日本の禍機 2

2014年03月31日 | 歴史を尋ねる

 では朝河は具体的にどの様な事実を心配しているのか。それは日本に対する世評の変化だ。戦役後欧米のいずれのところでも、自分に対する態度が様変わりだ、その理由は、日本は戦勝の余威を弄して次第に近隣を併呑し、ついには欧米の利害にも深く影響を及ぼすようになった、すなわち日本は戦前も戦後も反復揚言して、東洋政策の根本は清帝国の独立及び領土保全、並びに列国民の機会均等と称しながら、韓国は日本の保護国になったことは措くとしても、満州ではこれらに背いている。その証拠に、欧米の新聞紙上に、北京、奉天、営口、京城、東京、ロンドン、ペテルブルグ、ワシントン等よりあたかも申し合せたように、日本の満州における不正を訴える通信が続々発表され、日本が戦前の公言は一時世を欺く欺瞞の言に過ぎず、今や満州及び韓国において私意を逞しくするものだ。戦前世界が露国に対してあった悪感は、今や変じて日本に対する悪感となり、当時日本に対した同情は、今や転じて支那に対する同情となった。

 「請う、さらに進みてこの感情の関するところいかに深きやを察せん」 支那:北清事変以後の日本、戦時多大な犠牲をもって満州を保存したにも関わらず、実に支那こそ満州に於ける日本の横暴侵略を世に訴え、世は支那の言を容れてこれに同情し日本を擯斥(ひんせき)する。清韓に住する欧米人は日本の私曲(しきょく:よこしまで不正のな態度)を鳴らし、あらゆる手段を尽くして日本を不利の地位に陥れんとしつつ見える。英国:日英同盟は英国に利があるが、英人は日英同盟を戦後喜ばなくなり、これは満州および支那における競争に非を募らせている。またインド人の不穏な動きも、日本人の下心からでもないが、日本勝利の結果と支持を落とす結果となっている。満期以後日英同盟が継続するべきでないとの有力な主張が出てきた。米国:古来日本と親善の関係を有した米国の人士が日本に多大の同情を表したのは、日本の公言が支那主権および門戸開放を主張する堂々たる正義の声に依ったことが、幾千の人に触れて得たところだが、日本の背信と私曲とをもって東洋に雄視すれば、列国の公平競争が妨害され、他日東洋の正義を擁護し列国競争の公平を主張するのは米国となり、これがためにあるいは日本と刃を交えることを憂う識者も少なくない。この種の思想感情に触れつつあり、また幾倍する憂うべき言論を日夜実見している。読者は移民問題の暫時解決あるいは米国艦隊の歓迎等かりそめなる表面の光明に眩暈して、裏面の暗黒を忘れざらんことを要すと、朝河は警告を発する。米国は過去の政策および未来の利害の上より東洋の正当競争をますます固く主張せざるを得ない地位にあり、これがためには、驚くべき深大の国力を傾けて、これを遂行することも辞さない決心を有している。将来は味方として頼むべく、敵として恐るべきことこの上ない。これを敵とするか味方とするか、一に日本の行動がこれを決める。なんとなれば、米国の対清政策は変わることがないから。

 しかるに世の疑いを被れる日本自らは多く弁解の辞を用いず、政府も南満州鉄道会社も単に門戸開放主義を離れてないことを抽象的に宣言するにとどまり、ひそかに日本当局者の心を察するに、満州に関する今日の世論は一時の現象に過ぎず、日本が沈黙していれば自然に消滅する、自ら弁護するとかえって世の注意を促し疑惑を増すとしているのか。外国に在る日本同情者が日本のために弁護しようと欲しても出来ない状況で、天下の人心を偏に誤解曲解の報道にのみ支配されるに至りたるも止むを得ない、と。朝河の嘆息が聞こえてきそうだ。