四季の彩り

季節の移ろい。その四季折々の彩りを、
写真とエッセーでつづって参ります。
お立ち寄り頂ければ嬉しいです。

悲しみの極みに

2016年03月14日 09時50分11秒 | 鎮魂
弥生の11日。あの東日本大震災の日から5年。死者15,894名、行方不明者2,561名そして、
未だ174,471人の方が避難を余儀なくされている状況にあります。
共にあることを胸に刻みながらも、改めて記憶を新たに状況に真向かいたいと思っています。

この日は、私にとって、とりわけ細君にとって辛い、悲しい日となりました。
細君の兄が二年にわたる闘病の後、身罷りました。
私にとっては会社の先輩であり、入社以来公私にわたり世話になり、
さらに細君を紹介してくれた義兄であり、生涯の恩人とも言える方です。

転勤以来長いこと大阪暮らしが続きましたが、定年後郷里に近い埼玉県鴻巣に
居住を移され自適な日々を送っていました。二年前癌を患っていることが判明し
その時点で、かなり厳しい状況であったとのこと。厳しい状況である旨は
奥様のみに留め、兄弟姉妹にも明確に告げられない状況でした。
従って「危篤」の知らせは、まさに青天の霹靂にも似た状況でした。

細君も病の治療が始まったばかりで、体調はいまいちでしたが、知らせを受けて
勤務終了後に待ち合わせ、埼玉県の行田にある総合病院に駆けつけました。
駆けつける途中の電車の中で「逝去」のメールが入り、覚悟はしていたものの
愕然とした思いに囚われました。

病院のベットに、眠るように安らかな表情で横たわる義兄の姿に触れ、傍らでの
細君の号泣もあり、私も、入社以来の義兄との思い出が走馬灯のようによみがえり、
こらえても涙があふれました。

思えば「義弟」の立場に甘え、人生の節々で世話になりっぱなしで、満足なお礼も
また、感謝の言葉すら明確に伝えてこなかった事が重い悔いとして襲ってきました。
義兄には子供もなく、残された義姉の寂しさは私たちの想像を超えているとの思いが
あります。
今後、葬儀の日程等もあり、ゆっくり悲しんでもいられない日々が続きますが細君が
年齢的にも近いため、義姉とは何かと相談相手になっ行くことと思っています。

短歌に詠むにはあまりに生々しく、思いの整理もできていませんが即興で
義兄への思いを詠ってみました。

 ☆慟哭を呑みてまみえし君が顔 安らかなるも滲む寂しさ
 ☆悲しみの極みにありて甦る「妹頼む」とつぶやく君が
 ☆妻ともに冥福祈る祭壇に君がかんばせ笑むがに揺らぐ
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