風月庵だより

都会の雑踏に埋もれて生きている老庵主です。消えゆく前の雑音です。

稀勢の里 不屈の優勝

2017-03-26 18:23:58 | Weblog

3月26日(日)雨【稀勢の里 不屈の優勝】

横綱の意地で休場はしないのだろうか、それもすごい精神力だと、思っていたのですが、今日、照ノ富士との勝負に一度ならず二度勝って、優勝なさいました。

テレビ画面の稀勢の里の御顔を、思わず撫でてしまいました。

感動しましたね。不屈の精神を見せてもらいました。

▽優勝決定戦 ○稀勢の里(小手投げ)照ノ富士● ▽本割 ○稀勢の里(突き落とし)照ノ富士●

 

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東日本大震災物故者追悼

2017-03-11 17:18:03 | Weblog

3月11日(土)晴れ【東日本大震災物故者追悼】

午後2時46分。心より冥福を祈ります。

やはり大川小学校の悲劇は忘れられません。小学校の校舎の前でお経を唱えていた間中、飛ばされるかと思うほどの風が吹き続けたことが忘れられません。みんなが泣いていると感じました。こっちの世界に戻りたいと思っているのではないかと感じたのです。

只野哲也君は、今でも校舎の掃除をしたりして、大川小学校を震災遺構として残すことを願い、そのようになったそうですが、私も、賛成です。あの塀に描かれた宮沢賢治の銀河鉄道。そのすぐ横の山。どうしてあの山に逃がさなかったのでしょうか。校長先生が不在であったことは残念です。携帯電話で指示されていたのでしょうか。避難訓練はしていなかったのでしょうか。

何かしらの情報を待っていたのかもしれませんが、このような危機状態において大切なのは、事に対処する直感ではないでしょうか。現代人は情報に頼りすぎているので、直感力が鈍っているのではないでしょうか。

遺族の方々の無念さと、これからもどのように無念の気持ちを乗り越えていったらよいのか。自分が子どもたちの親であったら、どんなにか辛かろうと思えてなりません。いつの日か、再び大川小学校を訪れて、お亡くなりになった子どもたちに語りかけたいと願っています。

お亡くなりになった皆様のご冥福を、心より祈っています。

死者1万5893人、行方不明者2553人(10日現在)。石巻市立大川小学校、児童74人、教職員10人が死亡。

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絶対阻止 南京大虐殺追悼日の制定

2017-03-10 17:00:53 | Weblog

3月10日(金)晴れ【絶対阻止 南京大虐殺追悼日の制定】

カナダ在住の友人から、次のようなメールが届きました。

「オンタリオ州では12月13日を南京大虐殺追悼日に制定しようと中国系の人がたくさんの署名とともに追悼日設定の法案を出しています。(何故?今頃?)」

カナダに移住した多くの中国人が、移住した国で、南京大虐殺追悼日に制定しようとしているのです。中国で制定するのならまだしも、移住させてもらっている国で、我が物顔に、歴史的に立証されていない事件の追悼日を制定しようとは、あまりにひどいことではないでしょうか。

韓国の慰安婦像を建てることには、議会は反対したそうですが、この議案はどうなるかわからないそうです。それというのは、中国系の議員はかなりいるそうですが、日本人の移民の人たちは、政治に関心が少ないのか議員の中にはいないそうです。

日本のマスコミも国会も、山師のような人のことをああでもないこうでもないと、追いかけている間に、日本はカナダの人々にも残虐な民族であるかのような日を制定されてしまってよいのでしょうか。政治家も官僚も自分の立場が悪くなると、「僕知らない」と横を向くのもよくありません。一人くらい、自分のしたことを「しました」と堂々と言ってほしいですね。

金ハンソル氏の居場所を追及するような愚かしいこともやめてほしいです。北朝鮮は日本のマスコミがかぎ分けたニュースを大いに参考にしながら、暗殺計画を練っているかもしれません。ハンソル氏の居場所を探し出すようなスクープを、けっしてしてはならないと思います。

日本を守るために、国会で議論すべきことは、いくらでもあるでしょう。私は決して国粋主義者ではありませんが、このたび日本人として生まれましたので、日本人としての責任があると思います。それぞれの国の人間が、それぞれの国の尊厳を守り、他の国の尊厳も認め、狭い地球での生活を大事にしていきたいと切に願います。

次の英文の議案の訳文は次のURLに、日本在住のカナダの方の訳文がありますので、ご覧ください。貼り付けはできないようになっていましたので。

http://ameblo.jp/thepillowbookofkanon/entry-12243874425.html

 

Bill 79                                                          2016

An Act to proclaim the Nanjing Massacre Commemorative Day

Preamble

The events of World War II in the Pacific theatre are well known around the world, particularly the dropping of atomic bombs on Hiroshima and Nagasaki. Events like these form the primary foundation for historical studies and international commemorations. However, until now, Ontarians have not had the opportunity for a thorough discussion and examination of the World War II atrocities in Asia, and many are unfamiliar with this part of history. It is important for Ontarians to reflect and to educate themselves about the enduring lessons of the Nanjing Massacre.

As one of the most diverse provinces in Canada, Ontario is recognized as an inclusive society. Ontario is also the home of one of the largest Asian populations in Canada. Currently, some Ontarians have direct relationships with victims and survivors of the Nanjing Massacre. 

It is important to designate December 13th as the Nanjing Massacre Commemorative Day in Ontario. It will provide an opportunity for all Ontarians, especially the Asian community, to gather, remember, and honour the victims and families affected by the Nanjing Massacre, an atrocity where over 200,000 Chinese civilians and soldiers alike were indiscriminately killed in the Japanese capture of the city.

Therefore, Her Majesty, by and with the advice and consent of the Legislative Assembly of the Province of Ontario, enacts as follows:

Nanjing Massacre Commemorative Day

   1.  December 13 in each year is proclaimed as Nanjing Massacre Commemorative Day.

Commencement

   2.  This Act comes into force on the day it receives Royal Assent.

Short title

   3.  The short title of this Act is the Nanjing Massacre Commemorative Day Act, 2016.

 

EXPLANATORY NOTE

The Bill proclaims December 13 in each year as the Nanjing Massacre Commemorative Day.

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聖徳太子考

2017-03-09 10:56:02 | Weblog

平成29年3月9日(木)晴れ花粉多【聖徳太子考】

早速ですが、教科書中で、聖徳太子の表記が「厩戸王(聖徳太子)」となるということですが、疑問と異論を抱いています。聖徳太子という呼称は、周知の事実です。それを何をいまさら厩戸王が主となるような表記にかえるのでしょうか。これでは「拾(豊臣秀頼)」とするのと同じではないでしょうか。厩戸王を言いたいのなら、「聖徳太子(厩戸王)」とすべきでしょう。

余談になりますが、私は20年以上前の或る日のこと、突然「聖徳太子は日本を守っています。聖徳太子のテリトリーは日本です」というような声を胸の中に聴き、びっくりしたことがあります。この経験を、奈良の大倭紫陽花邑の故矢追日聖法主様に申し上げましたら、「聖徳太子様は、法主様のよいお友達ですよ、天でよくお会いしています」と奥様に言われたことがあります。

私は特に聖徳太子信仰があるほどではないのですが、聖徳太子信仰をお持ちの方々が、奈良の方には多いのではないでしょうか。たしか大阪に行ったときも、そのような集まりの建物の前を通った記憶があります。

先日、たまたま日本の高僧伝を調べていましたら、聖徳太子に関する記載がありましたので、ご紹介しておきます。

『本朝高僧伝』「巻第六十九 願雑十之一 応化一 聖徳太子伝」より

太子諱聖徳。用明帝第一子。母穴穂部皇子之女也。夢金色僧告白。有救世之願。請託后胎。問卿為誰。曰我是救世菩薩。家在西方。后曰妾身垢穢。豈其宜乎。曰不厭垢穢。但願度生。飛入其口。寐即有妊。而及八月。胎中有声。敏達二年正月初一。后遊禁庭。及至馬厩。太子俄誕。云々

以下、この二〇倍以上の記載がありますが、打ち込むのが大変なので、この辺で。

とにかく教科書という権威ある感じの書物の記載には、よくよく注意しなければならないと思いますね。純粋な子どもたちは、頭から鵜呑みにして覚えようとするのが教科書ですから。しかし、どのような経緯で、聖徳太子に対して、このような記載になってしまったのか。その理由はなんなのか、ご存知の方がいらっしゃいましたらお教えくださいませ。

しかし、イエス様も馬小屋でお生まれなので、真に高貴な方は厩に縁があるのかもしれません。

花粉症が今日はひどいので、早く通り過ぎてほしい季節になってしまいました。今日は午後、近隣の御寺院の晋山式の打ち合わせに出かけます。皆さんも体調管理にお気を付けください。花粉症のくしゃみをするとき、運転している時は事故を起こすと危ないですから、前を見たままくしゃみをしましょう。

それでは、お元気で。

付記:3月20日付けの産経新聞の記事によると聖徳太子の表記を復活させるそうです。

文部科学省が2月に公表した中学校の次期学習指導要領改定案で、現行の「聖徳太子」を「厩戸王(うまやどのおう)」に変更したことについて、文科省が学校現場に混乱を招く恐れがあるなどとして、現行の表記に戻す方向で最終調整していることが19日、関係者への取材で分かった。改定案で消えた江戸幕府の対外政策である「鎖国」も復活させる方向。修正した次期指導要領は月内に告示される見通し。

 現行指導要領では小中学校とも「聖徳太子」を授業で扱うと例示したが、今回の改定案では、人物に親しむ小学校で「聖徳太子(厩戸王)」、史実を学ぶ中学で「厩戸王(聖徳太子)」に変更。文科省は、歴史学では「厩戸王」が一般的で、「聖徳太子」は没後の呼称だが、伝記などで触れる機会が多いとしている。

 文科省は改定案公表後にパブリックコメント(意見公募)を実施。呼称の変更に批判的な意見が多かったほか、教員からも「小中で呼称が異なれば子供たちが混乱する」「指導の継続性が損なわれる」といった意見が出ていた。

 こうした状況を踏まえ、文科省は小中ともに聖徳太子の表記に統一し、中学では日本書紀や古事記に「厩戸皇子」などと表記されていることも明記する方向で調整している。

 

(当寺の桜ではありませんが)

 

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三月になりました

2017-03-04 18:09:17 | Weblog

3月4日(土)晴れ【三月になりました】

すっかりご無沙汰してしまいました。毎日忙しくあっという間に一日が過ぎてゆきます。

しかし、忙しいと言いつつも、金正男さんが暗殺されたことも、森友学園のこともニュースは観ています。日本は今は平和ですが、何時北のミサイルが撃ち込まれるかわからないと思っています。ただ、北に仕送りをしている人たちも日本にはいますので、どこにでもむやみに撃ち込むことはないでしょうが、何をしでかすかわからない国ですから、困ったものだと思います。この国がなんとか平和になる姿を生きている間に見届けることができるだろうかと、そんなことを思ったりしています。

教育勅語にも驚きましたが、その幼稚園児の姿に感動している国会議員や人々がいることにも驚きました。時代錯誤も甚だしいのではないかと思いました。愛国心は大事だと思いますし、人間としての常識を教えることは大事だと思いますが、この幼稚園の教育は、行き過ぎていると私は思います。

こんな狭い地球で、ヘイト教育をほどこしたり、とんでもないことをしている人を教育者というとはそれこそ「おぞましい」と言うべきでしょう。「おぞましい」などという日本語を聞いたのは久しぶりのことですが、使い方を間違っているようです。私には右翼系の友人も左翼系の友人もいますが、その出身について、特にいたいけない子どもたちに対して「おぞましい」などという人はいません。

この森友学園は認可されてしまうのでしょうか。してしまうのでしょうか。推移を、日本の教育の良心はどうなっているのか見ていたいと思います。

「世の中はますます悪くなるなあ」と、本師が口癖のようにおっしゃっていました。その言葉に当時私は反発していましたが、やはり同意せざるを得ないと思うこの頃です。考えてみましたら、その頃は、修行時代で、テレビを見る時間も、新聞を読む時間もない日々でした。世の中の動きを一切目にせず、一切耳にしなかったら、よいのかもしれません。

スエーデンも徴兵制になるようですが、弟の可愛い孫からそれは始まりそうです。

皆様、つかの間の平和を大事に楽しく生きあいましょう。三月もあっという間に過ぎることでしょうが、花粉症の期間はそれは有り難とい思いますね。とにかくお元気で。

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太陽の消滅について

2017-02-05 20:52:15 | Weblog

2月5日(日)晴れ【太陽の消滅について】

太陽の消滅は、アインシュタインの相対性理論によれば、五十四億年ということになるそうですが、果たしてどうかはわかりません。ただ言えることは、始めあれば終りあり、成住壊空(万物は成立し、存続し、壊れ、空に帰す)と、仏教の教えにもあります。宇宙の生成について、たまたまテレビで面白い番組を見ました。「村山斉の宇宙をめぐる大冒険」、という番組です。

最近の研究によって、ビッグバンは138億年前におきたそうですね。138億年かかって届いたビッグバンの証拠の電波ノイズをヘル研究所のホーンアンテナがとらえてわかったのだそうです。それで、138億年かけて膨張するエネルギーのダークエネルギーと、重力で物を引き寄せる力のダークマターのバランスによって、この地球も成り立っているようです。

ダークエネルギーが強かったら、急激に膨張してしまうので、星も生成されませんし、ダークマターが大きすぎてもブラックホールになってしまうということでしょうか。一度聞いただけでは、完全には理解できませんでしたが、この地球も138億年前のビッグバンによって生成され、やがて生物が誕生し人間も地球上に生まれてきた、ということでしょうか。

宇宙の結末について、ビッグリップという現象がおきると素粒子だけになるようです。とにかく生まれた物は、かならず消滅するのは真理ですから、54億年後かどうかはわかりませんが、今、仮に、消滅の寸前だとして考えて見たら、生物である人間同士が戦争している場合ではないでしょうし、テロを起こすことも意味の無いことですし、巨万の富を独り占めすることも意味の無いこと、入国拒否も意味の無いこと、韓国の慰安婦少女像などもってのほか、あれを見る度に気持ちが悪くなります。一部の韓国の人の恨(ハン)の強さにはつくづく残念に思います。とにかく、いがみ合っているよりも、地球の消滅まで、人類はできるだけ智慧を出し合って、地球人類であることを楽しく、生き合っていきたいと思いますね。

 

 

 

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永井政之先生最終講義 「異類中行」私考

2017-01-27 11:02:47 | Weblog

1月27日(金)晴れ【永井政之先生最終講義 「異類中行」私考】

昨日は駒澤大学で永井政之教授の最終講義がありました、定年で退職なさるときに、最終講義が行われます。演題は「異類中行」私考ー禅僧の民衆教化」でした。

この異類中行(いるいちゅうぎょう)という言葉は分かりづらい表現ではないでしょうか。『禅学大辞典』によれば「発願利生の菩薩が成仏して後、涅槃の本城に安住しないで生死の迷界、六道輪廻に身を転じながら一切の有情を済度すること。異類中に自己を投げ入れて利他行をすること」と記されています。

南泉普願(なんせんふがん748~835)に、南泉水牯牛(なんせんすいこぎゅう)という話があり、また潙山霊祐(いさんれいゆう771~853)に潙山水牯牛の話があります。

南泉がいよいよ最後の時、首座(しゅそ)さんが「和尚さんはどこにいかれるのですか」と尋ねると「山下の檀越の家の水牯牛になりにゆくか」と答えました。「それじゃ、私もついて行きます」と首座が言いますと、「ついてくるなら、藁一本持ってついておいで」と答えました。さらに「わしに去来があるなどと言うなよ」と言い終わって遷化(せんげ)されたと言います。

潙山も示寂(じじゃく)に臨んで大衆に言いました。「わしは百年後(死後の意味)、山下の水牯牛になるだろう。その脇腹には潙山僧霊祐と書いて生まれ変わるが、このとき、潙山の僧と喚ぶか、水牯牛と喚ぶか、潙山の僧霊祐と喚べば水牯牛だし、水牯牛と喚べば潙山の僧霊祐だ。おまえさんたちは、さあ、なんと喚ぶかね」

と、このような話が異類中行に関する話として残されています。上記の和訳は私の著書『中国禅僧祖師伝』(宗務庁刊)から抜き出しました。また自分でも改めてこの意味を参究したいと思って、読み返してみました。

永井先生の、異類中行とは、「仏教と関係ない人たちとどうやっていくか」、また「なかなか分かってくれそうもない人たちとどうかかわっていくか」という表現によって、私自身は得心いたしました。

『中国禅僧祖師伝』を書きながら、十分には理解していなかったと思っています。南泉も潙山も、生きているときも法を説き続け、死してなお、法を説き続けていく姿が、異類中行のさらに水牯牛の話であったかと、今、思っています。

永井先生は如如居士顔丙(にょにょこじがんべい1212示寂)という大慧の弟子の可庵慧然について得法した居士を紹介なさいました。僧侶ではなく居士でありながら、上堂もし、葬送も司ったそうです。また職業別にそれぞれの生活にあった修行方法を説いたという方です。

永井先生は大学を退職なさいますので、これからの御覚悟として、ご自身の道として異類中行を最終講義に取り上げてくださったのではないかと、私は思いました。

現在駒澤大学に学んでいる萩原欽一さんも、花束の贈呈をなさいました。実は、私も先生の「宗研に入らないか」の一言で、すでに高齢の私でしたが、曹洞宗総合研究センターの宗学研究部門に入ることができ、研究生活を送らせていただけましたので、花束をお渡ししたいところでした。同郷でもあり同年代ではありますが大先輩の最終講義で、本当に得心いくように学ばせていただいた講義でした。

写真を撮らせていただかなかったので残念でした。全く言葉の分からない我が家の異類の写真では申し訳ないですが。

 

 

 

 

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長年の相棒 カーナビダウン

2017-01-20 15:41:59 | Weblog

1月20日(金)曇り【長年の相棒 カーナビダウン】

今日は寒いですね。やはり雪が降るかもしれません。世は、トランプ大統領就任式を控えて騒がしいようです。これから世界情勢はどうなることでしょう。反対のデモをすることによって、トランプさんの人種差別意識に少しでも抑制がきくと、デモをする意味もあるかもしれません。今の日本人には、トランプさんのような人が、政治家として表舞台で活躍することは、理解しにくい現象ではないでしょうか。しかし、戦前は、かなり無謀な考えの政治家や軍人が大手を振って表舞台で活動していた時代もありました。

現時点では人種差別意識といえますが、あと数時間で人種差別政策になっていくと怖いですね。そうならないことを願うのみです。日本人は、まさか自分たちは問題外と思っているかもしれませんが、黄色人種として差別されないともかぎりません。

さて、長年使っていましたカーナビが壊れてしまいました。2001年に購入したパナソニックKX-GT30という代物です。まだそんな古いのを使っていたの、と言われるかもしれませんが、今まで全く問題なく大活躍をして、私の仕事を助けてくれました。実はさいたま新都心駅の近くを走っているときに、急に赤とんぼが動かなくなりました。新都心駅を離れましたので、電源を入れ直しましたが、全く反応しなくなりました。

以前、やはり新都心駅の周辺で赤とんぼが動かなくなってしまったのですが、駅の周辺を離れましたら、また動き始めましたので、同じ不都合かと思っていたのですが、お寺に帰ってから、接続を抜いて入れ直しをしたりしましたが、全くデータを読み込めなくなりました。ついにダウンしてしまったようです。

私は新都心のあたりは官庁が移転してきて、なにか電波障害のようなことがあるのだろうか、と素人考えでいたのですが、ある人は、大型トラックの無線による障害ではないか、という意見もあります。とにかく長い間、あちこちの仕事に行くのを助けてくれたカーナビですし、時折は全くとんでもない遠回りをさせられることもあり、時折は「その道はダメ」などとナビに怒ったりしたこともありますが、「運転が長時間に及んでいます。しばらく休憩をしませんか」と心配もしてくれた相棒です。この相棒のお蔭で、私は知人のお寺のお手伝いで、あちこちのお宅にお経に伺い、糊口を凌いできた時代もありましたし、いろいろと難問を解決しなくてはならないときもあり、分かりづらい場所にも行かねばならないときなど、本当に助けられてきました。

新しいカーナビをつけました。あまり遠出はもうしないでしょうが、これからは新しい相棒とともに、運転には気をつけたいと思っています。

カーナビの故障でしたら、カーナビを取り替えれば問題は解消しますが、GPSがもし問題を起こしましたら、一大事です。世界の舵取りを、どうぞ、トランプ大統領さん、あまり世界を狂わせないように、しっかりと舵取りをしていただけますようにと、願ってやみません。

 

 

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ルナのご挨拶

2017-01-08 17:18:58 | Weblog

1月8日(日)曇り【ルナのご挨拶】

今日は、寒いです。ご訪問くださる皆さんの街は、いかがですか。もしかしたら今夜は雪かもしれません。でもお陰様で、5日の新年の御祈祷会も本日の「写経と法話の会」も雪の降らないうちに勤めることができました。私にとりましては、これからようやく一息つけるという一年の始まりです。

当寺の御祈祷会は、檀家さんたちも一緒に、一年の初めの修行を勤めるという差定にしています。お釈迦様の御名も唱えます。曹洞宗は、浄土宗や浄土真宗のように「南無阿弥陀仏」とおとなえすることも、日蓮宗系のように「南無妙法蓮華経」とおとなえすることもないのですが、「南無大恩教主本師釈迦牟尼仏」と当寺はおとなえします。

『般若心経』と『修証義』もおとなえします。御祈祷太鼓にあわせて、僧侶だけがおとなえするお経もあります。略三宝(十方三世一切諸仏 諸尊菩薩摩訶薩 摩訶般若波羅蜜多)もご一緒におとなえします。前後の三拝ももちろんご一緒にいたします。

住職である私は、ほかにも御祈祷の諸々をします。法要は、僧侶の独壇場では、ならないと思います。それでは檀家さんたちは、ただ有り難く(?)眺めているしかないでしょう。そうではなく、ともに信仰を身をもって表し、体験しなくては信仰は育たないと思います。檀家さんたちの信仰を置き去りにしてはならないでしょう。

と、口幅ったいことを申しまして、失礼いたしました。多くのお寺で、そのような法要がなされていると思います。

ご訪問の皆様で、仏教に興味のある方は、是非私の著書であります『修証義解説』(佼成出版社)を、ご一読いただければ幸甚です。アマゾンで扱われています。

タイトルは、ルナのご挨拶ですので、久々にルナを登場させていただきます。皆様のこの一年も、どうぞ諸災消除、諸縁吉祥でありますように。

 

 

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新年祈禱

2017-01-01 15:47:16 | Weblog

平成29年1月1日(日)晴れ、暖か【新年祈祷】

ついに新年です。元旦祈祷を午前12時1分から始めました。いつも3時間くらいかかります。三が日の間は、檀信徒の皆様の顔やその家のことを思いながら、御祈祷をします。毎年だんだんに、御祈祷の方法が深まっていく感じがします。

自分の力で、祈願をしようというのではなく、仏菩薩のお蔭をいただいて、お勤めさせていただいています。

しかし、今は、ちょっと眠くなりました。

皆様の本年の身体健全と諸縁吉祥を願っています。

今年も年賀状をこれから書き出すという状態です。毎年いつもぎりぎりに準備で追われています。

五日の檀信徒の人たちとの新年祈祷を迎えるまで、気が抜けません。

今年こそは、少し余裕のある日々になりますように、努力したいと思います。

先ほど、作りなおした不老帽をお被りのお地蔵様より、あけましておめでとうございます。

 

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