落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第68話

2013-05-17 07:29:14 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第68話
「じれったい話」





 「そうか。やっぱり響はトシの娘か・・・・。
 それでこそ、お前さんにいろいろと世話を焼いてきた甲斐が有るというもんだ。
 初めて見た時から、俺は響が大好きだった。
 おいおい、なんだよ。そんなに怖い目で俺を見るなよ。
 お前さんのことだって、俺はいたって大好きだぜ。
 15歳で花柳界へ飛び込んで、右も左の解らない芸者の世界で、ものの見事に、
 湯西川を代表する芸妓にまでのしあがったんだ。
 お前さんの、その根性も頑張りぶりも、俺は大好きだった。
 そうかい、やっぱり響はトシの子か。
 安心した。それ以上に、嬉しいぜ・・・・俺も」


 「あら。あんたは、私たちを応援をしてくれるの? 」



 「当たり前だ。馬鹿野郎。
 トシの野郎が響を粗末に扱ってみろ、その瞬間に俺があいつをぶん殴ってやる。
 それにしても、どういう訳だ。
 響が突然、その二部式のなんとやらという着物を着始めたのは、
 一体全体、どういう訳だ?」



 「あんたが連れてきた山本さんだよ、きっかけは。
 是非にと言って響に、織物会館で、二部式の着物を買ってくれたのがはじまりだって。
 なんでも、津波で行方不明のままになっている内縁の奥さんが、
 日頃から着ていた、お気に入りの衣装らしいのよ。
 二部式着物は、その奥さんへの供養がわりに、響へ買ってくれた品なんだって・・・・
 それでその日以来、ああして響が着物を着始めた訳なのよ。
 私が用意をしてやった成人式の着物なんか、まったく見向きもしなかったくせに、
 今頃になって電話をかけてきて、やれ着付けを教えろ、
 足袋や草履が欲しいから頂戴なんて、ずけずけと催促をするんだもの。
 いったい、どういう風の吹きまわしかしらねぇ・・・・」


 「なに、山本のために? 」聞いていた岡本が、思わず言葉を挟みます。



 「清子。
 響は心根の優しい、思いやりのある女の子だ。
 嬉しいじゃねぇか。そうやって山本の最後を見届けるつもりかもしれねぇ。
 そうかい。それで突然、響は着物なんか着はじめたのか。
 なるほどなぁ・・・・」

 
 「なんの話なの?、あたしにはさっぱり解らないけど」


 「原発労働者の山本だ。
 俺たちが原発へ送り込んだ連中のうちの一人さ。
 いままでの体内被ばくが原因で、ずいぶんと多くの連中が命を落としている。
 大半が、失業者やホームレス、借金で首の回らない連中を送り込んできたんだが、
 中には山本のように、自分から志願をして原発へ働きにやってくる奴も居る。
 だが、長年にわたって原発で働けば、遅かれ早かれ原爆病を発症しちまう。
 山本も、まさにそうした一人だ。
 医師の杉原の話では、もっても、あと数ヵ月から半年だと言うことだ」



 「まさか。あんたたちは、響までそれに巻き込んでいるというのかい」



 「待て待て。誤解をするな。
 俺たちが、響に看病を頼みこんだ訳じゃねぇ。
 自分から、その思い出があるという二部式の着物とやらを着こんで、
 そんな風に、余生の短い山本に、接し始めたと言う事だろう。
 すべては、響の思いやりから始まったことだ。
 お前さんも、救急医の杉原とは何度か行き会っているから、もう知っているだろう。
 俊彦の同級生で、広島帰りの医師で原爆症に関しては、そこそこに詳しい。
 俺たちは、杉原にも協力をしてもらいながら、原爆症になった労働者たちの
 最後の治療の面倒をみている。
 いまの日本では、病気が発症をしても原発が原因だとは、誰も認めねぇ。
 下請けの、そのまた下の下請けで働いてきた原発労働者なんていう奴は、
 用事が済めば、まったくの紙くず同然の扱いだ。
 そいつらが、病気になろうが死のうが、原発も日本の政府も振り向きもしない。
 黙って死んでいくだけが、こいつらの運命だ。
 おれも、長年にわたってそんな仕事で、うまい儲けを吸ってきた。
 せめてもの俺の罪滅ぼしの事業に、黙ってトシも、杉原も手伝ってくれているんだ。
 その事には、お前もすでに気がついているだろうがな・・・・
 だが、今回の山本の場合に限っては、もうすでに、手の施しようがないようだ」


 「そりゃ、あんたたちの不自然な行動には、うすうすとは気がついていたけど・・・・
 それにしても、あの子が、自分の意志で自らすすんで、ボランティアを
 はじめたってことに、なるのかしら?」


 
 「そうさ。、清子。
 桐生に来てからの響は、二か月ほどの間に、
 俺たちも驚くほどに、あっというまに変わりはじめた。
 俺も最初は、父親に会いたいだけで、ふらりと桐生にやって来たのかと思っていた。
 最初に会った時は、俺も響とは気がつかなかった。
 6歳の時に会っただけで、いきなり25歳で俺の目の前に登場だ。
 最初の印象は小生意気で、少しばかり器量良しの、どこにでもいる小娘そのものだった。
 それが変わり始めたのは、俺の組の金髪の英治と付き合い始めてからだ。
 いやいや、それについては心配するな。
 結局二人には、何事もなかったようだから、そんなに怖い目で俺を見るなって。
 まったく、お前と言うやつは・・・・心配性の母親そのものだなぁ。
 この二人が、被災地に伯父さんを探しに行ったという話は、
 もうトシから聞いて、お前も知っているはずだ。
 東北の被災地をその目で見て、原発の惨状などを目の当たりに見てきた頃から
 なにかが、響のなかで変わり始めたようだ。
 あの二部式の着物だってそうだぜ。
 見ろよ。喜んで着ていると言う顔をしているだろう。
 そういう娘なんだ。俺たちの響って言う子は・・・・」



 「いつからあんたは、響のファンクラブに入ったのさ」



 「馬鹿野郎。
 俺は、小学校に入る前からの響の大ファンだ・・・・。
 赤いランドセルを宇都宮で買ってやったことが、その始まりだ。
 響は、お前さんが足尾の山で、いつもボランティアをしていることも知っているし、
 俺たちが、原爆症の末期の連中に『罪滅ぼしとしての治療』を受けさせていることも
 実は、みんな知っているんだ。
 最近は原発に関しての、独自の勉強も始めたらしい。
 誰かが記録をして、世界に発信をする必要があると、いつも語るようになってきた。
 何を成し遂げるかは知らないが、出来ることはなんでも応援をしてやろうと
 俺たちは、事あるごとに相談をしている」



 「そんなことを言ったて・・・・響はもう、お嫁に行く歳だわよ」



 「よく言うぜ。じゃあ、お前さんはどうなんだ。
 嫁にも行かずに、一人で勝手に子供を産んで、湯西川で大勢の女たちに
 手助けされて子供を育ててきたくせに。
 考えても見ろよ、清子。
 あの子は、公害の山で植樹をしているボランティアのばばぁや
 助かる見込みのない原発労働者たちを、最後まで治療をするなどという
 とんでもない活動をしているじじぃ連中のまっただ中へ
 たった一人きりで飛び込んできたんだぜ。
 普通なら逃げ出しても当たり前だが、あいつはそう言う現実を
 真正面から受け止めて、逆に自ら行動を始めるようにすらなってきた。
 お前さんやトシのDMAをちゃんと、受け継いでいるというなによりの証拠だろう。
 ましてや、被災地のボランティアのために、
 伴久ホテルの女将と共に精力的に飛び回っている、どこかの芸者が産んだ娘だ。
 他人のために、ひたすら頑張ると言う見上げた資質と気質を、
 生まれながらに、十二分に持ち合わせているだろう」



 「そういえばこの間は、気仙沼で会ったわねぇ。あんたと」



 「そういうお前さんこそ、手ぬぐい姿の姉さんかぶりも、
 もう、すっかり板についてきたようだ。
 東北でのボランティアの活動は、まだまだ当分の間はつづくだろうし、
 俺たち自身の生き方の中でも、この気持ちだけは外せねえ。
 同じように、響もまた新しく自分の目標を見つけたということなるのだろう。
 若い連中が、自分の意志で自分の道を切り開いていくということは、
 自立をし始めたという何よりの証拠だろう。
 響はこの桐生で、それを見つけたんだ。
 それが分かっているからこそ、お前さんも、あんな良い生地の着物を、
 わざわざ二部式の着物に作り変えて、持ってきたんだろう。
 素人には解らないだろうが、俺の目は誤魔化せねェ
 あの着物の生地は、高価だと思うぜ」


 「たいしたことはないわよ。
 あの子が喜んで着てくれるなら、造った甲斐も有るし安いもんだ」


 
 「お前さんもやっぱり、きわめつけの親バカだ。
 高価な着物を、惜しげもなく、2つに切っちまうなんて。
 もっとも俺でも、娘にそう言われたら同じようなことをしでかすかもしれねぇや。
 親なんてものは、似たか寄ったかで、みんなそんなもんだ。
 トシにも、親の醍醐味っていうやつを、味あわせてやりたいもんだがな」


 「それなりには、トシさんも味わっているんじゃないかしら。
 でもまだ今のところは、まったくの、おっかなびっくりで及び腰だけどね・・・・」



 「実の親子だぜ。
 遠慮なんかする必要はないと思うが、24年間も他人のままで育ってくれば、
 簡単に、事はすすまないということか。・・・・トシも不憫だな」



 「・・・・悪かったわね。どうせあたしが一番の大悪人です。
 あ~あ、不良の晩酌のお相伴(しょうばん)なんか、してあげるんじゃなかった。
 事実だから仕方ないとはいえ、
 最後にはあたしが悪者にされちまうんだもの。
 はいはい。こうなってしまった諸悪の根源は、すべてあたしです。ふん!。
 つまんないから、もう湯西川へ帰っちやおうかしら」



 「おいおい清子。折角来たんだ。まだ帰るなよ。
 第一お前の、その、怒ってふくれた顔も、またなんともいえず可愛いぜ。
 やっぱり年季を積んだ女は、どこかが違うねぇ~。
 いい女は、なにをやっても絵になる。
 ほら、一杯行け。機嫌を直して、乾杯しょうや」



 「機嫌は直すけど・・・・でも、いったいなんで、誰のために乾杯なんかするの?」


 「あっ、まだまったく考えてねぇや。まぁいいか・・・・
 響のファンクラブが上手くいくことを願って、乾杯と行こうぜ、清子」





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