スミダマンのほのぼの奮戦記

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平安神宮にも春が来た

2021-05-11 06:08:12 | 旅 ~京都

2017-10-10付ブログ、秋の平安神宮参照

国指定名勝 平安神宮神苑 案内図。

ここも数多くある京都の桜の名所の1つだが、今回はまだちょっと早く、紅枝垂桜が5分咲き位であった。

京都の桜は長く咲くが、グッドタイミングで行く場所を選ぶのが難しい。

平安神宮は平安遷都1100年を記念して、

明治28年に遷都のおや神様である第50代桓武天皇をご祭神として創建されました。

当時、京都の衰退ぶりは目を覆うものがありました。

幕末の戦略で市街地は荒廃し、明治維新によって事実上首都が東京へ遷ったことは

人々に大きな打撃を与えました。

その状況下で京都を救たのは京都復興への市民の情熱と

全国の人々の京都に対する思い入れでした。

数々の復興事業を展開し、教育、文化、産業、生活などすべての面において新しい京都が模索され、

同時に古き良き京都の維持継承にも力が注がれたのです。

これらの熱意と一連の町おこし事業が見事に結実して平安神宮が創建されました。

千年以上も栄え続けた雅やかな京都を後世に伝えるために、

京都復興にかけた多くの人々の遺志を後世に伝えるために、

四海平安の祈りを込めて創建されたのです。

その後、皇記2600年にあたる昭和15年には市民の懇意によって

平安京有終の天皇第121代孝明天皇のご神霊が合わせ祀られ、

「日本文化のふるさと京都」のおや神様として広く崇敬を集めることとなりました。

桜の名所として知られる平安神宮。

正面の応天門を通って境内に入ると向かって右側に左近の桜が見える。

大極殿は国家行事を行う正殿であり、

ここに座る天皇から見て左側にあることから「左近の桜」と呼ばれ、

右側にある橘は「右近の橘」と名付けられた。

また「左近」の「近」は天皇の親衛隊である近衛兵の「近」を意味します。

天皇の左側にいる近衛兵は左近の桜あたりに控えていました。

神苑入口の所には平安神宮の桜の見頃情報が出ていた。

それによるとソメイヨシノは8分咲、八重紅枝垂はまだ5分咲だ。

入苑して最初の桜エリアは「南神苑」。

ここは創建以来、八重紅枝垂桜の名所として親しまれてきた。

また昭和56年には往時の代表的文学書(竹取物語、古今和歌集、枕草子、源氏物語)に

登場する草木約180種類を植栽して王朝文化をしのばせる庭「平安の苑」とした。

西神苑の白虎池の桜と枝張りのよい松、この池と次の中神苑、

蒼龍池の淵では花菖蒲畑があり、今から熱心に手入れを職人さん達がしていた。

中神苑の臥龍橘という飛び石には皆渡りたくなる。

平安神宮東神苑の泰平閣。

別名楓殿とも呼ばれ栖鳫池を横断する形で架けられている橘殿。

大正元年に京都御所から移築されたもので、中は通行可能となっている。

平安神宮苑の中でも一番の観光スポットになっている。

回廊から眺める池泉回遊式庭園の神苑の光景は非常に趣きがあり、

周囲に植えられた花や木々が四季折々の風景を見せてくれる。

泰平閣の向かい側の尚美館(貴賓館)。

泰平閣と共に大正元年に京都御所から移築されたもの。

周囲には有名な八重紅枝垂桜が植えられ泰平閣とならんで神苑を代表する建物となっている。

この時期はあいにく5分咲位でその華やかさを見ることができなかった。

その逆といってはおかしいが、ここで結婚式が行われ、

挙式が終わって華やかな雰囲気が伝わってきた。