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Sightsong

自縄自縛日記

李恢成『サハリンへの旅』

2017-11-12 11:48:07 | 韓国・朝鮮

李恢成『サハリンへの旅』(講談社文芸文庫、原著1983年)を読む。

サハリンの歴史は複雑である。1875年、樺太・千島交換条約により、日本はサハリンの領有権を放棄。アントン・チェーホフがサハリンを訪れたのはこの時期のことである。1905年、日露戦争後のポーツマス条約により、日本は南部を再度領有。1945年、ソ連が侵攻。1952年、サンフランシスコ講和条約により日本はサハリンにおける諸権利を放棄。

しかし、そのような大文字の歴史だけで語られるべきものではない。敗戦の際に、日本政府は、戸籍によって国籍を定めた(植民地文化学会・フォーラム『「在日」とは何か』)。このことは、大島渚『忘れられた皇軍』内海愛子『朝鮮人BC級戦犯の記録』李鶴来『韓国人元BC級戦犯の訴え』などに描かれているように、皇軍として使った朝鮮人の切り捨ても意味した。またさらに、サハリンに入植させた朝鮮人の切り捨てをも意味したのだった。敗戦時の大規模な棄民政策であったといえる。

このとき、新たに定義された「日本人」は日本へと引き揚げた。一方、切り捨てられた旧「日本人」にとっては、移動はままならぬことになった。李恢成の一家のように、なんとかその中に紛れて日本に移り住んだ者もあった。そして李恢成は、朝鮮籍(韓国籍ではない)を持つ者として、生まれ故郷を訪問することができず、1981年になってようやく海を渡った。この小説はそのときの記録的なものである。

日本への引き揚げ時に残してきた義姉。生き別れた祖母。幼馴染。はじめて出逢う同胞たち。かれらとの触れ合いが、作家の心の中を検証するかのように、また、まるで匍匐前進するかのように描かれている。読んでいてちょっと苦しくなってくる。

わたしにとって李恢成の小説は、難しい文体でもないにもかかわらず、読み通すのに妙に時間を要する不思議な存在である。それはおそらく、大文字の物語や、タカをくくったような語りとは正反対の場所にあるからだろうと思える。むしろこの苦難の物語は時間をかけて一緒に味わうものだろう。たとえば、「民族問題における同情は、本質的に優越感のあらわれでしかなく、けっきょくそれは差別意識の温存につながる」という一文も、それゆえに重くのしかかる。

●李恢成
李恢成『またふたたびの道/砧をうつ女』
李恢成『伽揶子のために』
李恢成『流域へ』
李恢成『沈黙と海―北であれ南であれわが祖国Ⅰ―』
李恢成『円の中の子供―北であれ南であれわが祖国Ⅱ―』
植民地文化学会・フォーラム「内なる植民地(再び)」
小栗康平『伽倻子のために』


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