落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第58話

2013-05-06 10:07:03 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第58話
「響と赤いランドセル」




 「ねぇ、トシさん。
 また今までみたいに、『六連星』を手伝ってもいいかしら。
 実はもう、昨日で金髪の英治に紹介をしてもらったお店は、辞めてきちゃったの。
 考えている事が有って、そのスタートまでの限られた期間になると思うけど、
 それまでの間、またお店で使ってくれる?」

 「俺なら一向にかまわない。
 ただし、水商売ほどのバイト代は出せないぜ。
 それでもいいなら、響の好きにするがいいさ」


 「いらないわよ、バイト代なんか。
 居候でお世話になりっぱなしだもの、多少の役に立ちたいわ」

 「被災地で、変なものでも食わされてきたのか?
 ずいぶんと、殊勝な心がけようだ」

 「心がけでは無く、善意と言ってください」



 トントンと、響が元気に階段を駆け上がっていきます。
東北の被災地から戻ってきて一週間余りが経ち、その間、いろいろと思案を
してきた響が、なにやらひとつの結論をだしたような気配をさせています。
『被災地をあの子なりに見てきて、何か感じるものでも有ったんだろう・・・』
清子への近況連絡を、俊彦もそんな言葉で締めくくりました。


 実際に被災地から戻った日から、俊彦がよく目にしているのは、
ひたすらパソコンに向かうようになった響の姿です。
熱心に何かを検索しているような雰囲気が有ります。
目を宙に向けて、なにやら文章を考えているような素振りなども時折見せています。
何かが変わったと言うよりも、何かが響の中で動き始めたような気配がします。
しかし、本人がそれを口にしないために、その目標がどこにあるのか、
いまのところ周囲では誰もわかりません・・・・


 しかし、ここに一人だけ例外がいます。
久し振りに『六連星』にやってきた岡本が、エプロン姿の響を見つけるやいなや、
抱きつかんばかりに最接近をして大喜びをしています。



 「よかったなぁ、トシ!。
 ちゃんと響が戻ってきて。そのうえこの格好は、また店を手伝うということだ。
 やっぱり響には、なんといっても、トシの店に居るのが一番似合う。
 バイト代が少なかったら俺に言え。
 何倍にもして俺が、トシから分捕ってやるから、あっははは」



 渋い顔の俊彦とは対照的に、岡本はすこぶる上機嫌です。
立て続けにビールを注いでもらって、それを呑みほしたころには、
すっかり有頂天で、真っ赤っかになっていました。

 「トシが、実は、根っから心配をしていたのさ。
 男と女のことだから、このまま居なくなるか、秋田にでも嫁ぐことになったら
 どうしたらいいんだと、あいつは、毎日うろたえていたぜ。
 俺は、響はそんな子じゃないから心配するなと言ったんだが、
 一晩で帰ってくるはずのお前が、もう一晩経っても桐生に帰って来ない。
 もう、その心配ぶりは最高潮だ・・・・
 実にあわれなもんだぜ、オヤジなんてやつは」


 「オヤジ?」

 
 響の目が、光ります。
その視線が、厨房で背中を向けている俊彦のもとへ走ります。
岡本が、あわてて訂正を入れました。

 「いや、その・・・・なんだなぁ。
 俺たちの年頃になると、まぁ、おおかたの男が、
 何気なく、適齢期になった娘の行動に、そんな心配をし始めると言うことだろう。
 それにしても、無事で戻ってきたので、なによりだ。
 被災地だからどこを見たって似たようなものだろうが、
 どうだ。響には、何か収穫があったか」


 「うん。私の人生が変わるかもしれないほどの、衝撃と出合いました」


 「おっ、英治以外に、いい男でも見つけたか!」



 「岡本のおっちゃん。
 なんでそんなに、私をお嫁さんに出したいの?
 いくら同じ歳頃の娘さんが居るからって、そんな無駄な心配をしないでください。
 だいいち今の時代、適齢期になっても、多くの女性たちは、
 お嫁に行くという選択肢だけで、生きているわけではありません」


 「男には、興味がないのか、響は」


 「そういう話はしていません、私は、もう!。
 いちおう私も、すこぶる健康で、24歳になったばかりのピチピチの女です。
 それなりの1欲求の本能もありますし、子供を産んで育てることにも
 ちゃんとした、憧れなどを持っています」
 

 「おい。たしか、21のはずじゃないのか、お前は。
 うちの娘はたしか21歳だが、おまえ、いつの間に3つも歳をとったんだ」

 「しまった・・・ばれちゃった。
 秘密の玉手箱を、自分で開けてしまったわ」



 響が、もう一度、厨房を振りかえっています。
しかし当の俊彦は背中を見せたままで、ひたすら仕込み仕事に没頭をしています。
そんな響を岡本が、小声と手招きでを、そっと呼び寄せます。



 「で・・・・どうなったんだ、その後は。
 お前さんが、3つも年齢を誤魔化していた本当の意味は、
 やっぱり、あいつを探るために、最初から芝居だったというわけだろう。
 宇都宮でお前に赤いランドセルを買ってやったのは、
 よく考えてみれば、あれはまだ俺の娘が保育園に通っている時のことだ。
 覚えているか、あん時の事、」

 「おっちゃんの顔は記憶に残っていないけど、
 あの赤いランドセルのことなら、今でも良く覚えています。
 伴久ホテルの若女将が、先を越されたといって、たいへんに悔しがっていました。
 『なんで不良が買ってくれたランドセルが、そんなにいいの』
 って、へそを曲げて、とにかく大騒ぎでしたから」


 「あんときに偶然に会ったお前が、あまりにも可愛かったもので、
 俺もお祝いだと思って、ついつい買っちまった・・・・
 そうだよなぁ。女将が言うように、押しつけ同然の不良からのプレゼントだ。
 お前には、かえって悪いことをしちまったようだ」



 「ううん、よろこんで6年間、私は背負ったわ。
 実は、お父さんかもしれないなんて、勝手に思い込んでも居たし・・・・」

 「ありがとうな、響。
 お前さんは本当に配慮が効く、やっぱり優しい子だ。
 しかしまあ、残念なことだが、お前の父親は、この俺じゃねぇ。
 俺に出来ることなら、なんでも応援をしてやろうと思ってはいたんだが、
 肝心の清子が、隠しちまったきりで、その後はお前に会わせてもくれなかった。
 無理もねぇや・・・・
 芸者修業の真っ最中の、20歳の時に身ごもって出来た子供だ。
 お前さんも大変だったろうが、それから売り出してきたという清子の頑張りも
 相当なものだったと、俺も同感している」


 「伴久の若女将と、置き屋のお母さんに、
 いつでもたくさん、自分の子供のような可愛がってもらったもの、
 響は、ちっともさびしい思いなんかは、しませんでした」



 「でも、よう・・・・それでもやっぱり、
 父親の顔が見たくて、実は此処まで来たんだろう。本当のお前は」


 内緒だよ・・・と言いながら響が岡本に顔を寄せます。
岡本もチラリと厨房の様子を見てから、さらに一段と声をひそめます。


 「25年前と言えば、あいつが湯西川のホテルで、板前修業をはじめたころだ。
 で、どうなんだ。白状したのか、あいつは・・・・」


 「まだ、分かんないの。
 トシさんは、お母さんが子供を生んでいたことを、つい最近に知ったみたいだし、
 今さら、お母さんにも、あらためて父親の事なんか聞けないもの・・・・」

 「トシは、いいやつだ。
 お前が、ずう~と此処に居てくれると、俺も嬉しくなる。
 お前、お嫁になんか行かないで、ここでずっとトシの店を手伝えよ。
 そうすりゃ、俺はいつでもトシの旨い蕎麦が食えるし、
 可愛い響にも、会えると言うことになる。どうだ、一石二鳥だろ。
 そうしろ、もう、そういうことに決めようぜ」


 「何、勝手なことを言ってんさ。
 まだ解らないわよ、そんなことを言ったって・・・・」

 
 「赤いランドセルで良ければ、5個でも10個でも買ってやるぜ。
 まかせろよ、今の不良は金持ちなんだぜ。
 頼むから言う事を聞けよ。なぁ、響っ」


 
 「馬っ鹿じゃないの。おっちゃん。
 バッグならまだしも、もう赤いランドセルなんか欲しくないわよ、私は。
 だから、自分の娘にも相手にされなくなっちゃうんだ。
 古いなぁ・・・まったく、おっちゃんは」


 「駄目かなぁ・・・・」


 「駄目に決まってるでしょ!」




・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/