TOBA-BLOG 別館

TOBA作品のための別館
オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「成院とあの人」2

2014年05月20日 | T.B.1999年

成院(せいいん)は森を抜ける。
西一族の村は、北一族の村から案外近い。
正式な道を辿ればもっと早いのかも知れない。

狩りの一族というから、物々しい所を想像していたが
血の匂いがするわけでもない。
小さいけれども畑も点々とある。
思っていたよりも静かな所だった。

人の姿は見えない。

それでも成院は茂みに身を隠す。

成院は東一族で
敵対する西一族に見つかったら、どうなるかは分からない。

「動くなら、暗くなってから」

上手くいく保証は何も無いが
夜になれば少しは動きやすくなるだろう。

「……喉が渇いたな」

日が落ちるまで、まだ時間はかかる。
成院は水辺に降りる。
村の外れなのだろう、一軒だけぽつりと家がある。
そこから成院の場所は見えにくいだろうが、
気をつけるに越したことはない。

家がある方に注意を向けながら手早く水を飲む。

そのまま水辺を立ち去ろうとして
成院は動きを止める。

住人が窓から顔を出したからだ。
幸い成院には気付いていない。

けれども、成院は動けない。

見えたのは、黒い髪に、瞳。
西一族とは違う、成院と同じ東一族の特徴。


「……どうして、ここに」


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「西一族と涼」7

2014年05月16日 | T.B.2019年

「雨上がりで、足下が悪いのよ!」

 涼が、村長の屋敷へと戻ると、村長の妻と幼い子が、外にいる。
 村長の妻は、遊びに行きたがる子どもをなだめている。

「あそびいくー!」
「今、忙しいし! 足下も悪いんだから!」
「でもー、……あ!」
 子どもが、涼に気付き、指を差す。
「おにいちゃん!」
「あら」
 母親が、顔を上げる。
「お帰りなさい。一日がかりの狩りだったのね。……どうしたの、その血?」
 涼は、血だらけだった。
 それに気付いた子どもが、泣き出す。
「俺の怪我じゃない」
 涼が云う。
「……獲物の返り血が」
「そう。それは安心したわ」
 母親は、涼を手招く。
「早く入って着替えて!」
「おにいちゃんけがー!」
「にいちゃん、怪我はしてないから! 泣かない!」
「でもー!」
「泣ーかーなーい!」
 子どもは泣き続ける。

 涼は屋敷に入り、自分に当てられている部屋へと戻る。

 服を脱ぎ、身体を拭く。
 血だらけになった身体中の包帯も、巻き直す。
 怪我の治療用ではない。
 完治はしているが、傷跡を隠すために、包帯を巻いている。

 そして、
 自分の片足にされている、装飾品を見る。

 西一族では見られない、装飾品。
 それが、ふたつ、つけられている。
 本来は、東一族が、腕につけるものである。

 涼は、それも隠すように、服を着る。

 立ち上がる。

 水を飲む。

 が、吐く。

 涼は、少しだけ、横になる。
 目をつぶる。

 ふと気付くと、日が傾いている。

 起き上がり、部屋の外をのぞく。
 誰もいない。

 まだ、狩りの報告の招集は、出ていないようだ。

 涼が、屋敷の入り口に向かうと、子どもがいる。
 豆をむいている。
 母親の手伝いだろうか。

「おにいちゃん!」
 弟が、兄に気付く。
「たいへん!」
 向かってきた兄に、弟が、云う。
「まめ、ころがってるの」
「え?」
「ふんだら、たいへん」
 兄は、屈んで、手探りで足下を確認する。

 いくつかの豆が転がっている。

「これ、おいしーね」
 弟が笑う。
「おにいちゃんも、すき?」
 兄が頷く。

 弟の豆むきを、手伝う。

「じょうず?」
 弟が、むいた豆を、兄に見せる。
「うん」
「おにいちゃんも、じょうず」
「……ありがとう」
「どうやると、はやくむけるの?」
「こつがあるんだよ」
「こつ?」

 兄は、弟を見ようとする。
 けれども、
 すぐに、目をそらす。

 弟は、その様子に気付かない。

 弟が、豆をつまみ食いする。
 と
 慌てて、はき出す。

「これ、おいしくない」
「……料理する前だから」
 兄が云う。
「母さんが料理したら、おいしいだろう?」
「うん」
 弟が笑顔になる。
「きょうのごはんは、なにかなー」

 兄は、黙々と豆をむく。

 豆がむき終わると、弟が云う。

「ね、ね。そといこう!」
 兄は、弟を見る。
「おそと!」
「……いや」
 兄は、首を振る。
「やめておこう」
「だめ?」
「日は、どうなってる?」
 兄は、弟に訊く。
「そと、ゆうやけ」
「ほら」
 兄が云う。
「遅いから、また明日」
「だめ?」
 兄が頷く。
 豆の入ったかごを、弟に持たせる。
「母さんに、これを持っていくんだ」
「うん」
 弟は、素直に従う。

 廊下を曲がり、子どもの姿が見えなくなると、
 涼は、屋敷の入り口を見る。

 そこに、村長の補佐役がいる。

「来い。狩りの報告だ」

 涼は立ち上がる。
 云われた通り、外へと出る。



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「成院とあの人」1

2014年05月13日 | T.B.1999年

東一族の病院の一室。
病室の前に医師は立っている。

「医師(せんせい)」

病室の中に居るのは伝染病の患者だ。

「俺の病をなぜ成院(せいいん)に、兄に告げたんです?」

「なぜ、か」

「俺はこの病のことは誰にも言わないつもりだった。
 どうせ助からない病だ
 言ってもどうしようもないのに」

患者と医師は扉を隔てて話す。

治療薬は無い未知の病とされた病気。
予防薬が何とか出来上がる、かも、しれない、と言うこの状況。
医師は細心の注意をはらいながら
患者に接している。

患者は、医師見習いで
医師の元で働いていた者だ。

「戒院(かいいん)」

医師は彼に言う。

「逆の立場であれば、君はどちらを望む?
 何も知らずに突然の死を迎える事と
 覚悟して死を迎えるのは、どちらが正しいと思う」

「そんなの」

「考えなくてはいけない事だ。
 君が医師を目指すのであれば、なおの事」

「……そんなの、どうせ俺は」

戒院は言葉を詰まらせる。

「成院は本当の事を告げなければ、納得しなかっただろう」

「え?」

「感染を防ぐためにここに来るなと言っても
 理由が無ければ彼は納得しない」


「そう、ですね」

そうかぁ。
戒院は言う。

「だから、成院は来ないのか」

医師が聞く声は扉越しで戒院の表情は見えない。
逆に、医師の表情も戒院には見えない。
扉の前を離れる。

直接話していれば
表情に出てしまっていたかも知れない。
あぶないあぶない、と医師は思う。

彼の兄、成院は、しばらくここには来ないだろう。
それは感染を防ぐ為ではなく、この村にいないから。

「はやく、帰っておいで成院」


医師は呟く。


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「西一族と涼」6

2014年05月09日 | T.B.2019年

「おい! どういう状況だ」

 今回の狩りの進行役が、戻ってきた四人を見つけ、駆け寄る。
 狩りに出た班の中で、唯一戻っていなかった班。

 丸一日、雨が降ったため、四人は、それからの下山となった。

 みんな血だらけだったが、
 怪我をしているのは、ひとりだけのようだ。

「悠也が怪我してるの!」
 先頭を歩いてきた、紅葉が云う。
 誠治が、悠也の肩をとり、歩いている。

 悠也の意識はある。

「獲物にやられたのか?」
「ああ」
「悠也、痛みは?」
「大丈夫だ」
 進行役が怪我を見る。
 悠也には、応急処置が施されている。
「お前らがやったのか?」
 紅葉が、涼を見る。
「涼が……」
「そうか」
 進行役は、誠治を見る。
「とにかく、病院へ向かえ」
「わかった」
 誠治は頷き、後ろにいた涼を、一瞥する。
 病院へと、向かう。

 狩りの進行役は、涼と紅葉を見る。

「何があったんだ?」
 紅葉が答える。
「獲物……、熊二匹に当たってしまったの」
「本当か!」
「でも、二匹とも仕留めてある」
「それは……」
 進行役は、ため息をつき、ちらりと涼を見る。
「無茶したな……」

 涼は、目を合わせない。

「詳しくは、あとで聞こう。怪我人も出たからな」
 進行役が云う。
「ふたりとも、一度、家に戻って指示を待て」
「はい」
「仕留めた獲物も、あとで、運びに出るだろうから」
 紅葉は頷き、涼を見る。

 涼は、歩き出す。
 やがて、姿が見えなくなる。

 広場に、紅葉と進行役が、残される。

 進行役が、紅葉を見る。
 云う。
「あいつが、何かしたのか?」
「え?」
「悠也の怪我の原因だよ」
 紅葉は首を振る。
「……違う、けど」
「そうか」
「涼は、」
「まあ、でも」
 進行役は息を吐く。
「あいつが、運悪くも同じ班だったんだ」
 紅葉は、その言葉に、進行役を見る。
「どういうこと?」
「あることないこと、云われるんだよ」
「涼が?」

 進行役は答えない。

 紅葉は、眉をひそめる。

「そんなの、……ひどい」
「仕方ない」
「涼は、私たちを、……助けてくれたのに」
 進行役は首を振る。
「あいつは、同じ西一族でも、違う存在だ。だろ?」
「それは、……」

「西一族ではあり得ない黒髪」

 進行役が云う。

「それだけの理由で、十分なんだ」


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