にネットのソーシャルメディアに流している。屈辱的な場面を世に広め、暴力をあおろうとしていたおそれもありそうだ。議論や手続きを無視して世の中を動かそうとする力の表れとも指摘されている▼大きな権力と、昔は七年、今は五年という長い任期を持つ仏大統領である。ドゴールやシラク氏の時代に、暗殺未遂事件も起きている。直接選挙で選ばれることもあって、大統領自身が人の中に入り、国民との近さを示す場面も多い国である▼いやな雰囲気はフランスに限らないだろう。強くはない平手打ちからビビビビビと警告の音が聞こえそうだ。
 
 マクロン大統領 市民に顔を平手打ちされる(2021年6月9日)

 


今日の筆洗

2021年06月11日 | Weblog

 人はどこから来て、どこに行くのかを知ることができない。人生は旅であり、「未知のものへの漂泊」であると哲学者三木清は『人生論ノート』で述べている。あてどない旅が、ふと恋しく思える心理が、人に備わる理由かもしれない。遠くへの移動や不要不急の外出を控える時間が長くなると、よけい強くなる心理でもあろう▼中国に少々うらやましく思える漂泊の一群がいる。野生のアジアゾウの集団だ。南部の生息地を後にして、どこに行くのか知れない長旅を続けている。大都市の郊外にも入り込んだ。四百キロ以上に及ぶ移動は異例であるそうだ▼出産や離脱で増減しながら十五頭前後の旅である。通過した農地の作物などに大きな被害があり、元いた場所に戻そうと誘導もした。だが、従わず徐々に北の方に進んできた▼ネットで近況をつい探してしまう。多くの人に縁遠くなっているはずの「漂泊の旅」に世界から注目が集まっているそうだ。最近は子ゾウを取り囲むように、昼寝する姿が報じられ話題になった▼えさを求めてという説があり、開発で環境が変わり、新たな居場所を探しているのではないかともいわれる。だが、移動の理由ははっきりしない▼地平線の向こうが見たくなったとか、未知の大地が呼んでいるからとか。動物に感情を移入する愚を思いつつ、旅が恋しいこの時節、漂泊のロマンをつい重ねる。


今日の筆洗

2021年06月09日 | Weblog

 魔女が生まれたばかりのオーロラ姫に呪いをかける。「この子は糸車の針に刺され、死ぬだろう」。童話の「眠れる森の美女」である▼別の魔法使いがこう申し出る。「呪いは解けませんが呪いを弱めることはできます」。姫は死を免れるが、百年の眠りにつく▼作家の中島京子さんが小説『長いお別れ』の中でこの話を認知症の薬にたとえていた。認知症の家族を世話する方ならお分かりだろう。医師から処方薬についてこんな説明を受ける。「薬は症状の進行を遅らせるもので進行を止めることはできません」。今の薬では認知症という「呪い」を解けない▼ついに新しい魔法使いが来てくれたのか。日米の製薬会社が開発したアルツハイマー病の新薬「アデュカヌマブ」を米食品医薬品局が承認した。「進行を遅らせる」以上に「進行を抑制する」世界初の薬だという▼アルツハイマー病は「アミロイドβ(ベータ)」というタンパク質が神経細胞を傷つけることで起こるとされるが、新薬にはこのタンパク質を減らす効果があるそうだ。「呪い」の原因を直接たたくのか▼世界の認知症患者数は約五千万人。大半がアルツハイマー病である。有効性に不確実な部分もあり、臨床試験を追加する条件付きで承認されたが本物であれと願う。患者に加え、家族や周りを含めれば、その病はいったいどれだけ多くの人を悲しませていることか。