「朝鮮台湾樺太も捨てる覚悟をしろ、支那やシベリアに対する干渉は、勿論やめろ、これは対太平洋会議(ワシントン軍縮会議)の根本だという持論(石橋)に反対する人の意見は、①日本がこの場所を抑えておかねば、経済的に、国防的に自立することができない。②列強は海外に広大な植民地を有している。また米国の場合、その国自らが広大である。日本が独り海外の領土又は勢力範囲を捨てよというのは不公平である。これらに対し次のように答える。第一点は幻想である、第二点は小欲に囚われ、大欲を遂げる途を知らないものであると。
まず第一点、・・・経済上の利益はどうか。日本にどれ程の経済的利益を与えているか、貿易の数字で調べるのが、一番の早道である。試みに大正9年の貿易を見ると移出+移入の合計額でみると朝鮮312百万円、台湾292百万円、関東州310百万円、この三地を合わせて九億余円の商売をしたに過ぎない。同年、米国に対して輸出入合計14億円、インド5.9億円、英国3.3億円の商売をした。・・・米国に対する商売に至っては、朝鮮、台湾、関東州の三地に対する商売を合わせたよりなお5億円余多い。貿易上の数字で見る限り、米国は、朝鮮台湾関東州を合わせたよりも、日本に対して、一層大なる経済的利益関係を有し、インド、英国は、それぞれの地区に匹敵する経済的利益関係を、日本と結んでいる。もし経済的自律をというのであれば、米国こそ、インドこそ、英国こそ、日本の経済的自立に欠くべからざる国と云わねばならない」と。 石橋は各国との経済的利害関係を、明確な数値(貿易額)でもって説明している。これは大変重要なことだ。そこで初めて明確な両国間の軽重・主従関係が分かる。高橋亀吉が緻密な経済データ・分析で当時の経済界に大きな信頼を得ていたことにも通ずる。
「貿易の総額は少ないが、その土地の産物が日本の工業或は国民生活上欠くべからざるもので、特殊の経済的利益があるということもある。しかし、この点でも朝鮮、台湾、関東州にかくの如きものはない。もっとも重要なコメは、もっぱら仏領インド、シャム等から来る。石炭、石油、鉄、羊毛にしろ、朝鮮台湾関東州に専ら仰ぎ得るものは一つもない。例えば鉄を昨年関東州から3.4万トン輸入したが、同年の日本の輸入総量は123万トンを越えた。米にしても、朝鮮、台湾を合わせて移入し得る量はようやく2,3百万石とわずかである。このくらいのもののために、何故日本は朝鮮台湾関東州に執着するのか。・・・支那及びシベリアに対する干渉政策が経済上から見て、非情な不利益を与えていることは、疑う余地がない。支那国民及び露国民の日本に対する反感、これはこれらの土地に対する日本の経済的発展を妨げる大障害である。この反感は日本これ等の土地に対する干渉政策をやめない限り、除くを得ない。・・・種々の干渉をした結果、全体として日本の支那に対する貿易はどれ程の発展を遂げたか、過去十年間において、同年間における米国に対する貿易の増加額の約三分の一にしか当たらない。・・・世人はしばしば支那の鉄、支那の石炭と、大騒ぎするが、僅かばかりを輸入しているに過ぎない。・・・朝鮮、台湾、樺太を領有し、関東州を租借し、支那、シベリアに干渉することが、日本の経済的自立に欠くべからざる要件だなどという説が、全く取るに足らざるは、以上に述べた如くである。日本に対する、これらの土地の経済的関係は、量、質ともに、むしろ米国や英国に対する経済関係以下である。これ等の土地を抑えて、えらい利益を得ているが如く考えるのは、事実を明白に見ぬために起こった幻想に過ぎない。然らばこれらの土地が、軍事的に日本に必要だという点はどうか。
軍備について、色々の説が流布されるが結局、①他国を侵略するか、②他国から侵略される虞があるかの二つの場合の外はない。・・・然らば日本は、何れの場合を予想して軍備を整えているのか。政治家も軍人も、新聞記者も異口同音に、日本の軍備は他国を侵略する目的ではないという。・・・とすれば他国から侵略される虞がない限り、日本は軍備を整える必要はない筈、一体何国から侵略される虞があるというのか、前には露国であり、今は米国にしているらしい。・・・日本が支那又はシベリアを自由にしようとする、米国がこれを妨げようとする。ここに戦争が起こる可能性がある。・・・さればもし日本が支那又はシベリアを我が縄張りとしようとする野心を捨てるならば、戦争は絶対に起らない。従って日本が他国から侵されるということもない。論者は、これらの土地を我が領土とし、もしくは我が勢力範囲として置くことが、国防上必要だと言うが、これらの土地をかくしておき、もしくはかくせんとすればこそ、国防の必要が起る。それらは軍備を必要とする原因であって、軍備の必要から起こった結果ではない。しかるに世人は、この原因と結果を取り違えている。思うに、台湾、支那、朝鮮、シベリア、樺太は、我が国防の垣根であるというが、その垣根こそ最も危険な燃草である。我が国はこの垣根を守るために、せっせといわゆる消極的国防を整えつつある。自分(石橋)の説く如く、その垣根を捨てるならば、国防の用もない。・・・いかなる国といえども、支那人から支那を、露国人からシベリアを奪うことは、断じて出来ない。・・・日本に武力あり、極東を我が物顔に振る舞い、支那に対して野心を包蔵するらしく見えるので、列強も負けてはいられないと、しきりに支那ないし極東を窺うのである」
石橋のこの見解は今この時点の世界の情勢判断から説き起こしたものなのだろう。今や世界の列強は第一次大戦で疲弊し、帝国主義的侵略を避けつつある、むしろ独立運動が芽生えつつある、民族主義に裏打ちされた国民国家が誕生しつつある世界の流れがあると、石橋は世界を俯瞰したのだろう。明治の政府、軍部が抱いていたような帝国主義、植民地主義の時代が通り過ぎようとしている、経済活動を前面に打ち出した国際協調を想定しているのかもしれない。第一次大戦終結後の平和主義と国際連盟誕生などの大きなうねりをいち早くキャッチした石橋の論説なのだろう。
まず第一点、・・・経済上の利益はどうか。日本にどれ程の経済的利益を与えているか、貿易の数字で調べるのが、一番の早道である。試みに大正9年の貿易を見ると移出+移入の合計額でみると朝鮮312百万円、台湾292百万円、関東州310百万円、この三地を合わせて九億余円の商売をしたに過ぎない。同年、米国に対して輸出入合計14億円、インド5.9億円、英国3.3億円の商売をした。・・・米国に対する商売に至っては、朝鮮、台湾、関東州の三地に対する商売を合わせたよりなお5億円余多い。貿易上の数字で見る限り、米国は、朝鮮台湾関東州を合わせたよりも、日本に対して、一層大なる経済的利益関係を有し、インド、英国は、それぞれの地区に匹敵する経済的利益関係を、日本と結んでいる。もし経済的自律をというのであれば、米国こそ、インドこそ、英国こそ、日本の経済的自立に欠くべからざる国と云わねばならない」と。 石橋は各国との経済的利害関係を、明確な数値(貿易額)でもって説明している。これは大変重要なことだ。そこで初めて明確な両国間の軽重・主従関係が分かる。高橋亀吉が緻密な経済データ・分析で当時の経済界に大きな信頼を得ていたことにも通ずる。
「貿易の総額は少ないが、その土地の産物が日本の工業或は国民生活上欠くべからざるもので、特殊の経済的利益があるということもある。しかし、この点でも朝鮮、台湾、関東州にかくの如きものはない。もっとも重要なコメは、もっぱら仏領インド、シャム等から来る。石炭、石油、鉄、羊毛にしろ、朝鮮台湾関東州に専ら仰ぎ得るものは一つもない。例えば鉄を昨年関東州から3.4万トン輸入したが、同年の日本の輸入総量は123万トンを越えた。米にしても、朝鮮、台湾を合わせて移入し得る量はようやく2,3百万石とわずかである。このくらいのもののために、何故日本は朝鮮台湾関東州に執着するのか。・・・支那及びシベリアに対する干渉政策が経済上から見て、非情な不利益を与えていることは、疑う余地がない。支那国民及び露国民の日本に対する反感、これはこれらの土地に対する日本の経済的発展を妨げる大障害である。この反感は日本これ等の土地に対する干渉政策をやめない限り、除くを得ない。・・・種々の干渉をした結果、全体として日本の支那に対する貿易はどれ程の発展を遂げたか、過去十年間において、同年間における米国に対する貿易の増加額の約三分の一にしか当たらない。・・・世人はしばしば支那の鉄、支那の石炭と、大騒ぎするが、僅かばかりを輸入しているに過ぎない。・・・朝鮮、台湾、樺太を領有し、関東州を租借し、支那、シベリアに干渉することが、日本の経済的自立に欠くべからざる要件だなどという説が、全く取るに足らざるは、以上に述べた如くである。日本に対する、これらの土地の経済的関係は、量、質ともに、むしろ米国や英国に対する経済関係以下である。これ等の土地を抑えて、えらい利益を得ているが如く考えるのは、事実を明白に見ぬために起こった幻想に過ぎない。然らばこれらの土地が、軍事的に日本に必要だという点はどうか。
軍備について、色々の説が流布されるが結局、①他国を侵略するか、②他国から侵略される虞があるかの二つの場合の外はない。・・・然らば日本は、何れの場合を予想して軍備を整えているのか。政治家も軍人も、新聞記者も異口同音に、日本の軍備は他国を侵略する目的ではないという。・・・とすれば他国から侵略される虞がない限り、日本は軍備を整える必要はない筈、一体何国から侵略される虞があるというのか、前には露国であり、今は米国にしているらしい。・・・日本が支那又はシベリアを自由にしようとする、米国がこれを妨げようとする。ここに戦争が起こる可能性がある。・・・さればもし日本が支那又はシベリアを我が縄張りとしようとする野心を捨てるならば、戦争は絶対に起らない。従って日本が他国から侵されるということもない。論者は、これらの土地を我が領土とし、もしくは我が勢力範囲として置くことが、国防上必要だと言うが、これらの土地をかくしておき、もしくはかくせんとすればこそ、国防の必要が起る。それらは軍備を必要とする原因であって、軍備の必要から起こった結果ではない。しかるに世人は、この原因と結果を取り違えている。思うに、台湾、支那、朝鮮、シベリア、樺太は、我が国防の垣根であるというが、その垣根こそ最も危険な燃草である。我が国はこの垣根を守るために、せっせといわゆる消極的国防を整えつつある。自分(石橋)の説く如く、その垣根を捨てるならば、国防の用もない。・・・いかなる国といえども、支那人から支那を、露国人からシベリアを奪うことは、断じて出来ない。・・・日本に武力あり、極東を我が物顔に振る舞い、支那に対して野心を包蔵するらしく見えるので、列強も負けてはいられないと、しきりに支那ないし極東を窺うのである」
石橋のこの見解は今この時点の世界の情勢判断から説き起こしたものなのだろう。今や世界の列強は第一次大戦で疲弊し、帝国主義的侵略を避けつつある、むしろ独立運動が芽生えつつある、民族主義に裏打ちされた国民国家が誕生しつつある世界の流れがあると、石橋は世界を俯瞰したのだろう。明治の政府、軍部が抱いていたような帝国主義、植民地主義の時代が通り過ぎようとしている、経済活動を前面に打ち出した国際協調を想定しているのかもしれない。第一次大戦終結後の平和主義と国際連盟誕生などの大きなうねりをいち早くキャッチした石橋の論説なのだろう。