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自縄自縛日記

沖縄「集団自決」問題(14) 大江・岩波沖縄戦裁判 勝訴!判決報告集会

2008-04-10 23:23:24 | 沖縄

大江・岩波沖縄戦裁判 勝訴!判決報告集会」(2008/4/9、文京区民センター)に参加してきた。ぎりぎりに着いたらもう結構混んでいたが、一番前に座った。隣が「ひまわり博士」さんと、「沖縄戦首都圏の会」の事務局長だった。後での主催者発表によると、参加者は250人だったそうだ。

●俵義文さん(「沖縄戦首都圏の会」呼びかけ人)

○地裁では完全に勝訴したが、原告側は控訴し、新たな証言があると発言している。たたかいはこれからも続く。
○まさに判決の出た3月28日、文科省は、改訂学習指導要領を告示した。「愛国心教育」を盛り込んだことは、実は「戦争する国」に向けた精神面の教育に他ならない。その意味で、裁判と指導要領の改悪とは一体のものだと言うことができる。

●秋山幹男弁護士

○判決の全文を読んで欲しい。重要な結論がそこに書いてある。
○日本の法体系では、座間味島戦隊長の名誉毀損に関しては、書いた方が内容の立証をするか、信じるに足る内容だったことを証明しなければならない。かたや渡嘉敷島戦隊長(故人)の名誉毀損に関しては、遺族が、それが虚偽であったことを証明しなければならない。
○大江健三郎『沖縄ノート』には、戦隊長の名前を特定していないから、訴えること自体がおかしいものだった。しかし、裁判では、そのように読める(特定できる)とされた。
○日本軍が行ったこと(住民をスパイ視したり加害したりして恐怖的な管理を行った)について、認定された。
○「援護法」を受けるために犠牲者たちが嘘をついたとする主張は却下された。
○原告側が根拠とする証言の類は、ことごとく、信用できないものとして却下された。曽野綾子文献についても、取材対象に偏りがあるものとされた。
○最高裁の家永裁判の判例が、当然、引用された。
○控訴審は今年の夏前には始まるだろう。現在の控訴審は、一審で証拠が充分に出ていると判断される場合には、結審まで1回、長くても3回程度と迅速に進む。

●岡本厚さん(岩波書店『世界』編集長)

○この裁判は、民と民との争いから、歴史の認識や教科書検定などを通じて、公的なものに変貌したという特徴がある。
○原告側は、訴訟を起こした段階で、目的の半分を達したと発言していた。実際に、この訴訟があったことが、教科書検定につなげられてしまった。
○原告側の誤算は、沖縄の激しい怒りを想定できなかったことだ。その後、県民大会の盛り上がりにより、文科省は追い詰められた。
○これまでと違う大きな変化は、生存者たちが語り始めたことだ。これが裁判に大きな力を与え、判決でも「迫真性がある」ものと認められた。思い出すのもつらいような体験を語るほど、これまで耐えてきた方々の「虎の尾を踏んだ」ものだった。
○原告本人たちも提訴したくなかったのだろう。その意味では、政治的な思惑に乗せられてしまい、気の毒な面もある。
○この背景には、住民自らが美しい心で死んでいったのだという「殉国美談」を確立したいという思惑があった。そうでなければ、今後、日本が軍隊を持つ上で、実態が邪魔になるからだ。
○曽野綾子文献では、その場にいたら自分でも自ら死んでいただろうし、仕方がなかったのだ、軍隊を責めるのはおかしいという論理が展開されている。しかし、これこそが、軍の論理の正当化(「戦争とはそういうものだ」)であり、沖縄戦の経験から得られた民の論理(殺された側)とは真正面からぶつかるものだ。
○また、戦前の価値観を復活させたい側と、戦後の価値観を大事にする側との争いであるとも言える。
○今回の裁判は、負けられないものだっただけに結果を評価できる。しかし、高裁でひっくり返される可能性はゼロではない。
○軍の論理、戦前の価値観を持つ者に欠けているのは、死者を悼む感性であり、人間性に対する敬意だろう。赤ん坊など、亡くなった方々がもし生きていたら・・・と考えるとどうか。想像力を常に持ちながらたたかっていきたい。
○そして、裁判の成果は、次の世代に伝えるべきものだ。

●小牧薫さん(大江・岩波沖縄戦裁判支援連絡会事務局長)

○今回の勝利の要因は3つある。
○1つは、3人の弁護士が優秀だったことだ。毎回集会にも参加し、歴史と向き合う態度を見せていた。
○2つめは、皆の連携がうまくいったことだ。
○3つめは、体験者たちが次々と証言したことだ。そして、沖縄のマスコミがバックアップした。
○今回の判決については、「裁判官が右傾化していくなか、良い判決が出た」ではなく、「当然の公正な判決」と見るべきだ。
○大江健三郎は、判決後、「集団自決」という言葉は使わないものの、「集団自殺」と表現した。赤ん坊が自殺するだろうか。言葉を大事にしてほしい。

●謝花直美さん(沖縄タイムス社編集委員)

○最近までは、「集団自決」は取材してはいけないとの思いがあった。実際に、短期的な取材では汲み上げることも、充分に伝えることも難しいものだった。きっちりと、新聞がこれに向き合ったことはなかったと言ってよい。
○体験者の側も、証言を嫌がったり、取材すると怒りを見せたりすることがあった。
○今回、これまでに、圧倒的な洪水の中に埋もれていた証言が果たした役割は大きい。
○取材の中で、体験者が、「殉死」との考えを示したことは一度もない。
○「集団自決」の実体験者から話を聴き、あとでそのテープを聞き返すと、もっとも恐るべき部分の発言自体がとても少ないことに気がつく。沢山の言葉ではなく、わずかの事実を、言葉を失いながらつらい思いをして証言していたのだ。
○沖縄以外のメディアでこの証言を掲載すると、「同じ内容を繰り返している」という感想が得られた。正直な気持ちだろうと思うが、この蓄積はひとつの証言でまとめて整理されるものではない。
○県民大会で、若い世代が「自分たちのおじいさん、おばあさんたちが嘘をついていると言うのですか」と問うた。このように、貴重な体験を、若い世代に受け継いでいくことがある。
軍隊が優先する社会は、いまも全く変わっていない。その意味で、体験者たちが語る歴史は、いまの沖縄と地続きだ。

●「沖縄戦首都圏の会」

○まずは全体の勝利であることを喜びたい。自分たちが正しかったことを確信した。署名は5,635筆を数えた。地裁によると、名誉毀損案件では極めて稀なほど多いものだ。
○今回の柱は、裁判に勝つことはもとより、教科書検定意見の撤回にもある。
○高裁での控訴審に向けて再度署名運動を行う。また、周囲に伝えることで、世論を喚起したい。