のんびり娘の謎

10円が2個で、、、12円?今日の前の日は、、、前の日?のんびり娘のお答えは、理解できない謎ばかり。さぁ、どうする?

LD君、その後。

2012-09-25 22:35:32 | 小学校国語
1年生の男の子。
ひらがなが読めなくて書けなくて、
その入りにくさから、おそらくLDだろうと思われていた子。

連絡帳に毎日書く「こくご」の3文字でさえ
なかなか入らなくて、
「こ」という字が、上の棒と下の棒、別々に見えているようだった。
自分の名前にある文字でさえ、別の場面で出てくると書けない、読めない。

毎年、苦手な子、遅れている子は見るけれど、
この子の入りにくさは、これまで見たどの子より強くって、
どうしてあげるのがよいのか考えてしまう部分もあったけど、
担任の先生と連携して、毎日の連絡帳書きの時には
なるべくそばにいるようにした。

最初のうちは、国語の教科書の「あいうえお表」を手元に用意して
うまく書けない字があれば、指さして見せた。
この子の場合、一文字がどういう形なのかがはっきりわかる方がいいと思ったので、
同じ「あいうえお表」でも、それぞれの字を○や□で囲ってあるページを利用した。

それでも、なかなか覚えはしなかったけれど、
皆にさほど遅れずに、そしてまた「自分で書けた!」
という達成感が感じられるように、
本人の様子を見ながら、手を出す部分を調整してきた。

夏休みが明けてしばらくすると、
「こくご」や「さんすう」は自分で声を出しながら
書くようになってきたから、調子のいい時は、
斜め後方から見守るだけにして、
手が止まりかけたら、黒板の「今書いているところ」を指さして
見えやすくしてきた。
書く時間が長くなりすぎて意欲を減退させてしまわないように。
他の子よりひどく遅れることで劣等感を持ってしまわないように。
それだけ気をつけてあげれば、「継続は力」に持っていけると思っていたから。


そしたらね、
最近、本人が一音一音、声を出しながら書くようになってきたのだ。
そう、いつの間にか少しずつ「読める」ようになってきて、
自分で「音」と「文字」をつなげる作業ができるようになったのね。
そうして、「こくご」とか「さんすう」とかは、ひと固まりの言葉として
一文字ずつ見ないでも書けるようになってきた。

どちらがどちらか、わからなかった「う」と「ん」も、
ちゃんと、音の聞きわけができるようになってきた。
苦戦していた「あ」と「お」も、使い分けがかなり出来てきた。

最近は、例えば、
「まるいち こくご」
と、耳元で読んであげると、黒板の文字を見ないでも

①こくご

と、かけるようになってきたの。

着実に進化してるよ。



ひらがな2

2012-07-06 07:26:19 | 小学校国語
書かれた文字は、時間はかかるけれど写すことはできる。
でも、つなげて書かれると、どこまでが一文字かがわからなくなる様子が見える。
連絡帳に書く内容が何行かに渡ると、もうどこを書いているかがわからなくなり
手が止まる。
自分の名前は書けるけれど、その中にあるひらがなを別のところで書かせようとすると
書けない。
書こうとする文字を、5つくらいの候補の中から選ばせようとしても選べない。

そのような状態から始めたサポートでしたが、
前の記事に書いたように、「音」と「文字」を対応させる。
ことに留意して続けているうちに、本人が、小さな声で
「音」を出しながら「文字」を書くようになりました。

書いている手元を見れば、どの文字が頭に残ってきたかは
わかりますので、本人がある程度自信を持って選べそうな字を、
50音表から選ばせる(といっても、「この辺り」と指さしてかなり限定します)
事もしながら、どの程度の文字が入っていっているかを
確かめつつサポートを続けます。


「音と文字が対応していない。」
最初、この状況に気が付いた時、私の頭に浮かんだのは、
書いてある「字」を押すと「音」が出る教育おもちゃでした。
ああいうもので家庭でじっくり取り組んでもらえたら・・・
そんなことを思いました。
でも、それはサポーターの私の口の出せるところではないし、
親の考えだってさまざまだし・・・。
また、「通級」のようなシステムがあればとも思いましたが、
やはり、現実的に、このようなお子さんに対応してくれるところは
近くにはなく・・・。

では、サポーターとしての私がつける範囲で、つける間に少しでも
力をつけていこうと、そうして関わっています。

やってみると、やはり「学校」という場でサポートできることの
意義を感じました。

生活の場の家庭で、「お勉強をやらせる」よりも、
お勉強の場の学校で、「お勉強をやらせる」方が自然で、子供への負担は少ないでしょう。
「取り出しというような特別な時間ではなく、皆が一斉に連絡帳を書いている間に、
他の子が終わると同じ位までの間に、彼用のやり方で「お勉強」ができる。
(このクラスの担任の先生は、書き終わった子から、ノートを先生のところに持ってこさせてチェックします。早くて雑な子のチェックを厳しくするなどして、遅い子との仕上がり時間の差が少ないように調整してくれますから、「遅れる→困る」というような心理的負担は少ないです)
他の学習場面でも、皆が音読をする時に、同じように音読しながら
横で私が文字を指さしていく。→自分で文字を指ささせる。
皆が、黒板に張られた歌詞カードを見ながら新しい歌を覚えていく時、
その子のすぐ後ろで、大きな声ではっきりと私も歌う。
(担任の先生も、見せるだけではなく、言葉でも歌詞を伝えています)

そうした、なんでもないことでも、積み上がっていくことで
彼の頭の中に「音と文字」をセットにして入れる役には立つと思うのです。
週1とか月1とかの事ではなく、毎日のことですから。

そうして、先日、「ひらがなの読み」のテストがありました。
入学当初、彼の読めた字は47文字中5文字。
先日のテストの結果は36文字。
自信がない文字は、小さい声になったり、時間がかかったりはしましたが、
かなり読めるようになっていました。

「学習」って、そういう面があるのですけど、
これが、1週間前だとこうはならなかったと思うんです。
ついているからそう思うんですけど、
この週間程度で、彼の中で読める字が急激に増えた。

それは、それまで「写す」ことで溜めてきた「字の形」に、
「声に出す」ことを続けてきて「音」が乗ってきたからではないかと思うのです。
「音」を出し始めたからすぐに「文字」を獲得したわけではない。
コツコツと貯めてきた「形としての字」に、「コツコツと続けてきた音」が
くっつく時期がようやくきたということなのだろうと思います。

入学当初、殆どのお子さんが47文字を軽がるクリアしていく「ひらがな」の
たった36文字が時間をかけて読めるようになったという状況は、
この時点で他のことの比較をしたら、それはかえって深刻な事態なのかもしれません。

でもね、今彼は「ざる」を手に入れた。
私はそう思っています。
これまでは「枠」だったから、入れても入れても
すりぬけて下に落ちてしまったものが、
ざるにあける味噌汁のように、
落ちていくものも多いけれど、わかめだのなんだのひっかっかって、
少しずつ穴がふさがれていく。
そうしたら、またひっかっかるものが増え・・・。

その第一歩なんだと思います。

彼のサポートはまだ始まったばかりで、
今後どのようになっていくかまだ見えませんけれど、
私は、「学校におけるサポート」で、こうしたお子さん達にも
良い影響が出るのではないかという仮定を持って
関わっていきたいと思います。

そして、折に触れここに記していくことで、
実証できれば・・・
学校でのサポートの必要性。
学校でのサポートのあり方について発信できるようになればいいなと
少しだけ偉そうに思ったりします。



ひらがな

2012-07-02 22:16:13 | 小学校国語
1年生の担当を数年続けています。
2年に一人くらいの割合で、
「これは、純粋LDかも・・・」
と思えるお子さんに当たります。
他の能力に比べて、明らかに「読み書き」の能力に
弱さのあるお子さんです。

毎年、ひらがなを全部覚えるまでに時間がかかるお子さんはいます。
鏡文字が出やすい子、小さな「つ」や、「や」「ゆ」「よ」のつく文字が
読めない子、一文字ずつの読み方がなかなか進化していかない子。
そんなお子さんは、毎年必ず複数入ってきます。

でも、その前段階である
ひらがなの「音」と「文字」がくっつかないお子さんは、
そう多くはありません。2,3年に一人程度いるかどうかだと思います。

こういう状況ならば、「専門家」が付きそうなものですが、
そうでないのが現状なので、毎日サポートできる私が
担任の先生と連携して、やっていくことになります。


今年は、そうしたお子さんが一人います。
6月初めの段階で、「つ」も「く」も読めないお子さん。
これまでのお子さん達に比べても、かなり厳しい方だと思いますが、
他の能力はそれほど低くありません。


どのようにサポートしようかと考える前に、
そのお子さんの状況を見極めなくてはいけません。
特に遅れが出ている
「連絡帳の書き写し」の時間に
毎回張り付くことにして、サポートしながら状況を確認しました。

するとね、縦につながって書かれた文の中で、
一文字一文字の区切りがどこなのか判別できていないということがわかりました。
一方で、区切りがわかれば、かなり上手に視写出来ることもわかりました。
ですので、「ひらがなドリル」のように「書く」だけの学習では
困難さがあまり見えなかったのですね。

まずは、ひらがな一字ずつの形をしっかり入れていくこと。
そして、その一文字ずつに、音を対応させる事を目的にサポート
していこうと考えました。

ひらがなドリルは、本人に困り感もないようですので、特にサポートはしません。
本人が困っている(であろう・・)連絡帳や、
6月ごろから増え始める「書く」活動の時に
なるべく横にいるようにします。
特に連絡帳は、毎日の「書く」活動ですので、
担任の先生に、その日連絡帳を書く時間を聞いて
必ず入るようにしました。

皆が連絡帳を書き始める頃、そのお子さんの横につきます。
「国語の教科書出してくれる?」と頼み、
その中の、「ひらがな」を一文字ずつ書いているページを出します。

どの教科書も、後ろのとじこみにひらがな一覧、カタカナ一覧があると思いますが、
それ以外でも「ひらがなの学習」のページに大きく出ているのではないかと思います。
このお子さんの場合、他の文字とくっついて見える様子がありましたので、
一覧表ではなく、「ひらがな学習」ページの、○で囲まれた文字を見せることにしました。
これだと、どこからどこまでが一つの文字なのかがわかりやすいからです。

先生が黒板に書いたものを、
一文字ずつ読みながら、手元の教科書で指さして書かせる。
「写し書き」は、苦手ではないお子さんなので
ストレスは少なくなります。
同時に、これまでただ「形」を写し取っていただけなのを
「文字と音」を意識させられると思ってのことです。

本人にも言わせたい。音を出しながら字を書かせたい。
でも、それはもっと後の事。
最初は、私が音を出せばいい。指をさして見せればいい。
そういう風に始めました。

やりながら、時々覚えている字がどのくらいあるかを
本人の負担にならない程度にさりげなく試してみます。
私が指さすのを少し遅らせた時、本人の目や手がどう動くのかで
覚えているかどうかはわかります。

毎日毎日。こうしてサポートを続けますが、
そう簡単に読めるようにはなりません。
毎日書いている「こくご」の「こ」でさえ、
なかなか入りません。

でも、私がサポートに入る前までは、
書ききれなくて、皆のように先生に見せに行けなかったのが、
自力で書いて見せに行けるようになったので、
本人、気分は良かったようです。
連絡帳の時には私が横につくということを
当たり前に受け止めてくれました。

連絡帳以外にも、「読む」「書く」という作業が発生しそうな時は、
なるべく隣につきました。
国語の音読も、彼の場合「暗記」で乗り切る様子がありましたが、
文字を指で追って、「一文字一音」を、なるべく
目で見えるようにしていきました。

そして半月以上たったころかな、
私がそうしてきたように、文字を書きながら音にする
いえ、音を出しながら文字を写そうとする様子が見られるようになりました。
教科書を指でなぞる時のやり方も、何となくズルズルっと指を動かしていたものが、
覚えた字のところで立ち止まって順番を確認する様子が見られるようになりました。
「1文字に1音が対応する」という感覚が少し入ってきたように思えます。

自分の名前の中にある文字も(名前は書けます)、他の場面で書かせようとすると
わからなくなってしまうお子さんでしたが、
最近、いくつかの文字に関しては、場面が変わっても音に対応してちゃんと書ける
ようになってきました。
数にすると、まだとても少ない文字でしかないですが、
階段を一歩上がったような気がするんです。


一文字一音という感覚がつかめたら、
例えば、あいうえお表から、自分の使いたい文字を探すことができる。
そこまで行けば、私がいない時でも
自分で文字を探して綴っていける。
繰り返せば、少し時間はかかってもひらがな全部を
頭にしまうことは可能だろうと思うのです。











ふるえる線は、ゴール意識で克服。

2011-04-15 17:43:43 | 小学校国語
1年生のお勉強、最初のうちは、線引きを良くします。
まっすぐの線、ぐるぐるの線、ぎざぎざの線、
なぞっていくことで、ひらがなを書くための準備をするのです。

私は、ここではおもに、筆圧と、
なぞりがないかを見るようにしています。

筆圧の弱いお子さんは、持ち方をチェックしたり、
時には手を添えて、強く書く感覚を覚えてもらったり、
おせっかいな先生の存在にも慣れてもらおうと
ちょこちょこ手を出します。

2度三度となぞりがきするお子さんには、
「お絵描きはこれでいいんだよ。字はね、一度だけしか通っちゃいけないの。」
と言いながら、止まったり戻ったりしないで最後まで書かせるように見ていきます。

こういうお子さんは「完璧でないといけない」という気持ちが強いので、
途中の線も「ちょっとしか外れてない。すごいね。1年生で、こんなに近くに書けるんだ。」
という風に、褒めたおします。
でないと、ほんのちょっとのずれに立ち止まってしまって、
けしたり、なぞりなおしたり、
肝心の「ひと筆でしっかりと書く」ことがなかなか入らないから。

「ていねいに書いてね。」
「はみ出したらブッブーだよ」
という教え方も、丁寧になぞらせるという点では良いのですけど、
どうかすると、「完璧」を求めすぎるお子さんを立ち止まらせてしまうので、
その辺、気をつけて声掛けしています。

昨日あたりからは、ひらがなも書き始めました。
どういうわけか、スキルの最初は
「と」と「れ」

げっ!難しいじゃん。
って、心の中で思いながらサポートに入りました。

「れ」は本当に難しい字です。
でも、この字を使うと、「スタート、ゴール」を意識させる
とてもいい練習ができます。

この字がうまく書けない子のサポートをする場合は、
途中途中に狙いをつけさせる指導をします。

最初の縦線は、大概のお子さんが上手に書きますが、
短い時はお手本を見せて少し伸ばしてもらいます。

ここから後は、それぞれのお子さんの苦戦ポイントを見ながらですが、
とにかく「ゴール」を意識させます。

「れ」の二画目の最初は、ちょっと斜めの短め横棒ですね。
スタート地点にえんぴつを置かせたら、
「先生の爪のところを狙っておいで!」
と、曲がり角に人差し指の爪を置きます。
爪ではうまく狙いが付けられない子は、
えんぴつ等、先の細いもので指し示します。

そうしてやらせてみて、
まっすぐゴールまで来られず、途中フラフラしたり、
どうもゴールまで来られないという子は、
とにかく、「目」をゴールポイントに持ってくるように声がけします。



私が免許をとって間もない頃、
高速に乗っていた時のことです。

隣のレーンを、でっかいトレーラーが走っていました。
初心者の私には、その大きなトレーラーがいまにも寄ってくるようで
怖くて怖くて、ついつい目が行ってしまうんですね。
すると、車も寄っていっちゃって、余計に怖い思いをしました。

そう、人間って、目を向けた方向に進むんです。

鉛筆もそうなんですね。
目を向けた方向に進むのだから、
目を向けさせることだけに注力すれば、
自然とそっちに向かうんです。

ふるえる線で、ゆらゆらとした字を書くお子さんは
自分のえんぴつの先を見て居て、ゴールが見えていないことが多いです。

ゴールに注目することができるようになれば、あとは、
「ゴールまで一気!!」って、勢いよく線を引かせると
直線はきれいになります。
逆に曲線はゆっくり。うまくかけずに折れ曲がってしまうようなら、
手を添えて、「ゆっくり」という感じを掴んでもらいます。


「れ」の場合ですが、
2画目の最初の角を1画目の縦線の近くに置き、
そこでストップさせておいて、今度は左下の曲がり角に
爪を置いて、「今度はここまで来て!」と呼びかけます。
下向きの線は、上手に書けることが多いので、
ここで一度思いっきり褒めておきます。
そして、
「次が難しいよ。」
って声をかけて、お手本の字から、どの辺を目標にしたらいいかを見せつつ
次のポイントに私の爪を動かします。

そこまで、真っすぐ線が伸ばせたら、
「後は、真っすぐ下に行くよ。最後はゆっくり丸めてね。」
で、かなり形が整います。

このやりかただと、
私はえんぴつを持たないし、手も添えないし
(ちょっとだけ添えることもありますが・・)、
最後は自分で書いてますから、
達成感も感じてもらえます。

隣のお手本と見比べて、
「そっくりだねぇ。上手にかけたねぇ。」
って言ってあげたとき(お世辞じゃなく、ちゃんと形整いますから)の
子供たちの最高の表情は、疲れを吹き飛ばしてくれますわ。

こうして、満足感と達成感を感じてもらうことで、
おせっかいおばさんの介入に慣れていただく。

今の私と1年生の状況はそんな感じです。





2年生の読解について(取り急ぎ)

2008-10-26 00:29:25 | 小学校国語
コメントのお返事がまだなんですが、忘れないうちに書きとめておきたい事がありまして
・・・。

「国語」の読解の教え方についてです。

今、勤務先の2年生が「さけが大きくなるまで」
という単元をやっています。
例によってスーパー先生と他の先生との授業を
見比べるような形になって、
「あぁ。そうすればよかったんだ。」
っ思える方法を教えてもらえました。

「さけがおおきくなるまで」
という単元は「説明文」です。

「説明文」
というのは、大概が
「問いかけ」の文で始まり、
その「問いかけ」に答えていく形で展開されていくのだそうです。
(これは、のんびり娘の中学校の国語の先生もそう教えてました)
ですので、
最初の「問いかけ」=テーマ
に対する「答え」がつかめるというのが
学習のポイントになるわけですね。

スーパー先生の授業では、これがとってもはっきりしています。
毎授業の最初の方で、
「さけはどこでどんな風に大きくなるんだろう(これがこの単元の問いかけです)。
この前の授業で卵をうむところまでやったよね(と振り返りをする)。
今日はその次の段落だよ。さけはどんな風に大きくなるのかなぁ?」
という感じで、必ず子供達に学習の目的を伝えているんですよね。
あまりに自然な形なので、スーパー先生の授業だけを見ていたらわからないんですけど、
他の先生たちの授業の中で、迷子になっていく子どもをフォローしていると、
そのあたりがとても良くわかるんです。

注目すべきポイントを伝えているから、
同じ様に「音読」をしても、「気付き」が生まれやすいんです。
「何となく」声をだす「音読」ではなくて、子ども達が何かを見つけてやろうと
主体的になっている音読だから、その後の先生からの問いかけに
気持ち良く手があがるんですね。

実はこの「問いかけの文」って、気付きもしないで素通りしちゃう子って多いんですよ。
もちろん、のんびり娘もそうでしたわね。
でも、スーパー先生のように、
「説明文」の時には、必ずこの「問いかけの文」を意識するように教えていかれると
(単元に入った最初に説明だけして終わりっていうんじゃダメですけど、毎時間子ども達がその文を意識するように仕向けてますから)、「~でしょう。」とか「~でしょうか。」といった語尾に子ども達も注意を向けるようになってくるんですよね。

これ、低学年のうちから入れてあげたらホント楽だと思います。


それから、スーパー先生と他の先生との違いですけど、
よく絵をかかれます。

国語の教科書には、子ども達の語彙(ボキャブラリー)を豊かな物にしていくために
子ども達がまだ知らないかも知れない言葉も出てきます。
特に説明文は、自然科学ほか、その授業を通して始めて知るといった内容が多いです。

今回の単元では、「川上」と「川口」という言葉が出ていました。
「川上」は大人の方ならご存知でしょうが、子ども達にはまだ難しい言葉です。
「川口(川の水と海の水が混じるところ)」は大人でもあまり聞かない言葉だと思います。

スーパー先生以外のお二人の先生は、口頭で(教科書にも言葉で説明は載っています)説明されました。
スーパー先生は、黒板にチョークで山を書き、そこから流れる川を河口に行くにしたがって広く蛇行させて描き、そうして海につなげて描かれました。
「川の上の方、山の方だねぇ。こっちが川の上だから「かわ」「うえ」ってかいて(絵に書き込みます)川上(かわかみ)っていうんだね。」
「じゃぁ、川の下のほうは・・・「かわ」「した」って書いて(書き込みます)川下(かわしも)って読むんだよ。」
「じゃぁ、さっきでてきた「かわぐち」ってどこだろう?教科書の下に説明があるよ。読んでみようか(全員で音読)。そうだね、川が海になるこのあたり(書き込みます)が「川口」なんだね。」

フォローにまわってると良くわかるんですけど、子ども達の頭の中で
こうして川から海への流れや繋がりがイメージできていないことって多いです。
こうして絵にしてもらうと、全員がその繋がりをイメージできるんですね。

そして、そのまま、その絵を使って、
皆が音読した文章をたどっていくことで、文章に書かれている事が格段にわかりやすくなるんです。

さけは時期ごとに居場所をかえる魚です。
文章の中には、そうした位置の変化と、時間の変化と、さけの成長の度合いの変化と、更に夫々の時点での暮らし方の変化が書かれています。

でもね、一部の子ども達を除いて、その4つの変化を一度に読み取るのは難しいんです。
「何をしたか」といった行動面での変化はつかみやすいのですが、その周囲に書かれている他の3つの変化は頭に残らなかったり、残ったとしても他の要素とつながっていなかったりするんですね。


大人のさけが海から川へ上がってくる事。

途中3メートルもある滝(これも1メートル物差しなどを使って教室の天井くらいから落ちてくる滝だとイメージさせてます)を流れに逆らって乗り越え、川上へ川上へ登ってゆく事。

水の綺麗な川上で卵をうむ事。

卵からかえったさけの赤ちゃんは川を下り、少しずつ大きくなって、川口までたどり着き、川の水と海の水が混じったその場所で1ヶ月ほど過ごす事。

体がしっかりしてくるといよいよ海での生活が始まる事。


そういう内容を、絵を使って説明されるのと、言葉だけで聞くのとでは
全然違うんですよね。
そして、段落ごとに丁寧に読み取っていく時にも、この絵をベースにして、
今さけはどこにいてどんな事をしているのかということを毎回確認していくわけです。


忘れないうちになるべく細かくスーパー先生のやり方を書きとめておきたかったので、まとまりのないわかりにくい文になってしまってすみません。

家庭で使えるポイントとしては、
説明文は「問いかけの文」に注意が向くように仕向ける。
(「注意しなさい!」ではダメで、自然とそこに注意が向くまでさり気無く繰り返す)
言葉の説明には絵や実物を使って見る。
文章全体の読み取りにも、使えるならば絵などを使って見る。
(これも、取りいれるなら繰り返し繰り返しして、自分でも絵を描いたり挿絵などを使って文章読解の助けにできるようになるまで繰り返す)

といったところでしょうか。
のんびり娘の中学校の先生が言ってました。
「国語っていうのは、言葉や内容は確かにどんどん難しくなるかもしれませんが、
やることって実はそう変わりないんですよ。だからね、繰り返し繰り返しやっていけば今できなくても高校でできるようになったりするんですよ。」









読書感想文

2008-08-03 23:50:24 | 小学校国語
リクエストいただきましたので、書いてみます。

読書感想文といっても、「読書」だけでくたくたになってしまう娘を持ってしまっては、何か手を考えないとどうにもなりません。

まず、本の選択。
字の多いものはパス。なるべく薄くて負担にならないものを選びます。
そして内容。心に感じるものを書くタイプのものは、語彙の少ないのんびり娘の言葉を引き出すのが難しくなります。
「嬉しかった。」「可哀そうだった。」「すごいと思った。」・・・
こう言った一言で片づけられたら、400字なんてとても埋められません。

また小学校時代ののんびり娘は、感想を膨らまそうとこちらが質問を続けると、
「問い詰められている」と感じて(答えられないから、ストレスでそういう風に反応しちゃうみたいです)、嫌がったり反発したりしてましたから、なるべく彼女がことばを出しやすい素材を選ぶ必要もあったんです。

ですので、「課題図書」にはこだわりませんでした。
最初に選んだのは、「セミとり名人」というものすごく薄い絵本。
これは、幼児期におとりになっている方も多いかと思うんですけど、
「こどものとも」とか「かがくのとも」とかといった、
定期的に届けてくれる薄い絵本の一つでした。

小さな男の子が、少し大きな男の子から
セミとりの仕方を教えてもらうというもので、
セミとりの網の作り方から書いてありました。
音読しても5分で読める本。

で、その本の通りにセミとりをする
という「体験」をもとに感想文を書くことにしたんですね。
体験としても「遊び」の感覚で楽しめますし。

まずはスーパーのビニール袋で網を作るところから始めて、
田舎のおばあちゃんの家の木に止まっているセミを捕まえて、
そして、絵本にあるみたいに、セミをとまらせたり、つかもうとしてみたり。
ぜぇんぶ、絵本のまねをしてやってみて、
それを作文にしたんです。

やったことに関しては、言葉で説明できますよね。
絵本をもとに「網の作り方」を書く。そして、それについての感想を書く。
やったことですから、言葉も出やすいわけです。
で、次に、その網を使ってセミを取りにいった話を書く。そしてその感想を書く。
それから・・・
というように、
したこと。感想。したこと。感想。したこと。感想・・・
と書いていくと、最後のまとめは一言でも、それなりに形が整うんですね。
そして、本人も「自分が考えた」と感じやすい。

最初にこの方法でやって、かなりうまくいったものですから、
以来我が家の読書感想文は、「体験」重視。

最近の、課題図書には理系のものも交じっていますので、
「実験」とか「観察」とかといったものを見つけてきて、
本の通りに(あるいは少々アレンジして)
家族で実験、観察。それを文章にしてます。


今年は読書感想文の課題が決まってしまっていて(読書感想文にするかほかの作文にするかは選択できます)、実験観察が使えないんですけど、
感想部分をちょこちょこはさんでいくという手法は使えると思っています。


と、ここまで書いて、
「いや、体験使えるかも。」って思ってきました。
課題は「盲導犬」に関する本なんですけど、
「盲導犬体験」、もしかしたらどこかでできるかもしれないですね。
見学とかという形ではなくても、盲導犬に遭遇できそうなところを探してみるくらいのことはやってみようかな・・・。




しんにょうは ひらがなの「て」をはねさせる

2008-06-26 00:35:38 | 小学校国語
しんにょうって、形の鶏肉維持ですね
もとい、
形の取りにくい字ですね。

まねっこが苦手なお子さんの中には、
曲がり切れなかったり、曲がりすぎちゃったりと、
形が上手に取れない子が多いです。

で、何か見えやすくなる教え方はないかと、じっと観察。
すると、ひらがなの「て」がしんにょうの中から浮き上がって見えました。

まず、頭の点を書くでしょ。
そして、「て」をちょっと斜め上にあげて書く。
そして反対方向にちょっとはじく。
ここまでが一画ですね。

「てぇー、ちょん」
っていう感じで声かけながら書かせてます。

それから2画目
これは、一画目の終わりの方向がキチンと決まれば、
その最後から書き初めなのでそんなに難しくないですね。
「すーー、はらう。」でおしまい。

もしも、どうしてもうまく書けないと言うお子さんがいらしたら
試してみてください。

くっつきの「は」「を」「へ」

2008-06-25 23:10:31 | 小学校国語
国語は今年初めて本格的に教えているので、
まだこなれていないのですが、
のんびりちゃんを見ているお母さん達は、
やっぱり皆「初めて」でしょうから、
こなれていなくても何かしらのご参考にはなるかもしれないと思って
書いていくことにします。

“くっつきの「は」「を」「へ」”

単語の後につく「わ」「お」「え」
と発音するものは、「は」「を」「へ」と書く。
これが、小学校で始めて習う「文法」らしいものでしょうか。
表音文字(音を聞いたらかけてしまう)が基本の、日本の文字の例外ですので、
子ども達にはなかなか難しいところです。

勤務先の小学校の1年生達は、今毎日このプリントに取り組んでいます。
が、やっぱり難しいですね。


「ぼくは おにぎりを たべて えきへ いきました。」
という文章では、

「ぼく( ) ( )にぎり( ) たべて ( )き( ) いきました。」
といった形の問題になります。

で、それぞれ横に、選択肢として、
は・わ お・を お・を え・へ え・へ
が小さく書いてあるんですね。2択。

この2択っていうのは、なかなか曲者で、
間違ったら、「じゃぁ、こっち」って深く考えずに書いちゃう子が
教室のあちこちに出ちゃうので、教えにいく暇が作りにくいんですね。
だから、答えあわせをされてしまう前に、ササッと教室中を回って、
間違え方から、「わかってない子」をチェックして、片端から回っていくんです。


弱い子達には、まず
「くっつく」
という言葉の意味をイメージさせなきゃいけません。

で、単語(ぼく、おにぎり、たべて、えき、いきました)を四角で囲む方法をとっています。

「言葉にくっつく」と言われても、「言葉」の区切りがどこまでかを意識しにくいのがのんびりちゃんですからね。四角く囲む事で単語の塊をしっかり意識してもらおうという作戦です。
もちろん、最初のうちはこちらでリードして四角を書きます。子ども達には何をしてるかわからないですもん。何度も繰り返し見せるうちにやり方を掴んでもらえればいいんです。
で、
「四角の中は、本物さん。四角の外はにせものさん。」
って言いながら、どちらを選ぶかやっていくんです。

口では「わ」「お」「え」
っていっているのに、「は」「を」「へ」と書くんだから、こっちは「にせもの」でしょ。
「くっつきの わ(は) お(を) え(へ)」なんて言われるより、わかりやすいと思うんですよね。

でも、学校の先生方の教え方から乖離してしまってはまずいから、
「四角の外で、言葉にくっついているのが偽者なんだね。」
と時々混ぜて、先生の使う「くっつき」という言葉の意味にも慣れてもらいます。

おなじ「わ」「お」「え」と聞こえる音でも、本物と偽物があること、
それは、わ・は お・を え・へ という組み合わせである事。
そこをわかってもらうのが第一段階かな。
で、選ぶ時の目安を、「四角の中、外」で掴んでもらう。
そのことで、
「こっちでなきゃ、あっち」
といった答え方ではなくて、「これはどっちだう?」って考えるひっかっかりができる事を狙っています。
子供自身が、四角で囲めなかったら、一緒に読んでこちらが囲み、子どもは
「中は本もの、そとは偽物。」っていうキーワードで選んでいきます。
繰り返すうちに、選ぶのはすんなりできるようになります。
そしたら、四角で囲む方法も少しずつ本人にやってもらうようにしていきます。

何度も四角で言葉を囲む作業をしているうちに、
「単語」というものを感じてもらいたいという思いもあります。

のんびり娘がそうでしたけど、一文字ずつ拾い読みをする子は
単語の切れ目がなかなか見えないんです。
四角く囲む事で、「単語」という塊を意識する習慣をつけてもらえれば・・。
それは、この先の文法の学習全てにつながっていくものだから、力になると思うんだけどな。



あと、この「ハ」「を」「へ」の教え方ですが、
「宇宙人のお喋り」で教えていらっしゃる先生もいらっしゃいました。

かくして読んでも意味が通じるのが「くっつき の は、を、へ」
隠すと意味が通じないのが「わ、お、え」

「ぼく おにぎり たべて えき いきました」
ってよむと、ちょっと宇宙人(日本語苦手な外国人)みたいな感じでしょ

「ぼくは にぎりを たべて きへ いきました」
これだと、「にぎり」と「きへ」が訳わからなくなっちゃいますね。


隠して(抜かして)いいところと、悪いところ
これも「くっつきの は・を・へ」を見分けるのに役に立つかもしれませんね。













作文について。

2008-06-15 23:07:11 | 小学校国語
続きになっちゃうんですが、作文の事を少し書きます。

昨日紹介したクラスは、1年生のとき、それはもうハチャメチャな状態でして・・。
経緯は良くわかりませんが、講師として入られたベテラン先生が、
そのクラスの「作文」と「体育」だけを受け持っていました。
この方は、叱るときにはびっしっと叱るタイプで、
「ひとを見る能力」にたけた、このクラスの子達を御するのが実にお上手でした。

で、この先生の作文の指導法が実に素敵でこれは以前書いたこともあると思います)、
細かい事はつべこべ言わないんですね。
ルールとして、

題名は3ますあけてから書くこと。
名前は、下にあわせること。
最初の書き出しは、一ますあけること。

というのは徹底されて、
これが出来ていないと、容赦なく消しゴムで消されちゃうんですけど、
それ以外の「て、に、を、は」や「っ」「ゃ、ゅ、ょ」の間違いはおろか、
「がっこう」が「がこう」になっていうようと、
「おかあさん」が「おかさん」になっていようと、
先生のほうで想像力を働かせて解読し、ものすごい雑な字も判読し、
「自分が体験した事」
「自分が感じた事」
が書けていれば、必ずそこに花丸をするんですね。

そのせいだと思うんですけど、
先日、運動会の事について作文を書かせた授業のときも、
1枚、2枚、3枚、4枚・・
と、どんどん進んで書いていくこがたくさんいるんです。
授業時間の賞味30分ぐらいで、5枚目に突入している子もいるぐらい。
普段の素行が素行ですので、かなり意外な風景なんですけど、
半数以上の子は、さほど悩まずに鉛筆を走らせていくんです。

そういうベースを作っていただいているから、
「発見」しに行ったときに、どの子も萎縮しないで
見たものをどんどん書こうとするのかなって思います。
F君やT君なんて、まだひらがなが完成してませんので、
判読にもかなり想像力がいるんですけど、
臆せずに字を書いていくんですね。
より「文字」に弱いT君の方は、と中でまどろっこしくなったのか
「絵」で表現する方に行っちゃいましたけど・・。

ただ、「かきたいこと」があっても、
それを思うように言葉でまとめられない。
「言葉」にはしたけれど、「文字」がすんなりでてこないことで
思考の流れがストップしてしまう子達が私の見るべきお子さんたちなので、
そこはすかさずフォローするようにしています。
せっかく見つけた「発見」にわくわくする前に、
「言葉に出来ない」という事でイライラとしてしまわないように。
「文字が見つけられない」という躓きで、投げ出してしまいたくならないように。

別に、今、完璧に「出来る」必要なんてないんですもの。
自分の発見や、自分だけの感想を、気持ち良く綴っていくという感覚がつかめればそれでいい。そう思うんです。


「発見」のポイントについては、
あれやこれや、子ども達が気がつくように、
私も触ったり、数えたり、突っついたりして
「へぇーー」を連発します。

「目」「耳」「鼻」「口」「手」
「色」「形」「手触り」等、
伝えられる手掛かりはいっぱいあります。
そして、こうした「発見」の手掛かりは、高学年になっても中学生になってもそう変るものではありません。
だから、こうして楽しめるうちに、色んな方向からアプローチするといい事を
体験しておいてもらうといいですよね。



作文

2008-06-15 02:44:13 | 小学校国語
2年生の国語は、「発見カード」なるものを書いて、それを更に詳しくワークシートに書き、最終的には原稿用紙に作文としてまとめる事。

昨年度、大変な混乱のままに1年生を終えてしまったクラスでは、
ワークシートに書くという第二段階からフォローに入れました。

今年度、先生が代わって授業が成り立つようになったのですが、
それでも、「好き勝手」ちゃん達がたくさんいるクラス。
「出来ない」「わからない」となったときの投げ出し方は早いです。
「一切やらない」という子が何名も出ちゃうのね。

言葉が弱くて膨らませられないタイプのこのところを片端からまわって
全体が動くようにサポートに入るのですが、S君、動きません。
というのも、宿題で書いてくるはずの(しかもそのあと時間をとって仕上げをしている)
「発見カード」が白紙なのです。

「虫でも花でも何か見つけてこなかったの?」
と聞くと、いつものごとく知らん顔。
思い出せる何かが無いかと、いろいろと水を向けてみるのですが、
さっぱりひっかっかってきません。
結局、時間切れ。
「今日、必ず書いてくるんだよ。」
と声かけして終わりました。

さて、次の国語の授業。
他の子ども達が、2枚目のワークシートのチェックをおえ、
原稿用紙に取り掛かろうというのに、やはりS君は何もしてません。
机の中には、先日の発見カードが、クシャクシャになって突っ込まれていましたが
やはり「白紙」。

前回もこの子は何もしていない。今日もこれでは何も出来ない。

そこで、担任の先生に
「S君、このままじゃぁ何もできないので、ちょっと校庭に連れて行って
発見カードかかせてもいいですか?」
すると、
「あっ、そしたらF君もお願いします。」
「F君、この間のは発見じゃなくて日記だからね。発見してくるんだよ。」
という事になり、
「先生、k君とT君もですかね。」
と伺うと、
「お願いします。体育館横にあじさいが咲いてましたので、あのあたりでいいかと思うんですけど・・」

で、4人を引き連れて発見しに行きました。

s君、あじさいの近くで団子虫を見つけました。
コンクリートの上にひっくり返して観察です。
「うわー、きもちわるーい。足が・・・」
と数え始める様子。(しめた!!)
「何本あるかな。数えたら書いちゃおう。あっ、髭もあるねぇ。」
「お尻のとこに白いのがある。」
「おぉー、そんなのがついてるんだ。それも書いちゃおう。」

これだけで、普段動かないS君が、どんどん書き始めたんですよね。
点々がついてるとか、つついたらどうなるとか。

夫々、「書く」という能力の差はありますけど、どの子も
いっぱい「発見」をして、
そしたら、いつもは1行書いては休憩する子達が、
悩まず鉛筆を走らせて行くの。

F君の字は解読がかなり難しいけど、
それでもあじさいの花の色や、葉っぱの裏に筋がある事楽しそうにかけました。

まだひらがなが怪しいT君も、よく見てあじさいの花の絵を書いて、
一生懸命「発見」してます。

K君は、「わからなーい」を連発する子だけど、
発見カードを書き終わると、教室に2枚目のワークシートをとりに行って、
私のところで2枚書き上げていきました。

最後までいっぱい「発見」していたS君。
教室に帰ってからはもう時間があまりありません。
いつもの彼なら、ダラダラと休み時間になるのを待つところなんですが、
誰にも何にも言われないのに、ワークシートにサラサラと鉛筆を滑らせています。
教室でいくらせっついても一文字も書かなかった子がね。

大人はつい、
「思い出して書け」って言っちゃうけれど、
「思い出して」ではかけない子がいるんじゃないのかな。
ってそんな事を思いました。

思えば、のんびり娘も、
日記系は滅茶苦茶弱かったけど(時系列、誰が誰に何したかがゴチャゴチャになる)
観察ものは、結構ちゃんと書けた(口述筆記ですけど・・)っけ。

見て、発見して、それをその場ですぐに言葉にして書きつけていく。
「自分が見つけた!」という楽しさが文を書くことへの抵抗を薄めてくれるし、
書く事を忘れちゃっても、もう一度目を落として思い出せる。
そんな安心感がいいのかもしれません。

小学校の低学年では、最初のうち、
日記のような作文からはいるのが普通だと思うのですが、
こうした観察物から入るのもいいんじゃないのかなって思ってしまった体験でした。