思考の部屋

日々、思考の世界を追求して思うところを綴る小部屋

名を残す

2014年05月31日 | 思考探究

 生成と消滅の只中にいる私たちは、感覚的な話になりますが、その歩の時の流れを早く感じたり、長く感じたりします。それは現時点を起点に過ぎ去った跡を見た場合です。

 成りと滅の狭間にあるのが一生であり、足跡は人生です。成りも滅も存在の場を共にし、災厄の同時性に遭遇しても、そこには時間性があり個別的です。

 意識というものはある時に認識の重なりの中で突然姿を現わし、今に居ることを認識し認容させます。第三者的に死はあることはわかりますが、滅状態の私には意識のしようがなく、終息の過程における肉体はサードマン的幻視で見せ聴かせてくれます。

 チベット仏教の世界では、音が最後まで聴こえるという話で、死者は最後まで耳元の音が聴こえているのかもしれません。

 誕生が混沌とした闇のなかの光と音ならば生滅もまたその過程を辿るのでしょうか。

 幼少期に聴力を失いその後成人になり聴力を回復された演出家の故竹内敏晴さんは、最初に耳にしたのは混沌とした雑音、人の声も車の音も全てが雑音という一つの現象にしかなかったようです。

 それが人の声であり、これは車の音であり、前後左右のその源の位置も経験の中からその班別がなされ健常という形に成るには相当の経過を必要としたようです。

 その声は母である。

 安堵感も作られるものでしょうが、その中で聴こえる音、そこに母の声を認めることは人間であることから人間になることへの一歩なのでしょうね。

 全ての人がそうなのかは、個別的が物語ります。

 『パイドロス』(プラトン著岩波文庫)の中でソクラテスはパイドロスとの対話の中で大いに語ります。

 魂の頃の経験が知ることの元になる認識の世界を形成する旨の話を、彼は毒盃を飲み干し弛緩の経験を経ながら消滅していきます。

 この「しょうめつ(消滅)」という言葉、漢字変換して気がつくことは「しょうめつ(生滅)」とも書き、文面にすればわかりますが、会話の流れの中で語られれば、どちらの文字なのかわかりません。

 「うつす」が会話の流れの中で、映す・遷す・写す・移すを判別していくのとは異なります。

 何ごとかがわかる。単純なこのことは、魂の引継ぎにあるのか。

 ソクラテスは「有る」世界の解釈でその答えを出し、不殺生を自ら承認しました。

 死して屍、名を問うなかれ。

 日本的ニヒリズムの典型のようなこの言葉。

 ソクラテスの名は末永く残るのでしょうね。現実の世に。

 私は間違いなく三代も過ぎれは、名さえ残らないでしょう。


生(な)り出し人

2014年05月30日 | 古代精神史

 前回の「人間にとって善とは何か・うつくし」で山上憶良の歌を引用しました。その歌の中に、

「石木(いはき)より 生(な)り出(で)し人か・・・・」

と「生」という漢字を「な・り」と詠みました。

 生命の「生(せ)」でもあり、「生(う)まれる」の「生(う)でもあり、人間誕生の「生(じょう)」でもあるこの「生」という文字は時々「生(あ)る」という表現にも使用します。

 漢字は合理的な文字で、漢字一文字に意味概念を託します。見れば瞬時にその意味を概ねつかむことがでます。

 実存的虚無感、超越的絶対的な神がそのバックボーンの位置を喪い、支えの杖を失った人間存在は「裸の実存」という言葉で私の場合は表わしています。

 その存在自体を考えた時、実存は、

 生(な)りて生(あ)るもの

まさに裸の誕生、生きながらえの今現在とも言えそうです。

 今ある存在、それは感覚的に形成の只中(ただなか)の存在であることを指向しているように思います。

 この場合の「指向」は「時の流れの只中」に過去・現在・未来が観えるということです。

 以前これも万葉集の世界になりますが、額田王の、

 冬こもり 春さり来れば・・・・(訳:冬がすぎて春がやって来ると・・・)

という歌を論題にしたことがあります。そこでは言及しませんでしたが、

春只中を、時節の到来を

冬こもり(過去) 春さり来れば(現在)

と表現します。

そこには時の流れの「~から」があります。

「我が身は、成り成りて成り余れる処一処・・・この吾が身の成り余れる処をもちて・・・汝が身の成り合うはざるところをさし塞ぎて・・・生むこと如何に。」(岩波文庫『古事記』p20)

「なり」の世界は「うむ」の世界を思考しています。

 人間が「うむ」の世界を媒介する道具なのですから、男女とはいかにそのような宿命に「ある」かがわかります。「ある」というよりも古代の人はそう思っていたということで、長い歴史の精神史です。

 心と身、精神と肉体

「成り成りて」は「生り生りて」

 無からの形成、「~からの生成」は、また「空(から)の生成」であることを私に示します。

 絶対無即愛と語ったのは、メメント・モリの哲学者田辺元先生です。

 有るの存在は無いの存在を想起させますが、からの形成の論理に対極するような相対するものが必要ではなく、そこには「愛」があると言っているわけで(個人的のそう解釈しています)、みごとに「うつくし」の論理だと思うのです。

 実存において神を背負えば、そこに愛があります。

 そこには成るが儘(まま)の体得をもては信仰のにおける絶対信があるように思います。

 そこに実在的な実体のあるような霊性や魂を想定すると大きな誤りが生まれるように思います。

 肉体が滅びても魂は残る。

 不殺生(人を殺したり傷つけてはならない)

 魂が不滅ならば、不殺生は成り立ちません。

 肉体は、不思議に突如としてサードマン的幻視を生成します。

 死に至る病の中で、納得いかない災厄の中で、精神的無意識が意味器官が「そういうものである」をあたかも超越的存在からの声のように語りかけます。

 精神と肉体のバランスが平衡感覚にうちにあるか。

 精神的なうちにあるのか。

 己には分らない精神状態が、ある時はリアルな現実性を帯びて有りて有る絶対成る物を創造します。

 精神的に在る者から見ればそれは大きな誤りのように思えます。

 「~からの形成」「成りて成り」「生りて生り」は人類普遍の倫理「不殺生」を人間に創造したとも言えそうです。

 その意味を解せない古代人は生け贄を捧げ、王の死後の従者にしました。

 そこには不合理な事実をサードマン的幻視で補おうとしたのだと思うのです。

 神話にも色々ありますが、形成の論理、範型の論理・・・思考には面白い論理だと思います。

※万葉集については中西進著『万葉集(一)』(講談社文庫)を使いました。


人間にとって善とは何か・うつくし

2014年05月28日 | ことば

万葉集の巻5に山上憶良の次の歌があります(中西進著『万葉集』(講談社文庫)。

<巻5-800>

父母を 見れば尊(たふと)し 
妻子(めこ)見れば めぐし愛(うつく)し
世の中は かくぞ道理(ことわり)
もち鳥の かからはしもよ 行方(ゆくへ)知らねば
穿沓(うけくつ)を 脱(ぬ)き棄(つ)る如く
踏(ふ)み脱(ぬ)きて 行くちふ人は 
石木(いはき)より 生(な)り出(で)し人か・・・・

その後も続く長い歌ですが、ここまでの訳は、

父や母を見ると尊く思われる。妻や子を見ると、かわいくいとしく感じられる。世の中は、これこそ道理ではないか。そう思うともちにかかった鳥のように、いくらもがいても逃れ難く、わずらわしいことよ。父母・妻子への気持ちは果てしもないのだから。
破れた靴を脱ぎすてるように世の中から脱け出して行くという人は、岩や木から生れ出た人なのか。一体あなたは何という人か、名をおっしゃい。

世の中とはそういうものではないのか、と、ある人物について語る憶良、そこには人間憶良の心情が出ていると思います。

 世の中の道理。

 最近、フリッパ・フットという倫理哲学者の当然訳本ですが『人間にとって善とは何か 徳倫理学入門』(筑摩書房)を読みはじめて倫理道徳の世界の複雑な思考に驚いています。

 サンデル教授の白熱教室で語られる「5人の命を救うために、1人を犠牲にすることは許されるのか」という問題提示で有名な人で、本の帯にそのようなフレーズを見てつい買ったのですが、その言いまわしの難解さに素人には難しく中断しています。

「真・善・美」とは古代ギリシャの時代より、人間の持つ本質的なものです。私もそのように納得しています。

 誰の心に普遍的にその意味するところを異ならずに共有できるならば、それこそ心の平安を持つことができるのだろうと思うのですが、今回の書名のように「善とは何か」そして「真とは何か」さらに「美とは何か」と、これらの言葉の意味を解釈するとなると、多様の世界が広がってしまいます。

 したがって、「本質とは何か」と思考すれど泥沼に入り込んでしまいます。

しかい、上記の憶良の歌に接すると、なぜか納得するわけです。

 世の中をどのように語ろうが、尊く美しくなければ、それは「真・善・美」のある世界ではないのだ、と。

 「美しき人生」

という同じ題名の映画があり、日本語の題名に訳されていますが、何故かそこには見なくとも推測される世界が開かれてきます(当然そう思わない人もいると思いますが、たぶん)。

 日本語で感じる「うつくし」漢字で書くと(私の場合は古語好きですので古語の世界の話です)、

うつく・し【愛し・美し】《形容シク》

と岩波古語辞典では変換されます。

意味解説がまた身にしみるのですが、

《親が子を、また、夫婦が互いに、かわいく思い、情愛をそそぐ心持ちをいうのが最も古い意味。平安時代には、小さなものをかわいいと眺める気持ちへと移り、梅の花のように小さくかわいく、美であるものの形容。中世には入って、美しい・綺麗だの意に転じ、中世末から近世にかけて、サッパリとして、こだわりをのこさない意味を表わした。・・・。》

と類語の「うるわし」の解説も付けて詳細に書かれています。

 「さっぱり」と書いてあるところを、わざと「サッパリ」とカタカナ表記しましたが、個人的な気分としていカタカナにしたくなりそうしました。

 女の子が何でもかんでもそのように言ったわけではありませんが、一時期「カワイイ」という言葉が流行りましたが、「うつくし」の言葉の変遷を見るにそれもありなん、と思います。

 早朝からつまらんことを書いているのですが、今日のような混迷した、あちらにもこちらにも山積する、課題、問題、争い・・・・限りなき闘争の世界に果たしてこの「うつくし」はあるのだろうか。

「人間にとって善とは何か」

 「真善美」を総じているのは、この「うつくし」ではなかろうか、真に美しく、善に美しく、美しさは更なる美しさに・・・。

 世のなか美しくなければいけません。

 住まいする安曇野市有明から見る太陽は、今朝も美ヶ原高原から昇りました。


形成の論理

2014年05月27日 | 哲学

 旧約聖書の「有りて有る」絶対存在と「成りまして」有る絶対存在とする古事記の表現に注目していると、古事記には形成の力が根源無きからの創造の様相を呈しているように思われる。

 かつて哲学者の三木清が語った「構想力の論理が型の論理いわれ、それは無からの形を与えることが人間の存在が行為として自らを具現化する働きと捉え、それが技術であり、構想力とされた。」(京都哲学第26巻唐木順三『三木清・無常』解説松丸壽雄p414)と非常に類似性があるように思えます。

 無からの形成は、その働きの無根拠を示すのでなく上記哲学者松丸壽雄によれば「形が生み出される無という根源から、人間は根こそぎの状態となっているのが近・現代の状況である。そもそも型とは何かといえば、この根源の無なるものと人間の行為の呼応関係において成り立っている。あるいは無視されているのが現状である。・・・」(上記同)と三木清の「型の論理」から影響を受けた唐木順三の「型の論理」を解説しています。

 いわゆるこのように京都学派の古き時代の哲学に接しているとなぜか私自身が呼応する思考にあるように思え、形成の範型思考に有るように感じます。

 形成の範型思考にあると、昨年の暮れにちくま学芸文庫から出された哲学者ピーター・シンガーの『私たちはどう生きるべきか』(山内友三郎監訳)の第5章「利己心は人の遺伝子の中にあるのか」の「利己心の生物学的論拠」の「生き方の範囲を文化が制限してしまう」文頭の事例に呼応します。

<ピーター・シンガーの『私たちはどう生きるべきか』(山内友三郎監訳)から>

 数年前アメリカで、「大金がトラックの荷台から落ちてきた」という話が本当に起った。あまり裕福でない一人の男がプリンクスのトラックが落した現金袋を拾ったのである。男はプリンクスに金を返したが、プリンクスでは金がなくなったことに気づいてすらいなかった。メディアは彼を英雄に仕立てあげた。ところが彼は「おまえはばかだ。自分の先々のことを心配しろ」といった内容の手書きや電話を山ほどもらうはめになった。この話からも分かるように、「自分の利益を求めることだけが賢いことだ」という前提と「そのための手段はもっと金を手に入れることだ」という前提が結び付いていて、社会がこれを当たり前のことのようにみなすようになってきている。私たちがこれらの前提を当然のこととして認めれば、「私たちはどう生きるべきか」に関する究極の選択をしないことになる。私たちの代わりに私たちの文化がその選択をしているからである。つまり、真剣な考察に値するように思われる生き方の範囲を文化が制限してしまうのである。(以上同書p159)

 この話は文化の形成の論理ですが、中傷的な示唆言動の共通性を考えるならばそこには範型の同質言動があります。

 「成りまして」有る、そういう働きの世界が、有る世界よりも先にあるべきではないか、「ある世界」では生き方の範囲を制限する思考に走らせます。

 実存的虚無感とはまさに「有る」世界から始まります。有るべきものが失われた時、絶対存在が失われた時、有るべきものにあてがうものはありません。

 「ニヒリズムを如何に超えるか」

と市井の一人が不理解のなかで分ったのごとくに書いているのですが、型の論理、無からの形成の論理には意味深いものを感じます。


ニヒリズムを如何にして超えるか

2014年05月26日 | 哲学

 「気軽に握手もできない。」

 「会いに行けるアイドル」として人気を集めてきたAKB48の握手会が暗転、メンバーが刃物男に襲われるという事件が起きました。

 日本だけではなく、テロによる行為も含め突然の異常な事態のニュースを聞きます。アメリカの富裕層が自分たちだけの街づくりに奔走するのも安全安心は自らの手で、という一つの思想とも言える財力という力による信頼の確保を希求する姿があります。

 まさに裸の実存。今日ほど『無常』の事態を眼前にさらけ出している時は、ざらにはないく、ニヒリズムは既に特定人の特定の主義や意見ではなくなっている、とも言えるように思います。

 半世紀ほど前に文芸評論家でもあり哲学者でもあった唐木順三(1904年ー1980年)先生は著書のなかで次のように書いています。

 「私は今世紀の最大の思想的問題は、ニヒリズムの問題、ニヒリズムを如何に超えるかという問題だと思っている。そしてそれへの試みはさまざまな形でなされてきた。実を言えば私の『中世の文学』の背後には、私の右のような考えが働き、私なりの試みが働いている。然し、私はそういう考えを露骨に表に表わさず、歴史のなかで歴史的な遺産を通じて、考えたいと思った。日本の中世には私には恰好な時代であり、私は、私の対象とした諸人物のなまのいぶきを感じ取ることができた。」(筑摩叢書『中世の文学』p317)

 筑摩書房唐木順三全集第三巻増補『現代詩への試み』の「新版あとがき」にも、

「私はいまでも、今日の最も根本的な問題はニヒリズムを如何にして超えるかといふことにあると思ってゐる。」(p319・昭和39年[1964]9月付)

 唐木先生は今から40年も前の世の中を見て、そのように書いているのですが、自然災害、科学技術の不完全による災害、不安定な国家間の関係による戦争への懸念から上記のような日常生活における突然の災厄まで、何ものもこころの拠所にならない事態に唐木先生の主張は40年前の言及には思えません。

 V・E・フランクルは、ニヒリズムについて、

 ニヒリズムは、無について語ることによって仮面を脱ぐのではなく、「にすぎない」という語り口によって仮面をかぶるのである。(『人間とは何か』p48)

といっています。「にすぎない」という言葉、「ただ単にすぎない」ということです。フランクルの「意味への意志」のニヒリズムの克服、完全なる打消し話ではないのですが、苦悩するニヒリズムではない「ただ単にすぎない」が現代社会には過去の「無常観」ともことなる軽やかな思想があるように思え、個人に直接係わりのないことならば単なるニュースで通り過ぎてゆきます。

 身近にその脅威を感じる人々は、上記の富裕層のようにある種の範型を創造して行くしかありません。

 「ただ単にすぎない」思想が将来どういう形の社会を構築していくのか、その考え方も一つの範型になっているように思います。そのなかでコミュニケーションに係わるソーシャルメディアは、範型の反乱を示しています。

 ニヒリズムと言いましたが、厳格な意味でのニヒリズムではなく一般的に日本人がニヒリズムとは何か、を問われた時にどのようなニヒリズムを考えているのか、これも古い話にはなりますが、これにズバリ答えてくれるのが川原栄峰著『ニヒリズム』(講談社新書)です。

<『ニヒリズム』(講談社新書)「日本的ニヒリズム」から>

ニヒリズムのイメージ

<1> 人生の意味が、生き甲斐が、見いだせない。生きることの支えがない。神はあるのか、ないのか、うじうじと考えあぐね、不毛の思索の果ての疲労と虚脱感。バザーロフ、キリーロフ。″人生不可解″ーーー華厳の滝。自殺か、自殺寸前か、自殺もできない自己を軽蔑か。これをいちおう絶望型と呼んでおこう。

<2> 主君のためでも、正義のためでも、愛のためでもなく、ただ斬らねば斬られる″からというそれだけの理由で人を斬り、血刀をふいてさやにおさめて振り向きもせずに立ち去る男。涙もなく笑いもない。およそ何事かに″燃える″ということがなく、義理にも人情にもほだされない。机竜之助、眠狂四郎。ひややかに、強靭に、権力を無視し、誓いを立てず、欲をもたない。無気味だが、かっこいい。浪人型。

<3> 何事もすべてお見通し。わかってしまってるやつ。だから、いや~なやつ。ひとのすることなすことを、にやにや傍観し、小馬鹿にしている。寒山、拾得、普化(ふけ)。わかってしまったらばかばかしくて何もする気になれない。むきになって何かしている連中が可愛らしくも馬鹿にも見える。枯淡(こたん)。開悟型。

<4> エスタリブリシュメントを憎悪し、これを転覆しようと企てる。体制は強固でとても転覆不可能だろうから、転覆したのちにどうしようという積極的なプランもヴィジョンももってはいない。だがそう企てて、実行して、社会不安を起こすことだけにでも意味がある。テロ型。

<5> 既成の道徳、既成の価値への反抗。八つあたり。過去へのジェラシー。何事も相対的なのだ。絶対という言葉を絶対に信用するな! おとなのすることはみんな悪、おとなの言うことはみんなうそ。ふてくされ型。

<6> 命一度は何かに猛烈に″燃えた″ことがあったのだが、それにこっぴどく挫折してのちはもう何もする気になれない。やけのやんぱち。食うためには最小限度何かをいい加減にして人に迷惑のかけっばなし。無頼型。

<7> 老人ホームの孤独で不幸な老人。衣食住はなんとか足りてるが、それがかえっていけない。仕事がない。生きるはりがない。若いときに働いたのは何のためだったのか? まだまだ世のため人のために役立ちたいのだが、からだがだめ。子も孫も親類縁者も誰もいなくなった今、何のために生きているのか? 生き甲斐なし。老衰型。(これは<1>に近い。違いは、若いか年寄りか、ということだけ。いずれも、要するに暇すぎるのである。小人閑居。しかし、そうしてみると、<2>の浪人はもちろん暇人だし、<3>の寒山、拾得、普化も、これまた世界一暇な坊主どもだったし、<5>はもちろん暇な坊やのヒステリーだし、<6>も不本意ながらの暇人だし、<4>にもまたけっきょくは“暇だから”という最深の理由がないとはいえない---ということになる。これは恐ろしい問題だ。後述。)

<以上同書p9~p11>

という7種類の日本的ニヒリズムのイメージを紹介しています。

 今現在の世の中に通用するニヒリズムがそこにあります。


「絶望型」、「浪人型」、「枯淡(こたん)・開悟型」、「テロ型」、「ふてくされ型」、「無頼型」、「生き甲斐なし・老衰型」

こう言う範型とも言えるものが日本型ニヒリズムだと河原先生は語っているのです。

 フランクルは、『苦悩する人間』(春秋社)の中で、「・・・・苦悩と言いましても、それは運命的に避けられない苦悩、実存的な成熟過程における危機的段階としての苦悩しかあてはまらない。」(p23)と言っています。

 「今日の最も根本的な問題はニヒリズムを如何にして超えるか。」という唐木先生の言葉とともに個々によく噛みしめなければならないものがあるように思います。

 どのような範型に私は所属するのか。

 慈悲でも隣人愛でも仁でも古人は人類への提案をのこしていますが、一つとして成熟することなく今に至ります。

 唐木先生は『無常』という話のなかで、日本の「無常」を「無常感」の時代から「無常観」の時代への変化をみています。情緒的な感ではなく内心の奥底からの観照です。

 それは時代が与える問いでもあり、それに真摯に応えなければならない。

 そういう私自身が、ニヒリズムのただ中にいると指摘されます。

 有るがままを有るがままに見つめる。

 成るがままを成るがままに見つめる。

 精神性が保たれている内に、自分をよく見つめるしかありません。


人は生きられるように創られている

2014年05月25日 | こころの時代

 けさのNHKこころの時代は、エッセイスト大石邦子さんの「体のマヒを超えて」というお話で、今年の2月3日(日)放送され再放送されました。

 涙もろい私は再びの涙におそわれるのですが、己の姿勢に非常に反省させられました。

 4ヶ月ほど前の放送なのにその感動が薄れて、そこには今まさに私のこころが指向する何かを語っているのに、その時は全く留めていないことに再度おおきなテーマを頂きました。

 精神と肉体は密接な関係はあることは漠然とですが、どうしても二元的に思考の背後においています。ベルクソンはそこを問題にし、小林秀雄先生も大いに語ったところですが、単なる納得におわり貴重な学びをおろそかにしていました。

 再放送を希望される方が多かったことから今回のはやい再放送となったと思いますが、それはまた私にその機会を与えてくれた、「~成る」期待が働いているとも言えるわけです。

番組は、ききての金光寿郎さんの、

【金光寿郎】 磐梯山と越後山脈に囲まれた会津盆地の南西部にある福島県会津美里町(みさとまち)。江戸時代から明治にかけて水運に使われた阿賀川(あががわ)が流れ、古くから栄えた会津藩ゆかりの地です。晩秋の紅葉に彩られたこの地に、エッセイストの大石邦子さんをお訪ねします。この町で生まれ育った大石さんは、昭和39年9月、事故に遭って、21歳の若さで下半身の感覚がなくなり、その後もマヒの症状は進んで、上半身にも広がりました。先の見えない闘病生活の中、大石さんは苦しみの意味を問い続けながら、短歌やエッセイに思いを綴ってこられました。今日はその中の言葉を取り上げながらお話を伺います。

 大石さんは私よりも12歳の年上でいま72歳ぐらいでしょうか、22歳の時にバスに乗車中の事故で下半身、左半身マヒの身体となり、10年あまりの闘病生活、そしてその後66歳の時に乳がんを患い、がん細胞の全摘出手術を体験します。そしてさらなる災厄の到来します。がん手術後の3日の夜に胸の動脈が破裂していることが分り、緊急手術をすることになります。

 がんん細胞摘出際の麻酔の施用の関係で、動脈の手術には麻酔を使うことができない。

【大石邦子】・・・「大石さん、麻酔かけられない」というんですよ。「前に大きな手術を全身麻酔でやったので、麻酔はかけられない。麻酔かけないでやるから、頑張ってやるから」って、言ってね。私、〈えっ!〉と思ったんですね。でも経験したことないから麻酔かけないで手術するって、どういうことかわからなかったんですけど、そして持ち上げられて、いやいやいや、もの凄く痛いんですよ。その瞬間、私は一回も目を開かないんですよ。「麻酔しないで手術をする」と言われて、多分意識が帰らなくなる可能性があったんですね、また麻酔をかけるとね。それで麻酔をしないで、〈あ、これが大石さんのような人、何が起きるかわからない、と言われたのは、このことだな〉と思ってね。でも、これは会津だったらダメだったな、と思ったんですね。やっぱりここは大きな病院だから、あの真夜中でも六、七人の先生が集まってくださって。でもそのメスが入って切り開かれる瞬間ね、これは今まで経験したことのない痛み。「ギャッ!」と叫んだんですよ。「ギャッ!」と叫んだ瞬間、嘘みたいなほんとの話なんですけど、あれは多分今考えたら手術室の天井って大きな灯りがあるじゃないですか。あそこだと思うんですけどね、もの凄い綺麗な、なんかこんなこというとオカルトみたいで変なんですけど、金の十字架がパッと光りの中に現れて、一瞬時母の顔になったんです。そして意識が飛んだんですよ。

金光寿郎】 そこでいわば気絶?

【大石邦子】 大石: 気絶。そして気が付いた時には、病室に来ていて、でも全然聞こえないんじゃないですよ。なんかどこに自分がいるかわからないんだけども、「大石さん!大石さん!」という声が聞こえる。それで後から聞くと、先生たちは私に聞こえないように手話で手術していたと。その時私の頭をしっかりどなたか先生が動かないように両手できっちり掴んでいらっしゃったんですよ。それが後から聞くと、誰も掴んでいない。先生に聞いたら、「誰もそんなことしていないよ」と。後から意識が帰った時に、私は、今まで自分の身体を〈愛(いと)おしい〉なんて思ったことなかったんですよ、こんな身体ね。こんな身体になって、歩くこともできない。感じもない。それであの時、私が「ギャッ!」と叫んで意識を失った時のことを思うと、この身体はほんとに、私が耐えられなくなった時には、意識を吹き飛ばしてまでも、私を生かそう生かそうとしてくれていたんだな、と、この身体が・・・私の身体なんだけど・・・同士のような気がしたんですよ。私と同士のね。それからなんかこの身体を大事にしなくちゃってね。

躰というものは不思議です。そのようなことをしてくれる。自分の意志によって動かすことができない付随筋のような、精神とも密接に関係する感覚機能を休ませてくれる、そういうはからいをしてくれるのです。

「この世にムダな苦労なんかないんだから、ムダな苦労ないんだよ」

大いなる体験、経験から得た知識が、大石さん当面する苦労の精神を治めます。

「大石さんの詩」

何があっても大丈夫。生きてさえいれば、いのちさえあれば、 人は生きられるように創られているのだから・・・・。

乗り越えられない苦しみなど、ありはしない。
苦しみが、みなさんを鍛え、みなさんを磨き、みなさんを大きくする。

逃げないで。逃げずに、それを乗り越えてゆくとき、もうそれは苦しみではなくなってゆく。力に変わってゆく。

かけがえのない自分の人生だもの、人のせいにしないで、自分の責任のもとに引き受けて、凛と生きていってみよう。

失敗したっていい。

躓(つまず)いたっていい。

二度や三度の失敗、何も恐れることはない。

躓いたら、そこからまた立ち上がっていけばいい。

以上の詩の中に大いなる働きの言葉が詰まっています。

成るようになっている。これが本当の意味での「成るようになる」話しのように聞こえました。

 2月には別の思いが走り、今はこのことが走ります。止めどなき日々の問いです。けさの


「ある」世界に合わせるのが最上なのか。

2014年05月24日 | 思考探究

 成るようにしかならないお手上げ状態に、我が身を置く感覚、例えで言えばかごの鳥、お釈迦様の掌(たなごころ)にある孫悟空のようなもの、「もの」とは状態でそのような状態に「ある」感覚は、何ものかの働きの力に「おまかせ」ですから仏教的には他力本願のように思えます。西欧的な宗教感覚では不可逆的な一方的な働き感覚を感じます。

 発動的起源不在という感覚的認識から「なる」だけを抽出できるのだろうか。

 古語的な「なる」世界は古事記の記述を見る限り、それは述語の世界として「なる」と記述しています。

 「成れる神」

 「成り余れる処」

 「成り合はざる処」

古事記は「成り」の連続から「こと」は始まります。この場合の「こと」とは物語です。

 「おまかせ」という感覚は自分を捨てたわけではなくあくまでも主我的に語られ記述される言葉です。

 「おまかせします」と単純に我が身をゆだねますが、そこには意志の決断があります。

 一点を捉えるならば、揺るぎなき平衡状態に和合する、「余れる処」「合はざる処」の「さし塞ぎ」ての世界です。

「成り」の世界はそこに落ちつきます。

 日本人にはどうも「お任せ感覚」が散見されます。西欧的な宗教感覚では原罪が常に語られ、自覚を促され、それは個々の平等を前提に、過ちに対しては懺悔が求められます。

 「成り」の世界は、どうもそうではなく「吾が身」「汝が身」と個別の違いから始まります。

 個々に思いの心が異なる。

 遠く地平に、成ります働きの何ものかが、感覚の渦の中に現われてきます。

 このような精神的な思考にある者は、共通の普遍的な働きを観ますが、顕現される擬似的な存在は、共感性のうちにある集団ごとに異なる姿を見せます。

 森羅万象の働きの中に、山川草木そして動物と宿る霊験を想定します。想定というよりも創造的に思い描きます。

 霊験あらたかな如来仏から権現様もあります。

「成り」の世界は、どうして霊験を持つに至るのか、どうして普遍的に集約される「ある」一点に落ち着かないのか。

 そもそも一点に集約終結することはありえない、という歴史的身体的なものがあるのではないか。

 広大なる風土と島国的な狭小な風土

 そこに住まいする人々の森羅万象との係わりにおける災厄が、危機に対する身の処し方を決定します。

 地形地物に閉ざされて生きる。そこには範型的な決まりがおのずから生まれます。

 「おのずから」とは「成り」と同感覚で、「みずから」は後になります。

 長々と結論に向かわないことを書き続けますが、グローバルな世界感覚で決断すべき事項に対する賛否というもの(事態)を考えた場合、「なり(鳴り)やまない警鐘」を聴く人もいれば、全く聴こえない人もいる。そして聴こえても蚊帳の外になる人もいる。

「ある」のではなく「なってしまう」

 そういう本質的なものがあるのではないか。

 問題がそこに有(あ)るのか否(いな)かではなく、そのような傾向があることを知っておくことが大切なのだと思う。

 そこにおのずから責任が自覚されるのではないだろうか。

 日本の旧石器時代も2・3前にさかのぼりそうです。南・北・西から大陸を歩みながら来たんですね。

 「ある」世界との付き合いはその範型を持たないとダメですし、「なる」世界に合わせよ!、となると無理でしょうね。

 不思議な平等感、不思議な隣人愛

 成るようにしか成らない。

と考える人もいても不思議でない風土がそこにあります。


空に両手を伸ばすとき

2014年05月23日 | 思考探究

 昨日付けのサイトニュースに、パソコン(PC)の遠隔操作ウイルス事件で、威力業務妨害などの罪に問われ、無罪主張を撤回した元IT関連会社社員の被告(32)の22日の公判終了の弁護人が記者会見の内容が書かれていました。

・「すがすがしい気持ち」

・「食事が、再収容後はおいしく感じられる」

 今の心境を語る言葉です。弁護士さんは「無実の人を演じる必要がなくなったからでは」と語っているようですが、被告人みずからの、己の心のおもむくままの行動が、結果として「すがすがしい気持ち」「食事が美味い」に落ちつくところに、人間とは何と愚かなものかと思う。

 朝起きてすがすがしい気分

 食事が美味い

 被告人の場合、そこに「あきらめ(明らめ・諦め)」がありました。無駄な抵抗は諦めて、空には一点の雲もない晴れやかな気分。

 「明らか」とは、「はっきりと、曇りもなく、物事の筋目が細かい所まで正しく見え、しられるさま。」という状態を言うようです(『岩波古語辞典』)。

 犯罪ではありませんが日常のなかに、ときに「無駄な抵抗」をしているような事態があります。

 そういうときは気もそぞろ、気分は悪く、食事が美味い処の話ではありません。

 美味しいという漢字を見ていたら「美味しんぼ」を思い出しました。

 本当の「美味しい」とはどういうことなのか?

 健康であることが第一でしょう。身も心も健全であること。

 毎日美味い食事に出会うことはありません。上記の被告人の拘置所での食事、私にとっては美味いものではないでしょう・・・しかし被告人のその「おいしい(美味しい)」はわかるような気がします。

 無駄な抵抗はするな。

 万歳をするしかない時もあります。

 両手を天に伸ばすしかない。お手上げ状態。

 それは深呼吸の形に似ています。

 朝起きた時の深呼吸に、また意味を重ねます。


無常観から無常感へ逆戻りの道なのだろうか。

2014年05月22日 | 思考探究

一ヵ月前の4月2日のNHKクローズアップ現代で「“独立”する富裕層~アメリカ 深まる社会の分断~」という番組が放送されていました。現実的な話として富裕層の人々だけの自治体がアメリカでは既にでき増え続け、一方で富裕層が抜けた貧困層だけの自治体も、また増えているというとのこと。

 マイケル・サンデル教授の白熱教室でこの富裕層の自治体が話題になり正義(ジャスティス)が問われていましたが、アメリカでは現実問題として貧富の差が安全安心な生活保障に大きく関わっているようです。

 重い税金を払う以上は、それに見合った行政サービスが保障されなければならない。

 慈悲も隣人愛も仁も・・・

そこにはありません。

 動物が集団で生きる。そこには集団の規模の制約がありそうです。

 昨日からのニュースを見ていると、司法判断、行政判断の格差が表れ始め、考えて見れはそれぞれに三権分立の権勢の中で互いに抑制力で国家の暴走を抑止しようという法治国家の理想があるのですが、ある意味集団としては生きていけないことを暗示しているように見えます。

 幸せを得るには遠く離れたところに犠牲者を想定しなければならない。

 宮沢賢治の『グスコーブドリの伝記』やアーシュラ・K・ル=グィンの『風の十二方位』(ハヤカワ文庫)』と「オメラスから歩み去る人々」に語られる「犠牲」という言葉を考えさせられます。前者は主人公は「他が為に」であり後者は犠牲者の黙認でした。

 平等な世の中を考えると、「犠牲」という言葉は非常に安定しない概念い成ります。

 義務が平等化されるということは人間の止むことなき欲望は抑えるしかなく、怠けも情熱も全てが平均値を求められます。

 燃え盛る炎のような執着心。

 理由ある税金の遅滞も正義の主張は成立せず、義務として強いられ嫌ならオメラスから去るしかありません。

 自給自足で小集団で生活する宗教団体もあれば、理想集団もあり・・・ある意味集団化とは富裕層が求める自治体の姿に似ています。

 属する以上は義務に従ってもらいたい。

 義務を主張すると権利という宝刀があることを忘れていました。

 こんな話を書いていると、行きつくところ「承認」という言葉が浮かんできます。

 誰が一体「よし」とするのか。

「よし」とは「良し」「善し」か。

 また「納得」という言葉も浮かびます。

 承認とは受忍でもある。

 それぞれにそれぞれであることが無常の所以でしょう。

 無常は仏性なり。・・・
 しかあれば、草木叢林(そうもくそうりん)の無常なる、すなわち仏性なり。
 人物身心(にんもつしんじん)の無常なる、これ仏性なり。国土山河(こくどさんが)の無常なる、
 これ仏性なるによりてなり。

という鎌倉期の禅僧の言葉がありました。

 世の無情を言う無常感ではなく、人物身心の無常を知れというわけです。

 世の中の情けなさに己の情けなさを反省しなければならないことを今現在は観させてくれます。

 向上一路の我が道に、千聖は多くを示すが「不伝」

で、猿が湖面に月影を捉えようとするようなものだと中唐の偉い全禅僧が言われていましたが、本当にそうだと思います。

 善しと納得承認するのは私しかいません。その私は本当に信じているのか、責任の内に信じているのか。

 人は己の法則にしたがって行動する。

 その法則は、そうであると信じるその法則は、責任をとれるものなのか。

 どう見ても世の中は、無常観から無常感に引き戻されつつあるように思えます。

 人間労形 如猿捉影

 本来は人間ではなく学者なのですが、みんながインテリになった世の中、そこには「人間」がふさわしい。

 今朝は、30年ほど前に聞いた話を思い出しながら書きました。


死ぬための生き方

2014年05月20日 | 思考探究

  昨夜(18日)NHK総合で、「事件の涙 Human Crossroads・ それからの日々~一家5人殺害事件~」という番組が放送されていました。

 柳田國男の『山の人生』の序文に書かれている「ある囚人の話」に似た印象を得ました。悲惨な話ではあるのですが、人間というものが持つ性(さが)が自分の意とは異なる世界を作りだしてしまう・・・リアルな現実世界がそこにありました。

 自然災害の様などうしようもない災厄もありますが、人の世にもまたどうしようもない人の手による災厄があるわけで、今回は自らその災厄を惹起してしまいました。招いた災厄の結果のただ中におかれ、己の反省の中に「どうしてそうなったのか?」との問いが来てはじめて我が身の情けなさ、悲哀に打ちのめされます。

 他人事で、決してわが身には起きない、と誰が宣言できるでしょうか。ある人は現代社会の社会構造が、このような問題を起す引き金になっているというかもしれませんが、歴史記録を読んだわけではありませんが、いつの世もこのような話はきっとあっただろうと、直観ですがそう思います。

 日曜日にある会に参加し「死ぬための生き方」という課題に取り組みました。「生の哲学」「死の哲学」を個人的に扱う中で、「死ぬため(為)」という言葉には年齢というものがあります。

 無難なく、まぁそれなりの悲哀も多々あったのですが、年齢を重ねてくると、残されているであろうという可能性の中に余命をみます。そこには「死ぬための」という主我的な、それこそ自分が主役の人生の幕の閉じ方を考えてしまいます。

 参加者の多くが還暦を間近にしている私よりも、はるかに年齢が上の方で、連れ合いを亡くされ方もおられました。

 この話し合いの材料として、黒澤明の『生きる』(1952年)の志村喬演ずるところの市民課の課長渡辺勘治の残された命における「すべきこと」それは、憩いの場所、子供たちの公園を作ることでした。

 余命宣告されたなら、あなたは何をしますか。

 母が58歳で亡くなり、父は68歳でなくなっている私は、58歳を一つの「その年齢までの余命」として考え、次は68歳と考えています。

 最近ブログのも書いていることでそう考えると、「まじめでまともな」生き方でありたいと考えているのですが、「夫のために健康でいたい」とか「整理整頓」という言葉に驚きました。

 あと8年などと言うわりには、切迫感がない。直ぐには死なないだろうという甘さがそこにあります。

 「妻のために健康でありたい」ということを何故思わなかったのか。

 残されたものが困らないように、新編整理に心がけ・・・・・知の巨人立花隆さんの書庫ではありませんが、私の8畳間は一人寝られるだけのスペースしかなく、トンデモナイ状態になっています。

 その中で私は余命を父の死亡年齢68歳を想定しているのですが、残されたものは大騒ぎです。

 話が「一家5人殺害事件」から離れてしまいましたが、会で講師の先生が語られた話しの中に「人類の偉大な教え」として「慈悲・隣人愛・仁」がありました。

 「まじめでまともな生き方」の中に私は「人のために」という考えを持っていましたが「妻のために健康でありたい」などという発想はありませんでした。

 なぜ「人のため」などと考えたのかというと、「慈悲・隣人愛・仁」は仏教、キリスト教、儒教の教えになりますが、超常現象を好み、死後の世界を信ずる人々が信奉する霊能者エドガー・ケーシーという人物がいますが、こういう人も最終的に「私たちの使命」として要約すれば「他者のために救いの手をさし出す」と「他者のために」が語られていてこの世では最終的には「他者のために」的な生き方が善かろうかと思っていたからです。

 色々なことを知る中で、私の理解はその程度でよいのかと問われる事態が来ています。

 小説家、文芸評論家、詩人の伊藤整(1905年1月16日 - 1969年11月15日)という生涯文壇の主流でなく、文壇から何となく阻害されていた方がおられました。『近代日本人の発想の諸形式』(岩波文庫)を書かれていて、評論5篇が掲載されています。その最後5篇が、[近代日本における「愛」の虚偽]で次のように、「慈悲・隣人愛・仁」に関係して語っています。

 「キリスト教系の文化を持つ国においての人間と人間とのふれあいの道徳的な整理の仕方には、ほぼ定型的となっている共通の型がある。各民族の習慣や宗教等で違うが、我々がヨーロッパ的道徳と一括して考えているものであり、キリスト教の人間認識に基づいている。他者を自己と同様の欲求を持つものとして考え愛せ、という意味のその黄金律から来ているように思う。「人にかくせられんと思うことを人に為せ」というような言葉でそれは『バイブル』の中で表現されている。その考え方は、他人を自己と同様のものと考えるという意味で個人尊重の考え方を生み、更にそのような独立した他者に、愛という形で働きかける組み合わせ、交際、協力などを尊重する考え方を生み、市民社会というものを形成する原則の一つをなしている。それは儒教の仁という考え方と似ている。また仏教の慈悲という考え方とも似ている。そういう他者への愛や憐れみというようなものなしに社会というもの、人と人との秩序ある組み合わせというものは成立しないから、人間と人間のあいだの秩序が考えられる所にはきっと、他者への愛や他者の認識があることとなる。しかし、西洋と東洋の考え方には、かすかな違いがあり、やがてその違いがあり、やがてその違いが文化の総和において大きな違いとなっているらしい。・・・」(上記書139)

「・・・私は漠然と、西洋の考え方では、他者との組み合わせの関係が安定した時に心の平安を見出す傾向が強いこと、東洋の考え方では、他者との全き平等の結びつきについて何かためらいが残されていることを、その差異として感じている。我々日本人は特に、他者に害を及ぼさない状態をもって、心の平安を得る形と考えているようである。「仁」とか「慈悲」という考え方には、他者を自己のように愛することよりは、他者を自己と全く同じには愛し得ないが故に、憐れみの気持ちをもって他者をいたわり、他者に対して本来自己が抱く冷酷さを緩和する、という傾向が漂っている。だから私は、孔子の「己の欲せざる所を人に施すことなかれ」という言葉を、他者に対する東洋人の最も賢い触れ方であるように感ずる。他者を自己のように愛することができない。我々の為し得る最善のことは、他者に対する冷酷さを抑制することである、と。」(上記書p140)

伊藤さんのこの言葉を読むなかで、「なぜあのとき、家族を殺したほうがよいと思ってしまったのか、今もわからない」と受刑者の主人公の歎きを考えてしまいます。

 愛するが故に憎しみが倍増する愛憎の世界。憎しみは実母に向き、愛するが故に残されたもののことを考えると・・・という思いは、今度は、妻子孫の殺害へと向いて行ってしまった。

 冷酷さがあること、伊藤さんの言われる「冷酷さ」とはこういうことではあるまいか。

 他の選択肢を生じさせることはできない事態を生じさせてしまう、心境に培ってしまったものは何だったのだろうか。

 身勝手な「愛」がそこにあるように思います

 「一家5人殺害事件」の主人公は、最高裁判所で無期懲役が確定し、名古屋拘置所から長野刑務所に身柄を移送されています。

 実母の妻への嫌がらせ。母を殺さなければという事態まで進む。そして殺害、そして残されたもののことを考え、妻、息子、娘そして孫を殺害し自分も自殺を企るが果たせなかった。

 人のために一生懸命に尽くしていた人であったみんなが言います。主人公を知る人々にとっては信じられない事件。

 「為を思う」

人を思う気持ちは人一倍強かった方だったようです。

「渇愛」という言葉が仏教語にありますが、「愛」という言葉は「愛憎」という言葉にも現れてきます。「愛」は執着(しゅうじゃく)の極みです。

 苦悩は、渇愛から生じるのが仏教の根本の教えです。

 伊藤整さんは、「多分、愛という言葉は、我々には、同情、憐れみ、遠慮、気づかい、というもの、最上の場合で慈悲というようなものとしてしか実感されていないのだ。そのような愛という言葉を、日本人は恋において使い、夫婦間において使い、ヒューマニズムという言葉を、道徳の最終形式のように使うとき、そこには、大きな埋められない空白が残る。この西欧の考え方は、我々を封建制度から解放し、女性を家庭の奴隷から解放した。それとともに、我々を個別な虚偽、キリスト教の救済性を持たぬ虚偽の中に導き入れたのだ。」と語っています(上記書p147-p148)。

 「原罪」があるから愛で堅持しなければならない西欧、日本の様な「原悲」のある場合には如何せん。

「死ぬための生き方」という問い。 

 ある年齢における考え方ですが、「間もなく」「目前」を意識した時に「為の生き方」が出てきます。

 大上段に構えた「人の為に」「他者の為に」ではない、本当の「為に」の生き方。

 至極簡単なことが現れた気がします。

「妻のために健康であること」「整理整頓」

感動したわけはそこにあるように思います。