のんびり娘の謎

10円が2個で、、、12円?今日の前の日は、、、前の日?のんびり娘のお答えは、理解できない謎ばかり。さぁ、どうする?

我慢の仕方。(意地悪篇)

2007-01-30 05:58:06 | 先生方に③ 親の思い 
夕食中、のんびり娘がこんな話を切り出した。
「国語の時間、少人数で席をかえるのね。
私はそれが面倒臭くて嫌なの。自分の席で受けたいの。」

いじめられ経験のけっこう長い母は、こういう時ピーンと来てしまうのだ。
「ふーん。どうしてよ。」
「私がすわると、嫌な気持ちになるこがいるでしょ。それが悪いから。」

「誰、それ?いってみ。」
と、あっけらかんと聞いてやる。
のんびり娘はいい奴だから、なかなか言おうとしないので、
こちらから「○くんか?」って、水を向けてあげる。

「ううん。○君の席には座らないようにしているから。」
「ふーん。で、なにされるの?」
「あとで、机を拭いたりしてるのね。だから悪いかなぁと思って・・」
またまた「遠慮」「我慢」モードに入っているなぁ。

「その子、お馬鹿だねぇ」って、大きな声で言ってあげる。
「机拭いたぐらいで残った菌が消えると思ったら大間違いだよねぇ。
アルコール消毒ぐらいしないと意味ないじゃん。
それに、君の学校で、君以上に清潔好きな奴はいないのにねぇ。」
ここで、妹ちゃん合流。
「そうだよ、おねーちゃんの手洗いは、長いもんねぇ。
いっつも、あらってるもんね。」
「そうそう、そのおねーちゃんよりきれいな手の子がいるなら見せて欲しいよねぇ。」

こういう話の流れだと、のんびり娘も安心なのか、今日あったいやな事を
「ひどいでしょ」というトーンで話してくれる。「我慢」モードが少し緩むのだ。
今日は、机拭き事件の他に、筆箱事件というのもあったらしい。

「○君(いつものやんちゃ坊主)の筆箱を、□君(去年○君とつるんで意地悪を良くしてたお調子者)が私の机の上に投げたのね。そうしたら○君が「きもい」って嫌がって、それを△君に投げたの(この子は先日紹介したターゲット君)。そしたら△君もそれをなげたの。ひどいでしょ。」

「ふーん。そういう時ね、対処の仕方は二つあるな。」
「私ね、我慢したよ。」
「ううん。我慢じゃなくてさ、もうワンワン泣くのよ。めそめそとかシクシクじゃ駄目よ。ウワーーーッて大声あげて泣くのさ。」
「私泣かないで無視したよ。」
「うん。無視するのもいいんだけどね、我慢してるでしょ。嫌な気持ちになったでしょ。
でもあなたは何にも悪くないでしょ。だから我慢するのは変なのよ。
嫌だったら、大泣きすればいいの。」

「なんで?」とこれは妹ちゃん。

「そうするとね、先生が飛んでくるでしょ。
いたずら坊主達は,『やばい。怒られる。』ってビクッとするでしょ。
それで本当に怒られるじゃない。
そうしたら、『ざまぁみろ!』って、隠れて舌だしちゃえばいいの。」
ここで、実際に大泣きと舌だしの実演をして見せたので、姉妹2人大笑いでした。

「言いつけたりすると後で何かされるかなって、気になるでしょ。
でも、泣き出しちゃえばこっちのもんよ。
周りの子達も『なんだなんだ』って寄ってくるし、先生にはばれるしで、
困るのは意地悪した方になるからね。」

「でも、やっぱり泣けないよ。」

「それなら、『いざとなったら泣いてやる』って思って無視すればいいよ。
この間△君の事を話したとき、△君は『いざとなったらやっちゃうから』って思ってるって言ったでしょ。だからね、意地悪されてもけっこう平気なんだよ。
T君もそうだよね。
5年の時、ずっと意地悪されててついに爆発したら、それに懲りて○君ぱったり意地悪やめたでしょ。最近また懲りずにはじめているみたいだけど、T君、お母さんに『またきれてもいい?』って聞いてるんだって。
『いざとなったらまた切れてやればいい』って思ってるから意地悪されても余裕でいられるんだよ。」

「そうなんだ。」

「そう。
あなたが少しも悪くない事で、あなたが我慢することはないの。
いざとなったら大泣きして、意地悪な子達が先生に怒られてるのを「ざまぁミロ!」って思えばいいの。だって、向こうが悪いんだから。
無視する時も『ったくもう、しようがないなぁ。先生に怒られたらかわいそうだから、まだ泣かないでいてやるか』って思ってればいいのよ。」

調子に乗った意地悪坊主達のためには、一度大泣きしてあげたほうがいいのではないかと
密かに思う母なのですが、たぶんのんびり娘はそうしないでしょう。
それでもね、「いざという時には自分のほうが優位にたてる」という気持ちがもてるかどうかは、けっこう大きいと思うんですね。



言語の習得について(姉と妹)

2007-01-30 04:53:44 | 娘の事・謎
一昨日の朝食で、ホットケーキにフルーツカクテルを添えて出したら妹ちゃん、
「わぁー。ママ、私イルミネーションして食べてもいい?」って。
「??・・・・あぁ、デコレーションのこと?」

こういう間違い(勘違い)は子どもには良くあって、
自分で使ったり、人のを聞いたり、何かを読んだりして、
自分の脳の引き出しにしまわれた言葉を直していくのだと思うのです。

で、妹ちゃんの場合、一度ミスするともう二度と失敗はしません。
その場で即座に訂正されて脳みその中にしまわれていきます。
これが「普通」だとすると、
何度指摘されてもなかなか直らないことの多いのんびり娘。
ついさっきいっしょに読んだばかりの漢字の読みを、もう忘れてしまうのんびり娘。
それは確かに、「本人が大変だ」という意味において「障碍」なのでしょう。

先日の漢字の読み方といい、
普通にいれたのでは入っていかないということは、
どこかで何かが滞っているのだと思うのですが、
それは一体なんなのか。
ぱっと見てわかってつなぎ直せるならどんなに楽かと思います。

人生、確かに寄り道や苦労が人間を育ててくれる事はあります。
それに、言葉の獲得に苦労しなかったからといって、苦労せずに人生が終わるわけでもありません。(私なんぞ、40代になってこんなに勉強する羽目になってるもんね。)
でもねぇ、他の人がらくらく習得していく基礎部分の言語について
こんなに苦労する事はないのになぁって、
そんな事は時々思います。

ひらがなや数字を覚えるだけで2000枚を越すプリント学習をしたのんびり娘。
(因みに、小さい「つ」や小さい「や」「ゆ」「よ」、カタカナは今でもちょっと怪しい)
そんなもの何にもせずに、どんどん本を読むことでいまや大概の漢字は読めてしまう
妹ちゃん(お菓子の袋に書いてあった「保護者のかたへ」なんていうのも読んでました。)。

学校の行きかえりに目に飛び込んでくる看板。教科書の中身。児童館で読む漫画本。
お菓子の外袋やチラシの類まで。
ありとあらゆる所に「文字からの情報」が溢れている人間社会。
妹ちゃんは、毎日存分にその刺激を取り入れながら生活しています。
そのことでまた、自分のなかの「言語の引き出し」を増やしていっています。
でも、のんびり娘は「読めない」から「見ようとしない」「読もうとしない」。
そうして「言語の引き出し」は、なかなか埋まっていかないのです。

やっぱり、のんびり娘はなんだか損をしている気がするなぁ・・・。