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今日の筆洗

2021年05月18日 | Weblog

 夫婦の間には五人のお子さんがいた。その夜、夫は子どもたちを寝かしつけていたそうだ。こう書けば、穏やかな家族の光景が浮かんでくるか。爆発はその直後に起きる▼妻は跳び上がり、子どもたちを連れて、部屋から逃げようとしていた。その時、二度目の爆発が起き、天井が崩れ落ちる。ロイターが伝える、パレスチナ自治区ガザでのある出来事である。爆発はイスラエルの空爆によるものだ▼夫は命を取り留めた。妻と四人の子どもは亡くなった。…七時間後。六歳の女の子ががれきの下で見つかり、救出された。市民が力を合わせ、女の子を助け上げる写真に胸がつまる。腹を立てる。なぜ、かくも大勢の市民が犠牲にならなければならぬのか▼ガザを実効支配するイスラム組織ハマスは地下トンネルを利用している。イスラエルはトンネルを標的に空爆を行う。結果、トンネルの上にある市民の住居も破壊される▼イスラエルはハマスが市民を人間の盾に使っているのだと非難する。が、その盾ごと攻撃してもよい道理などあるはずもない。盾などではない。それは人間である▼ハマスの攻撃でイスラエルの市民にも犠牲が出ている。市民を巻き込む暴力の連鎖。一刻も早い停戦の実現に向け国際社会は沈黙してはならぬ。犠牲者数が膨れ上がる。単なる数字ではない。六歳の女の子は大切な母親ときょうだいを奪われた。


今日の筆洗

2021年05月17日 | Weblog
 リンゴのタルトをこしらえようとした姉がうっかり型に生地を敷くのを忘れ、リンゴだけ入れてオーブンの火にかけてしまったそうだ▼それに気づいた妹が機転を利かせ、そのまま上から生地をかぶせて焼き上げた。客に出すと味と香りが評判を呼び、人気となった。諸説あるが、フランスの洋菓子の「タルト・タタン」は一八九〇年ごろ、こうやって生まれたそうだ。失敗が成功につながった▼米国の化学者、スペンサー・シルバーさんが亡くなった。八十歳。はて、どなたかと思われるだろうが、この方も、失敗を大きな成功に変えた物語をお持ちである▼化学・事務用品メーカーに勤めていた一九六八年、航空機の製造に使えるほど強力な接着剤の開発を目指していた。ところが何度やってもうまくいかない▼失敗を繰り返すうち別のものを発明した。簡単にはがれ、再使用できる接着剤。やがて、これが世界的な大ヒット商品につながる。糊(のり)付き付箋の「ポスト・イット」である▼タルト・タタンに妹の知恵があったように「ポスト・イット」もこの人だけの手柄ではない。役に立ちそうもないシルバーさんの接着剤に同僚が目をつける。この同僚、合唱が趣味だったが、楽譜に挟んだ栞(しおり)がすぐに落ちてしまうので困っていたそうだ。失敗、無益、役立たず。そう見えたものも、人が少々知恵を加えることで光輝くことがある。

 


今日の筆洗

2021年05月16日 | Weblog

 小学校三年の時に小児結核になり、小学校にはあまり登校できなかったそうだ。たまに学校へ行っても授業が分からない。本はよく読んでいたので国語や歴史、理科には困らなかったが、算術には閉口した▼親しい友達もいない。級友が談笑している中、一人で時間を過ごした。孤独な少年を救ったのはまわりの自然だった。学校の成績は悪かったが、昆虫や動物の名前や魚の捕り方、鳥の育て方の知識と経験なら誰にも負けない。少しも引け目を感じることはなかったそうだ▼「サル学」の権威を育てたのは故郷、丹波篠山の自然ということになるのだろう。世界的霊長類学者で日本モンキーセンター(愛知県犬山市)所長などを務めた京都大学名誉教授の河合雅雄さんが亡くなった。九十七歳▼霊長類研究を選んだのは人間とは何かについて探るためだったそうだ。とりわけ、人間が持つ善と悪について進化の過程から考えたかった▼河合さんの独創的な推論がある。霊長類は元来、植物食だったが、肉食にも向かった。この傾向を強くしたのが人類で、結果、草食獣の集合性、やさしさ、思いやりなどの「善」と肉食獣の残虐性、搾取と収奪などの「悪」という両面を併せ持つようになったのではないか▼サルから「悪の世界」を背負わされた。その「悪」にどう向き合うべきか。河合さんが人類に遺(のこ)した大きな宿題なのだろう。


今日の筆洗

2021年05月15日 | Weblog

  動物や植物の世界には、神秘を感じさせる数字が隠れていることがある。多くの花の花弁の枚数に一致するというフィボナッチ数は、よく知られているようだ。1、1、2、3、5、8…と続き、三つ目以降の数字が前の二つの数の和になっている。不思議な数列はヒマワリの種子の並び方などいろいろなところに顔を出すそうだ▼米国の虫の世界にも、数の神秘を思わせる出来事がある。教わってもいないのに、十七年、十三年という、素数の周期で繰り返されるセミの大量発生である▼「素数ゼミ」の呼び名で知られる米国特有のセミは、各地に群れがあって、定期的に出現する。今夏は最大級の群れが十七年ぶりに、首都の周辺などに現れる年回りらしい。土から出てき始めたと報じられている。人によっては恐怖の対象のようだが、ごう音とも言われる鳴き声が響く日は近い▼素数の性質ゆえ、他の周期と重なりにくい。不思議な性質は、そこに関係しているようだ▼ネットには「子どものころのあの夏を思い出す」といった声があった。強いノスタルジーも、このセミならではであろう。十七年前の二〇〇四年は「対テロ戦」の時代か。そのころ、土に潜ったセミたちは、コロナ禍のいま地表に戻る▼気候変動による森の環境の変化も懸念されているらしい。どんな世界に見えるか。思いをはせたくなる神秘的な現象である。


今日の筆洗

2021年05月13日 | Weblog

 グループに分かれて、少々長めの文章を人から人へ順に伝えていく。「伝言ゲーム」などと呼ばれ、早さと正確さを競うゲームがある。だいたいは驚くほど中身が変わり、最後の人に届く▼井上ひさしさんが『私家版日本語文法』に書いているが、米ソ冷戦の時代だろう、米国でゲームは「ロシア人のささやき」と呼ばれ、ソ連に「アメリカ人の伝言」という名があったそうだ。互いの誠実さに疑いの視線を送り合ったころの挿話だ▼ソ連がロシアになっても、米大統領が代々かわっても、互いへの不信は簡単には消えないものかもしれない。「米中新冷戦」が注目される一方で、近ごろの米ロの間に、少々冷たい風が吹くのを感じる▼ロシア側の非を疑いたくなることが多いが、最新は米石油製品パイプラインへのサイバー攻撃である。米側はロシアの集団の犯行だと断定し、バイデン大統領がロシア政府の「一定の責任」を指摘した。ロシア政府は反発している▼少し前はバイデン氏がロシアのプーチン大統領を「人殺し」と思うと語った。プーチン氏が作成を命じた「非友好国」のリストには、米国が入っているという。かつての首脳のいがみ合いを思わなくもない▼ベーリング海峡で領土が近接する両国は冷戦期、「近くて、はるかに遠い関係」と言われた。首脳の直接会談もありそうだが、視線にはどれほどの距離が映るか。


今日の筆洗

2021年05月12日 | Weblog
 奄美大島の島唄にある「ホコラシャ」とは元は「誇らしい」という意味だが、そこから「うれしい」とか「楽しい」というさまざまな喜びの感情を表現する言葉になったそうだ▼<キュウ(今日) ヌ ホコラシャ ヤ イチユリム マサリ イチムコウヌグートウニ アラシタボレ>。今日はうれしい。このうれしさはいつもより勝る。いつも、こんな日でありますように。そんな喜びの歌なのだろう▼現地ではそれこそ<イチユリム(いつもより)>大きく、その歌声が響いているか。奄美大島、徳之島、沖縄島北部、西表島が世界自然遺産に登録される見通しとなった。正式登録となれば白神山地、屋久島、知床、小笠原諸島に次いで五件目の自然遺産となる▼三年前、「登録延期勧告」を受けたが、今回、二度目の挑戦で難関を突破した。「ホコラシャ」だろう。豊かな森やアマミノクロウサギ(奄美大島、徳之島)、イリオモテヤマネコ(西表島)など希少な動植物が残る「生物多様性」が評価された▼さて、喜びの後、現地には自然遺産を守る決意と覚悟が求められる。登録となれば観光客なども増えるだろうが、それによって損なわれかねない貴重な自然をどう守っていくか。アマミノクロウサギの交通事故死なども増えていると聞く▼四島の美しい自然がこのままの姿で末永く守られるよう<アラシタボレ>と祈る。

 


今日の筆洗

2021年05月11日 | Weblog
 どうも、住宅街にカラスが増えている気がすると知人が教えてくれた。繁華街にいたカラスが住宅街に移動してきていないかというのが、この人の見立てである▼推理は続く。新型コロナウイルスの感染対策で繁華街の飲食店が時短営業や休業となっている。残念ながら、閉店に追い込まれた店もあるだろう。結果、カラスのエサとなる繁華街の生ごみは減り、これに見切りをつけたカラスが住宅街に目をつけた−とこの人は分析する。なるほど。在宅勤務や外出自粛で住宅街のごみはむしろ増えているか▼言われてみれば、自分の家の近くでもカラスが増えた気がしないでもない。データがなく、カラスの移動についてはなんとも判断できないが、鳥の中でも知恵の働くカラスのこと、そういう工夫もひょっとしてあるかもしれぬ▼つまらぬことを思い出した。カラスの鳴き声。カアカアやアホウがまず浮かぶ一方、万葉集では<児(こ)ろ来(く)とそ鳴く>▼「児ろ来」とは「あの人が来る」という意味だが、このご時世とカラスの引っ越しの話に「コロ(ナ)来」とか「コロ(ナ)苦」とかそれこそアホウな聞きなしをつい考えてしまう▼愛鳥週間である。コロナ禍で世の中は、野に山にと野鳥を気軽に見に行ける雰囲気でもなく、身近なカラスの顔が浮かんだ。人間ばかりではなく、おまえにもいろいろクロウ(CROW)があろうて。

 


今日の筆洗

2021年05月10日 | Weblog

 <夏も近づく八十八夜 野にも山にも若葉が茂る>。唱歌の「茶摘(ちゃつみ)」がつい、口に出る季節か▼諸説あるが、歌詞に京都の宇治に伝わる茶摘み歌の一節が入っているそうで、となると、唱歌の舞台は宇治ということになるのか。茶どころ、静岡あたりの光景かと思い込んでいた▼もう一つ、唱歌を。こちらは「茶摘」ほどには、今は歌われていない。「国産の歌」という。全国の特産品を子どもに歌で教える唱歌なのだが、この中に<米と麦とは全国に 製茶は静岡・三重・京都>とある▼明治の唱歌はやはり、今は通用しないらしい。農林水産省が最近発表した二〇一九年の統計によると、茶の産出額で鹿児島県が静岡県を抜いて初めてトップに立ったそうだ。「知覧茶」などの名は聞いたことがあったが、トップとは失礼ながら少々、意外だった▼かの地に茶の栽培を伝えたのは平家の落人だったという伝説があるそうだ。かつての島津藩も茶栽培を奨励していたが、生産量が伸びたのは戦後。そして、統計が残る一九六七年以来、首位を守り続けてきた静岡をついには抜いた▼もちろん静岡茶もこのまま黙ってはいまい。世界史で「ティー・レース」といえば、十九世紀、中国から英国に茶を輸送する帆船の競走のこと。その競走が船の性能を上げていったように、両県のトップ争いは日本の茶の味をさらに上げていくのだろう。


今日の筆洗

2021年05月09日 | Weblog
 キュリー夫妻が苦労の末に発見した元素ラジウムの製造法について特許を申請しなかった話は有名だが、簡単な決断ではなかったようだ。夫のピエール・キュリーには迷いもあった▼伝記の中にこんな場面がある。特許取得をほのめかす夫に、夫人は「科学者の精神に反する」と反対する。夫はなおも食い下がる。「生活が厳しい。娘もいる。よい研究施設も造れる」▼キュリー夫妻の「口論」が再び、今起きているようだ。新型コロナウイルスのワクチン製造の特許権保護をめぐって、世界の意見が分かれている。米国のバイデン大統領が特許権停止を支持すると表明し、これにフランスなどが賛同する一方で、開発拠点を抱えるドイツなどが反対する▼特許権を緩和し、製造技術を広めれば、ワクチン不足に困る途上国は助かる。米国などはキュリー夫人の立場なのだろう▼心情的にはこちらに軍配を上げたくなるが、巨額の開発費を投じた「秘伝」を守りたい製薬会社を一方的に叱(しか)るわけにもいくまい。富というニンジンが奪われれば今後、ワクチンを開発する企業はなくなるという主張もある程度は分かる▼難しい問題である。特許を求めなかったキュリー夫妻のその後のくらしは決して楽ではなかったそうだ。賛成反対の双方の言い分を調和させる方法を早急に探りたい。議論ばかりでワクチン供給が遅れては元も子もない。