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「成院とあの人」3

2014年05月27日 | T.B.1999年

成院は、窓際に駆け寄る。

「杏子(あんず)!!」

「……成院!?」

やはり、東一族。

お互いに見知った顔だ、見間違うわけがない。
それでも成院は混乱している。

「驚いた、杏子、なんでここに」

どうして杏子が西一族の村に居るのかは分からない。

それ以上に成院が混乱しているのは、
彼女が生きて居た、と、言う事。

杏子は東一族では死んだことになって居る。
恋人と同じ流行り病で亡くなった、と。

何がどうなっているのか。
医師は嘘をついていたのか、
それとも医師もこの事を知らないのか。

それでも

「……生きて居いたんだな。よかった」

それでも、今は、ただ嬉しい。

成院は安堵の息を吐く。
杏子はその様子に小さく笑う。

「成院、なぜ西一族の村に?」

その言葉に成院は身を屈める。
ここは西一族の村だ。

この家は村のはずれだろうが、いつ西一族が通るか分からない。
辺りを見回した後、成院は声をひそめて言う。
「この家に、西一族は?」
その言葉に杏子はふと動きを止める。
「いないわ。……今は」

いつもは誰かがいる。
見張られながらだろうか。
敵の一族で今までどんな風に過ごしていたのだろう。

杏子が成院を見つめている。

「あぁ」

そう、どうしてここに居るのかと聞かれていたのだった。

「俺は、薬を」
「え?」

言いかけて、成院は言葉を濁す。
東一族で流行っている謎の病。
彼女の恋人の命を奪った病の薬、が、この村にあるのだと知ったら

杏子はどうするのだろう。

東一族の医師が言っていた。
もし、争いが起こっていなければ。
もし、交流が盛んに行われていれば。

彼女の恋人はきっと死なずにすんだ。
死を待つばかりの成院の弟もきっと助かる。
もしもの話だか。

「……いや、西一族の調査に来たんだ」

成院は手を差し出す。

「杏子、帰ろう、東一族の村に」

今なら誰も居ない。
杏子を一度、北一族の村に連れて行き、
それからまた薬を探しに来るか。

「成院」

成院の考えを杏子の言葉が遮る。

「……私、出来ない」
「大丈夫だ、俺が必ず連れて帰る」
「そうじゃないの、1人にしてはいけない、から」

成院は耳を疑う。

「まさか、西一族、か?」

杏子は小さく頷く。

「いつかは帰りたいと思っている。でも、今は」
「………っ」

どうして

なぜ

何か言わなくては、と思うが
成院が口に出来た言葉は1つもない。

「早くここを離れて。私は大丈夫だから」

絶句する成院に
辺りを見回しながら杏子が言う。


「ありがとう、成院。どうか気をつけて。……さようなら」


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