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今日の筆洗

2020年08月22日 | Weblog

新しい映画のフィルムはかつて封の付いた箱に入っていた。「封切り」の語源である。新刊の本という意味も「封切り」にはある。江戸の小説本が、封のある袋に入っていたのに由来するらしい。新しい物語の始まりを感じさせる言葉だろうか▼将棋の王位戦で、一昨日切られた封もまた、新しい物語の始まりを告げたようだ。挑戦者だった藤井聡太棋聖の封じ手である。大事な飛車を手放し、相手の銀を取る。封筒から出てきた大胆な一手にプロからも驚きの声があがっていた▼優劣不明の戦いは、ここから十八歳の挑戦者に傾いていく。攻めは厳しく、守っても粘り強い。隙のなさにくわえて、驚きの手で勇気と構想の力もあるところを見せた。史上最年少の二冠と八段昇進である▼早熟の天才といわれた棋士は過去にもいるが、時代を築くことができた例は多くない。そんな世界で、「早熟の」を必要としない天才の物語が、目の前で封切られた。勝ち方が示しているようである▼対照的な道を歩むのが四十七歳の木村一基前王位である。苦い負けを何度も重ね、「受け」の持ち味を磨いてゆっくりとここまできた。勢いある挑戦者に四連敗したが、真骨頂と思える場面も幾度かあった。感情移入して見た藤井ファンの方もいたのではないか▼各駅停車の歩みと猛スピードの快進撃。二つの物語の交錯は豊かな余韻も残している。


今日の筆洗

2020年08月21日 | Weblog
 永井荷風は『断腸亭日乗』などの日記で、日々の晴雨、寒暖を何年にもわたって律義に書きそえた。毎夏、暑さに参っているとおぼしき表現が出てくる。耐えがたさに応じたような言葉遣いが面白い▼湿度の高さを言う時は、<南風烈(はげ)しく溽暑(じょくしょ)堪えがたし>。盛夏には<炎暑燃るがごとし>などとあって、「炎熱」「蒸暑(じょうしょ)」「残暑」「酷暑」などが登場する。寒暖計の値もたびたび書いた。最大級の暑さだろう。<酷暑退かず>の日は<華氏(かし)九十五度>とある。セ氏では、三五度だ▼文人の語彙(ごい)に連日のこの暑さを表す言葉は残っているであろうか。昨日も暑かった。三九度超えの滋賀県東近江市をはじめ、本州、九州で最高気温三八度超が相次いでいる。何と呼ぼうか、従来の言葉のものさしで間に合わないような暑さだろう▼二段重ねの状態となった高気圧の影響に加え、先日はフェーン現象も起きたらしい。何重もの耐えがたさの中でマスクも必要だ。異例の危険な暑さが続く▼<暑い。まるで粥(かゆ)につかったようである>。ベトナムを舞台にした開高健の『輝ける闇』にそんな一節があった。「粥暑(しゅくしょ)」か。炎天下に新表現を考えたが、暑さが増したように思えてしまった▼地域によって週末には暑さがゆるむという予報もある中、あさっては「処暑」である。暑さが峠を越える時期だ。油断できないが、ひと息つける日々を願う。

 


今日の筆洗

2020年08月19日 | Weblog

 一九八〇年代後半、日産自動車の入社試験の面接で「GNPとは何か」と問われた学生が大声で、「がんばれ(G)・日産(N)・パルサー(P)」と答え、合格したという伝説があった。当時の学生なら覚えているだろう▼もちろんGNPは国民総生産。パルサーとは当時の日産の車種名なのだが、堂々とした答えっぷりで好感を得たか。実はこの話、何年か前の小欄に書いたところ、日産関連会社にお勤めの方から連絡をもらった。自分の同僚こそがその強者(つわもの)であると。なんと、事実であったのか▼経済指標としてのGNPは九〇年代にGDP(国内総生産)に取ってかわられた。そして先日のニュースである。二〇二〇年四〜六月期のGDP(季節調整値)の速報値は前期比7・8%減でこのペースが一年続くと仮定した年率換算では27・8%減で戦後最悪の落ち込みになるという▼個人消費の低迷に輸出の不振。新型コロナウイルスの悪影響はある程度、覚悟していたとはいえ、目の前に突きつけられた「戦後最悪」の文字。酷暑にも背中に冷たいものが走る▼夢のV字回復策などなかろうが、寂しいのは、この難局にどう対応するのかというメッセージが政治の側から聞こえてこないことである▼「がんばろう(G)・大丈夫(D)・ポジティブに(P)」。そんな苦し紛れの「GDP」でも国民の不安は少しは紛れように。


今日の筆洗

2020年08月15日 | Weblog
 ドイツ語で「義憤」を表現する「sittliche Entrustung」は「慥(たしか)に嘲(あざけり)を帯びている」と森鴎外が書いている。かの地では義憤はほめられたことではなかったらしい▼道徳的憤怒や義憤にかられ「けしからん」と叫ぶ。そういうあなたにその資格はおありなのですかと問われてもなお叫ぶ。そんな面の皮の厚さへの皮肉がドイツ語の「義憤」にはあるという▼日本人が義憤にさほどの気恥ずかしさを覚えぬ理由について鴎外は「日本人は誰も彼も道徳上の裁判官になる資格を有しているのであろう。実に国家の幸福である」と書いた。無論、痛烈な皮肉である▼コロナの騒ぎで気掛かりなのは鴎外がたしなめた日本人の義憤が再び大きな顔をしだしていることか。外出はけしからん。マスクを外すのは許せん。帰省はまかりならん。自粛警察と書くのもためらうが、感染防止の道義をかさに着た義憤ウイルスの拡大が小心者には心配である▼終戦記念日である。戦争中、勝利という「正義」のため、そこから外れたものは義憤と義挙の標的になった。ぜいたくは敵であり、戦争を批判するものは非国民である。義を疑う冷静さも、義憤をためらう情も失われていた▼今年で七十五年。戦争は確かに遠くなった。が、戦争を許しかねない土壌はそれほど変わっていないのかもしれぬ。コロナ禍の八月十五日に震える。

 


今日の筆洗

2020年08月13日 | Weblog

 乳製品のチーズと一口に言っても素材や産地、製法によって種類は複雑に分かれている。フランスはとりわけ種類が多いそうだ▼思い出すのは後に有名になったドゴール元大統領の一九六二年の発言である。「二百四十六種類ものチーズがある国をどうやって治めればいいんだ」。チーズの種類のようにフランス人の考え方は異なり、まとめるのはひと筋縄ではいかない。そんな意味だろう▼どう数えても、二百四十六種類に分かれたチーズほど考え方はバラバラではなかっただろうに円満な決着とはならなかった。立憲民主党と国民民主党との合流協議である▼合流方針ではなんとか一致を見たものの、国民民主党の玉木代表が合流新党に加わらない意向を表明するなど同党は事実上の分裂ということになる▼消費税減税の是非などで折り合えなかったという。合流し、新党結成となれば、理念や政策で一致を見なければならないのは当然のこととはいえ、なんとも盛り上がりに欠ける展開である。与党はほくそ笑んでいるだろう▼「国民民主党の船長として党に残る。新党には加わらない」。船に最後まで残り、船長としての責任を果たす。玉木さんの発言はレトリックとしては美しい。だが、中途半端な結論によって「野党団結」という座礁するかもしれない船から、あっさりと下りてしまったように見えなくもないのである。


今日の筆洗

2020年08月12日 | Weblog

 幕開けとともに現れた魔女たちが言う。<きれいは汚い、汚いはきれい>。シェークスピア『マクベス』の有名なせりふである。さまざまな意味に読み取れる言葉だが、王となるマクベスの血塗られた栄光の始まりと悲劇的な転落への予言にも思えよう。王たちの光と影はシェークスピアがえがいたものの一つでもある▼栄光と転落の王の物語は、舞台の上だけのものでも、中世の王様だけのものでもないらしい。スペインで、前国王フアン・カルロス一世が国外に脱出したという。亡命ともみられている▼一時は最も国民に愛されている王とたたえられた人に、巨額を国外から受けた汚職疑惑が浮上していたという。八十二歳の出国である▼半生は波乱に富む。一族の亡命先のローマで生まれた。独裁者フランコの時代に十歳で人質のように、スペインに送られ、フランコの将来の“駒”とも言われた。ところが王になると民主主義の擁護者としてふるまう▼軍部のクーデターの阻止にも動いた。命がけだったとも言われ、語り草だ。きれいにみえた民主主義の守り手に金銭疑惑など汚い話が相次ぐのは、十年近く前、経済危機が国に訪れた頃からだった。厳しい目が向けられ退位している▼余生をどこで送るかは明らかではないという。「終わりよければすべてよし」にはなりそうにない。栄光の座の無常を思わせる晩年であろう。


今日の筆洗

2020年08月10日 | Weblog

日本でプレーしたサッカー選手の中でも、並外れたキック力で知られるのが、元ブラジル代表のフッキ選手だ。十数年前、迫力のシュート練習を見た。同僚の選手も観客になって見ほれていたのを覚えている。特にどよめきが起きるのは、ボールがゴールの枠を直撃した時だ▼硬い物がぶつかり合うような衝撃音に続き、“観客”から「ゴールが動いてないか」の声である。ただ、ゴールは実際には、動かなかった。怪力でも簡単に動くものではないと教わった。動くのはプレーと別の力が加わった時のようだ▼英語に「ゴールポストを動かす」という言い回しがある。辞書によると「(特にこっそりと)規則(条件)を変える」こと。日本でも時折聞くが、力でルールを曲げることも指すか。香港の“ゴールポスト”も動いたようである▼来月実施する予定だった立法会(議会)選挙の一年延期を香港政府が明らかにした。コロナ対策を理由とするが、民主派つぶしではないかと懸念されている▼シュートを打とうとしたら、ルールにない力でゴールが遠ざかった。民主派には、そう見えようか。中国政府ににらまれる中で少ない得点機を失うのは痛い▼米政府が延期を批判した。かと思えば、支持率が下がっているトランプ大統領が一時、大統領選の延期の可能性について言及した。こちらもフェアプレーでは胸を張れそうにない

フッキ 壁の意味がない弾丸シュート集!ニアをぶち抜くゴール&スーパープレイ フリーキック サッカーブラジル代表【Jリーグ】

 


今日の筆洗

2020年08月09日 | Weblog

 アリの群れを見つけた。ドブネズミが走っている。爆風で吹き飛ばされたはずの麦が、いたるところに芽吹き始めていた。長崎に原爆が投下されてから数週間後、生物の調査を始めたのは永井隆博士である▼<小動物がこんなふうに生息できるのだから、人類の生息はできる>。希望を見つけたような描写が、『長崎の鐘』の終わりのほうにある。被爆後、体調が悪化するなかで、博士が著述し、いまなお人々に読み継がれる名著である▼調査は、焦土をめぐる<七十五年生息不可能説>の真偽を確かめるためであったという。七十五年は草木も生えない。原爆開発に携わった米国の科学者が発端という言説が長崎にも流布していた▼生命は失われていなかったと安堵(あんど)する博士の姿。焦土がもう人の住めない場所になってしまったのではないかという恐怖と悲嘆が、どれほど現実的であったかもあらわしているだろう▼原子野と言われた地はここまで繁栄を取り戻しましたと、心の中で報告しようか。あの恐怖と悲嘆を味わうおそれが、完全に世界から消えたわけではないことも付け加えないといけないだろう。広島に続いて原爆投下から七十五年が長崎に訪れた。きょう、長崎原爆の日▼<この浦上をして世界最後の原子野たらしめたまえ>。『長崎の鐘』の結びにある博士の言葉を携えたい。新たな四半世紀の始まりでもあろう。