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「成院とあの人」4

2014年06月03日 | T.B.1999年

湖面に写った顔は真っ青だった。

酷い顔だ、と、成院は思う。
きっと引きずってでも杏子を連れてくるべきだったのに
さようなら、と杏子が言った後
どうやってその場を離れたのかも覚えていない。

杏子の相手は、死んでしまった婚約者ひとりだけだ。
だから、
成院は自分の思いを伝えたこともない。
杏子も成院の思いを知らない。

それは分かっていた。

けれど

成院が手を差し出しても、彼女は西一族を選んだ。

「俺は」

二番目でも三番目でもない。
そういう事だ。

彼女の婚約者が死んだとき
もしかしたら、なんて思ってしまった。

「そんなやつに、振り向くわけない……か」

杏子は今、幸せなのだろうか。
でも、
成院が杏子のために出来ることは、きっともう、何も無い。
それが、悔しい。

「何やってるんだ、俺」

頭を振って、成院は立ち上がる。

弟の命がかかっている。
陽はもう落ちていて、急がなければと思うのに
どこか混乱していてそれだけに集中できていない。

「薬を、西一族の病院を、探さないと」

無理に自分に言い聞かせている。
そう、分かりながらも
成院は暗闇の中を進む。


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