TOBA-BLOG 別館

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オリジナル水辺ノ世界の作品を掲載

「成院とあの人」1

2014年05月13日 | T.B.1999年

東一族の病院の一室。
病室の前に医師は立っている。

「医師(せんせい)」

病室の中に居るのは伝染病の患者だ。

「俺の病をなぜ成院(せいいん)に、兄に告げたんです?」

「なぜ、か」

「俺はこの病のことは誰にも言わないつもりだった。
 どうせ助からない病だ
 言ってもどうしようもないのに」

患者と医師は扉を隔てて話す。

治療薬は無い未知の病とされた病気。
予防薬が何とか出来上がる、かも、しれない、と言うこの状況。
医師は細心の注意をはらいながら
患者に接している。

患者は、医師見習いで
医師の元で働いていた者だ。

「戒院(かいいん)」

医師は彼に言う。

「逆の立場であれば、君はどちらを望む?
 何も知らずに突然の死を迎える事と
 覚悟して死を迎えるのは、どちらが正しいと思う」

「そんなの」

「考えなくてはいけない事だ。
 君が医師を目指すのであれば、なおの事」

「……そんなの、どうせ俺は」

戒院は言葉を詰まらせる。

「成院は本当の事を告げなければ、納得しなかっただろう」

「え?」

「感染を防ぐためにここに来るなと言っても
 理由が無ければ彼は納得しない」


「そう、ですね」

そうかぁ。
戒院は言う。

「だから、成院は来ないのか」

医師が聞く声は扉越しで戒院の表情は見えない。
逆に、医師の表情も戒院には見えない。
扉の前を離れる。

直接話していれば
表情に出てしまっていたかも知れない。
あぶないあぶない、と医師は思う。

彼の兄、成院は、しばらくここには来ないだろう。
それは感染を防ぐ為ではなく、この村にいないから。

「はやく、帰っておいで成院」


医師は呟く。


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