・12月16日、トルーマン大統領の国家非常事態宣言に恐れをなすことなく、中共はさっそく反発した。国連に出席中の中共代表伍修権は緊急記者会見を行い、声明文を読み上げた。①朝鮮問題の唯一の平和的解決手段は、朝鮮から外国軍隊を撤退させること、②中共政府は中共義勇軍が朝鮮人民軍の味方をして侵略軍に抵抗することを終結させる用意がある、③当面の諸問題を平和的に解決するためには、中共の国際社会参加を承認する以外に道はない、④朝鮮における停戦案は単なる落とし穴にすぎない。⑤中共政府は、戦争の地域が局地化され平和的に解決されることを絶えず希望してきた。⑥国連安全保障理事会が米英の圧力によって、朝鮮および台湾からの米軍の撤退を要求した中共政府の提案を拒否したのは遺憾である。
・中共代表団は握手しに来たと思ったら、差し出した手を払いのけた。外交筋は対日講和の締結は望ましいが。目下のところはソ連および中共の軍、政両面の出方に対処するのが先決だ。しかしダレス顧問は任務を放棄しておらず、マッカーサー元帥と本問題を協議するために近く訪日する予定であった。
・総司令部情報部長ウィロビー少将は朝鮮の現状について統合参謀本部に報告した。 中共軍は撤退する第八軍の追尾に失敗した。これは敵の機動力の不足と作戦のバランスの欠如をしめす。中共軍主力の位置は謎だが、北朝鮮軍の背後で再編中だと思われる。
・ウィロビー少将の推測は当たらなかった。中共・北朝鮮軍は北緯38度線を突破して新たな攻勢を開始した。戦法は北朝鮮軍第十師団で、厳重な隠密行動を指示された。行動は雪山の夜行に限られ、敵側に通報されるのを防ぐため村落での物資調達は禁止され、食糧は各自が背負った分だけに頼り、足跡を残さぬために一般道路の通行は避け、敵機に発見されぬよう一切の火気は厳禁された。寒さ、飢え、病気に対する救護手段もなく、生き残れるものだけが進む環境を強制された。こうして米軍の偵察の眼をかわした。第八軍情報部の戦況報告は、戦線に異状がないと繰り返していた。
・12月23日、第八軍司令官ウォーカー中将が自動車事故で急死した。折から敵の新攻勢がようやく探知された。それだけに最高司令官の死は米韓軍将校にショックを与えた。後任には陸軍参謀次長リッジウェイ中将。
・12月24日、マッカーサー元帥は国連軍将兵に対するクリスマス・メッセージを発表した。この日駐日韓国公使金龍周が官房長官岡崎勝男を往訪し、米軍が日本に引き揚げて反撃を準備する可能性がある、その際韓国人を最低百万人日本に移動させたい、北九州に収容する用地を貸与していただきたい、と。朝鮮戦争は在日朝鮮人社会にも深刻な影響を及ぼしていた。南北二派に分裂して紛争と抗争を繰り返していた。先に肥柄杓を振りかざしたり棍棒を握りしめるのは北朝鮮系だが、韓国側から百万人が移住してくると、事態は逆の展開になるかもしれない。日本の警察力では国内の治安も維持できない。長官が首を横に振ると、ことは首相レベルの問題だ、日本が韓国に贖罪する好機だ、と。結局は幻に終わった。
・芦田元総理は総司令部民政局から時局に対する意見を求められた。その意見書が12月28日朝日新聞一面に発表された。その内容は、朝鮮事件を通じて共産主義国の侵略的意図は明瞭で、日本もその脅威にさらされている。政府は日本が危機に立つこと、自らの手で国を守る心構えが必要、自民党も社会党も国連への協力を標榜しているが、積極的な努力は何一つしていない。はたして米英の信頼を繋ぎ得るだろうか。日本の世論は眠っている。日本は防衛を国連に依存するというが、かつて自衛せぬ民族を他民族が血の犠牲で守り抜く例はなく、他民族に国防を依頼するのはその民族の屈辱である、と。自衛再軍備論であった。
・すかさず社会党が反発し、書記長浅沼稲次郎が声明した。芦田氏は憲法制定の際、この憲法こそ世界人類の在り方を示すものだと訴えた。その芦田氏が平和憲法に違反する意見書を発表するとは遺憾であり、国民に動揺を与える。
・吉田首相もこの日の記者会見で、国際情勢の見通しとして、戦争より神経戦になるということを考えねばならず、冷静に事態を判断しないと事を誤る。とくに新聞が冷静になることを希望する。芦田君がいろいろ言うのは自由である。しかし私の見方は違う。再軍備については、容易に口にすべからざるもの、憲法の規定に反する問題を取り上げるのはよくない。過去において日本は過大な軍備を持ったがため、その結果、大東亜戦争という無謀な戦争に入ったのであるから、国民も軽々しく再軍備をいうべきではない。もし軽々しく取り上げれば隣国に過去を思い出させることになり、結局、講和に影響する、と。
・12月28日、米政府はソ連国連代表マリクに米国の対日講和方針を伝えた。日本は戦後すでに五年以上にわたって忠実に降伏条件を履行しており、講和条件を結ぶ資格を持っている。対日戦に参加したすべての国が対日講和条約の締結に参加することを希望する。ある一国が命令する条件でなければ対日講和は成立しないというソ連の主張は承認できない。国連憲章による信託統治領を領土拡張とみなすことは不当であり、琉球、小笠原諸島は自動的に対日講和条約から除外すべきだというソ連の主張は了解できない。講和条約締結と同時に日本の軍事占領は終結するというのが米政府の見解である。しかし平和が世界に確立されず、軍国主義が世界から駆逐されていない事実は、日本が国連憲章に基づいて自衛のための個別的または集団的取り決めに参加することの根拠になる。
・昭和26年元旦、マッカーサー元帥の年頭の辞:日本は政治的、経済的、社会的に国家の安定という目標に向かってめざましい進歩を続けてきた。国際関係の緊張が高まっているにもかかわらず、日本は平穏と進歩のオアシスになっている。憲法の戦争放棄の理念は、最高の一つの理念であり、文明が維持される限りすべての人々がいずれは信奉しなければならないものである。しかし世界では国際的無法状態が引き続き平和を脅かし、人々の生活を支配しようとするならば、自己保存の法則に道を譲らねばならなくなることは当然である。国連の枠内でパワーを撃退するパワーを用いることが諸君の義務となるであろう。今年は二つが達成されることを信じている。一つは講和条約を通じて完全な政治的自由の恩恵を受けること、もう一つは政治的道義、経済的自由を兼備し、社会正義の理念に根を下ろした日本国民が、今後のアジアの運命に大きな影響をあたえること。 児島襄氏は元帥の言葉から、今年は講和の年、国連協力のための再軍備の年になることを覚悟せよ、と解釈する。戦争放棄の憲法を作ったマッカーサーが再軍備を言い出しているのだから、矛盾を抱えた憲法だということをマッカーサー自身も認めていることになる。「やむを得ざる自己保存の法則」と言っている。
・吉田首相の新年のことば:講和が近づいているとき、われわれは静かに再興日本の将来に想いを致すべきである。朝鮮動乱で日本は今にも戦禍に巻き込まれると周章するには軽率である。民主、共産の両主義は相いれることはできず、対立の結果は冷酷な神経戦が展開され、なお長期にわたる。世間に流布されている妄説は神経戦に毒されている証拠である。国民は動揺せず、愛国独立の精神をもって毅然として国際関係に対処すべきである、と。
・最高裁判所長官田中耕太郎の言葉:平和は真理と正義を内容とする場合にのみ真に望ましいものとなる。独裁的権力者の暴力で実現したものは死の平和である。われわれが対立する二つの世界のいづれに所属すべきかは明白である。懐疑主義、日和見主義、近視眼的打算は新憲法の精神を裏切るものであり、策としても愚の極みである。自由は力を意味しなければならぬ、去勢された自由主義こそ悪と不正の温床である、と。
・苫米地民主党委員長の言葉:できるだけ早く自主独立を回復し、これに自主的自衛権の裏打ちをすることが必要である。この考えに国民を結集したい。
・自由党幹事長佐藤栄作:日本の安全保障を確保するには自主、自立、自衛の確立が不可欠だが、直ちに再軍備を意味するものではない。国際的条約、国連軍による保護、民主主義国家との提携その他いろいろな方法がある。
・社会党書記長浅沼稲次郎:憲法で平和非武装を宣言し、戦争放棄を規定した。マッカーサー元帥はこの理念を守り切れぬ万一の場合もあるというが、われわれはその万一に事態が到来しないことを念願するのみである。 ふーむ、祈る思いか?
・同じ元旦の朝日新聞に、ダレスのインタビュー記事が掲載された。対日講和問題はゆっくり進めようと思う。朝鮮の戦況が中共軍の介入によって事態が一転し、極東が変化した。日本と講和条約を結ぶには、日本の政府、政財界、国民の考えと希望、率直な意見を知らねばならない。訪日して確かめたい。日本では米国の対日講和七原則に対するソ連の反対意見のほうが歓迎されているとのことだが、それは発表文の字面だけを見て背後に潜む本質を見落としているからだろう。例えば、ソ連が言うように日本が無防備のままにこの極東情勢の中に放り出されたら、どうなると思うか。他国の侵略に任せたいというなら、日本はそうすればよい。日本ではスイスのように中立国になりたいという意見もあると聞くが、スイスが軍備を持ち侵略に対して全国民が戦う態勢にあることが、その議論には織り込まれているのだろうか。ここが見落とされているのであれば、不適切かつゴマカシの議論と言わざるを得ない。米国は西ドイツと日本を再軍備させて自分のために使おうとしているという見方があるようだが、米国にはそんな考えは絶対にない。
・フーム、当時の日本の文化人あるいは有識者の中で、ソ連の言う全面講和論が幅を利かせていたという。朝日新聞の主張もそうだった。しかしこのインタビュー記事を載せたということは、当時はまだ朝日の度量があったのだろう。ダレスの当時の日本情報は主に新聞情報だろう、当時から偏っていた(背後に潜む本質を見落としていた)、だから自ら訪日して確かめたいと言っているのだろう。講和は朝鮮の戦況の行方と日本の自衛の決意と態勢を見極めてからのことになる、と。
・昭和26年1月2日、朝鮮の戦況は悪化した。第八軍司令官リッジウェイ中将は各師団を歴訪し意見を求めたが、抵抗力は失われたが、一致した回答だった。退却の時である、もう一度ソウルを敵に渡す決心をした。中将はソウル撤退作戦を発令した。最重要事は漢江にかかる日本の橋の確保であった。橋の確保と通行の整理のために必要な命令を発出した。李承晩大統領も今回は素直に従った。
・米統合参謀本部はダレスの訪日に関心を寄せ、ダレス使節団の訪日はソ連の無防備の北海道に対する反動的行動を誘発する恐れがあるとして、マッカーサー元帥に意見を求めた。マッカーサーは北海道がソ連からの作戦に極めて脆弱な状態にあることは言うまでもない、しかしソ連の北海道に対する意図は、日本より世界的情報の検討が可能なワシントンのほうが、判断は容易である。われわれが入手した限りでは、ソ連が北海道攻撃のための特別の準備をしているという現地情報はない。北海道攻撃は世界戦争を必至にする。日本におけるダレス使節団の存在が、ソ連のそのような重大決意を誘発するほどの影響力を持つとは考えられない。朝鮮の現状は重大である。兵力の一部を引き抜いても国連軍の指揮系統を危険に陥れる。在朝鮮兵力の転用は論外である。
・戦況は依然国連軍にとって不利な状況が続き、リッジウェイ中将は不審と不安の想いにおそわれた。不信とは中共軍の動静であった。中将は1月4日ソウルを撤退していらい、中共軍の追尾を予想したが第一線からは異常なし、敵影みえずの報告だった。判断材料がなく、推理のどれも確定することができない。不安は韓国軍の士気であった。韓国軍が敗北主義にむしばまれているとすれば、どのような戦略、作戦を用意しても、われわれには中朝軍の攻勢を阻止することが不可能だ。マッカーサー元帥に電報して、韓国軍将兵の憂鬱を吹き飛ばす声明を発表していただきたい、と。
・マッカーサー元帥はリッジウェイ中将の電文を添えて、統合参謀本部に転送した。現在の国連軍の劣勢を優勢に変える政策に裏打ちされた声明でなければ、韓国軍将兵の萎えた士気を回生させられない。元帥は現在の持久戦略から自説の勝利戦略への転換、すなわち満州を含む中国領攻撃、国府軍投入、中国沿岸封鎖、国府軍の中国本土反抗の四戦略の採用を要求していた。
・1月9日、統合参謀本部はマッカーサー元帥に打電した。内容は、元帥の四戦策のうち国府軍使用を拒否し、沿岸封鎖は英国の反対を理由に拒否し、中国領攻撃も朝鮮半島以外で中共軍に攻撃されぬ限りは禁止し、日本防衛を第一義的に考慮して、敵に可能な限りの打撃を与えつつ、朝鮮防衛を継続すべき。持久せよとの指示であった。
・1月10日、マッカーサー元帥は統合参謀本部に返電した。現在のように指揮権に制限が加えられ、明確な政策が存在しない状態では、朝鮮におけるわれわれの地位はいずれ維持不能になる。明確な政策がないのであれば、戦術的に可能な時期に速やかに撤退すべきと進言する、と。
・同じ日、シカゴ・ディリー・ニュースがマッカーサー元帥の即時撤退論を進言したという東京電を報道した。国防総省は元帥の進言を否定し。米国は朝鮮を放棄しないと言明した。①国連軍は侵略者を撃退するために朝鮮に派遣された。②われわれがそうした気配を示したら、国連の決意の信頼感が失われる。③国連軍が朝鮮で戦闘を続けているために、中共軍がここに縛られている。④国連軍が朝鮮にとどまることは、日本のための前進防衛線を構成している。⑤中共軍が朝鮮で多大の損害を受ければ、中共軍もひきさがる可能性がある。以上は政府の確固たる政策であり、この方針は今後も揺るぎない、と。
・1月13日、トルーマン大統領はマッカーサー元帥に私信電報を発進した。朝鮮における侵略に対する抵抗継続の国家ならびに国際的目的について、私の考えを貴職に知らせたい。①朝鮮における抵抗が成功すれば、侵略を許さないことを実証できる、中共の政治的軍事的威信を低下させる、韓国民に対する約束が果たせる、講和後の日本の安全に貢献する、共産主義を恐れ屈伏しなくてもよい、ソ連または中共の攻撃をかわせる、国連の力を結集して自由世界連合の威力を発揮できるなどの重要目的が達成できる。②朝鮮で正当視され有効視される行動も、日本及び西欧を全面戦争に巻き込むものは望ましくない。③朝鮮の戦いについて、制限された兵力で中共の大軍に対する軍事的抵抗の継続が不可能かもしれないことは承知している。最悪の場合、もしわれわれが朝鮮から撤退するとすれば、その方針は純軍事的理由によるものであり、侵略が矯正されるまでは政治的にも軍事的にもその結果を是認しない旨、世界に宣明できる。④朝鮮に関する最後の決断を下すにあたって大統領が考慮せねばならないのは、ソ連の脅威とわが軍の増強である。⑤大統領は、自由諸国は団結しており、これからもわれわれと共に進むものと確信している。
・マッカーサー元帥は大統領電を読了すると、側近者を呼び、「諸君、これで問題は解決した。撤退はない。前進だ」
・1月17日、朝鮮大邱から羽田に帰着した陸軍参謀総長コリンズ大将は、統合参謀本部議長ブラドレー大将に電報した。①第八軍は良好な状態にあり、リッジウェイ中将の統率によって日毎に改善されつつある。士気は高い。②国連軍の脆弱部分は韓国軍である。同部隊は北朝鮮軍に対処する能力は持っているが、中国軍を本能的に恐れている。戦況が深刻化すれば急速に崩壊する可能性がある。③中共軍については、補給不足と士気低下が認められる。
・前年12月に設置された国連の三人委員会が休戦提案を委員会に提出、1月13日に議決されたが、中共首相兼外相周恩来が声明を発表、国連政治委員会提案を一蹴した。そして逆提案した。①いっさいの外国軍隊の撤退と朝鮮内政は朝鮮人民に委ねることを基礎にして協議を行い、戦争の終結をはかる。②右協議には、米軍の台湾および台湾海峡からの撤退その他極東に関係ある諸問題が討議の対象になる。③協議参加国はソ連、米、英、仏、インド、エジプト七か国とし、この会議で中共の国連における合法的地位が確立されるものとする。④会議は中共国内で開催する。
・米政府は中共の姿勢を尊大と見做して反発し、国務長官アチソンが声明した。①中共の回答は平和の要望を軽視している。②国連案を真っ向から拒否している。③北京政府は平和的解決に興味を持っていない。④中共が米国に挑戦する意図を放棄しない事実を認めねばならない。
・マッカーサー元帥は自身の出番の到来を感じた。それには中共に対する国際的恐怖心を打破し、朝鮮で戦果を挙げて中共の軍事力に対する信仰を捨てさせればよい、リッジウェイ中将に第八軍は敵の主抵抗線に接触するまで前進せよ、と北進作戦「サンダーボルト」を下命した。
・1月25日、ダレス使節団先発者の国務省北東アジア課長フィーリーは元終戦連絡中央事務局次長白州次郎の来訪を受けた。白州次長からは対日講和に関する日本側の意見をアチソン長官に伝達するよう要請があった。①吉田首相は日本再軍備について、連合国の占領政策に沿う政策以外日本の首相として不適当、豪、ニュージーランド、フィリピンの反対が顕著、日本政府はまだ米国の日本の将来の安全保障に関する計画と意向を直接知らされていないので、消極的立場を保持せざるを得ない。②再軍備によって、かっての軍の影響力が復活することを心配している。③再軍備のための憲法条項修正は困難である。④米国は自由世界の需要に応えるために日本の産業能力を活用することが出来る。⑤主要政党の支持を集める仕事は吉田首相に一任し、ダレス大使が野党指導者と直接交渉を行うべきでない。⑥日本政府の経済専門家は一般に無能である。大使は民間財界人指導者から日本経済に関する正確な知識を入手すべきであり、白州が斡旋する。⑦琉球、小笠原を日本から切り離すのは重大な誤りであり、講和条約の効果を大幅に減少させる。日本は同地域について、必要な期間はいつまでも米国に軍事的権利を提供する用意がある。
・その日の午後八時、ダレス使節団が羽田空港に到着した。声明を発表し、①日本は相談すべき相手で、戦勝国に支配されるべき被征服国ではない。②目的は、日本に主権を回復させ、新しい時代を開かせる道を見出すこと。③そのためには、日本全国民が自己の運命のために責任をとることが必要。④険悪な情勢下で重大問題について決断が必要。⑤これらの問題すべてが、われわれと日本の指導者たちとの間の課題である。
・1月29日午後4時、吉田首相は総司令部を訪れ特使ダレスと第一回会談を行った。ダレス「三年前に講和が成立していたら、今日に比べ日本にとってよほど悪条件のものになっていただろう。われわれは勝者の敗者に対するものではなく、友邦としての講和条約を考えている」 吉田「われわれの念願は講和条約によって独立を回復し民主日本を確立し、自立できる国になることである。かような国になってはじめて日本は自由世界の強化に協力できるし、日本にとって最も肝要な日米友好関係の樹立も可能となる」「日本人の処遇についてその自尊心に配慮する必要がある。その点に関し、占領関係の指令のいくつかを講和条約締結前に変更または廃止しておくべきだ。たとえば日本人の家族制度のように日本人に重大な意義があるものについて無視されている。そのような指令が廃止ないし撤回されるならば、感謝するとともに国民の間に講和条約締結のための好ましい雰囲気が作り出せる。」 続いて経済問題に言及し、講和後の日本にとって漁業海域の拡大、造船業の拡大、米国の日本産業への投資の増大が必要であり、さらに日本国民の生存のためには中国との長期的貿易が不可欠、長期的には中共が戦争は戦争、商売は商売という考え方をとり、妥当な規模の日中交易が可能になると信じる。 ダレス:日本の将来の経済問題の解決は、連合諸国の中に日本の経済活動を制限する意見があるだけに解決は容易でない。首相は講和条約について米国が思いのままに処理でき、条約が比較的容易に締結できるものと考えているようにうかがえるが、対日講和は極めて困難な問題であり、日本人にそれを受け入れさせればよいというものではない。日本側の受諾についても、日本のいろいろな立場の人々の意見をまとめるという困難な問題を解決しなくてはならない。講和に関して野党はどのような立場をとっているのか、首相自身「七原則」に表示される米国の対日講和一般方針を受け入れるのか。 吉田:講和条約がどのようなものであっても国会の承認を得るための現実的困難はない。自由党と民主党との間には秘密の合意が出来ている。 ダレス:首相は国家の危機についてどう考えているか。現在、世界の自由諸国は国連を通じて集団安全保障体制を作ろうと努力しており、その組織から利益を得ることを望むすべての国は、それぞれの手段と能力に応じた貢献を要求される。現時点で日本に大規模は貢献を求めないが、少なくとも象徴的な貢献と集団安全保障の一般原則への参加くらいは日本にも求められる。 吉田「日本も応分の貢献をすることになるだろう」 ダレス「首相は日本の安全保障問題をどのように処理したいと考えているのか」 吉田:質問は再軍備問題のことと思う。日本の再軍備は二つの障害があるので、極めてゆっくり取り組むべきだ。第一の障害は、地下に潜伏している軍国主義者を復活させ、日本を再び軍部に支配させる恐れがある。第二の障害は、講和によって財政的自立を目指す段階で再軍備を行えば、深刻な経済的負担を余儀なくされ、国民の生活水準の低下さえ招来する。経済的基盤が確立されなければ不可能であり、そのために時間がかかる。
首相は井口貞夫が外務次官に就任し、使節団との交渉にあたると告げ、会談を終了した。
・そのあと特使と首相は総司令部マッカーサー元帥を訪問し、首相は元帥に訴えた、特使は私を苦しめる、と。元帥は特使をなだめ、「日本は軍事力で貢献できない、しかし軍事生産力も労働力もあるから資材を提供して自由世界の力を増強させるべきだ」と。特使は失望して、会談は風に漂うタンポポの綿毛を追い回すように、掴まえ所のないものだった、と。
・1月30日、会談で約束した講和問題に対する日本側の立場を外務省の講和関係主務者たちが吉田首相の下に集まって英文の覚書を作成、特使ダレスと総司令部マッカーサーに届けられた。 領土問題:琉球、小笠原諸島が信託統治下におかれることになったが、信託の必要性がなくなった場合、速やかな日本への返還を。 安全保障問題:敗戦国日本には独力で国家を自衛することが出来ない、国連の協力ならびに米軍の駐留といった方法による米国の協力が望ましい。米国との協力について、講和条約とは別に、日米が平等なパートナーとして相互に安全保障の協力を目指す協定を結ぶことが適切であり、われわれはそれを希望する。 再軍備問題:現時点においては、日本にとって再軍備は不可能、再軍備支持者がいる、近代軍備に必要な基本的資源を欠いている、再軍備の負担はたちまち日本経済を破壊する、逆に日本の安全を内部から危機に陥らせる、今日日本の安全保障は軍備より国民生活の安定に依存している、隣接国家が日本の侵略の再発を恐れている、国際的平和は直接に各国の平和と秩序に結びついている、その意味でわれわれは国内の平和を保持せねばならず、われわれ自身でその全責任を負うことを決意している、そのために警察と海上保安隊の人員と装備の増強を必要とする。われわれは自由世界の共同防衛問題の討議に参加することを希望する、本件について積極的役割を果たしたいから。 人権問題:無条件に世界人権宣言を支持する。同宣言の原則は新憲法に取り入れられている。 文化交流問題:日米両国の友好の基本課題である両国の文化交流を積極的に推進、協力する。 国際的福祉問題:日本が戦前に参加した各種協定を誠実に尊重し、また戦時中あるいは戦後に成立した世界保健機構その他に参加する用意がある。
・外交局長シーボルトは言う。「吉田覚書は日本の最小限の希望を述べた妥当なものだ。しかし、それは日本側の正論にとどまる。われわれに対する完璧な説得力を持つとは感じられなかった」