キュリー夫妻が苦労の末に発見した元素ラジウムの製造法について特許を申請しなかった話は有名だが、簡単な決断ではなかったようだ。夫のピエール・キュリーには迷いもあった▼伝記の中にこんな場面がある。特許取得をほのめかす夫に、夫人は「科学者の精神に反する」と反対する。夫はなおも食い下がる。「生活が厳しい。娘もいる。よい研究施設も造れる」▼キュリー夫妻の「口論」が再び、今起きているようだ。新型コロナウイルスのワクチン製造の特許権保護をめぐって、世界の意見が分かれている。米国のバイデン大統領が特許権停止を支持すると表明し、これにフランスなどが賛同する一方で、開発拠点を抱えるドイツなどが反対する▼特許権を緩和し、製造技術を広めれば、ワクチン不足に困る途上国は助かる。米国などはキュリー夫人の立場なのだろう▼心情的にはこちらに軍配を上げたくなるが、巨額の開発費を投じた「秘伝」を守りたい製薬会社を一方的に叱(しか)るわけにもいくまい。富というニンジンが奪われれば今後、ワクチンを開発する企業はなくなるという主張もある程度は分かる▼難しい問題である。特許を求めなかったキュリー夫妻のその後のくらしは決して楽ではなかったそうだ。賛成反対の双方の言い分を調和させる方法を早急に探りたい。議論ばかりでワクチン供給が遅れては元も子もない。
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