Sightsong

自縄自縛日記

『増補改訂版・現代作家ガイド ポール・オースター』

2013-06-12 23:36:19 | 北米

飯野友幸編著『増補改訂版・現代作家ガイド ポール・オースター』(彩流社、2013年)を読む。

1996年の初版は読んでいたのだが、本書は2001年の増補版以来の増補改訂版。つまり、『幻影の書』(2002年)以降の作品について追記されたことになる。

最近のオースターの作品は、『Travels in the Scriptrium』(2007年)以降(必ずしも順番に読んでいるわけではないが)、極端な性的描写、極端なメタフィクション、極端な野球などのトリビアといったことが鼻について、あまり傑作だとは思えないことが多い。それでも、もうオースターは読まないなどと言いつつも新作を手にとってしまう。偶然や寓意に彩られたオースター世界が、どうしても好きなのだ。

このように、オースターの作品を時系列的に振り替えると、変遷も特徴も見えてくるようで、とても面白い。それぞれに特徴があって、それぞれが登場人物やプロットを通じて奇妙に重なり合っている。それは何も熱心な読者向けの仕掛けというわけではなく、オースター本人の頭の中から創出されたものだからだ、ということが、よくわかる。

オースター作品の最大の特徴は、やはり「偶然」。『ムーン・パレス』(1989年)、『リヴァイアサン』(1992年)、『オラクル・ナイト』(2003年)、またその他のどの作品でも、まともに考えたら「あり得ない」と言ってしまいそうな偶然が事件として起き、それがことごとく登場人物たちの人生を大きく変えることになる。それをおとぎ話として片づけるのは簡単だが、オースターに言わせれば、現実の世界こそが偶然で満ち満ちているのであり、それをリアリズムを欠くと言う者こそリアルが解っていないのだ、ということになる。そうかもしれない。

確かに、本書のインタビューでも、J・M・クッツェーとの書簡集『Here and Now』(2013年)でも、とにかく、自分の身に起きた偶然を、世界の神秘として、あるいは必然として、語り続けている。『偶然の音楽』(1990年)は、不条理に石を運び、壁を積み続けなければならない物語だが、何と、書き終えたその日に、ベルリンの壁が崩壊したのだという。

いくつかの発見と暗い指摘。

●オースターは、ユダヤ系という出自や、とくに「9・11」以降の政治への疑念から、「アメリカ」なる世界に身を置きつつ、同時に距離をとって、「アメリカ」の姿を相対化しようとしている。カベッサ・デ・バカ(>> リンク)への言及もあった。彼もまた「アメリカ」探究者であった。
●『リヴァイアサン』に登場するマリアという女性は、ソフィ・カルをモデルにしているが(>> リンク)、その点に関する言及はない。
●オースターによる映画は、米国ではかなり冷遇されてきたようだ。フィリップ・ハース『ミュージック・オブ・チャンス』(1993年)は、米国でさえ限定的にしか公開されておらず、日本でも未公開(テレビ放送はあった)。本人が監督した『ルル・オン・ザ・ブリッジ』(1998年)は、米国では公開さえされていない。もともとヴィム・ヴェンダースが手掛ける予定であったが、その場合はどうなったのだろう。ウェイン・ワン『スモーク』(1995年)は日本では結構ヒットしたが、米国ではいかに。
●『City of Glass』(1985年)については、旧訳の邦題『シティ・オブ・グラス』のみ紹介され、柴田元幸による新訳の邦題『ガラスの街』についてはまったく隠されている。それどころか、脚注で、あえて訳すなら『鏡の都市』だと書かれる始末。何だか尋常ならぬ思いを感じてしまうのだがどうだろう。
ジェフ・ガードナー『Music of Chance』など、オースターに触発されたジャズ作品への言及がない。オースターと音楽というテーマが含まれていてもよかった。
●フランスでのオースター人気は高い。なぜなら「英語がわかりやすい」からだ、という声もある(これは日本の読者にとってもあてはまる)。わたしは『ティンブクトゥ』(1999年)を発売時にパリの書店で買ったが、その際、メトロのトンネル内に大きなゴヤの犬の絵があらわれ(表紙)、吃驚した記憶がある。

最近では読むたびに不満を口にしている癖に、また読みたくなって、『Winter Journal』(2012年)の電子書籍版を入手してしまった。さていつ読もう。

●ポール・オースターの主要な作品のレビュー
ポール・オースター+J・M・クッツェー『Here and Now: Letters (2008-2011)』(2013年)
『Sunset Park』(2010年)
『Invisible』(2009年)
『Man in the Dark』2008年)
『写字室の旅』(2007年)
『ブルックリン・フォリーズ』(2005年)
『オラクル・ナイト』(2003年)
『幻影の書』(2002年)
『ティンブクトゥ』(1999年)
○『ルル・オン・ザ・ブリッジ』(1998年)
○『スモーク&ブルー・イン・ザ・フェイス』(1995年)
○『ミスター・ヴァーティゴ』(1994年)
○『リヴァイアサン』(1992年)
○『偶然の音楽』(1990年)
○『ムーン・パレス』(1989年)

『最後の物たちの国で』(1987年)
○『鍵のかかった部屋』(1986年)
○『幽霊たち』(1986年)
『ガラスの街』(1985年)
○『孤独の発明』(1982年)