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今日の筆洗

2020年09月17日 | Weblog
チャーチルが高齢を理由に英首相を辞任する前夜のことである。一九五五年。この時、チャーチル八十歳。晩さん会を終えた、その人は正装のままベッドに腰掛け、何かを考えていた▼秘書官に突然、こう語ったそうだ。「アンソニーには務まらないと思うよ」。アンソニーとは後継首相となるアンソニー・イーデン。辞める前夜にもそんなことを考えていたとは。あくなき権力欲の現れか、それとも己への絶対的な自信か。さて安倍さんが首相官邸を去った。この人は前夜、ベッドに入ったとき、七年八カ月の来し方と、行く末に何を思っただろう▼良い面でも悪い面でも存在感のある首相だったのは確かである。支持しない者には独善的に見えた荒っぽい政治手法も支持する者には指導力や頼もしさとして映ったはずだ。世間の好き嫌いは分かれたが、少なくとも何をしようとしているのかは分かりやすい首相だった▼後継の菅さんはどうだろう。組閣名簿を見れば、河野さんの行革担当相が目を引くが、どうも「安倍さん抜きの安倍政権」の印象である。菅さんのしたい政治の輪郭がおぼろげなのである▼未知数の指導力と発信力。浮かんでくるのは無難という言葉だが、それで乗り切れるほど甘い時代ではなかろう▼イーデンは約二年で退陣した。菅さんに務まらないとは言わないが、国民の利となる成果を急がねばなるまい。

 


今日の筆洗

2020年09月15日 | Weblog

 一九七〇年代、地方に住む小学生にとって「アディダス」は憧れのブランドであった。ある年の冬、アディダスのウインドブレーカーがわが町の子どもたちの間で大流行した。人気で手に入らない▼母親が「あった、あった」と騒いでいる。手に取ってみれば、胸のマークはアディダス(adidas)ではなくアディドス(adidos)。当時の少年なら覚えているだろう。同年代の友人によるとアディオス(adios)という、人を食った名のもあったらしい。スペイン語で「さようなら」である▼母親の悲しそうな顔を思い出したと書けば、新総裁の門出には失礼か。自民党総裁選は案の定、菅官房長官が当選した▼煎じ詰めれば、この総裁選、党内の判断材料は三候補のうち、誰が最も安倍さんの政治に似ているか−だったのかもしれぬ。国政選挙で負けなしだった安倍さんの政治を継承しておけば、一定の支持は期待でき、別の方向に向かうことはない。そうした党内の甘い空気が「アベデス」そっくりの「スガデス」を選ばせたのだろう▼心配なのは、政策ばかりか、説明不足や弱者への目配り不足といった本家の悪い「クセ」まで似せようとしてはいないかという点である▼安倍政権の過ちは改め、物まねでなく自身の政治カラーを打ち立てたい。さもなくば、案外早く「アディオス」ということにもなりかねない。


今日の筆洗

2020年09月12日 | Weblog

 米大リーグの通算本塁打記録となったバリー・ボンズ氏の七百五十六号の記念球は、星の形のような印が刻まれて、野球殿堂に贈られた。アスタリスクといわれる注釈や疑義を示す印である。ボンズ氏の薬物疑惑を受けて、ボールの持ち主が刻印した。「参考記録」の意味であろう▼「ノーベル平和賞候補者」の後にも、星印があってよさそうである。「あくまで個人の考えです」「必ずしも有力ではありません」という注釈をふと思った。来年の平和賞に関し、また候補になったというトランプ米大統領である▼イスラエルとアラブ首長国連邦の国交正常化合意への貢献が理由という。本人は喜びをネットに書き込むなど上機嫌で、周りも盛り上がる▼なにやら有力候補の感もあるが、推薦される候補者や団体は例年、数百に及ぶ。その一件である。今回の推薦は前にも推したことがあるというノルウェーの右派議員という▼中東の平和については今後が問われそうだ。平和より分断の人という大統領の印象も変わっていないだろう。本当に受賞となれば、平和賞に「トランプ氏も取りました」の“注釈”が刻まれることにならないか。賞の権威にかかわりそうだ▼米大統領ではオバマ氏の受賞が記憶に新しい。核兵器なき世界を訴えてだが、こちらも「実現したわけではありません」の星印がいるかもしれない。難しい賞ではある。


今日の筆洗

2020年09月09日 | Weblog
 大洋ホエールズ(現横浜DeNAベイスターズ)の名捕手、土井淳さんにこんな伝説が残っている。自軍投手のストライクをボールと判定され、面白くなかった土井さん。次に高めの直球を要求した▼投手はその通りに投げたが、土井さんは身をかがめ、捕球しない。何が起こるかといえば速球が球審にドスン。次のサインも同じ球。やはり、捕球しない。あくまで年長の野球ファンに聞いた話だが、それに近いことはあったのだろう。野球が今よりも荒っぽかった時代の話である▼ニューヨークからのニュースに土井捕手を思い出したが、こちらは意図的ではなかったようだ。全米オープンテニスのジョコビッチ選手。第1セット第11ゲームをブレークされた直後、コートの外へ打ち出したボールが女性線審のノドに当たってしまった▼お気の毒にしばらく苦しそうにしていた。大会側は故意、過失にかかわらず危険なボールを打ったとしてジョコビッチ選手を失格処分とした。適切な判断だが、世界ランク一位の優勝候補がこんな形でコートを去るとは驚きである▼ボールが当たった直後、線審に駆け寄るジョコビッチ選手の「やってしまった」という顔がなんとも印象に残る▼ささいな不注意が取り返しのつかない結果を招く。よくある話で、そこのスマホ歩きのあなたにも言っている。「注意一秒ジョコ退場」と覚えておく。

ジョコビッチ全米OPまさかの失格!打ったボールが審判直撃…故意ではなくても危険だわな…


今日の筆洗

2020年09月08日 | Weblog

 男がおぼれていた。幸いなことにボートがやってきた。「大丈夫か?」と差し出された救いの手を、この男は断った。「神さまが助けてくれる」。また、別のボートがやってきたが、やはり、「神さまが助けてくれる」。男はそのままおぼれ死んでしまう▼天国に着くと男は神さまに抗議した。「なぜ助けてくれなかったのですか」。神さまは腹を立てたそうだ。「ばかもの! ボートを二度も遣わしたではないか」。なにかの映画で聞いた小咄(こばなし)だが、巨大台風のニュースを見ながらぼんやり思い出した▼大型で非常に強い台風10号は九州全域を暴風域に巻き込みながら北へ抜けていった。避難指示、勧告の対象は約八百五十万人。大勢の方が眠れぬ一夜を過ごしたのだろう▼上陸こそしなかったが、最盛期の気圧は伊勢湾台風級の九二〇ヘクトパスカル、沖縄県南大東村では最大瞬間風速五〇・七メートルを記録したというから化け物のような台風であった▼地球温暖化が進んだ結果、日本近海の海面水温が熱帯並みに高くなってしまい、巨大な台風が発生しやすくなっている。もはや化け物は珍しくなく、これからも日本に襲来するだろう。備えるしかない▼「神さま、なぜ化け物のような台風から助けてくれないのですか」。神さまはやはり腹を立てるのだろう。こうなる前に何度も異常気象を見せて、温暖化に取り組むよう教えたではないかと。


今日の筆洗

2020年09月07日 | Weblog

 新美南吉の童話『花のき村と盗人たち』で盗賊のかしらが悪い心を改めたきっかけは子どもが仔牛(こうし)を預けたことだった▼道を歩けば窓をしめられ、話しかければ、そっぽを向かれる。猿回しの猿に柿の実をやったときは、一口も食べずに地べたに捨てられた。嫌われ、冷たい目で見られる自分なのに、この子どもは牛を預けるほど信用してくれる。「いや、はや、これはどうしたことだい、わしが涙を流すなんて」。かしらはやがて過去のすべての悪事を白状する▼子どものときに読んだ物語とはもちろんちがう。その容疑者が心を変えて、出頭してきたのは子どもが預けた牛のせいでも人の情のせいでもなく、どうやら新型コロナウイルスの影響らしい。殺人容疑などで国際手配されていた男が潜伏していた南アフリカの日本大使館に出頭し、その後逮捕された▼感染者六十万人を超える同国のコロナ禍は深刻で、容疑者も仕事を失い、生活に困って日本に帰りたいと大使館に現れたそうだ▼身の上に同情する気はないが、「望郷」という人らしい感情を取り戻し、約十七年の逃亡生活に終止符を打つ気になったか▼逮捕時の調べに対し、容疑を認めていると聞く。コロナ逃れの出頭かもしれないが、今は己の罪と向き合おうとしていると信じたい。それにしても、容疑者の出頭を促したお手柄はコロナだったとは皮肉な話である。