MA社会研究所情報

宇宙、世界、日本の歴史や未来。日常生活、社会情報を、しぐれ猫がお伝えします。

トヨタ自動車が新車販売台数で世界2位に。フォルクスワーゲンが1位。中国市場が不透明。

2015-07-29 16:01:59 | Weblog
 上半期の世界の新車販売台数はトヨタ自動車グループが502万台で4年ぶりに首位を譲り2位になった。1位はフォルクスワーゲングループだった。中国市場が失速状態になりフォルクスワーゲンも年間で1位になれるか不明だという。

社長と社員の年収格差拡大。年収1位は日産のカルロスゴ―ン社長で10億3500万円。

2015-07-28 14:28:37 | Weblog
 年間で報酬を1億円以上もらう上場企業の役員は400人を超えている。役員と社員の報酬格差は広がっている。企業は社員の給料を上げると人件費コストが増加するので、なかなか給料を上げない。役員報酬は基本報酬と会社の業績と連動した賞与で、自社株を割安で買えるストックオプションという権利で受け取ることが多い。役員と社員の収入格差が大きいと役員になれない中間管理職のやる気がなくなるという。
 役員報酬の上位を見ると、1位が日産自動車のカルロス・ゴ―ン社長で10億3500万円、2位がユニバーサルエンタ―テイメントの岡田会長で9億5400万円、3位は日本調剤の三津社長で6億5500万円、4位が信越化学の金川会長で5億3800万円、5位がファナックの稲葉社長で4億8600万円、6位がセガサミーホールディングスの里見冶会長で4億7600万円、7位が電通のティモシー執行役員で4億2100万円、8位が三共の毒島会長で4億2000万円、9位がエイベックスの松浦社長で3億8400万円、10位がトヨタ自動車の豊田社長で3億5100万円だという。米国の上位350社の社長の平均年間報酬は1520万ドル約18億円で社員の平均年収の300倍だったという。自由と平等の国といわれる米国だが収入格差が拡大しすぎているようだ。

海上自衛隊。中国の海洋進出、北朝鮮のミサイル、ロシアの脅威。米国の力の低下で海自の役が増える。

2015-07-27 13:04:38 | Weblog
 中国の海軍力の増強と海洋進出、北朝鮮のミサイルと核爆弾の開発、ロシアの軍事力強化に対して、米国の力の低下という状況で、海上自衛隊の役割は大きく変化しようとしている。すでに2009年以降海賊対策で中東アフリカのソマリア沖・アデン湾に護衛艦2隻、哨戒機2機を派遣してジプチを航空部隊の基地にしている。常時6隻の護衛艦を従事させなければならず大きな負担になっている。海上自衛隊は増加する任務に対応してきたが、人員不足で3600人不足している。OBの活用が期待される。日本は貿易量の99%を海上輸送に依存している。海上自衛隊は海上貿易路シーレーンを守らなければならない。海上自衛隊の装備を見ると、護衛艦が54隻、潜水艦が16隻、掃海艇が20隻、輸送艦が3隻、補給艦が5隻、哨戒機が69機、ヘリコプターが86機ぐらいで、航空母艦のようなヘリコプター搭載護衛艦もできている。
 戦争になれば多くの艦船が撃沈され航空機が撃墜され、多くの死傷者が出る。海上自衛隊だけでは世界中の海上交通路を守ることはできないので、戦争を抑止することが大事だろう。海上自衛隊は大災害にも出動することが期待されるだろう。

閑静な高級住宅地田園調布が社長に不人気。赤坂などの都心のタワーマンションが人気。

2015-07-22 15:08:48 | Weblog
 日本一の高級住宅地といわれていた田園調布が社長さんの間では住みにくいと不人気になっているという。田園調布西口の駅前から並木道が放射状に広がり広い住宅が並んでいる。大会社の社長やスターなど人生に成功した人々が住んでいた。2003年には日本一社長が多い街だったが、2014年の調査では18位に落ちた。閑静な住環境を維持するために駅の周辺に飲食店が少なく、コンビニもない。今の社長さんに人気があるのは都心部の赤坂や六本木のタワーマンションだ。赤坂に住んでいると人と情報が集まり、ビジネスにも役立つ。田園調布は都心から遠く通勤が大変で人も呼びにくいという。田園調布の住人は住環境は今でも日本一だという。社長が住む町のランキングをみると、2003年では1位田園調布、2位成城、3位大泉学園、4位南青山、5位亀戸で赤坂は20位、六本木は88位だったが、2014年では1位赤坂、2位代々木、3位西新宿、4位南青山、5位六本木になり、田園調布は18位になっている。時代の変化が見えるようだ。

日本の戦後政治。1945年敗戦。1952年独立。1960年代経済成長。バブル崩壊。構造改革。

2015-07-20 12:42:53 | 社会
 テレビで日本の戦後政治の歴史を見た。1945年に日本は太平洋戦争に敗れ、米国などの連合国軍に占領され、連合軍総司令部のマッカーサー元帥の統治する国になリ、民主的な日本国憲法が作られた。日本の首相は元イギリス大使の吉田茂で1952年のサンフランシスコ講和会議で日本は独立したが、日米安全保障を結び、米ソ対立で共産主義と資本主義が対立する時代に資本主義の米国側についた。岸首相は戦前の日本帝国主義時代の大臣で戦犯として服役していたが、政界に返り咲き首相になった。しかし1960年の日米安保条約反対の運動が高まり、混乱を収拾するために辞任した。60年代は所得倍増、高度経済成長路線をかかげた池田が首相になった。岸首相の弟の佐藤首相は沖縄返還を実現した。田中氏は日本列島改造計画を打ち出し、日本中に道路工事を拡大し、公共事業で地方を豊かにしようとした。道路公団は民営化され、自宅には各地から陳情団が集まり、利権誘導の政治の仕組みができた。田中はロッキード事件で辞め、自民党の派閥中心の政治がおこなわれた。1990年ごろにバブルがはじけ、冷戦が終わり、小泉氏が自民党をぶっ壊すといって人気を集め、かえって自民党が小選挙区制で議席を増やした。小泉氏は構造改革、郵政民営化をかかげて選挙に勝ち、英国のサッチャー首相や米国のレーガン大統領の行った新自由主義の政策で、富裕層を優遇し、福祉削減の政策を行った。多くの企業が倒産しリストラで失業者や貧困層が増えた。民主党が一時政権を握って、官僚の無駄遣いを追求したが、数年で自民党政権に戻った。岸首相の孫の安倍氏が首相になり戦前に回帰する政策になり、自主憲法制定を目指して、閣議で憲法9条の戦争放棄の解釈を変え、戦争ができる国にしようとして安保法案を議会に提出し、衆議院を通した。しかし内閣支持率は37%に下がり、反対が46%になった。今後の展開が注目される。