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今日の筆洗

2021年04月19日 | Weblog

 演出家の蜷川幸雄さんといえば、稽古中の灰皿である。気に入らないと、役者に灰皿を投げる。靴を投げる。怒っているようで、実は役者に当たらぬように投げていたそうだ。野球部出身でぶつけない自信があった▼もう一つ、守っていたことがある。戯曲には筆を入れない。「ぼくらが非情の大河をくだる時」などの劇作家、清水邦夫さんが亡くなった。八十四歳。蜷川さんが戯曲を直さないと決めたのは、タッグを組んだ清水さんとの出来事のせいらしい▼「真情あふるる軽薄さ」の時だから一九六九年ごろか。台本を直そうと二人でホテルに泊まり込んだ。夜中に蜷川さんが目を覚ますと大きな音がする▼「ダメだ、ダメだ、ダメだ」。清水さんが部屋の中を走り回っていた。劇作家は言葉を生み出すためにこれほどまでに苦悩しているのか。以来、台本に手を入れまいと決めた▼「鴉(からす)よ、おれたちは弾丸(たま)をこめる」「泣かないのか?泣かないのか一九七三年のために?」。読み返し、清水さんの「ダメだ、ダメだ」で練り込まれたせりふに圧倒される。七〇年安保と挫折。当時の新宿の、日本の若者の熱と痛みがこれでもかと閉じ込められ、臭いまで放っている▼コロナ禍で劇場公演のフライヤー(ちらし)も大幅に減ってしまった。小劇場の若者たちは今どうしているのだろう。演劇の危機の時代にその人は去った。寂しい。