「旅の坊主」の道中記:常葉大学社会環境学部・小村隆史の防災・危機管理ブログ

日本唯一の防災学部はなくなっても、DIGと防災・危機管理を伝える旅は今日も続いています。

東日本大震災から4年目となる夜、盛岡のホテルで考える

2015-03-11 21:55:59 | 東日本大震災(東北地方太平洋沖地震)
日中は宮城・山元町へ。打ち合わせを兼ねて、町内を見て回る。
14時46分のサイレン吹鳴は中浜小学校前で。

それぞれの方が、それぞれの思いで迎えられたであろう3.11。
これから先、自分に何が出来るのか、何をしなくてはならないのか。
モノを考えてみることにする。

打ち合わせは、2月に引き続いてのことであるが、
国際防災協力分野で出会った仲間が復興庁採用職員として山元町に入っており、
その人からの依頼による風水害・土砂災害対策DIGについて。
大きな方向性の確認は出来た。

打ち合わせの後、一人物思いに耽りつつレンタカーで山元町内を移動中、
同じ山元町内で活躍している防災ボランティアの仲間から連絡。
「山下駅近くにいるよ」とのことで、そちらに向かう。
先日の静岡図上訓練で会ったばかりではあったが、山元町で出会うのは久しぶり。
広島から現地研修に来ている高校生5人と引率の先生と、
短時間ながら話をすることも出来た。

現在は仙台在住の大手建設コンサルタント勤務の友人とは、今回は会えなかったが、
国連世界防災会議での案内をもらい、再会を約したところ。

新幹線で仙台から盛岡にむかうべくコンコースを移動中、声をかけられたのだが、
顔を上げてみれば、私の後任として、中米広域防災能力向上プロジェクトに携わったIさん。
国連世界防災会議のロジ関係をチェック中とのこと。

明日は、岩手医科大学から防衛医科大学への転身が決まった友人の救急医と、
DIGについて議論する予定が入っている。

・・・・・・。

四半世紀+α、防災の世界にいることで、培ってきた人間関係がある。
複数の専門分野に、一定水準以上の深さも保ちつつ人間関係を持っていることが
「旅の坊主」の持ち味なのだろう、と思っている。
とすれば、それを活かす方法は何か。

メディアの取り上げ方をみて、浅いとボヤくのではなく、
では、どうすればよいのか。それを説くということ。

叙事詩的伝統などというものは、もう死語なのかもしれないと一方で思いつつ、
それでもなお、その言葉が己の基本的なところにある「旅の坊主」である。
己に問うべきは、やはり、この国の形、か。
阪神淡路大震災21年目に向け、また、東日本大震災5年目に向け、
本当に遅蒔きながら、ではあるが、本気でまとめよ、ということなのだろう。


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