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第282回 ネット時代の元号問題

2018-08-24 | エッセイ

 天皇の生前退位に伴う改元が、来年の5月に迫ってきて、世の中もざわついてるようです。「昭和」改元を伝える新聞です。



 秋篠宮家の眞子さんが、昨年9月の記者会見で、婚約者との出会いの時期について、「2012年」と「西暦だけで」答えていたのに危機感を抱き、噛み付いた学者がいます。守旧派として知られた大阪大学名誉教授の加地なる人物ですが、月刊誌「Hanada」の連載で、
「なぜ、西暦というキリスト教の暦に合わせる必要があるのか。我々は生きている時間を、元号によって、天皇の存在と連動して考えてきた。それが失われれば、日本人のあり方そのものが変質しかねない」と書いていたというのです。(2018年7月30日付 朝日新聞)
 守旧派が神経質にならざるを得ない元号問題へのピリピリ感が伝わってくるようなエピソードです。

 確かに西暦は、キリスト教の暦ですけど、元号という制度と、それを表記する漢字だって、考えてみれば、「中国」からの輸入モンです。明治時代に、外国から入ってきた「アラビア数字」とか、アルファベットを組み合わせて、「平成30年」、H30などと表記した時点で、「日本人のあり方が変質」してんじゃないの、とツッコミを入れたくなります。

 それはさておき、平成への改元は、天皇の崩御を前提としたものでしたから、政府側の準備は、極めて慎重かつ秘密裏に取り運ばれました(それでも、水面下の動きが明るみに出て、右翼が総理府に押しかけるという事件がありました)。世の中も、ことがことだけに、病状への関心はあったものの、どんな元号になるのかを予想したり、表立って騒ぐことは憚られる空気でした。ネットもそんなに普及してませんでしたし。
 そんな風潮に乗じて、粛々と、新元号を発表するという政府の思惑通りにことは運んだわけですが・・・・

 あれから30年。退位改元によって事前公表が可能になった、というのが、思いのほか政府の手かせ、足かせになっているようで、私は、高見の見物を決め込んでいます。

 来年の5月1日から新しい元号になるというのは決まってるんですから、世の中で、おおっぴらにいろんな意見、議論、新元号の「予想」ができる状況です。

 現に、今年の5月、「天下のNHK」のバラエティ番組で、元号の歴史が取り上げられました。番組の最後には、ゲストが、新元号を予想するコーナーまで登場して、世の中的に「予想はオッケー」という雰囲気がすっかり定着しました。

 で、今や、ネットの時代。SNSや個人のブログに、既存のマスコミも参戦して、「予想ブーム」の様相です。「新元号 予想」でググると、約82万件がヒットします(2018年8月現在)。

 政府関係者の苦々しい顔が思い浮かぶようです。予想のすべてをチェックするのは困難だとしても、広く出回っている予想、注目されてる予想とカブるのはマズいでしょう。
 「オレの予想が当たった、当った」と騒ぎ立てられるのも大迷惑、そんなことも織り込んでの選定作業(現在進められているとして)も一段と難しくなることが予想されます。

 さて、新元号が公表されてからも、ひと騒動ありそうです。

 東京オリンピックのエンブレムの盗作問題を思い出します。ネット上で、類似性が指摘され、発表から1ヶ月後に撤回に追い込まれた「事件」です。ネットのパワーというか、情報力を見せつけられた事件でした。

 この事件のように、政府にとって、厳粛に制定されるべき新元号が、いわば、ネット上で、「おもちゃ」にされる事態というのは、関係者にとって、想定しうる最悪のシナリオのはず。

 例えば、「安」という字は、「安心」「安全」「安定」などで使われてて、使いたい字でしょうけど、ヘタにそんなことをすれば、
 「アベの「安」かよっ。そこまでして歴史に名を残したい?」とのツッコミが、
 そして、「恵」という字なら、
 「ヨメの「昭恵」の「恵」かよっ」
などというツッコミがネットを賑わすのは必至です。

 このようなもろもろの事態を避けるため、公表は、ぎりぎりになるんじゃないかと、その時期について、私は「予想」してます。自由に予想、議論、「おもちゃ」にできる時間がたっぷり取れて、大いに結構なことじゃないでしょうか。

 いかがでしたか?それでは次回をお楽しみに。

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