ハノイ便り

久しぶりの海外転勤、日々の記録として書き綴ります。

ハンドクラフトチャリティーバザー無事終了

2009-11-26 18:12:02 | Weblog

11月26日

恒例となったハンドクラフトチャリティーバザーの4回目が無事終了した。

 去年、この会を立ち上げた大ボスが本帰国した後、どうするかみんなで悩んだが、せっかくなので続けていこうということになった。

 「無理せず楽しくチャリティーを」を一年間の目標に各チームが負担のないように、こつこつ作りためてきた。

 直前の打ち合わせでは、大勢の人にきていただいても作品数が少ないので申し訳ない、でもきてくれないのも寂しいということで、地味で目立たないポスターをそっと貼ることにした。

 それで大勢の人がきてくださったら、さばききれるだろうか?とか心配は多数であったが、終わってみれば、なにも心配することはなく、ホッとしている。

カラーコーディネートできめたおしゃれなFraserのゆるゆる隊、アンパンまんまで出演のおいしいにおいで人をひきつけた食物研究会チーム、  DaewooとSedonaの細かい作業がいっぱいのちくちく隊にぬりぬり隊のわがチームと個性も様々であったと思う。

参加者の感想を聞いたわけではないけど、楽しそうな笑顔がはじけていたので、うまくいったのかな?

 去年の半分もいかないのではないかと心配していた売り上げが、想像以上だったのも一安心。

あとはハノイボランティアネットの人たちに託して、ベトナムのお役にたてれば嬉しいことである。

 製作のお手伝いの方達、買い物で協力してくださったかたたち、みんなありがとうございました。


筆塔寺(ブッタップ寺)

2009-11-21 23:16:26 | Weblog

11月21日

ハノイ歴史研究会のツアーでブッタップ寺にいってきた。

 ハノイの東およそ30㌔のところにあるこのお寺は、17世紀頃に建立されたといわれるベトナム仏教建築の代表的なものであることと、安置されている諸像にすぐれたものが多く、千手観音をはじめとして仏教美術の宝庫といわれている。

 また、ここのお坊さんがベトナム北部仏教界を再興したので、このお寺を中心にした時代が仏教のルネッサンス期ともいわれている。

ここにある石造りの五重の塔の頂が筆先にみえたことがこのお寺の名まえの由来となっている。 

 以前、歴史博物館のツアー本の制作のお手伝いをして以来、一度行ってみたいと思っていたことがかなえられた。

 このお寺で有名な千手観音は素晴らしく、静謐さと気品がただよい、いくらみても見飽きなかった。

 ほかの像も見ごたえがあったが、とても残念なことに、日本だったら熟考されたケースに安置されているものが、すべてが野ざらし状態でほこりまみれだし、おそらく湿気でそうとう傷んでいることと思われる。

 修復されているものもあったが、同行の先生のことばを借りると、キンキラキンに色づけされ、お顔のメイクアップも随分変わっていて、以前のものとは大違いなものになっているらしい。

 たしかに、以前の仏像が収められている写真集と比べると別人になっていた。

 千手観音は日本が持ち帰り、修復するという提案をしたらしいが、動かせば村が飢饉になるとか崩壊するとかいう村人の反対で実現できず、そのままになっているらしい。

 先生の言葉を借りると、ベトナム人は今が大事で、将来をみすえるとかいう考え方はないので、国宝級のものに関しても子孫の宝として保存するという考えはできないのかもしない。

 ベトナムは国ができて以来ずっと戦争が続いてやっと30数年前に平和になった国なので、まずは生きること食べることが大切で、文化財の保存など考えるゆとりがなかったことがなかったと思われる。

 友達と意見が一致したのは、海外から日本を見たときにはじめて良さがわかり大事にしたいと思うようになったということである。


送別ゴルフ 大荒杯

2009-11-17 20:35:00 | Weblog

11月17日

 今月12日木曜日の気温34℃だったのが、週末からぐっと冷え込み昨日、今日の最高気温は18℃の表示になっていた。

週末ゴルフ組みは、夏気分の抜けない服装で出かけた人が多く、寒さがひとしお身にこたえた様子だった。

 今日は本帰国者2名の名前をとって、「大荒杯送別ゴルフ」の日、名まえのとおりすごく寒い大荒れの日、という予想のもとにみんな着込んできた。

毛糸の帽子あり、レッグウォーマーあり、タイツあり、私はベストの2枚重ねという珍妙なスタイルになってしまった。

 風もおさまりお日様も顔をだすとさすがハノイで、やっぱり暑くなる。

 脱げるものは脱ぐけど、そうもゆかず、飲み物も温かいのにしたので熱くて飲めない、暖かくなってよかったけど、だまされたような日であった。

今日はいつもと違って、4人一組の団体戦。

 はじめての試みだったので、グループ編成や、ルール説明等、理解しやすいようにと少し気を使ったが、すばやく理解してゲームを楽しんでくれたようだ。

 なによりも嬉しかったのは、みんなの心配りである。 こんなことがしたいとルールの解説をするとちゃんと文章にまとめてくれる人、賞品の袋を作ってくれる人、 ニアピンの旗をかわいく、ユーモアたっぷりに作ってくれる人がいる。

みんなが気持のよい時間を過ごせるように、それぞれができることをさりげなくやってくださるのは、さすがに大人と感心する。

日本にいたら出会うことも無かった人たちが、たまたまハノイでであい、そしてまたみんなの場所に帰っていく。

 出会いと別れがつきものの海外生活を、大切に過ごそうと思っている人たちと一緒になれたことに感謝している。


ホイアン買い物編

2009-11-12 06:48:13 | Weblog

11月12日

このところ、33℃とか、34℃とかの日が続き、涼しい気候になれた体が悲鳴をあげている。

ホイアンのはなしの続きをきいてください。

 ベトナムでの買い物は価格が表示されていないので、表示価格で買い物するのになれている私たちは、正当な価格で買い物ができているのかどうか不安に思いながら買い物をしている。

 旅先で絵葉書を買うのを楽しみにしている。

 最初のお土産やで、お店の人がなんだかにやりとしたような気がしたが2枚1ドル(90円)で買った。

 隣の店で足りない分を買った時、あわてて最初の店の人が、「私は2枚1ドルで売ったからね」、らしきことをいわれた人のよさそうなお姉さんは納得ゆきかねる顔つきでそれでも隣からいわれる値段で商売をした。

 その後博物館で、また買ったら、1枚5000ドン(28円)という。

 やっぱりやられた、1ドルは1800ドンで換算するので、金額が小さいとはいえなんと8割増しで売りつけられたことになる。

 ホイアン3大名物、揚げ春巻き、ホワイトローズ、カオラウ、とバインセオ、ビール小瓶2本と大瓶1本の夕食の代金が、「ビール代が入っているのかなあ」、とオットが心配する程安い16万ドン(900円)。

ホテルに帰る白タクの言い値が、20万ドン(1000円)、わたしの家から空港まで40分で26万ドンなのに、たった15分で20万なんて許せない、まあまあといい値で乗ろうとするオットの横で、強引に15万ドンにしてもらった。

 琉球ガラスのお店をみつけた。

 琉球ガラスの製作は、重労働を課すため沖縄では近年、後継者不足に悩まされているが、この技術をベトナムの若者に伝えるため、ホイアンで琉球ガラスを作る工房が立ち上げられ、ショップもオープンしたとタウン誌で読んで興味があった。

 わたしはガラスは好きだが色のついたのは好みでないので、透明なグラスと器を買ってみた。

 このお店は値段を下げてはくれなかったし、反対に下げられない理由を説明された。

ハノイで友達に話すと、その値段は少し高かったわねとはいわれたが、まあ納得済みで買ったものなので、これはよしとしている。

 街からかえってホッとしてホテルの部屋で飲んだ、ビールが1本6ドル(550円)、ワインの小瓶が35ドル(3200円)、これは高いけれど、わたしも値段をみて納得済みで飲んだもの。

 オットは笑いながら、こんな高いお酒を飲むんだから、絵葉書やタクシー代は怒ること無いだろうというが、気持の問題で、納得できるものなら気持よくお金を支払うことができるのに、いつも外国人だから、高値でふっかけられているのではと疑心暗義での買い物は楽しくない。

 ダナンで石のお土産やに行った。

 以前から気になっていたベトナムの音楽隊の人形がたくさん陳列してあり、ここが産地だったのかと熱心にみていると店員がついて離れない。

すごくうっとうしいのだが、仕方がないと金額をきくと、55ドル(5000円)という、聞いている値段より格段に高いと思い、値下げ交渉をしたところ、50万ドン(2800円)の声を聞いて、店員の顔がひきつりだしたので、ここまでいったら買うしかないと思い買ったが、店員はありがとうもいわず品物ちつきだしてさっさと帰れみたいな態度をとる。

きっといい買い物をしたんだとひそかに満足して、ハノイの友人に、あの人形、ハノイでいったいいくらで買ったの?ときくと、20万ドンくらいといわれ、またまたやられたとショック。

 こんなはなしを昨晩食事を一緒にした駐在員にしたら、「我々は民間ODAなんだから、値切らずにいい値で支払いをしましょう、値切りの交渉のほうがエネルギーがいるでしょう」、とかいうが、それもわかる、でも、なんとなくもやもやとしたものが残る。

ビールは店頭で1ドル(90円)、ワインはだいたい20万ドン(1000円)目安のものを買って飲んでいるわたしが、ホテルでは小ビンのワインを35ドルで飲んだり、うちの運転手が25000ドンのフォーを高いというのにゴルフ場で、10万ドンのしかもまずいフォーをたべたりしている私達が、いえた義理ではないのもわかる。

 こんなことを冷静に考えてみると、わたしたちは、とんでもなく金銭的におかしな生活をしているように思える。


ホイアン、ミーソン遺跡に行ってきました

2009-11-09 18:22:04 | Weblog

11月9日

 ヴェトナム中部の世界遺産めぐりの旅ははダナンからはじまる。

ダナンは、ハノイ市700万人、ホーチミン市600万人に次ぐ人口95万人のベトナム第3番目の都市である。

 人口が少ない分、バイクも少なく、当然空気もきれい、その分直射日光が強烈で肌を刺すような日差しがあり、11月とはいえもちろん泳ぐこともできる。

 古くから東西貿易の中継地として栄えて、現在は中部の工業地帯の中心ともなっている。

 日本や韓国の企業進出も盛んで、やっと18ホールのゴルフ場がこの9月にオープンしたし、リゾート観光開発も活発で海岸にそってホテルの建設ラッシュで活気がありカジノもできるようだ。

 しかし、ベトナム戦争中はアメリカ軍の基地が置かれ、戦争で建物も破壊されたのか、ハノイと違って近代的なビルが並ぶ新しく生まれ変わった街のように見えた。

 泊まったホテルは「ナムハイ」、 

素晴らしく素敵なホテルであったが、前の海岸を散歩すると、たらい舟で漁をする人達がたくさんいた。

 夜中中、一本釣りをしたり網を流したりの漁では収穫も多くなく、

こんな舟では岸から遠くにでることは出来ないし、舟の操作も難しそうだし、生活も大変だろうと思える。

 先週、死者が多数でた大きな台風に見舞われ、水没した田んぼや砂に埋まった道路など修復中で気の毒だった。

 ホイアンはダナンから車で30分、ここにはかつて日本人街も存在し、通称日本橋からホイアン観光がスタートする。

世界遺産の街並は、家々の土台が数十センチも持ち上げられて、洪水や大雨の際家の中に水が入らないように工夫されている。

 かまぼこ型の瓦屋根を漆喰で固めているので屋根の重量が重く、台風に飛ばされにくくなっている。

 各家にうだつがあり、火よけにもなっている。

 天井に穴があけられているのは、商品の出し入れや洪水時に店の商品や家財道具をあげて守るため。

 家々が道路に面してでこぼこと前後しながら建っているのは、台風の際に、強風を砕く風除けのためとか、随所にみられる工夫や、交流をもった様々な国の家屋の特徴が融合されていて興味深く、趣や格調がある。

 しかも、遠い昔、朱印船でやってきた日本人がこの街で活躍していたと思うと、なんだか嬉しくなってくる。

 ただ、せめて街中だけでもバイクの通行を禁止してくれないと、クラクションや騒音で、静かにたたずんでいてこそ価値のあるものが台無しともなっている。

ホイアンから1時間位でミーソン遺跡にいくことができる。

 四方を山に囲まれた盆地に8世紀から13世紀までのヒンズー教の神殿が、明治時代のころ、フランス人に発見されるまで、ひっそりと草木に埋もれて、戦争や盗掘で破壊された悲惨な歴史をもちながらも静かにたたずんでいる。

 東南アジアには、カンボジアのアンコールワットや、ジャワ島のボロブドールなど石造建築の素晴らしい文明があったのに、ジャングルに覆われて取り残されてしまったことはもの悲しく、それに比べて1000年も昔の文化が今もなお生き生きと存在している日本という国が大事な宝物のように思えた。


このところのばたばたしている日常

2009-11-06 23:23:40 | Weblog
11月6日

ハノイは晩秋に入り、乾燥した空気と適度な気温で、ゴルフやテニスが気持よくでき、街歩きにも快適な気候となっている


私が12月1日に一時帰国するため、12月末に本帰国する友達と過ごせるのは今月しかなく、ゴルフ場もくまなく回りたいという彼女にあわせ、カレンダーをにらんで厳しい日程調整をしながら、今日は希望のシルク村にいってきた

彼女が帰国する際もって帰りたいものリストのひとつ、キルティングをしたシルクのベッドカバーを買うためである。

去年の今頃、買い物に行った時から気にいっていたのだが、いつかいつかと思っているうちに時が経ち、やっといってみると商品は無くなっていた。

その後、ハノイ市街を歩いてみたけど、残念ながら欲しいものは探しだせなかった。

ハノイを去る時、何を買って帰りたいかということをよく話すが、みんなこれといってぜひもち帰りたいというものは少ないようだ。

そのなかでこれはというものをいよいよ買いにいくわけだけど、その時は時すでに遅し、欲しいものはなくなっている。

これも一期一会、気になるものがあったら買っておくほうがよいと学習した。

今月も送別テニス、ゴルフ、会社の人の送別会の予定が入っているし、月末には、一年係りで準備をしてきた手作りの作品のチャリチィーバザーもある。

わたしはトールの作品担当なので、作品の製作をしないといけないのに、なかなか時間がとれずにあせっている。

そして、明日は6時の飛行機に乗ってダナンに行き、ホイアンとミーソンの世界遺産めぐりをすることになっている。

ベトナムの4つの世界遺産は、ハロン湾、ホイアン、フエ、ミーソン遺跡であるが、ハロン湾以外は中部にあるので、週末を使って世界遺産めぐりができる。

行けるときに行っておかないとということになったが、あまりに厳しい日程なでわたしはギブアップ、まあホイアンとミーソンにいけたらいいなということになった。


早朝7時に着いてもホテルには入れないし、ずーっと観光ばかりは疲れてしまうから、ゴルフをしてホテルのチェックインまでの時間をつぶすことにした。

そして、午後ゆっくりと、人に聞くと30分で歩けるというホイアンの街を散歩して、次の日、ミーソン遺跡に行けたらいいなという日程にしてみた。

フエは次回に廻すことにする。

ということで、ホイアンに明日いってきて、そのご報告は後日させていただきます。

今年もふたたびハロウィーン

2009-11-03 00:08:20 | Weblog

11月2日

今年のハロウィーンは週末にかさなった。

去年のメンバーはほとんど帰ってしまったし、週末だし、今年はおとなしくしておこうということになっていた。

 ところが当日、帰国してゆく人が置いていった、カラオケやハロウィーン用の衣装やかつらを着まわしして今年もハロウィーンをしようと夕方電話があった。

 この日、わたしはゴルフだったけど、アオザイとウェディングの変身写真を撮りにいった3人が、妙にはまってしまって後を引き、この際夜のハロウィーンもやってしまおうということになったらしい。

 それならと、わたしは以前買ったけど一度も袖を通していないチャイナドレスにかつらとサングラスにしてみた。

 

やっぱり白雪姫が主役で、かぼちゃ娘や歌姫が仕上がった。

 白雪姫は後ろがシャーリングでどんな体型にもあうという優れものは人気の衣装となっていて、これを作った人に感謝、感謝である。

 000号室には白雪姫がいるとか子供たちの口コミがあり、カメラを構えて待っている私達が逆に被写体となってしまう場面もあった。

 変身は病みつきになり、うけるのはディズニーシリーズだね、と来年こそはシンデレラや人魚姫に挑戦しようと、子供のお祭りでありながら、私達が楽しませてもらった夜となった。