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「東一族と巧」4

2020年06月19日 | T.B.2000年

 目が覚めると、彼は暖炉を見る。
 昨夜の火はすでに消えている。
 部屋の中は、冷えている。

 彼は起き上がる。

 置小屋から、乾かしておいた薪を運んでくる。

 火を起こす。

 次に桶を持ち、水を汲みに出る。

 薄暗い。

 また新しい雪が積もっている。
 彼はいつものように、雪を踏みつけ、川へと向かう。

 ふと、

 巧は目を見開く。

 その雪景色の中に、誰かが立っている。

 彼は一瞬、動きを止めるが、
 すぐに歩き出す。

 黒髪の、……東一族が近付いてくる。

 うつむき、後ろに続く。

「あんたが、……例の東一族か」
「……ええ」
「話は聞いているよ」
「…………」

 前を向いたまま、彼は歩く。
 歩きにくい道。
 彼女は、彼を追う。

「大変な境遇だな」
 彼は云う。
「行き場がなくて、転々としているのか」
「……いえ」
「うちにだって、いつまでいられるかどうか」
「…………」

 足音が止まる。

「……お世話に、なります」

 彼は振り返る。
 彼女は頭を下げている。

「別に、」
「ご迷惑を、……おかけします」
「…………」

 迷惑?

 別に、ここなら誰も来ないし
 東一族がいると、責められることもない。
 それに、
 云うほど、自分がやってあげられることもない。

 まあ、村長は、いい選択をしたと、云うことだ。

 前に住んでいたと云う、男の家の位置や
 立場からしても
 おそらく苦労をしたのだろう。

 日が昇り出す時間。
 けれども、今日の空は、厚い雲で覆われている。

 川にたどり着くと、彼は桶を持ち直す。

 彼女はその様子を見ている。
 桶を見て
 彼の、……腕を見る。

「水を汲むの?」
「そう」
「私がやるわ」

 そう、彼女が桶を受け取ろうとする。
 彼は驚く。

「何で?」
「やるわ」
「いいって」
「でも、」
「俺がやるから」

 彼は水を汲む。

 少し、苛つく。

 たぶん、彼女は、

「俺に同情しているのか」

 この、ない、片腕に。

「そんなつもりじゃ、」
「余計なお世話だ」

 水の入った桶を持ち、家へと戻り出す。

「どれくらい、水を汲むの?」
「1日分。家の甕がいっぱいになるまで」
「次は私が行くわ」
「同情はやめろと云っている」

 人の手を借りなくても、これぐらい自分で出来る。

 片腕はない。
 けれども、
 片腕は、ある。

 ましてや、この東一族に。

 彼女はただ、彼の後ろを追う。

 甕に水を入れると、また、川へと向かう。
 彼女も付いてこようとする。

 彼は、空を見る。
 何かが舞っている。

 ―― 雪。

 ああ、今日は一日雪か、と思う。

「付いてくるなよ」

 彼は云う。

 足下は悪い。
 無駄に歩く場所ではない。
 その動きに合わせていたら、どれほど時間がかかるか。

「あんたが人目に付いたら、面倒くさい」
「……ごめんなさい」
「人が動き出す前に、終わらせたいんだけど」

 誰か、人が来るわけがない、のだが。

 今日から水はふたり分。
 雪が本降りになれば、水は汲めない。
 急がなければ。

 彼は桶を置き、指を差す。

 彼女はその方向を見る。
 彼の家。

 彼女は彼を見て、
 そして、そちらへと歩き出す。

 家にいることを、理解したのだ。




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