迷宮映画館

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神に選ばれし無敵の男

2003年12月08日 | か行 外国映画
1932年、ポーランド東部の小さな田舎町にユダヤ人町があった。貧しい鍛冶屋のブレイトバート家にはたくさんの兄弟がいたが、長男のジシェは力自慢。弟のベンジャミンと入ったレストランで弟がバカにされると、思わず乱闘騒ぎになってしまった。弁償を求められ、賞金のためにサーカスで力自慢のヘラクレスを負かしてしまう。

興行主の目にとまり、ベルリンに行くことに。見世物はユダヤ人の戒律に反するが、貧しい家族のために見世物になることを選んだ。ベルリンで活躍中の千里眼の異名を持つハヌッセンのところで力自慢をすることになった。ハヌッセンは不思議な力で読心術や催眠術で人心をつかみ、今売り出し中のナチに取り入れられることを狙っていた。ユダヤ人であることを隠して金髪のかつらをかぶらせられるジシェ。いや、「シークフリート」として絶賛を浴びていた。

自分が自分ではない。自分がいるところはここではないと悩み続けるジシェ。しかし、その悩みを充分に理解しながら、ハヌッセンは彼を舞台にあげた。しかし、ジシェは自分がユダヤ人であることを公表したときから、この神秘の館の歯車が狂い始めていく。

10年ぶりの劇場映画を撮ったヘルツォークの新作ということでいやがおうにも、期待は高まったのだが、私の期待のはるか彼方を行く素晴らしい映画だった。これぞ映画。丁寧な時代背景、ポーランドの貧しい市場の風景にまず目を奪われる。無為造作に並べられた野菜に、どこでも元気なおかみさんたち。研ぎやの細かい描写まで、丁寧に作られている。主人公は文字通りのストロング・マン―ヨウコ・アホラ―のジシェ。純粋で朴訥で気は優しいけど力持ちをそのまま体現する肉体。誠実すぎて、自分を偽ることが出来ない。偽っている自分を許せない自分。その葛藤が芸達者な役者ではないだけに、ストレートに伝わっている。ヘルツォークが「役者にプロ、アマはない。うまいか下手だけだ」といったそうだが、まさにそれだった。

第一次世界大戦で完膚なきまでに打ちのめされたドイツ。そのあとにかの有名なワイマール憲法などを作って、民主化の道を突き進もうとするのだが、再建途中に巻き込まれた世界恐慌の影響はあまりに大きかった。国家としての威信と民族の誇りをまるで失ったときに登場したのがヒトラーだった。時代が呼んだといえばそうなのだが、彼は民族の誇りを再生させ、ドイツを世界に冠たる国にしようとした。まるっきりの非道な間違った方法だったが。

今、ヒトラーを非難することはたやすい。ヒトラーをちょっとでも擁護しようものなら、そのわずかな言葉尻を捉えられて、シュワルツェネッガーのように槍玉にあげられる。ヒトラーは絶対に許されない。世界はもう二度と彼のような人間を生み出してはならない。それは明らかな事実だ。しかし、彼に寄り添い、彼の力を利用し、彼を操った人間も有象無象にいた。彼にはそういう力があった。ハヌッセンも自分の身を守るために、このような生き方をした。あまりに哀しいが。

ティム・ロスの目演技はすごかった。あの瞬き一つしない目に見つめられたら、本当にトランス状態になりそうだった。あの眼力を表せるのは彼しかいないだろう。そして、本物のピアニスト=アンナ・ゴウラリの素晴らしさ、本物の持つすごさ。彼女のピアノが流れた途端あふれ出た涙は、最後まで止まらなかった。

『神に選ばれし無敵の男』

原題「Invincible」 
監督 ヴェルナー・ヘルツォーク 
出演 ヨウコ・アホラ ティム・ロス アンナ・ゴウラリ 2001年 ドイツ=イギリス作品


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