迷宮映画館

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善き人のためのソナタ

2007年04月25日 | や行 映画
ドイツ映画にはなんともいえない味わいがある。フランス映画のような迷路みたいなものでもなく、イギリス映画の厳かさでもなく、イタリア映画の陽光でもなく、スペインの原色でもない。

くぐもったくすんだ色。どうもはっきりしないその辺の人々。ガンとした自己の主張を通しきるでもなく、どこか節操のなさもまた魅力なのだ。‘89年に壁が崩壊したとき、それまでは絶対にあるもの。延々とあるもの。なくならないものだと思っていた壁だったが、崩れてみれば何の事はない、本当にただの壁だった。そのたかが一枚の壁が、人を遮り、家族を引き裂き、血を流させ、国を断ち切っていた。

社会主義は狂気ではない。人間がネアンデルタール人から進化して、知恵を身につけたときから背負ってきた隔てるもの。それが壁なのかもしれないが、社会を形成する人間について回ったのが人との格差だ。それはどうしても切っても切れない。あいつより上に行きたい。あいつより早く走りたい。頭がよくなりたい。金持ちになりたい・・・。そうやって大昔から人は生きてきた。それこそが人であり、その気持ちがなくなったら人ではないような気がする。

しかし、そこに生まれてしまったのは欲の皮のつっぱらかった人間たちが、わずかな領土を奪い合い、殺し合い、弱い人を虐げ、支配しようとした社会だった。それを無くそうと考えたのは決して狂気ではないはずだ。もし、本当に平等で、豊かな社会が出来たのなら、文句はない。もし、完成したのなら、そこに住む人に不平不満などないはずだ。しかし、人間だ。この不確かで、ずるがしこくて、不完全な生き物に、平等などという高度なことが出来るはずがない。これが最近の私の境地だ。

でも、社会主義を成り立たせようと思って、行動を移した国家は、なんとしてでもそれをやり遂げなければならず、やり遂げているのだということを誇示しなければならなかった。その矛盾たるや、それこそ人間の醜悪さのオンパレードのようなものだったのかもしれない。

第二次大戦が終わり、ナチスを蹴散らした社会主義は自信を深め、周りを赤く染めていった。そこには確かな理想も、夢もあった。素晴らしい未来がやってくると信じて人は行動した。出来るならば、出来るなら素晴らしい世界が出来て欲しかった。人間にも何かを超越して、ユートピアを作れる力があるのだということを証明して欲しかった。

シュタージに取り囲まれていた東ドイツの人々。いつ何時告発されるのか、びくびくの毎日を送る。才能ある舞台劇作家を監視している国家保安省の役人。24時間監視を続ける。しかし、その監視していた部屋から聞こえてきた『善き人のためにソナタ』。コレを聞いて心動かされない人はいないという並外れた美しい調べ。

それを聞いてしまった鉄のような意志をもったはずの監視役人が、何かが融けていくように、作家にシンパシーを感じ、国家の包囲網から何とか助けようと奮闘してしまうのだ。その姿はどこか滑稽であり、痛い。そのギリギリすれすれの危うさと、笑うしかないような滑稽さが、何気なく同居できる映画がドイツ映画に思えるのだ。役者の妙が素晴らしかった。これまた見た甲斐のある映画。いやーー、映画って本当にいいです。

◎◎◎◎○

『善き人のためのソナタ』

監督・脚本 フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク
出演 ウルリッヒ・ミューエ マルティナ・ゲデック セバスチャン・コッホ ウルリッヒ・トゥクール トーマス・ティーメ ハンス=ウーヴェ・バウアー


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8 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
>miyuさま (sakurai)
2008-01-20 08:30:21
結構、節操がないんですよ。
ハリウッドに迎合したり、コメディなのか、シリアスなのかわかんなくなったり、とにかくごちゃまぜながら見るものをどぎゅーーん。
これがドイツ映画の真骨頂だなあと思ってます。
「ノッキン・オン・ヘブンズ・ドア」なんつうのは、まじに最高ですわ。
ドイツ映画、というのと要チェックです。
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なるほど (miyu)
2008-01-19 18:08:55
ドイツ映画ならではの味わいですかね。
くぐもった感じ、確かにそれってお国の歴史も
関係しているんでしょうかね。
何にせよお国のカラーがあるのはいいですよね。
たまに、らしくないのとかもあるけど、
それがまた浮き立つワケですしね~。
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>カオリさま (sakurai)
2007-05-08 22:21:16
あったかいお言葉ありがとう。
マジに結構大変でした。いまだ調子がちゃんと戻っておりません・・。
そんな時は映画を見て、元気を取り戻しましょう!!

ほんと、凄い才能ですね。絶対、名前覚えられそうにないけど。
数は少ないですが、ドイツ映画はどれもあとを引きます。妙に権威ぶってないとこがドイツ映画の魅力のように感じて、あたしは好きです。
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お久しぶりですー (カオリ)
2007-05-08 13:47:25
引越し片付けも終わり、だんだんと落ち着いてきました。
sakuraiさんもこの春は大変だったようですね。お身体大切に。
さて、山形Fで観た本作、ホントにラスト上映だったんですが・・・これ見逃さなくて良かった!

ドイツ映画。たしかに、言われて見るとそんな気がします。派手さはないけれど、重みもあって。
この監督(脚本)、これがデビュー作って凄いですね。
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>微妙さま (sakurai)
2007-05-01 11:37:56
じゃ、ぜんぜんない。
ドイツ映画!好き!なんていえるほど、日本に来てませんから。
そん中でもお薦めは
「ノッキン・オン・へヴンズ・ドア」
「トンネル」
「バンディッヅ」
「飛ぶ教室」
この辺がおもろいですので、見かけたらぜひ。
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ドイツ映画 (微妙)
2007-04-30 13:26:02
こんにちは。記事、興味深く拝見させていただきました。
ドイツ映画って、「ラン・ローラ・ラン」くらいしか見たことがないというかなりダメダメな微妙ですが、新しい国の映画を見て、とても視野が広がった気がします。これからちょくちょくドイツ映画をチェックしてみようと思います。
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>GMNさま (sakurai)
2007-04-29 08:55:42
周り見渡せると、きっと保身に行っちゃうし、いくらでも汚職は出来ただろうし、ほんと矛盾だらけの国家だったとつくづく思います。
その中で、主義主張を信じてた奴もちゃんといたけど、それはバカを見ちゃうという。人間ってアホだわ。
『ドレスデン』、リクエストしておきます。
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次は (GMN)
2007-04-29 00:06:15
「ドレスデン」なんてのも控えてますね<ドイツ映画
こっちで上映予定に入ってるかは知りませんが、多分やる部類だとは思いますし。

監視役の人、多分あんまり真面目すぎて回りを見渡す余裕が無かった人って感じました。根本の部分からの主義者ってのでもないんだろうなって。
これもハリウッドリメイクするらしいですけど、作品独特のカラーは綺麗さっぱり消え去りそうっすね(汗)
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