落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第72話

2013-05-21 11:05:31 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第72話
「2004年8月9日」





 日本初という歴史を背負って誕生をした美浜原発は、
原子力をめぐる未成熟な技術環境のせいもあり、未公表のものも含めて、
50年間のあいだに、重大で深刻な事故を何度も繰り返してきました。
そして、その最大ともいえる事故は2004年の運転中に発生をしました。


 2004年8月9日午後3時22分。
営業運転中の関西電力・美浜原発3号機の2次系配管(直径56センチ) の一部で、
いきなり最大で57センチの穴があき、きわめて大きな破裂が主配管に生まれます。



 破裂をした箇所は、タービンを回すのに使っている2次冷却水を
蒸気発生器に戻す復水管の部分で、この付近の2次冷却水は140度以上もあり、
10気圧ちかい強い圧力がかかっています。
この配管の破裂により、きわめて高温の蒸気と熱水が一気に周囲へ噴出しました。
5日後に迫った定期検査の準備作業をしていた「関電興業」の下請け企業、
「木内計測」の作業員11人がこの事故に巻き込まれてしまいます。
この事故で、5人が全身やけどで死亡し6人が重傷を負っています。
日本における原子力事業所内の事故としては、過去最悪ともいえる
犠牲者を出してしまいました。


 原子力推進派たちは、これだけの大惨事にも関わらず、
2次系冷却水に放射能が含まれなかったことから、これを「単なる労災事故」として扱い、
原発の安全性を擁護したまま、事故を軽度のものとして片付けてしまいます。
こうした対策ぶりの中にこそ、常に原発の存在を擁護してきた側の危機管理意識の乏しさと、
事実を歪曲し隠ぺいするという欺瞞の体質が、すでに露呈をしてきているのです。
この事故が意味しているもっとも重大な事実は、炉心を冷やすべき冷却水の大半が
すでに失われて、炉心そのものが溶解の寸前であったという点です。



 この事故により、885トンにおよぶ冷却水が噴出して漏出しています。
この量は、2次系冷却水全体量の約8割に相当します。
このために補助用の給水ポンプが稼動して、炉心への冷却水の補充が行われましたが、
1次系と熱交換を行う蒸気発生器の水位は、一時的には危機的な状態まで陥ってしまいます。
関西電力の発表でも午後4時55分段階で、水位が3分の1まで下がっていたということが、
後になってから明らかにされています。
しかし多くの専門家の意見によれば、一時的にはさらに冷却水が下がっていたという
可能性すら有ったと、厳しく指摘がなされています。


 この事故により原子炉は、事故発生の6分後に自動で緊急停止をしています。
高温のままの緊急停止状態であり、冷却水の補充に失敗をしていれば、炉心溶融によって
破滅的な事故にいたるまでの危険性が有りました。
スリーマイル島の原発事故も、2次系冷却水の漏洩がきっかけで発生しており、
2次系といえども、冷却水の喪失事故を決して軽視することはできません。

 配管の破裂部分は、通常では10ミリほどある肉厚が、
配管の交換が必要とされる限度の 4.7ミリを大きく下回っていて、
最小で 0.4ミリまで薄くなっていたと、後の報告書に明記されています。
破裂した復水管は炭素鋼でできており、ステンレスなどと比べても
比較的、腐食などが進みやすいといわれています。


 原発美浜と同じ加圧水型原発をもつ、アメリカのサリー原発の建屋でも
1986年に、直径45センチの配管が一瞬のうちに破断するという事故が発生をしています。
高温の水蒸気と熱水を浴びた作業員4人が死亡するという、今回と同様の事故が発生しており、
その後、配管には激しい腐食跡も見つかっています。
この事故を受けて1990年に加圧水型原発では、新しい安全管理の基準がつくられています。



「2次系配管の肉厚の管理指針」では、
今回の破裂箇所は、もともと点検対象となるべき検査場所であると指摘をされています。
そうした指導にも関わらず、美浜原発を抱える関西電力では、運転開始以来27年以上
にわたって、いっさいのそれらの検査をしていないという、途方もない事実が、
この事故をきっかけとして、ようやく発覚をしました。
しかも破裂をしたこの箇所は、検査用などの枝管ではなく2次系列とはいえ、
もっとも主要な部分を構成する、主要配管のひとつでした。



 「熱心だな。その顔は、
 またどこかで何か、興味深いものを見つけたようだ。
 今度はいったい、何に好奇心を持ったんだ」


 「あっ、お帰りなさい。
 ごめんなさい、気がつきませんでした・・・・」


 ノートパソコンを閉じて立ちあがろうとする響を、俊彦が目で止めます。

 「気にするな。お茶くらいなら自分でいれる。
 お前の分もいれてやるから、いいからそのまま、作業をつづけろ」



 上着をハンガ―に架けた俊彦が、そのまま台所へ消えていきます。
(続きは後で、ゆっくり検索するか・・・・病院の話の方も気になるし)
ブックマークを付けて検索を打ち切った響が、俊彦を追って台所へ移動をします。



 煙草をくわえて換気扇の下に立っていた俊彦が、響の気配に気がついて、
着火していたライターを、一瞬で吹き消してしまいます。
笑顔のまま、響が俊彦へ最接近をします。



 「なにを遠慮してんのよ。自分の家でしょ。がんがんやって頂戴」

 ヒョイとライターを奪い取った響が、『どうぞ』と、
きわめて丁寧に、俊彦がくわえている煙草に火を点けます。


 「美味しいでしょう。愛しい娘に煙草に火をつけてもらえると?」



 火をつけ終わり、ゆっくりと後退をした響が、食器戸棚の前で腕を組み、
まばたきひとつもしないで、平然としたまま俊彦を見つめています・・・・
が、次の瞬間、自分がたった今、さらりと途方もない事を口走ってしまったことに、
ようやく自分自身で気がつきました。
(えっ。あたしったら今何気なく、大胆な言葉を口にしまった!。)


 言ってのけた当の本人でさえ、なぜそんな言葉が突然出たのか
理解が出来ないままの、まったく不意うちともいえるような出来ごとです。
響の頬が急激に火照り、胸の鼓動がにわかに高まってきました。



 (うわ~失敗。軽々しく口にしてはいけないことを、
 ついに言っちゃったわ。あたしったら。
 しかも、思ってもいない突然のタイミングだもの。どうしたんだろう、今日の私は。
 あまりにも突拍子すぎるし、唐突過ぎる!)



 目を見開いている俊彦の顔を直視したまま、響が茫然と固まってしまいます。
早鐘のように高鳴ってきた心臓の音は、響の周囲の物音を完全に消し去ってしまいます。
一口だけ煙草をふかした俊彦が、煙のすべてを静かに吐き出します。
緊張していた顔の表情をふいに崩すと、その目が台所に有るはずの灰皿を
あわてて探し始めました。
先に見つけた響が、灰皿を手にして、俊彦へ差し出します。
『ありがとう』と受け取った俊彦が、灰皿へ煙草を押しつけるとゆっくりともみ消します。
お互いに言葉を探し続けている沈黙が続く中、俊彦がまず先に口を開きました。



 「そうだよな。君は、
 顔も見たこともない父親に会いたくて、今頃になってから家出をしてきたんだ。
 お母さんもそのことはすでに承知をしているし、
 君にとっても相変らず、それはきわめて大きくて、大切な問題だと思う。
 そのことに関して、俺たちは、もっとちゃんと向き合って話し合う必要が有るようだ。
 ただし・・・・」


 と俊彦が言いかけたところで、
奥の部屋からドスンと言う、なにかしらの鈍い衝撃音が聞こえてきました。
山本の短いうめき声が聞こえ、ゼイゼイとあえぐ声がしばらく続いたあと、一転して
今度は、激しい咳込みの声が聞こえてくるようになりました。
はじかれたように、響が奥の部屋に向かってへ突進します。
『まさか・・・・』俊彦が、病院での杉原の言葉を思い出している間もなく、
次の瞬間には、響の絶叫に近い甲高い声が、アパート全体の空気を切り裂きました。


 
 「お父さん。山本さんが大変!
 吐血で、お蒲団が血の海になっている!・・・・・
 大丈夫。山本さん、山本さん!。どうしょう・・・お父さん。
 救急車よ、救急車!」


 「落ちつけ、響。
 大丈夫だ。万一の場合には病院にすぐ、連れていく手はずをとってきたばかりだ。
 すまないが、俺の携帯から杉原を呼び出して、
 これから山本さんを、緊急で搬送すると伝えてくれ。
 一刻を急ぐかもしれないから救急車ではなく、俺の車を使う。
 すぐに、病院へ向かうから、頼んだぞ。杉原への連絡は」



 「はい。お父さん!」


 (お父さん・・・・確かたった今、
 響が、俺のことをそう呼んでいたよなぁ。気のせいじゃなく・・・)


 山本を抱き上げて自分の車へ急ぐ俊彦が、青ざめた顔のままそう答えていた響の
言葉を、なんども再確認をしています。







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