思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

小さな火花も広野を焼きつくす

2010年04月13日 | 仏教

 9日劇作家で作家の井上ひさし先生がお亡くなりになりました。井上ひさし先生の作品で思い出すのは、テレビドラマ「モッキンポット師の後始末」です。

 石坂浩二さんが出ておられ、実に奇想天外な番組で、作者が井上先生だと知り個性豊かな方という印象を持っていました。

 そのご「道元の冒険」という芝居を書かれていることを知り、本物は観たことはないのですが、著書を読んで見ました。

 この部分はどのように表現しているのか。そういう興味があるものですから道元さんの中国での最後の部分に注目したことを思い出しました。

 今夜は、印象に残る中国での道元さん最後の部分を書き残したいと思います。

 使用本は、『井上ひさし全芝居 その一』(新潮社S59)です。

 第二幕の5 小さな火花も広野を焼きつくす

     僧堂。如浄と衆憎たちに出立の挨拶をしてい
    る道元青年。
  
如浄  道元君。
 
道元青年  はっ。

     道元青年は如浄の前にかしこまる。    

如浄   宋門の大事である仏戒は、釈尊(しゃくそん)
     ・達磨(だるま)以来嫡嫡相承(てきてきそうじ
     ょう)して、いまこの如浄から、日本国僧道元に
     伝法した。君はいま、名実ともにこの如浄の後継
     者、いや釈尊の嫡嗣(てきし)である。これを心
     に深く銘記せよ。

道元青年 はい。御教(みおし)えをよく守り、そして、
     よくひろめ、わたくしの国を必ず永遠の禅の王国
     にいたします。

        とたんに、衆僧たち、道元青年に、また鉄拳
       の雨を浴びせる。道元青年、周章狼狽、そして、
       憤然。
    
道元青年  わたくしは仏祖正伝の菩薩戒脈を授けられた    
      身、わたくしを打つということは達磨大師を、いや、
      釈尊を打つことです。同志諸君、恥ずべきです!
    
如浄    達磨・釈尊といえど、まちがったことを申せば
      人に打たれる。
    
道元青年 というとわたくしが何か……?

如浄    永遠の禅の王国とは何ですか。

道元青年 いけませんか?

如浄    道元君、のぼせ上っちゃいけないよ。禅ばかり
     とはいわない、仏教はすべて社会的、経済的な土
     台から生ずる階級社会の観念形態です。いつの日
     か、階級というものがなくなり、生産力が発展すれ
     ば、おのずから消滅するはずですよ。仏教はそれ
     までのものです。
    
道元青年 師よ、なんという恐ろしいことをおっしゃるの
      ですか!
    
如浄   外国の器量人よ、真実を怖がってはいけない。
     それに、「禅の王国」という言葉は自己撞着(ど
     うちゃく)です。禅の心はこだわらない心。王国
     を築く、そして、それを保つということはこだわ
     る心なしにはできぬ仕事。
    
道元青年 (素直に反省して)師よ、お許し下さい。

如浄   外国の器量人よ、わたしは今、弾の、仏教の限界
     について言ったが、だからといって努力を惜しんで
     はならない。ただ、けっして都に住んではならない。  
     都は僧侶を試みに誘(いざな)う毒が多すぎるのだ。
     またけっして国王大臣に近づいてはならない。
      釈尊に仕えると同時に国王にも仕える、というのは
     不可能に近い離れ業なのだから。できれば深山幽谷
     に住みたまえ。その深山幽谷で、見込みのある者を
     ひとり、いや半人でもよいが、十分に鍛えて、君の、
     そしてわたしの、達磨大師の、釈尊の教えを絶えさ
     せぬように。
   
道元青年 はい、

如浄    けっして形を残そうとこだわってはいけない。
      心を伝えなさい。心を。その心は、たとえ、仏教が
      消滅しても、人から人へと伝わって行くはずだ。
    
道元青年 はいッ!

如浄   外国の器量人よ、君はいま小さな火花を胸に旅
     立とうとしている。その小さな火花を大切にな。 
      小さな火花も、やがては広野を焼きつくす。
     
道元青年 はは---っ!

            如浄と衆僧たちは、「小さな火花も広野
           を焼きつくす」を歌い、その歌を背に受け
           て、道元青年は名残りを惜しみながら出
           発して行く。

 そこには、井上先生の読み解きがあって、芝居を形づくります。

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