MA社会研究所情報

宇宙、世界、日本の歴史や未来。日常生活、社会情報を、しぐれ猫がお伝えします。

築地は江戸時代の明歴の大火のがれきでできた。明治時代に近代化の開始地になった。

2014-10-30 15:33:48 | Weblog
 東京の築地は中央卸売市場や築地本願寺、高層ビルの聖路加国際大学と病院などがある。地名の由来は江戸時代の1657年の明歴の大火のあとのがれきや残土を利用して築かれた土地だからだという。この地に本願寺が建立された。現在のインド風の建物になったのは1935年昭和10年だという。明治時代には築地は諸外国に開放され、東京の玄関になり外国人居留地があった。外国人によって1875年に築地病院ができ、1902年に聖路加国際病院になった。聖路加国際病院の入口に福沢諭吉の記念碑がある。1858年に福沢諭吉がこの地に学塾を開いたと書いてある。慶応義塾の起源の地で、中津藩の屋敷で開いた蘭学塾が発展して1868年明治元年に慶応義塾と命名し1871年に現在の三田に移った。日本近代化の開始地域だったようだ。

池袋は池という名だが。最近は高台に高層ビルや劇場が立ち並び、繁華で人気がある。

2014-10-29 14:33:46 | Weblog
 東京の池袋は最近若者に人気があるという。昔は田舎っぽい土の香りのする駅だった。東口に高層ビルのサンシャインシティができ西口に東京芸術劇場ができ、メトロポリタンプラザができ、若者がデートに来る繁華街になった。池袋は高台にある。地名の由来は西口に袋状の池があったからだという説もあるが、高台に池があったというのは不自然だ。東北にくぼ地があり地形が袋のようだったので池袋という名になったようだ。駅が高台にできて池袋という駅名にしたので高台が池袋となったのだろう。

六本木は国際的な地域で、外国人や外資系のオフィスも多い。映画館やディスコもある。

2014-10-28 13:16:49 | Weblog
 東京の六本木は外国人が多い国際地域だ。各国の大使館が多く、六本木ヒルズや東京ミッドタウンなどの高級高層ビルができて外資系の企業のオフィスが増えてますます国際色が豊かになった。高速道路が頭上に延びて空を覆っているので散歩するにはうっとうしい。地形的には丘の尾根に乗っかっているような場所だ。六本木という地名の由来にはふたつの説がある。一つは松の木が6本この地にあったからだという。第二の説は大名屋敷が6軒あったからだという。松の木が6本あったから六本木と命名したというほうがわかりやすい。日本では6という数字は独特の意味を持っている。仏教では人々が死後にいく世界を六道という。地獄道、飢鬼道、畜生道、修羅道、人間道、天道の6道だ。六地蔵とか六観音ともいう。六本木は世界に通じる道なのかもしれない。

自由が丘は高級住宅地が沿線にある東横線のおしゃれな街。若い女性やスイ―トの店が多い。

2014-10-27 13:17:58 | Weblog
 東京の渋谷から横浜へ行く東横線は東京ではハイクラスのイメージの沿線で、高級住宅地の田園調布のとなりの自由が丘は若い女性に人気がある。スイートの店が多く、女神祭りが10月に行われ、日本とフランス国旗が道路に連なり、衣類やバッグの出店が並びステージではシャンソンの歌声が楽しめる。おしゃれな街だ。自由が丘という地名はこの地にあった自由ケ丘学園という学校の名前にあわせてつけられた。黒柳徹子の窓際のトットちゃんという本で有名になった。当時は大正自由主義教育、大正デモクラシーの時代で、子供の自主性や創造性を重視しようという雰囲気があった。この駅名にひかれて多くの文化人、芸能人が集まり街が発展した。この地域は熊野神社を中心にしていたが、1932年昭和7年に町名を自由ケ丘にして、1965年昭和40年に自由が丘と改称した。自由が丘学園高校は今でもある。自由な空気が流れている街だ。

渋谷や道玄坂の由来は。塩谷が渋谷に変わったか、豪族渋谷氏が住んでいたからか。

2014-10-26 16:47:31 | Weblog
 東京の繁華街の渋谷は谷の底にあるような地形の町で、地下鉄銀座線は青山の台地の地下を通っているが、渋谷ではデパートの地上3階の駅に着く。地下鉄が空中を走っていくので驚く。渋谷の地名の由来には2つの説がある。一つは塩谷の里と呼ばれていたのが渋谷と呼ばれるようになったという説。第二の説は渋谷氏という豪族が住んでいたので渋谷と呼ばれるようになったという説。渋谷は盗賊に縁があり、西に上がっていく道玄坂には道玄という山賊がいたので道玄坂と名付けられたという。現代でもデパートや商店が並び人々から金銭を巻き上げているようだ。