北海道の中学生が、その世界に入ったのは、当時の少年ならばだれもが胸ときめいた一言が決め手だった。「飛行機に乗せてあげるから」▼相撲嫌いだった少年は入門を決意した。搭乗した飛行機は少年を優勝三十一回の大横綱、国民栄誉賞という夢の場所へと連れていった。第五十八代横綱千代の富士の九重親方(本名・秋元貢さん)が亡くなった▼飛行機の旅は必ずしも快適ではなかったはずだ。危険な乱気流や故障もあった。小さな体に度重なる肩の脱臼。幕下転落もあった。それでも、体を鍛え、技と心を磨くことで、高い空を飛び続けた▼一九八一(昭和五十六)年一月二十五日。日曜日の夕方。夕餉(ゆうげ)じたくの家族たちは手を止める。今の時代よりはずっと小さなテレビをそろって見つめている。北の湖との優勝決定戦▼狼(おおかみ)は己よりずっと大きな壁にひるむことなく突っ込んでいく。踏ん張る。投げる。見ている者は狼の躍動に驚嘆の声を上げ、手をたたき、喜び、笑う。「さあ、明日からまた仕事だ」。つらくとも不利であろうとも踏ん張ってさえいれば、なんとかなる。良いことが待っている。素直に明日を信じたくなる時代をあの努力の横綱は背負っていた。そんな気がしてならない▼重い病と闘っていたのか。六十一歳。その飛行機はあまりに速すぎる。ただただ悲しい桟敷席は悄然(しょうぜん)として見送るばかりである。