風月庵だより

都会の雑踏に埋もれて生きている老庵主です。消えゆく前の雑音です。

太陽の消滅について

2017-02-05 20:52:15 | Weblog

2月5日(日)晴れ【太陽の消滅について】

太陽の消滅は、アインシュタインの相対性理論によれば、五十四億年ということになるそうですが、果たしてどうかはわかりません。ただ言えることは、始めあれば終りあり、成住壊空(万物は成立し、存続し、壊れ、空に帰す)と、仏教の教えにもあります。宇宙の生成について、たまたまテレビで面白い番組を見ました。「村山斉の宇宙をめぐる大冒険」、という番組です。

最近の研究によって、ビッグバンは138億年前におきたそうですね。138億年かかって届いたビッグバンの証拠の電波ノイズをヘル研究所のホーンアンテナがとらえてわかったのだそうです。それで、138億年かけて膨張するエネルギーのダークエネルギーと、重力で物を引き寄せる力のダークマターのバランスによって、この地球も成り立っているようです。

ダークエネルギーが強かったら、急激に膨張してしまうので、星も生成されませんし、ダークマターが大きすぎてもブラックホールになってしまうということでしょうか。一度聞いただけでは、完全には理解できませんでしたが、この地球も138億年前のビッグバンによって生成され、やがて生物が誕生し人間も地球上に生まれてきた、ということでしょうか。

宇宙の結末について、ビッグリップという現象がおきると素粒子だけになるようです。とにかく生まれた物は、かならず消滅するのは真理ですから、54億年後かどうかはわかりませんが、今、仮に、消滅の寸前だとして考えて見たら、生物である人間同士が戦争している場合ではないでしょうし、テロを起こすことも意味の無いことですし、巨万の富を独り占めすることも意味の無いこと、入国拒否も意味の無いこと、韓国の慰安婦少女像などもってのほか、あれを見る度に気持ちが悪くなります。一部の韓国の人の恨(ハン)の強さにはつくづく残念に思います。とにかく、いがみ合っているよりも、地球の消滅まで、人類はできるだけ智慧を出し合って、地球人類であることを楽しく、生き合っていきたいと思いますね。

 

 

 

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永井政之先生最終講義 「異類中行」私考

2017-01-27 11:02:47 | Weblog

1月27日(金)晴れ【永井政之先生最終講義 「異類中行」私考】

昨日は駒澤大学で永井政之教授の最終講義がありました、定年で退職なさるときに、最終講義が行われます。演題は「異類中行」私考ー禅僧の民衆教化」でした。

この異類中行(いるいちゅうぎょう)という言葉は分かりづらい表現ではないでしょうか。『禅学大辞典』によれば「発願利生の菩薩が成仏して後、涅槃の本城に安住しないで生死の迷界、六道輪廻に身を転じながら一切の有情を済度すること。異類中に自己を投げ入れて利他行をすること」と記されています。

南泉普願(なんせんふがん748~835)に、南泉水牯牛(なんせんすいこぎゅう)という話があり、また潙山霊祐(いさんれいゆう771~853)に潙山水牯牛の話があります。

南泉がいよいよ最後の時、首座(しゅそ)さんが「和尚さんはどこにいかれるのですか」と尋ねると「山下の檀越の家の水牯牛になりにゆくか」と答えました。「それじゃ、私もついて行きます」と首座が言いますと、「ついてくるなら、藁一本持ってついておいで」と答えました。さらに「わしに去来があるなどと言うなよ」と言い終わって遷化(せんげ)されたと言います。

潙山も示寂(じじゃく)に臨んで大衆に言いました。「わしは百年後(死後の意味)、山下の水牯牛になるだろう。その脇腹には潙山僧霊祐と書いて生まれ変わるが、このとき、潙山の僧と喚ぶか、水牯牛と喚ぶか、潙山の僧霊祐と喚べば水牯牛だし、水牯牛と喚べば潙山の僧霊祐だ。おまえさんたちは、さあ、なんと喚ぶかね」

と、このような話が異類中行に関する話として残されています。上記の和訳は私の著書『中国禅僧祖師伝』(宗務庁刊)から抜き出しました。また自分でも改めてこの意味を参究したいと思って、読み返してみました。

永井先生の、異類中行とは、「仏教と関係ない人たちとどうやっていくか」、また「なかなか分かってくれそうもない人たちとどうかかわっていくか」という表現によって、私自身は得心いたしました。

『中国禅僧祖師伝』を書きながら、十分には理解していなかったと思っています。南泉も潙山も、生きているときも法を説き続け、死してなお、法を説き続けていく姿が、異類中行のさらに水牯牛の話であったかと、今、思っています。

永井先生は如如居士顔丙(にょにょこじがんべい1212示寂)という大慧の弟子の可庵慧然について得法した居士を紹介なさいました。僧侶ではなく居士でありながら、上堂もし、葬送も司ったそうです。また職業別にそれぞれの生活にあった修行方法を説いたという方です。

永井先生は大学を退職なさいますので、これからの御覚悟として、ご自身の道として異類中行を最終講義に取り上げてくださったのではないかと、私は思いました。

現在駒澤大学に学んでいる萩原欽一さんも、花束の贈呈をなさいました。実は、私も先生の「宗研に入らないか」の一言で、すでに高齢の私でしたが、曹洞宗総合研究センターの宗学研究部門に入ることができ、研究生活を送らせていただけましたので、花束をお渡ししたいところでした。同郷でもあり同年代ではありますが大先輩の最終講義で、本当に得心いくように学ばせていただいた講義でした。

写真を撮らせていただかなかったので残念でした。全く言葉の分からない我が家の異類の写真では申し訳ないですが。

 

 

 

 

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長年の相棒 カーナビダウン

2017-01-20 15:41:59 | Weblog

1月20日(金)曇り【長年の相棒 カーナビダウン】

今日は寒いですね。やはり雪が降るかもしれません。世は、トランプ大統領就任式を控えて騒がしいようです。これから世界情勢はどうなることでしょう。反対のデモをすることによって、トランプさんの人種差別意識に少しでも抑制がきくと、デモをする意味もあるかもしれません。今の日本人には、トランプさんのような人が、政治家として表舞台で活躍することは、理解しにくい現象ではないでしょうか。しかし、戦前は、かなり無謀な考えの政治家や軍人が大手を振って表舞台で活動していた時代もありました。

現時点では人種差別意識といえますが、あと数時間で人種差別政策になっていくと怖いですね。そうならないことを願うのみです。日本人は、まさか自分たちは問題外と思っているかもしれませんが、黄色人種として差別されないともかぎりません。

さて、長年使っていましたカーナビが壊れてしまいました。2001年に購入したパナソニックKX-GT30という代物です。まだそんな古いのを使っていたの、と言われるかもしれませんが、今まで全く問題なく大活躍をして、私の仕事を助けてくれました。実はさいたま新都心駅の近くを走っているときに、急に赤とんぼが動かなくなりました。新都心駅を離れましたので、電源を入れ直しましたが、全く反応しなくなりました。

以前、やはり新都心駅の周辺で赤とんぼが動かなくなってしまったのですが、駅の周辺を離れましたら、また動き始めましたので、同じ不都合かと思っていたのですが、お寺に帰ってから、接続を抜いて入れ直しをしたりしましたが、全くデータを読み込めなくなりました。ついにダウンしてしまったようです。

私は新都心のあたりは官庁が移転してきて、なにか電波障害のようなことがあるのだろうか、と素人考えでいたのですが、ある人は、大型トラックの無線による障害ではないか、という意見もあります。とにかく長い間、あちこちの仕事に行くのを助けてくれたカーナビですし、時折は全くとんでもない遠回りをさせられることもあり、時折は「その道はダメ」などとナビに怒ったりしたこともありますが、「運転が長時間に及んでいます。しばらく休憩をしませんか」と心配もしてくれた相棒です。この相棒のお蔭で、私は知人のお寺のお手伝いで、あちこちのお宅にお経に伺い、糊口を凌いできた時代もありましたし、いろいろと難問を解決しなくてはならないときもあり、分かりづらい場所にも行かねばならないときなど、本当に助けられてきました。

新しいカーナビをつけました。あまり遠出はもうしないでしょうが、これからは新しい相棒とともに、運転には気をつけたいと思っています。

カーナビの故障でしたら、カーナビを取り替えれば問題は解消しますが、GPSがもし問題を起こしましたら、一大事です。世界の舵取りを、どうぞ、トランプ大統領さん、あまり世界を狂わせないように、しっかりと舵取りをしていただけますようにと、願ってやみません。

 

 

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ルナのご挨拶

2017-01-08 17:18:58 | Weblog

1月8日(日)曇り【ルナのご挨拶】

今日は、寒いです。ご訪問くださる皆さんの街は、いかがですか。もしかしたら今夜は雪かもしれません。でもお陰様で、5日の新年の御祈祷会も本日の「写経と法話の会」も雪の降らないうちに勤めることができました。私にとりましては、これからようやく一息つけるという一年の始まりです。

当寺の御祈祷会は、檀家さんたちも一緒に、一年の初めの修行を勤めるという差定にしています。お釈迦様の御名も唱えます。曹洞宗は、浄土宗や浄土真宗のように「南無阿弥陀仏」とおとなえすることも、日蓮宗系のように「南無妙法蓮華経」とおとなえすることもないのですが、「南無大恩教主本師釈迦牟尼仏」と当寺はおとなえします。

『般若心経』と『修証義』もおとなえします。御祈祷太鼓にあわせて、僧侶だけがおとなえするお経もあります。略三宝(十方三世一切諸仏 諸尊菩薩摩訶薩 摩訶般若波羅蜜多)もご一緒におとなえします。前後の三拝ももちろんご一緒にいたします。

住職である私は、ほかにも御祈祷の諸々をします。法要は、僧侶の独壇場では、ならないと思います。それでは檀家さんたちは、ただ有り難く(?)眺めているしかないでしょう。そうではなく、ともに信仰を身をもって表し、体験しなくては信仰は育たないと思います。檀家さんたちの信仰を置き去りにしてはならないでしょう。

と、口幅ったいことを申しまして、失礼いたしました。多くのお寺で、そのような法要がなされていると思います。

ご訪問の皆様で、仏教に興味のある方は、是非私の著書であります『修証義解説』(佼成出版社)を、ご一読いただければ幸甚です。アマゾンで扱われています。

タイトルは、ルナのご挨拶ですので、久々にルナを登場させていただきます。皆様のこの一年も、どうぞ諸災消除、諸縁吉祥でありますように。

 

 

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新年祈禱

2017-01-01 15:47:16 | Weblog

平成29年1月1日(日)晴れ、暖か【新年祈祷】

ついに新年です。元旦祈祷を午前12時1分から始めました。いつも3時間くらいかかります。三が日の間は、檀信徒の皆様の顔やその家のことを思いながら、御祈祷をします。毎年だんだんに、御祈祷の方法が深まっていく感じがします。

自分の力で、祈願をしようというのではなく、仏菩薩のお蔭をいただいて、お勤めさせていただいています。

しかし、今は、ちょっと眠くなりました。

皆様の本年の身体健全と諸縁吉祥を願っています。

今年も年賀状をこれから書き出すという状態です。毎年いつもぎりぎりに準備で追われています。

五日の檀信徒の人たちとの新年祈祷を迎えるまで、気が抜けません。

今年こそは、少し余裕のある日々になりますように、努力したいと思います。

先ほど、作りなおした不老帽をお被りのお地蔵様より、あけましておめでとうございます。

 

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平和の願い

2016-12-29 10:10:59 | Weblog

12月29日(木)曇り【平和の願い】

真珠湾攻撃の区切りがやっと、できたという思いを多くの方々も持ったのではないでしょうか。宣戦布告なしの奇襲攻撃は、国際法上恥ずかしい行為で、日本の武士道には恥じる戦法でした。

たまたまこの日が誕生日の私には、この日が特に気になっていましたが、やはりよかった、という思いが強いです。私は自民党も民進党もどちらが国を引っ張っていくのに適しているかわかりませんが、自民党政権でなければ、このことはありえなかったであろうと思いました。

対アメリカとの戦後の一区切りはついた感じがしました。若いころ、何もわからずに「アメリカ帝国主義」という言葉を聞いていましたが、最後まで何が正しいか間違っているか、本当に多くのことはわかりません。

対中国や対韓国については、全くわかりません。日本の戦時中の暴挙は中国と韓国の政情不安定をカモフラージュするために、数百年は利用され続けるのではないかと危惧しています。

今、ラビン首相のお孫さんが書いた『悲しみと希望』(石坂 廬訳)という本を時々読んでいますが、パレスチナ問題は、地球が存在、もしくは人類が滅亡するまで続くのではないかと思ってしまうほどの不毛の問題のようにさえ感じてしまいます。シリアの内戦や、教えを曲解したグループのテロ等々、地球上は争いだらけですが、少しでも解決できる問題は解決し、区切りをつけていかないと、せっかく地球に遊びに来ているのに「もったいないこと」だと痛感します。

しかし、私の母は百歳を越えましたが、一人で介護するのはかなり大変になりました。昨日も足の脛の内出血が、ちょっとどこかにぶつけたようですが、突然やぶけまして血だらけになりました。なかなか血が止まりませんので、病院で処置をしてもらいましたが、高齢になるとよくあることなのだそうです。自分の卑近な問題も、あります。介護している方々の大変さは介護してみないとわかりません。おためごかしの慰めや、長生きでよかったですね、という安直な言葉も安易には言えないということが、自分が経験してみて実感するところです。

世界のことも家庭のことも、簡単に区切りもつきませんね。そのなかで、自分をどうコントロールして生きていくかが課題です。

来年こそ、もう少し余裕のある生き方をしたいと思っています。一年間のご訪問有難うございました。皆様もどうぞよいお年をお迎えくださいますよう。

 

 

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猫たちの便秘

2016-12-24 11:17:32 | Weblog

12月24日(土)晴れ【猫たちの便秘】

今日はイブですが、ちょっと尾籠な話にて失礼します。

実はルナとタローが10日以上も便秘をしていました。ある朝、台所にビニール袋が散乱していまして、なんであろうか、と最初はわからなかったのですが、黒い海苔のようなゴミがありましたので、あとから、台湾の紅毛(ホンマオ)だとわかりました。

海苔は猫の健康にはミネラルが多すぎていけないそうですから、ごくたまに2センチ角くらいあげているのですが、その袋の中には日本の海苔の2枚分くらい入れていましたので、二匹にとっては大量になります。

ホンマオは、日本の海苔よりも糸のような、丁度毛のような繊維?が多い海苔です。

韓国海苔と違い、ごま油も塩もついていませんので、多少は大丈夫かと思っていましたが、十日以上も便がでませんでしたので、これは大変なことだと思い、病院に連れて行きました。

獣医さんは、食物ですし、韓国海苔ではなかったから大丈夫でしょう、と言われて、点滴を二匹にしてくれました。お陰様でタローはすぐに反応があり、翌日、通常のお通じがありましたが、ルナはなかなかありません。猫の病気に関する本を読んだりしまして、ルナのお腹のマッサージを何回もしてみましたところ、二日後に、お陰様で通常のお通じがありました。

もし、二匹とも便秘が続いたら、大変でした。猫を飼っている方々は、うっかり猫が食べてはいけない食物は、出しておかないようにお気を付けください。ホッといたしました。

暮れに来て、大惨事がありましたのに、このような記事ですみません。

一日も早い復興を祈っています。鍋の空焚きが原因とのこと、火を使ったら、その場を離れてはなりませんね。留守中に火を使われるのも怖いですから、ここはプロパンガスですので、電池を抜いてから外出するようにしています。くれぐれも火の用心をお互いに気を付けたいと存じます。

 

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トラウマの克服

2016-12-18 21:06:06 | Weblog

12月18日(日)晴れ【トラウマの克服】

「真田丸」最終回を観ました。このドラマだけは観ていました。

しかし、はじめ優勢であった豊臣の軍勢が、徳川方の罠によって形勢が逆転し、結局、史実のように真田信繁(幸村)も壮絶な死を遂げました。

観ていて疲れました。戦いのシーンに疲れただけではなく、やはり「罠」に疲れを覚えます。それだけでも観ていられない状態に自分はなります。

かつて、「罠」にかかって、ある事件の犯人に仕立て上げられたことがトラウマになっているのです。

事件の真犯人は生きていますが、罠にかけた人はすでに亡くなりました。

やはりなかなかトラウマから抜け出せないことを、「罠」が出てくるドラマを観ていて、そのたびに自分の中にそれがあることを自覚します。自分に辛いトラウマのない人は、他のトラウマに対して「なんだ、そんなことなの」と、冷たいかもしれませんが、私は、他人のトラウマに対しても、同情心を持っています。辛いだろうと思っています。

そんなこと、こんなことがあって「人生」なのだと、そう思うようにいたしましょう。そうしてドラマではありますが、幸村や他の武将のように、己の美学のために生き、死んでいきましょう。

「真田丸」は大変に面白いドラマでした。脚本が素晴らしかったと思います。役者さんたちもとても好かったと思います。当分テレビドラマは観ないことにします。充分な気持ちです。ドラマの中の「罠」に疲れるよりも、いまだトラウマを克服しきっていない自分の修行未熟を恥じ入り、「勤心に善法を修習」(『遺経』の教え)いたします。

人間のむき出しの悪意を身に受けた経験をしたことは、僧侶としては得難い経験をしたということにしておきましょう。そのお陰で今がありますし、愛知、長野、群馬、埼玉を行脚しようなどという気も起こすことになりました。ただドラマといえども、罠に苦しむ人にハラハラとしてしまってとても観ていることができないほどになってしまうのです。

私のトラウマなどは、考えてみれば他と比較したならば、たいしたことではないのです。生きていることもできているのですから。

トラウマに苦しむ人たちにも、生きてさえいれば、それだけでも素晴らしいと伝えたいです。

 

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師走のおたより 

2016-12-13 11:28:44 | Weblog

12月13日(火)【師走のおたより】

皆様、お元気ですか。私は元気なのですが、とにかく仕事がありすぎて目を回しています。

檀務もありますし、尼僧団の機関誌の編集もしていたり、他にも原稿書きなどですが、この時期は落ち葉掃きもあったり、母の食事の世話など諸々の生活の仕事で手一杯です。猫の家族の食事もありますね。意外と大変なのは、買い出しですね。特に猫の食料はかなり重たいです。

こうして生きていっています。皆さんはいかがですか、とにかく生きていくには、諸々の仕事で、毎日は一杯になりますね。ですから、どんなことがあっても、朝だけでも坐禅をするということに自らを律しませんと、僧侶なのか、忙しがっているおばさんなのか、わからなくなります。(けっしておばさんを卑下しているわけではありません。筆者自身のこととご理解ください。)

この八日で、古希にもなりました。信じがたいほどのことです。子どもの頃は太平洋戦争の開戦、真珠湾攻撃の日と思っていましたが、後にお釈迦様がお悟りになられた日と知りました。そしてこの世に私が生まれた日です。誰しもたった一つの大事な命をいただいてこの世に生まれてきているわけです。誰しもできれば自分の夢を追いかけて生き続けたいものですが、不慮の最後を遂げる命が多く、心が痛みますね。

誰も殺されることを望んでいませんし、できればみずから命を絶つことも心から望んでいる命はないでしょう。はたして自ら命を絶って、あの世で幸せでしょうか、決してそうとは言えません。みずから命を絶ってもあの世の平安はありません。苦しんでいるに違いありません。異論のある方もいるでしょうが、私は経験を通して、このことは伝えたいことです。

殺された方々の場合は言うに及びません。あまり具体的にはお役に立ちませんが、心よりご冥福を祈らずにはおれません。

さて、カジノですが、私は在家の時、澳門(マカオ)のカジノに行ったことがあります。ものすごく面白くて一晩中ルーレットやらカード遊びに興じました。ということは、ギャンブル依存症に多くの人は陥る可能性があることを実体験しています。すでにパチンコがはびこり、北の資本源にもなっているでしょうが、日本にカジノを造ったからと言って、パチンコが減るわけでもないですし、日本には不釣り合いのギャンブル場になると思います。弊害の方が多いのではないでしょうか。どうせ造るなら花札ギャンブル場でも造った方が、日本的だと思いますね。

澳門のカジノで働く女性のディーラーたちは、非常に頭の回転の速い方々でした。そのような人々を養成するスクールもできるのでしょうか。

政治家の皆さん、もっと建設的なことを考えませんか。

安倍首相や政治家の皆さんも、合法ならば、もしかしたらカジノで遊びたいのでしょうか。お尋ねしたいものです。

などなど諸々なんの影響のないことをブツブツと言いながら、師走を生きています。

皆さんも、どうぞ、お忙しいでしょうが、暴走車や暴走自転車や、駅のフォームでも気をつけて(実は、私はいつもフォームではなるべく斜めに立っていました。危険を感じていました)よいお年をお迎えくださいますよう。

 

 

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アクセルとブレーキの位置を交換してはー高齢者の事故に思う

2016-11-17 19:34:41 | Weblog

11月17日(木)晴れ【アクセルとブレーキの位置を交換してはー高齢者の事故に思う】

この頃、高齢者の方による運転ミスで、痛ましい事故が、連鎖するごとくに起きてしまっています。可愛い少年たち、可愛い少女が、命を奪われてしまいました。宝物を失ったご家族の悲しみ、苦しみ等を、想像することさえできません。

私もそのうち高齢者の仲間入りをしますので、とても他人事ではありません。

そこで、一案を考えたのですが、ブレーキを右側に、アクセルを左側に位置移動してはどうでしょうか。

右側のアクセルの方を、どうしても踏みやすいので強く踏み込んでしまうのではないでしょうか、ブレーキのつもりで。

ですから高齢者用の車は、そのような車だけ、運転を許可する、ということはいかがでしょうか。

可愛い子どもたちを奪われてしまったご家族に、心より哀悼の意を表します。

(猫のキヨちゃんも車にはねられて死んでしまいました。私は、猫でさえも忘れられずに、どうして道路にでてしまったのかと空を見上げて、キヨちゃんの命を惜しんでいます。キヨのいない三匹の家族です。)

 

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