落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第64話

2013-05-13 10:38:24 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第64話
「3つの奇跡・・・」




 山間に密集をした住宅地を抜けた小路は、やがて一気の急坂に変わります。
竹林の手前まで続いている100mほどの急道を上りきると、ようやくのことで、
目的地となる吾妻公園へ到着をします。
寒い冬が長引いたときに限り、4月に咲く桜と5月の連休前に花盛りを迎える
チューリップと花の時期が重なる事が、まれに有ります。


 「桜とチューリップの奇跡の出会いばかりか、今年は白梅まで残っています。
 竹林までの坂道には、山の沿って黄色の山吹きまで咲いていますので、
 今年は極めてカラフルにお花が揃っていますね・・・・」


 坂道の途中で立ち止まり、響がそんな風にささやいています。
10数年ぶりという極めて厳しい寒さをみせた今年の寒波は、関東地方に
3月の半ばを過ぎても、春を訪れを呼び寄せません。
例年なら2月の半ばから花をつける梅も、今年はひと月近くも開花が遅れました。
4月に入ってから、日に日に温かさが増してきたとはいえ、結局、桜の満開もまた
10日以上も遅れました。



 「そのおかげで、こうして奇跡のような光景を見ることができるわけです。
 それにしても、自然のなせる技には、凄いものが有りますねぇ。
 東北地方では、リンゴと桜、時には桃なども同時に咲くという光景を見ましたが、
 こちらで梅まで残っていたとは、実にまた・・・・これも、驚きです」


 ハラハラと舞い散ってくる桜の花びらを、山本が眩しい顔で見上げます。
四季折々にたくさんの花に彩られる吾妻公園は、その3方向を急峻な山に囲まれています。
棚田の形に連なりながら、哲学の小路とも呼ばれている遊歩道のすべてに、
所在の道案内をするかのように、数十本の桜の木が並んで植えられています。
その隙間には、散り惜しむようにかすかに花弁を残している、白梅の様子もみえます。
南向きに作られている花壇の多くでは、すでにチューリップが
満開の時を、しっかりと迎えていました。
3方向を取り囲まれている吾妻公園は、公園自体がひとつの巨大な日だまりです。


 「色とりどりのチューリップと、散り始めた桜の花びら。
 かすかに残った白い梅の花に、目にしみるような黄色い花の山吹。
 たしかにここは、別天地です。
 ここに足りないものといえば、緑の若葉だけですね。
 花たちの方が季節には敏感なのでしょうか。
 山の上の方の木々はまだ、まったくの枯れ枝のままで寂しそうです。
 あちらには、いまだに冬の気配が残っているようです」


 たしかに稜線に見える木々たちには、まだ春の芽吹きは見えません。
そんな稜線の様子を見上げながら、山本と響きが再び歩きだそうとした時に、
背後から可愛い足音が近づいてきました。
振り返ると、小さなリュックを背負った黄色い帽子の一団が、ジャージ姿の
保母さん達に引率をされて、にぎやかに坂道を上ってくるのが見えました。



 「あら・・・・地上を雲雀(ひばり)が、歩いてるわ!」



 響のつぶやきを、引率の先頭に立った保母さんが笑顔で受け止めます。

 「うふふ、ほんとに。ひばりそのものですよ。
 こんにちは。
 とっても良いお天気ですねぇ。
 青空で、さえずる雲雀が、とてもにぎやかな季節になりましたが、
 負けず劣らずこの子たちも、おっしゃる通りに、朝からとてもにぎやかです。
 たしかにこの子たちは、地上を歩く雲雀のようです。あっははは」

 
 「あ・・・はい、こんにちは。ごめんなさいね。
 今日は、すこぶる可愛いカルガモさんたちの、お散歩ですね。うふ」


 「はい。お天気が良いので、恒例のチューリップのお絵描きにやってきました。
 すぐ麓の保育園ですが、ここまで歩かせるだけでも、すでに四苦八苦です。
 車に乗り慣れているために、移動は全部、車で行くと子供たちは思いこんでいます。
 大変です。雲雀たちを、なだめすかして歩かせるのは。
 カルガモなら良く歩くのでしょうが、
 やはりそちらも、言うことをきいてくれないようです。うっふふふ。
 私たちは、一番上の花壇まで登る予定ですので、ここで失礼します。
 さぁてみんなも、応援をしてくれている綺麗なお姉さんとおじさんに、
 しっかりと、ご挨拶をしてくださいね」


 子供たちが、口々に挨拶をしながら元気に通り過ぎていきます。
おまけとばかりに、とびきりの笑顔まで真近に来てプレゼントをしてくれます。
その笑顔に山本が事のほか、目を細めて喜んでいます。
愛想の良い保母さんに引率をされた黄色い一団は、最後の急坂に向かって
いっそうのさえずりの声をあげてながら、ひょこひょこと遠去かっていきます。



 「楽しい事と奇跡がいくつ重なったのか、もうすっかり解らなくなりました。
 それほど、ここは楽しい事があふれている公園です。
 やっぱり歩いてきて良かった・・・・人には元気が一番のようです。
 春の景色にも、子供たちの明るい笑顔にも、たくさん元気をもらいました。
 やはり、元気でいられるのは、実にありがたい・・・・」


 棚田のように作られた花壇のひとつずつを、
ゆっくりとした歩調で見て回りながら、山本がしみじみとつぶやいています。
途中の花壇で、先ほどの園児たちとまた遭遇をしました。
チューリップの花壇をぐるりと取り囲み、画板を膝に置いて写生をはじめています。
目ざとく、さきほどの一番元気な男の子が顔を上げました。

 「白髪あたまのおじちゃんと、綺麗なお姉さんがデ―トしているよ。先生」

 山本が、お絵描きをしている園児の背中で立ち止まります。
「上手だね、ぼくは」と声をかけると、男の子が、さらに元気な声で答えています。
「僕のお嫁さんもねぇ~、ほら、真っ正面にすわっているよ!)と、
得意そうに反対側を指さして見せます。
お嫁さんと呼ばれた当の女の子は、「ふんっ」とばかりに横を向いてしまいます。


 「あら?・・・・僕たちはどうして並んでお絵描きをしないのかしら。
 油断していると、だれか他の人にお嫁さんをとられちゃうわよ。めぇ~ぼく」

 響もつい、つられて会話に参加をしてしまいます。

 「ぼくは、さっちゃんを見ているのが大好きなんだ。
 並んだら顔は見えないもの。さっちゃんは、みんなの人気者だよ。
 でも、ぼくと違って、とっても照れ屋さんなんだ」


 遠巻きに園児たちの写生の様子を見物している大人たちから、失笑がもれます。
男の子は、それでも何故、さっちゃんが大好きなのかを、山本にむかって
さらに一生懸命に、その説明を繰り返しています。
先頭を歩いていた先ほどの保母さんが、笑いながらやってきました。



 「ほらほら、おしゃべり大好き人間の、たっちゃん。
 あまりおしゃべりをしすぎていると、また、さっちゃんに嫌われます。
 ごめんなさいね、この子、園で一番のおしゃべり君です。
 お母さんも賑やかですが、見た通りでこの子も、親子二代での雲雀なんです。
 あら、余計なことまで言っちゃっいました!。あたしまで。
 これは、あくまでも内緒の話です。
 陽気が良くなると、人は警戒心まで緩んでしまいます・・・・
 いけない、いけない。ほっほっほ」


 確かに、心の底までが、ほんわかとしてきそうな陽気です。
日だまりとなっている公園では、大人たちもまた、のんびりとした時間を
心いくまで、ゆったりとしながら一様に過ごしています。






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