図書館から借りていた、浅田次郎著、「輪違屋糸里」(上)(下)(文藝春秋)を、やっと、やっと読み終えた。本書は、浅田次郎の新選組3部作のひとつとされている長編時代小説である。すでに、第1作目の「壬生義士伝」、第3作目の「一刀斎夢録」は、読んでおり、今回、第2作目である「輪違屋糸里」に、手を伸ばしたものだ。新選組がまだ壬生浪士組と呼ばれている時期から、密命による芹沢鴨謀殺に至るまでの物語であるが、終始、登場する5人の女性の視点に立って、新選組の真実を浮かび上がらせている作品だと思う。
▢主な登場人物
輪違屋
糸里天神(桜木太夫・おいと)、音羽太夫、
桔梗屋
吉栄(天神)(平山五郎の愛人・ゆき)
前川家
前川荘司、お勝(前川家の女房、菱屋太兵衛の姉)、
八木家
八木源之丞、おまさ(八木家の女房)、為三郎、勇之助、
菱屋
太兵衛、お梅(太兵衛の妾・芹沢鴨の愛人)、儀助(元締番頭)、
新選組
芹沢鴨、近藤勇、土方歳三、沖田総司、永倉新八、斎藤一、新見錦、平山五郎、
井上源三郎、山南敬助、藤堂平助、原田左之助、平間重助、
京都守護職
肥後守松平容保(かたもり)(会津藩主)
▢糸里(いとさと)
京都島原の置屋「輪違屋(わちがいや)」の芸子。親が付けた名前は、「いと(おいと)」だったが、6才の時に、女衒(ぜげん)に売られ、生まれ故郷小浜から京都の置屋「輪違屋」の「禿(かむろ)」となった。10年後には、「天神(てんじん)」となっていたが、それまでずっと可愛がって教育してくれた、姉のような存在の音羽太夫が、芹沢鴨に斬殺される事件が起こる。非常なショックを受け、怒りを覚えるが、皮肉にも、新鮮組、土方歳三との関わりが始まる。
土方歳三に尽くし、言われるまま、他の男(平間重助)に身を任せたり、芹沢鴨謀殺に手を貸したりするが、物語の最後では、京都守護職肥後守松平容保の面前で、ひれ伏す新選組隊士を尻目に堂々と意見を述べ、断腸の思いを歌に詠み、土方歳三と決別し、桜木太夫として生きる道を選ぶ。
(注)「太夫(こったい」は、正五位の格式(十万石の大名にひってきする位)
「君がため、惜しからざらむ 身なれども 咲くが誉や 五位の桜木」
▢吉栄(きちえい)
糸里と同じ島原の置屋「桔梗屋(ききょうや)」の芸子。糸里より6~7才年上だが、最も気の許せる友人同士。芹沢鴨の腹心、新選組の平山五郎と懇ろになり身籠る。隊士による、芹沢鴨、平山五郎、謀殺計画を知り、平山五郎と共に死ぬ覚悟をするが、「死んだらあかん。きっちゃんも、やや子も、わては殺させへん」、糸里に諌められ、命を拾う。本書は、本名の「ゆき」に戻った吉栄が、糸里の故郷の小浜で出産し、子の名を「おいと」と付け、貧しくとも強く生きていく決心を赤子に語りかけるところで終わっている。
「おまえはおかあちゃんの宝。おとうちゃんの宝や。島原のおなごの宝や。おまえの命ひとつ遺して亡うならはったみなさんの宝や、かけがえの無い宝物なんや」
▢お梅
元をただせば、傾き掛けていた西陣の大物問屋菱屋太兵衛の妾だったが、江戸弁で啖呵を切る程の自ら認める莫連女、役立たずの正妻を追い出し、ぼんくらな亭主になりかわって外商、掛け取り等に辣腕をふるい、店を立て直していたが、掛け取り相手の芹沢鴨の愛人となる。一方で、太兵衛は正妻と・・・、激怒の挙げ句・・・。心の拠り所は、芹沢鴨だけとなったお梅は、覚悟の上、芹沢鴨と一緒に斬殺される。
▢おまさ
壬生村の郷士、壬生住人士10家の総代の八木源之丞の女房で、目配り、気配りよく行き届く、用心深く、八木家を守るしっかり者。分家にあたる前川家の頼みで、屋敷を壬生浪士組、のちの新選組の屯所に提供することになるが、隊士を観察。見守り続ける。八木家の奥座敷で為された芹沢鴨、平山五郎謀殺事件、隣室で現場を目撃した母子は、
「ええな、為三郎も勇之助も、ようお聞きや。今見たことは、けっして口に出してはならへん。もしあの人らの耳に入ったら、何されるかわからへんしな」、「長州のお侍や、長州のお侍が芹沢先生を斬らはったんや・・」
▢お勝(おかつ)
西陣の大物問屋菱屋から前川家に嫁いだお勝。前川家も、壬生住人士10家の一員ではあるが、金銀両替商の前川荘司が、住人士の株を買って移りすんだものだった。前川家が会津藩と取引があった関係で、壬生の屋敷を浪士組の屯所とされたが、前川荘司は逃げ出し、お勝が、その三食の賄い等、全て差配する羽目になっている。壬生浪人組、その後、新選組の問題、何事も、本家のおまさに相談するが・・・本音は、お互いに、色々有り・・。
実家菱屋の騒動には、「お梅は、かわいそうや」「わての話を、ひとつ聞いてくれやす」「菱屋を仕舞いにしとくりゃす。暖簾をおろしてくりゃす。菱屋は、お梅のお店(たな)どすさかい、お梅と一緒に成仏させておくれやす。・・・」
物語の随所で、登場人物それぞれの出自や生い立ち、身の上話等が語られる場面が有り、表題は、「輪違屋糸里」になっているが、どの女性を主人公にしてもおかしくない程に、一人一人が深く描かれているように思う。詳しくは不明だが、大半が実在の人物だったようで、いつの時代でも同じことなのだろうが、あの時代に、京都で、縁もゆかりもない人間同士がめぐりあい、関わり合い、生死を掛けたこと、という紛れもない事実を描いているのではないだろうか。
これまでなんとなく持っていた、新選組、土方歳三、近藤勇、芹沢鴨、沖田総司、永倉新八、斎藤一等のイメージが、ある部分塗り替えられ、ある部分では、色濃くされた作品となるような気がする。
振り返り記事 浅田次郎著 「壬生義士伝」 → こちら
振り返り記事 浅田次郎著 「一刀斎夢録」 → こちら