落合順平 作品集

現代小説の部屋。

連載小説「六連星(むつらぼし)」第56話

2013-05-03 09:49:25 | 現代小説
連載小説「六連星(むつらぼし)」第56話
「原発対策の最前線、Jビレッジ」




 震災から一年近くが経とうとしている、2012年の2月の半ばになってから
野田政権が、計画的避難区域の再編策の指針を発表することになりました。
東京電力福島第一原発から半径20キロ圏内の警戒区域と、20キロ圏外にある
計画的避難区域について、政府は、年間の放射線量に応じてあらたに、
三つの区域に再編するという検討に入りました。
それぞれについて、帰還までにかかる時間の目安を示す方針で、
長期間にわたって住むことのできない「長期帰還困難区域」も新たに設定します。


 地上から高さ1メートルの年間放射線量が
20ミリシーベルト未満を「解除準備区域」、
20~50ミリシーベルト程度を「居住制限区域」、
50ミリシーベルト以上を「長期帰還困難区域」にわけるという新方針です。


 この指針を、16日の原子力災害対策本部(本部長・野田佳彦首相)で
原子炉の冷温停止状態を確認したうえで、年内には公表するを明らかにしました。
その後、警戒区域と計画的避難区域で除染によって放射線量が下がる効果を確かめ、
さらに福島県や市町村と協議をしてうえで、行政区域にも配慮をしながら、
三つの区域を具体的に定めるとしています。
なお、区域の見直しについては、随時行う、とも明言をしています。
 


 「要するに政府は、まだまだ予定は未定だぞ、と、いっているだけの話だ。
 ぐだぐだと東京で、のんきに放射能談義なんかで時間を無駄にしていないで、
 すぐさま被災地に来て、その足で会議を開けと言いたいね。
 立ち入り禁止の区域まで来て、よく実態を見てみろと重ねて言いたいね。
 こと原発と放射能に関する限り、政府は最初から最後まで、
 あきれるほどに弱腰のままだ。
 政治家たちは、何も言わないし、何も実行をしないままだ。
 あたしたちは、現実に此処で生きているし、此処で暮らしているんだよ。
 野田の馬鹿野郎め。
 一度でいいから、広野町へ放射能に汚染された
 ドジョウを食いに、やって来いってんだ。
 あたしが、イヤと言うまで、たっぷりとドジョウをご馳走をしてあげるから!
 ああ・・・・言いたいことを言って、すっきり、しちゃった。」



 言いたいことを全て言いきって、かえでさんが大きな声で笑っています。
韓国か何処かで、ドジョウをご馳走されて『したり顔』をしていた野田総理の顔を
思い出した響も、思わず同感をして笑いこけています。



 4車線の国道6号線はこの時間になっても、やはり混雑をしていました。
朝一番に見た時は、乗用車などが沢山走っていましたが、いまの時間帯になると、
資材を運ぶトラックや、背広姿を乗せたタクシーなどが目立つようです。
「風呂有りま」という大きな看板を掲げたドライブインが見えて来ました。


 「6号線の名物女将がやっている、ドライブインだ。
 ライフラインの復旧が遅れて、水がまったく出ないときに、
 井戸水を使って、まっさきに温泉を提供したというドライブインさ。
 そりゃあ混んださ。連日、超満員だ。
 ここで被災者たちは情報を交換したり、ほっと、ひと息をついたもんだ。
 心意気のあるここの女将に、私たちも、ずいぶんと支えられたさ」



 あっというまにドライブインを過ぎると、前方にコンビニが見えてきました。
Jビレッジに隣接する、総合運動公園という巨大な表示も見えてきます。
二ツ沼総合公園と、その表示にはありました。
南北が400m、東西も400mにわたる公園で、名称の由来となった双子の沼を
中心にもっている、町が管理をしている総合の運動公園です。
入口には、「東芝」の大きな社旗が掲げられています。


 その社旗に、「おや?」 と響が興味を引かれます。
入口には 大きく「東芝対策本部」 と、黒々と書かれています。
この道路の先に有る、寄り合い所帯の Jービレッジとは異なって、ここの公園だけは
東芝が独占的に占有をしているような気配があります。



 東芝は福島第一原発で事故を起こしたGE製Mark-1の施工を請け負った
直接の責任メーカーです。
特に損傷が激しいかった2号機と3号機も、東芝が建設を請け負っています。
比較的症状の軽い4号機 (といっても水素爆発は発生していますが)
を受注した日立とは、立場上の明暗を如実に分けています。


 (そうなんだぁ・・・・、こうして独立した本部を持っているということは、
 原発事故対策の主役は、東京電力ではなくて、東芝なんじゃないの?
 という気分にも、なんとなく、なってくるなぁ)



 と、呟やいている響の視線の向こうには、大量の自家用車や、バスなどが
ずらりと駐車をしている公園の、大きな駐車場が見えています。
(そう言えば・・・・)と、事故発生の直後に、最小限の決死隊のみが残留をして
危機の迫った原子炉と対峙をした『 Fukushima-50』の報道があったことを
響が、遠い記憶として、かすかにながら思い出しています。。
現在のチームの陣容は、当時から見るとかなり整備もすすみ、かつ強固に変わっています。
1日あたり3000人以上の人員が、J-ビレッジにいる部隊とも合流をして、
福島第一原発の復旧工事に、投入をされているのです。


 (さっき見てきた広野火力発電所の工事では、2800名が常時、投入をされていた。
 両方を合計すると、実に6000名余りの労働者が、動員されている計算になる・・・・
 広野町から避難した住民の数が、5200名だから、
 これとそっくり入れ替わるようにして、
 男たちだけの、異常な大集団が乗り込んできたと、いうことになる。
 那須の美人、亜希子さんが言っていた意味は、そういう意味だ。
 たしかにここは、手詰まり状態が続いている、異常事態が進行中の町だ。)



 残りが少なくなってきた国道6号線をさらに北上していくと、
交通表示機に、「この先、立ち入り禁止」の文字が、くっきりと現れてきました。
国道は、やがて広野町の境界を越え、楢葉町(福島第二原発のある町)へ入ります。
福島第一原発への前線基地が設けられているJ-ビレッジは、
広野町と楢葉町にまたがっており、その入り口は、楢葉町側に造られています。
正式な所在地は "福島県双葉郡楢葉町大字山田岡字美シ森8番" で、
登記上は、楢葉町の施設ということになっています。



 「さあて・・・・いよいよ、ここがこの地の果てだ。
 ここまでが、一般人が車で行くことができる最終地点だよ。
 どうする?
 せっかくだから、検問所に居る機動隊員たちに、
 ご挨拶などをしてから、戻ろうか」



 前方の交差点には、たしかに機動隊らしい人影が見えてきました。
広野町の境界からは、わずかに100mほどだけ進んだ地点です。
ここまでが、一般人が到達できる国道の最奥部ということになるようです・・・・
かえでさんは、かまわずに車を直進させていきます。

 ついに検問所へ、到達しました。
この道路上のアングルからは見えませんが、ここから左側へ入ったその奥には
広野町の工業団地があり、そちらにも検問所が作られています。
ただしこちら工業団地は、町の人たちが全て避難をしているために、
ほとんど車の通行などは有りません。
信号機は、あの日以来、消灯をしたままです。
ここで、見るからにマッチョな体型をした機動隊に、車を停められてしまいました。
見るからに、危機の原発を守る『屈強な北の番人』そのものの姿をしています・・・
いよいよここで、国道は、『ジ・エンド』です。



 機動隊員が毅然とした面持ちで、車内をのぞき込んできました。


 機動隊 「通行許可証はお持ちですか?」

 かえでさん 「ありません」

 機動隊  「どのような、ご用件ですか?」

 かえでさん 「あー、いえー、なんですが・・・・
       (まさか、観光で来ましたなどとは、口が裂けても言えません)
        道路に規制があるのは知っていましたが、
        どこまで行けるものかと、確かめてみようと思いまして、
        それだけです・・」

       と、ひたすら言葉を濁しています。

 機動隊  「ここから先は一般車両は通行止めです。
     Uーターンを、願います」



 どうやら必要最小限の会話で、有無を言わさずに常にここから、
一般車両は、引き返させられる運命のようです。
実に手馴れた感じで誘導を受け、車は簡単にUーターンをしてしまいます。
かえでさんが、もう一度車から顔を出します。



 『写真を撮っても大丈夫ですか』と、機動隊員に確認をしています。
「原発の方向は不可だが、付近の写真を撮るのはOKだ」と即答が返ってきました。
「降りても良いですか?」と再び問いかけると、
「手短にお願いをします。どうぞ」と敬礼をしてから、背中を見せて立ち去ってしまいます。


 「あんたぁ、写真はOKだって。
 さっさと撮るだけとって、退散しましょう」



 早速、軽自動車を道端へ寄せると、かえでさんは車を降りてしまいます。
響もつられて、デジカメを持って降りていきます。
(そういえば、写真を撮るのさえ、実はここが初めてなんだ。
 かえでさんに言われるまで気がつかないなんて、被災地に圧倒され過ぎているわ)
響がファインダーをのぞき込みます



 輸送車のような大型のクルマの向こう側には、機動隊の指揮車両が見えています。
騒乱時でもフロントガラスが割られないように、鉄格子のシャッター装備がついています。
見るからにゴツい車体には、重厚な威圧感がたっぷりと漂っています。
(たしかにここは、非常事態中の最重要警備地点、そのものだ・・・・)
そう低くつぶやきながら、響が夢中でシャッターを押しまくります。



 Jービレッジの施設は、厚い樹木などにしっかりと遮られてここからは、
ほとんど様子をうかがい知ることなどは、出来ません。
交差点から見えたのは、屋根つきの人工芝フィールドのみです。
その向こう側には、スポーツ医療の各施設やホテル、レストランなども有るはずですが
ここからは、それらの施設は一切見ることができません。


 福島第一原発に向かう作業員は、ここまで自家用車や
会社のバス等などやってきて、別に用意をされているシャトルバスに乗り換えてから、
復旧作業が連日続いている、あの第一原発の現場へと向かって行きます。
こうした配慮は、避難区域内を走る車両の数をできるかぎり限定して、
放射性物質がクルマに付着して、域外に出ることを防ぐ意味もあるようです。


 J-ビレッジから、二ツ沼総合公園にかけての一帯に、
大量のゴミらしいコンテナが、整然と埋め尽くすようにして並んでいます。
袋から白いものが覗いているのは、どうやら放射性物質の防護服のようにも見えます。
それぞれにナンバーが書きこまれていて、それらがズラリと並んでいるのは、
実に壮観な眺め、そのものです。

 (それにしても、日々増え続けていく放射能に汚染された大量のゴミを、
 いったいどのようにして、処分などをしていくつもりなのだろうか・・・・
 道路や、その周辺に置ききれなくなったら、今度はそのまま、
 あの公園内に、野積みのようになってしまうのだろうか・・・・)



 際限なく汚染が進み、まったく歯止めのかからない危機的な状況がいつまでも続く、
そんな光景に思いをはせて、ファインダーから目を離した響が、ゴミ袋の光景を
遠くに見ながら、いつまでも強く、自分の唇をかみしめていました。




・本館の「新田さらだ館」は、こちらです http://saradakann.xsrv.jp/