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Sightsong

自縄自縛日記

高田渡『バーボン・ストリート・ブルース』

2008-04-12 23:18:37 | ポップス

故・高田渡が2001年に出した半生記『バーボン・ストリート・ブルース』(山と渓谷社、2001年)が、ちくま文庫から再発されていた。実は元本はかなりの稀少本となっていて、古本市場でもざらに1万円以上の値を付けていた・・・ということに、今頃気が付いた。売っておいて文庫を買えばよかった(違)

それで、好きな『ごあいさつ』(ベルウッド、1971年)を聴きながら、また読んだ。あの声が聞こえてくるような語り口、衒いのなさ、あらためてしみじみする。それから、好き嫌いが激しく、相当に頑固だったんだろうなと思う。新宿や吉祥寺のことも懐かしそうに書いてある。私が上京してきてうろうろしはじめた時よりもずっと前から、当然、高田渡は、ハモニカ横丁や、「いせや」や、パルコの本屋なんかに出没していた。すぐにでも誰かを誘って、あの辺に飲みに行きたくなってしまう。

高田渡の好きな映画は、『鉄道員』なんかのネオリアリズム、新しめでは『ニュー・シネマ・パラダイス』や『イル・ポスティーノ』だったそうだ。邦画では『キューポラのある街』、『裸の島』、『かあちゃんしぐのいやだ』といったところ。

ついでなので、『かあちゃんしぐのいやだ』(川頭義郎、1961年)を録画してあったのを思い出して観た。『バーボン・ストリート・ブルース』には、高田渡が貧乏な子供時代に、学校の行き帰りに、磁石を紐で引きずって、くっついてきた金物を売ってオカネに換えたとあるが、この映画にも同じようなシーンがあった。福井県の貧乏な家庭の母子の話であり、こちらは切ないを通りこしていたたまれないというか、申し訳ないというか、気分が沈んでしまった。

高田渡が趣味で撮っていたモノクロ写真も、何葉も掲載されている。かなり上手く、人情も味もあって、これも好みだ。50mmっぽいなあと思っていたが、改めて確認したら、やはりそうだった。なぎら健壱が、高田渡の真似をして、同じカメラ・ニコマートFTNにニッコール50mmを1本だけ装着して街々を撮り始めたのが、カメラ遍歴の始まりだったと言っている(『カメラマガジン』no.2、えい出版社、2006年)。

結局、高田渡が歌うのを直接聴いたのは、アケタの店と、吉祥寺駅前での2回だけだった。それでも、大丈夫かというくらい酒を飲んで(大丈夫ではなかった)、歌の合間に飄々と話をする様子が強く印象に残っている。

●参考
「生活の柄」を国歌にしよう
山之口獏の石碑

takada

コーヒー(1) 『季刊at』11号 コーヒー産業の現在

2008-04-12 15:01:44 | 食べ物飲み物

コーヒーは、中毒とまでは言わないが毎日手で挽いて飲んでいる。仕事中もないと困る。昔、イエメンのバニーマタル地方にモカ・マタリの木を見に行ったことや、コロンビア大使から直接コーヒー豆を頂いたことなんかを自慢にしている。しかし、いまの流通のことや、フェアトレードの背景のことなんかは今ひとつ知らなかったので、『季刊at』11号(特集・コーヒー産業の現在、2008年3月)を読んだ。

まず辻村英之「コーヒーのグローバル・フードシステムと価格変動 生産国タンザニアと消費国日本を事例として」によって、生産者価格と消費者価格とのあまりの乖離、それから、その乖離から得られる利益の大半が日本に輸入されてから発生しているとする分析に驚く。

論文から、2時点のグラフを作ってみた。


図 タンザニアから日本までのキリマンジャロコーヒーの価格変化(1998年、99年)
(辻村英之「コーヒーのグローバル・フードシステムと価格変動 生産国タンザニアと消費国日本を事例として」により作成)

こうみると、極めてアンバランスである。その上、他の論文も含めて読んでわかってくることは、

○輸出入価格は、概ねニューヨーク先物価格で決まる。従来は、この価格をブラジル産豆の収穫状況が大きく左右していたが、その比重は近年弱まり、投機的にもなってきている。
○輸出入価格の変動は、生産者価格に直結するが、消費者価格にはあまり影響を与えていない。すなわち、国際価格が暴落したときにダメージを受けるのは専ら現地の生産者である。
○コーヒーは、現地での生活の糧として依存度が高く、国際価格によって生活が左右されてしまう。また、たまに高騰すると植付が増え、再度の供給過多を招くという「悪循環」がある。
○国際コーヒー機関(ICO)では、国際価格安定化のためにさまざまな統制を行ったが、うまく機能しなかった。一方ではWTO体制は価格安定政策を嫌っている。
○最大のコーヒー輸入国である米国は、中南部の貧困層向けに安いコーヒーを確保したい思惑がある。また長らくICOに加盟していなかったが、2005年に再加盟した理由は、テロ対策としてコーヒー社会での国際協力が有効だとする安全保障面の考えが働いたと言われている。これによらず、極めて政治的な側面が多い。

といったところ。日本国内で単価が上がっているとはいっても、チェーン店以外の喫茶店はたぶん苦しいのだろう。高田渡のうたう「コーヒーブルース」や、旨いコーヒーを飲むたびに「ヒクヒク」していた殿山泰司の日記なんかを思い出したりして、最終消費地での喫茶文化と生産者の経済とを同列に並べて考えるわけにはいかないとも思う。とは言っても、本誌には東ティモールやタンザニアでのコーヒー生産確立に向けたいろいろな取り組みが紹介してあり、一概には判断できないだろうが、大手チェーンでコーヒーを飲むことの消費者としてのスタンスを考えてしまう。